中央暦1639年8月12日 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ ニヴルズ城
グラ・バルカス帝国、またの名を第八帝国。
ドイツと同じ転移国家であり、かつてはユグトという世界に覇権を広げていた大国だ。
その国力は史実世界の二次大戦末期のアメリカに匹敵するほどである。
この世界に来てからは、パガンタに皇族を処刑されたり、列強レイフォルから宣戦布告されたり、ムーに目の敵にされるなど客観的に見てかなり可哀想な国でもある。
「……以上のことから、我々軍部としては、対ミリシアルを想定し、そこにリソースを集中すべきと提案いたします」
現在、グ帝の政治の中心であるニヴルズ城では、この世界での国家方針を決まる重要な会議、新世界総合御前会議が行われていた。
「次に、情報局バミダル。登壇してください」
「はい」
司会の進行にそって、バミダル、他数名はコの字に置かれた観客席*1から立ち上がり、中央にある壇に上がった。
「皆さま、お手元にある資料の8pをお開き下さい。私たちが今回、皆さまに知ってもらいたいのは、そちらにも書いている通り、科学立国である大ドイツ国という国です。
まず、この国の現在分かっている国力情報は以下の通りであります。
国土面積はおおよそ870万㎢*2。ただし、かの国がもとから領有していた地域は114万㎢程度であり。先ほど述べた数値の大部分はこの世界に転移してから得た領土のようです」
「ま、まて。この世界に転移、と言ったな?」
ザワザワと会場が騒がしくなるなか、討論会に参加していた議員の一人が聞いた。
「はい、その通りです。国名からもわかる通り、我々とは違う世界のようですが、確かに転移国家です」
「そうか、わかった」
「では説明を続けさせていただきます。
人口は3億4000万人。
国内総生産は現在の金換算で約33万t。これは我が国に存在する金どころか、ユグトに存在していた金の全てを足しても足りない物であり、現実的ではありません。ですが、これと同じ計算法で我が国の国内総生産を調べたところ、ドイツの200分の1程度でした」
会場が静まり返る。
余りにも衝撃的過ぎたのだ。
そんな中、タカ派の議員であるギーニ・マリクスが手を挙げた。
「情報局はかなりドイツを調べられているようだ。資料の通りであれば我が国とドイツでは直線距離で2万km以上離れているという。そんな国からこれほど、情報を得れたということは、ドイツの防諜能力は低いのか?」
マリクスは総数100pにも及びそうな分厚い資料をペラペラと振りながら聞いた。
「はい、当初、我々情報局もマリクス議員の言うように考えていました」
「当初?今は違うのかね?」
「ええ、資料22pをお開き下さい。こちらに書かれているロウリア侵攻、ドイツ側の呼称ではロウリア懲罰戦争ですね。こちらが開戦したのが、おおよそ6月25日の未明です。
そして、この開戦の情報と同時に我が国がドイツやロデニウス大陸に潜ませていた局員と連絡が取れなくなりました。
おそらく泳がされていたのでしょう。一斉に情報が途絶えたのです。その後、何度か局員を派遣しましたか、一人たりとも戻ってくることも情報が送られてくることもありませんでした。
ここから推測するにドイツの防諜能力は決して低くありません。それどころか途轍もなく高い可能性もあります」
「失礼、少しいいかね」
そう言って立ち上がったのは、帝国三将の一人で海軍東方司令長官のカイザルである。
「それについて私からも話すことがある。
皆が知っての通り、我が帝国はこの新世界の情報を得るため、各地の無人島に極秘の潜水艦基地を建設していた。もちろんドイツがある大東洋にも建設し、潜水艦を派遣していた。
先程、バミダル殿が言った日時にそれらとの通信は一斉に喪失した。状況証拠からおそらくドイツの仕業だろう」
帝国三将の言葉は重く、会場は瞬く間に喧騒に包まれる。
「静粛に!バミダル続きを」
「ありがとうございます。続いて技術力にについての説明をさせていただきます」
「変わりまして私、ナグアノが続けさせていただきます。まず皆様に見て頂きたいものがこちらです」
そう言うと、ナグアノはバックから黒い板を取り出した。
「こちらは電卓と呼ばれるものの中で最も高性能な関数電卓と呼ばれるものです。
この手のひらに収まる程度の大きさのもので、四則計算はもちろん、名前の通り関数にも対応。
さらにグラフを作れる他、二進数、八進数、十六進数での計算もでき、微分積分などの高度な計算も可能です」
「失礼少しいいかな。その程度なら我が国のコンピューターでもできるのではないか?」
軍部の一人が聞いた。
「それについては私、先進技術研究室所属のガンダルが答えさせていただきます。
先程の『我が国のコンピューターでもできるのでは?』という質問の回答ですが……
可能です。
ええ、我が国の技術ならコンピューターに先程言ったような機能を付与することは可能です。
ですが、こちらの電卓のようにここまで小型化することは出来ません。
もし、同じ機能を付与したコンピューターを作ろうものなら高級ホテルのスイートルーム一つ分のスペースが必要です」
「そ、そんなに……」
軍部の一人はそれを聞き、脱力したように椅子に座りこんだ。
「このように電子技術の分野において我が国はドイツとは凄まじいほどの格差が存在しており、情報局の調べによると現在の我が国の技術力はドイツの百年前の物と同程度と判明しました。
その他、工作機械の加工精度や製鉄と言った分野においても我が国は全てにおいて、ドイツに劣っているのが現状です」
