部屋に機械音が鳴り響く。
自分のセットしておいたアラームが作動したのだろう。
ぼんやりとした意識の中、携帯へと手を伸ばし、アラームを止める。
時刻は午前六時。
カーテンを開くと昇り始めた太陽から発せられる日光が出迎えてくれる。
自分が普段とは違う場所で寝泊まりすると、変な違和感を感じるものだが、すぐに慣れることだろう。
シャワーを浴びてから、昨日買ったサンドイッチを胃の中に入れる。
諸々の準備を済ませてから、時刻は七時。
確か、登校時間は八時半だっただろうか?
十分な余裕がある。
俺は弁当など作ったことはないので、今日は食堂で食べる予定だが、自炊とかも視野に入れといた方がいいだろうか?
料理はある程度できるが、弁当などは作ったことはない。
それもまたポイント節約のために挑戦していかなければならないだろう。気の重い話だ。
昨日の買い物での消費は6000pptといったところか。
来月どのくらいのpptがもらえるか定かではないため、50000は残しておきたいな。
英単語帳を頭に入れていると、気づけば時刻は午前八時前となっていた。
俺は赤い制服を身に纏い、カバンの中身を今一度確認してから部屋を出た。
玄関の扉を開けたのと同時に、隣の部屋からガチャリ、と鍵を開ける音が聞こえた。
俺の隣の部屋から出てきた男は、少しパーマがかかった世間一般から見てイケメンの部類に入る青年であった。
昨日は見かけなかったので、他クラスの可能性が高い。
それにしても、この学校は中学の時より顔面偏差値が高い気がするな。松下とか、佐藤とか、綾小路とか、平田とか。
顔で選んでる可能性?
いや、失礼ながら池や山内といった平均よりやや下の顔面偏差値の男子だっている。きっと気のせいだろう。
パーマイケメンはこちらにちらりと視線を向けると、軽く会釈をしてからエレベーターへと向かっていった。
よく言えばクール、悪く言えば消極的だな。
これから三年間は隣人なのだ。
仲良くしておいて損はないだろう。
どう声をかけようか。
よし、話すきっかけが見つからない時は勢いに任せた挨拶が一番だ。
「おはよう!」
「………ああ、おはよう」
控えめながらもちゃんと挨拶は返ってきた。
あの堀北という女子とは違い、ちゃんとしたコミュニケーションが取れるようだ。いや、俺は堀北のことあんまり知らないけど、なんとなく雰囲気で彼女の性格は察することができる。
「俺は佐崎涼、クラスはDだ。よろしくな」
イケメンパーマは訝しげな視線をこちらに向けながら、会話を続けてくれた。
「俺は神崎隆二。Bクラスだ」
「お、他クラスと話すのは初めてだな。これから三年間は隣人だし、何かあったらよろしく頼む」
神崎と一緒にエレベーターに乗り込む。
既に数人の乗客がいたが、このエレベーターは通常のエレベーターよりも広い。
そういうこともあって圧迫感を微塵も感じさせなかった。
エレベーターを降りてから神崎と肩を並べて学校に向かう。
学校までは10分ちょっとといったところか。
俺は松下のことを思い出しながら、神崎との会話を続ける。
「神崎はどうしてこの学校に?」
「親が薦めてきたんだ」
「へぇ、親ね」
ここからどうしよう。
松下ならどうやってSシステムのことを自然な会話の中で聞き出すのか。
会話の誘導とは、意識的に行うと随分難しい。
松下の頭の回転率と臨機応変な対応力によってなせる業というわけか。一朝一夕で身につくものではないな。
疑われない程度に練習していくしかない。
とりあえず、神崎との会話に一度間ができてしまったが、Sシステムについてどう思っているのか聞いてみることにした。
少しくらい怪しまれてもまぁ、他クラスだし別に俺の狙いに関しては問題ないだろう。
「いやー、十万ももらえるなんてこの学校はすごいよな」
「ああ、高校生にしては巨額だ。だが、十万を渡されても正直俺の手には余る」
