そうして彼女を家に招き入れる。
彼女は疑うことも、怯えることもなくすんなりと私の言う事を聞いた。
「それじゃあ……まずは名前を教えてくれる?」
椅子に座り、あたたかい紅茶を渡した後そう聞いた。
この行動はすべて人間を油断させ、隙に付け込むためのものだ。飲み物を提供し、優しく迎え入れる。言葉遣いの一つや表情、目線や立ち位置のすべてが魔族としての本能だ。
「………ケール」
「ケールちゃんだね。ありがとう、名前を言ってくれて」
「…………」
ケールはうつむきながら名前を答えた。その言葉は絶望と虚無があふれたようなかすれた声で、その目は何も見えていないのではないかというほど暗かった。しかし、そこまで絶望的な思いを抱えているのになぜ心を開いてくれないのだろうか?なぜ泣く事すらせずにただ淡々と質問に答えるだけなのだろうか?
「ねえ、一つ聞きたいんだけれど……君の身に何があったの?教えて欲しいな」
「…………」
「私ならあなたの気持ちを理解できる、辛いことも悲しいことも人と共有すると気持ちが楽になるから」
私は優しく、寄り添うように言葉を紡ぐ。
当然のことだが、ケールの感情に共感などできない。辛いことも悲しいことも経験したことはない。その感情を味わうために何人を殺したのか、そんなことを忘れる程に殺し尋問し対話してきたのだ。
だからこそ気になる、この子がどんな人生を送ってきたのかが。
「……魔族が気持ちだなんていわないで、心のない猛獣の癖して」
「へぇ……魔族への嫌悪感は残っているのね。ならどうして私に『助けて』なんて言ったの?」
「嫌悪感なんてものじゃない、魔族の事は殺したいって思ってる……けど、あいつらよりはマシだから」
彼女は少し感情が現れてきたように見える。
私の言葉がケールの何かに触れたのかもしれない。
「君は魔族への敵対心に一切迷いが無いね。でも、そんな君が私を頼るに至った理由が知りたいの。教えて?」
「……私が生まれたばかりの頃、村が魔族に襲われた。両親も他の人も大勢死んで、村を復興しようって時にあいつらは……『お前ら家族が魔族を呼び寄せた元凶だ』って言って来た。理由は多分、私が村で唯一親無しだったから文句言いやすかったんだと思う」
人は知的生物が故に物事の責任を他人に押し付ける事がある。呪いや晒し上げがその代表例だ。それはもちろん悪感情から生まれるもので、到底魔族が得られる感情では無い。
ケールは重々しく怨みのこもった声で続ける。
「罵られるだけなら良かった、両親もそんな奴らだったから。でもあいつらは殴り蹴り弄び、挙げ句の果ては『悪魔に罰を与える』とか言って私の事を縛り付けて火炙りにしてきた。私は耐えられなくなって逃げたけど……あいつらは私を追いかけ続けてる。近くの集落は全部回られてるし、ここもいつか見つかるかも」
「へぇ……じゃあ、こっちから会いに行ってみましょうか。お腹も減ってきた頃合いだし」
私は立ち上がり部屋着からいつも通りの服装に着替える。
ケールは私のとっさの言葉に対し疑問符を浮かべている。
「それならなぜ、私の事は食べないんですか?」
「……私は好きなものを最後に食べる派だからかな。それとどうして敬語なの?尊敬されるようなことはしていないはずだけれど?」
「私の恨みを全て代わりに成し遂げてくれるんですよね?それなら、あなたは私の恩人ですから」
『恩人』……か、それはある意味の尊敬か、それとも私を神のように崇めている?
敬語は人間にとって色々な意味がある……心を読めるわけでもないしケールの気持ちは私には分からないけれど。
『なぜ私の事は食べないのですか?』
私はこの言葉に回答が思いつかなかった。それは何故か?と言われたら答えられない謎のモヤが頭の中にはあった。……いや、もしかしたら私はケールに『家族』になる可能性を見たのかもしれない。
それは研究欲なのか感情なのかは解らないけれど……ね
「そういえば、名前はなんて言うんですか?」
「ああ、私は『無名の』………」
私はちらっとケールのほうを見つめた。
そして少し考えた後……
「………私は『孤独の大魔族』ソリテールよ」
ソリテール、この名前の意味をそのまま取った。
私は今『無名』ではない訳だ。なぜなら私の隣には、私の事を知る者がいるのだから。
「それではソリテール様、行きましょうか」
そうして私はドアを開ける。
正直私は、今日の私が今までと違う気がしている。それはあの夢の影響なのかは分からないが………
魔族ではなく、一人の生物として生きる道をこの子から感じたのだ。
プロローグが終わりました。次回はもう少し長めにできるとは思います。
ケールの言葉遣いは最初フェルンのような感じにしようと思ったのですが、「これフェルン出したらキャラ区別できなくね?」となり軽めの敬語に変えました。
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