ここまでくると会場にいる人々は逆に黙り込んでしまった。
「続きまして、軍事力について説明させていただきます。40pをお開き下さい。
まず、ドイツ軍は陸、海、航空宇宙軍からなる大ドイツ国防軍と
兵力は国防陸軍が89個師団、34個旅団。
このうち戦車師団が22個。砲兵またはミサイル師団が12個の126万人。戦車の保有台数は約1万4千。砲の保有数が約6千門。
また、現在は新たに接続した大地の魔物に対処するため部分動員を行っており、先程の戦力から50万ほど増加しています。そして、この全ての部隊が高度に機械化されています。
国防海軍は戦艦3隻、超大型空母4隻、大型空母6隻、中型空母8隻、軽空母8隻の計29隻の大型艦を保有しています。他にもドイツでは旧式の戦艦6隻、空母18隻を緊急時のため保管しています。
その他、護衛艦や補助艦、上陸艦艇も含めればその総艦艇数は600隻になります。
こちらが最も重要なのですが、ドイツは潜水艦を実用化されています」
「な、なんだと?我が国でも実用化させるのに苦労した潜水艦を?」
海軍士官の一人が狼狽えたように言った。グ帝のかつていた世界、ユグトでは潜水艦を実現できていたのはグ帝のみであった。さらにこの世界では海に潜む海獣により発想すら生まれなかったことがわかっていたため、彼らの受けた衝撃は非常に大きいものだった。
「ですからドイツと我が国とでは一世紀近い技術格差が存在しているのです。我々にできて彼らにできないと考えるのは愚かと言うほかないでしょう」
ナグアノはため息を付きながら言った。
「説明の続きをさせていただきます。国防航空宇宙軍ですが、おそらくはこちらが最も脅威と我々は考えます。
戦略爆撃機214機、制空戦闘機957機、マルチロール機633機、近接航空支援機125機、早期警戒機12機、早期警戒管制機22機、有人偵察機21機、輸送機698機、無人機4000~5000機となります。
特に警戒すべきはこれらの航空機に装備されるミサイルです。
ドイツのミサイルは対象物へ自動誘導する機能を有しています。また、その速度は音速を容易く越え、有効射程も物によっては数百kmにも及び精度も申し分なく、我が国の航空機では一方的に撃破される可能性が高いです。そして、これらのミサイルは航空機のみならず、陸上兵器や艦艇などにも採用、装備されているためこれらにも注意が必要でしょう。
さらにドイツの保有する各種無人機はその名の通り人が乗り込んでおらず、彼らは人的損害を一切考慮することなく無茶な作戦を展開可能です」
どよめく会場の中、帝都防衛隊長で帝国三将の一人であるジークスが顔面蒼白で立ち上がった。
「まて、そのドイツのミサイルは本当にミサイルなのか?我が国の運用するミサイル・ロケット兵器とは全くの別物ではないか!本当に科学立国なのか?こんなの魔法ではないか!」
「魔法ではありません。確かに科学技術のみで構成されています」
ナグアノはジークスの話を切り捨てて続けた。
「航空宇宙軍はそれのみならず、人工衛星というものも運用管理しています*3。こちらは空のさらに上、宇宙に存在するもので、そこから地上の監視や通信を行っています」
「質問だが、その人工衛星は我が国で破壊可能か?」
「神に賄賂でも渡さなければ不可能です」
カイザルの質問にナグアノは無慈悲に答えた。
「アインザッツグルッペンについては詳しい情報がほとんど得られなかったため説明を省略させていただきます」
「再び私バミダルが説明させていただきます。その前に、議長部屋を暗くしてもよろしいでしょうか?」
「許可します」
許可をもらった面々はすぐさま会場のカーテンを閉め水銀灯の電源を消した。
それが完了するとカーテンの隙間から漏れる僅かな光源を頼りに、ホワイトボートを設置しその前にレンズの付いた箱を置いた。
「こちらはドイツより調達しましたプロジェクターです。それに、こちら私が持っている円盤を入れることで、皆さまの前にあるホワイトボードに映像が映し出されます。まあ、映画館のものを一般でも使いやすくしたものと思ってください」
バミダルが円盤、ブルーレイをプロジェクターの中に入れた。
「では、ながします」
白い板に太陽が咲いた。
――――――――――
グラ・バルカス帝国領レイフォル地区 レイフォリア
シエリアは憂鬱だった。
彼女はグラ・バルカス帝国という大国に生まれ、女性でありながら外務省に就職することができ、さらにはその有能さをかわれ見事、出世街道をひた走っていた。
それでも憂鬱だった。
そろそろ三十路が見えてきたが、それでもその見麗しい見た目は健在で外務省のアイドルと呼ばれることも多々あった。
そのような言葉を並べても彼女は憂鬱だった。
彼女が現在配属されているのはつい数か月前に植民地にしたレイフォルであり、趣味の映画鑑賞が出来ないというのもあったが、それ以上に現在の職場環境が彼女に多大なストレスを与えたいた。
部下にはやる気と愛国心のみはある無能のダラス。上司には頭のねじを母親の腹に忘れてきたクソ野郎のゲスタ。
されらのせいで最近は便秘ぎみであり、肌の調子も悪く、それがさらにストレスになっていた。
そして、先程送られてきた招集状。
なんでも、本国から重要な通達が送られてきたためレイフォリア出張所の会議室に来いとのこと。
嫌な予感しかしなかった。
トントントン
「失礼します」
しっかり三回ノックし部屋に入る。
「フン、三分前。貴様が最後だぞシエリア。御粧しに時間をかけたのか?」
「遅れてすみません」
(てめぇが仕事を押し付けるからだろ!)
シエリアは心の中でセクハラ、パワハラ、モラハラetcと全てのハラスメントをコンプしているゲスタをタンクローリーでひき潰すことで何とか精神を安定させた。
「まあいい。それよりも会議をはじめよう」
ゲスタは大きな机を囲っている面々を見て会議の始まりを宣言した。
「皆も知っているように今回の議題は本国からの最重要通達だ。目の前に置いてあるだろ。目を通せ」
シエリアは不承不承ながら目の前に裏返してあった紙をみた。
「これは……これは、本当ですか?」
「ああ、私も認めたくないが確かに本国からの通達だ」
ゲスタらしい返答と思いながらシエリアは考えた。
“大ドイツ国の者が来た場合、丁重にもてなすこと”
穏健派であるハイラスがパガンタで処刑されて以降、強硬派が大勢を占めている現在の外務省では考えられない通達であった。
「ゲスタ部長、失礼ですがドイツとはどのような国なのですか?」
「私も詳しくは知らん、何でも東の端の新興国らしいが……」
ダラスの質問にゲスタが答えた。
新興国でありながら本国が重要視する国。
つまりは何かがあるということ、資源なら恫喝外交をするはず、それなら……
シエリアはピースが嵌る音がした。
「……転移国家」
「なに?」
「大ドイツ国というのは転移国家なのではないでしょうか?」
「どういうことだ。説明しろ」
「はい、現在の情勢を考えると本国政府が対等に話そうとするということは、神聖ミリシアルのように強大な国力を持つ場合のみでしょう。つまりドイツという国家は強大な国であるわけです。そして新興国。新興国が強大な国力を最初から得られるとは思えません。ですので大ドイツ国は我が国と同じ転移国家ではないかと推測しました」
「そうか、私の考えと相違ないな」
シエリアはゲスタの醜い負け惜しみを見て胸がすくような気持になった。
だがそれもすぐに終わる。
もし、仮にドイツが本当にここレイフォリアの出張所にやってきたら、そこからはじまるのは地獄のデスマーチなのは確定だろう。
これ以上ストレス要因が増えたら本当に老けてしまう。
シエリアはドイツがこちらにこないように神に祈った。
「本国の懸念もよくわかるが、西と東で真反対の位置にあるんだ。こちらに来ることはないだろう」
見事なフラグ建てをしたゲスタにシエリアは心の中で呪詛を唱えるのであった。
安心してください!グ帝とはしっかり戦争します。
・この世界線の歴史
ドイツ領カリブ。
ドイツが戦争によりフランスやイギリス、オランダに勝利したことで得た植民地である。
アメリカのすぐ南、キューバ危機でもわかるように安全保障上アメリカにとっては敵性勢力になってはいけない場所でもある。
しかし、アメリカは占領しなかった。太平洋で日本に圧倒的劣勢の状態でカリブの島々とガイアナを占領するのはさすがのアメリカでも厳しかった。さらにそれでドイツを刺激するわけにもいかなかったというのもある。
そしてその決定を後のアメリカ人は大いに後悔した。
ハワイ陥落によってアメリカの劣勢が確定すると、ドイツはカリブの島々とガイアナを拠点にし、カリブ海とメキシコ湾での通商破壊を開始した。対潜戦闘をほとんどしてこなかった米海軍がイギリスと命を懸けた追いかけっこをし続けたドイツ潜水艦部隊に勝てるわけがなかった。
結果、メキシコ湾には人と油が散乱した。
そしてこれはアメリカ経済に大きな打撃を与えた。
このころアメリカはテキサスやフロリダで採掘された石油を東海岸に運んで、工業をまわしていた。この時、輸送コストの問題でほとんどの石油が船舶で運ばれていたのだ。
つまり、ドイツの通商破壊によりアメリカは大動脈の一つを喪失した。
ウォール街では戦争への暗い見通しにより株が不安定になり、アメリカ経済は混乱の坩堝に落とされた。
to be continued