ふむ、神崎は会話とかは得意ではなさそうだが、思慮深く冷静な一面を兼ね備えているようだった。
うちのクラスにはこういった冷静に物事を見ることができるのは平田と松下ぐらいじゃないだろうか。うちのクラスは十万をもらって大喜びはしたものの、神崎のような考えを持つ者はいなかった。
「神崎のクラスもSシステムの説明は受けたのか?」
「ああ、毎月十万もの大金を高校生に渡すのはどうかと思う。だが、倍率が高く、優秀な人材にしか合格することのできないこの高校では、入学したという事実でもう人生の勝ち組なんだろう」
「やっぱ、あの二月くらいにやった試験なのか。結構難しかったし」
「それもあるだろう」
どこか何かを知っているような顔をする神崎。
それもある。
この学校について何かを知っているのだろうか。
例えば、この学校への大まかな推薦基準とか。
だが、これは詮索してもあまり得のなさそうな話だ。合格基準がわかったとして、もう俺はこの高校に入学しているのだ。もういらない情報だ。
もしかしたら、他クラスはどうなのかわからないが、自分のクラスがこの名門校に対して平凡に見える生徒たちがなぜ入学できたのか、知ることができそうだが、それもそこまで魅力はない。
ちなみに俺が二月に受けた試験の話になるのだが、解答欄がずれてしまってそれを直していたら、時間切れになってしまったのだ。
試験の日までに一生懸命した勉強が水の泡だった。俺は泣いた。
閑話休題。
その後他愛もない会話をしながら、学校へと到着した。
#
教室に入ると、須藤が声をかけてきた。
「佐崎っ! 今日一緒に部活説明会参加しようぜ!」
須藤は声が大きいので、周りにはすぐに会話の内容が聞こえているだろう。
俺はほんの少し松下へと視線を向ける。
松下の瞳からは、多くは読み取れないが問題なし、といっているように見えた。
「よし、いいぞ。他にも男子何人か誘うか」
俺と須藤はそれぞれ、池、山内、綾小路に声をかけた。
授業は初日ということで、レクリエーション的に授業の進め方や自己紹介といった話となった。
茶柱が日本史の偉人ゲームと称したプリントを配る。
案外、あの性格がキツそうな茶柱にしては面白いものを思いつくものだ。
というか、この学校の教師は全員教え方が上手い。
授業が一切眠くならないのだ。流石は名門だ。
しかし、俺が後ろにプリントを配った時須藤は爆睡していた。うたた寝ではなく、爆睡だ。まるでそこが自分のベッドであるかのように快眠を貪っている。
俺は須藤を起こすために軽くデコピンをする。
「うあっ!?」
「あ、起きた起きた。ほら寝るなよ」
「何すんだよ、ってぇな」
「授業、わかりやすいし聞いといた方がいいと思うんだが」
「あー? そんなもん必要ねぇよ」
須藤は額に残る赤い痕を気にしながら、プリントをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ入れた。流石、バスケをやっているだけあってくしゃくしゃプリントは綺麗な放物線を描いてゴミ箱に着地した。
しかし、須藤くんは勉強が嫌いなようだ。
いや、嫌いですらない。多分、本当に言葉通り、必要のないものと考えているのだろう。
俺は試しに『I think it’s very important that we’re studying』とプリントの端に書いて須藤に見せてみる。
「おい、佐崎。これなんて書いてあるんだ?」
「須藤、これは英語だ」
「それぐらいわかるに決まってんだろ!!!」
「和訳してみてくれ」
「あい…………なんて読むんだ?」
「あー、日本語に直してみてくれ」
「私は………私たち、勉強?」
よし、こいつは一度中学生からやり直した方がいいだろう。
なんて、辛辣なことは言ったが、こいつ、どうやってこの高校に入ったんだ?
他の教科でも試してみたが、俺の見立てで言うと、こいつは偏差値40あるかないかと言ったところだろう。酷い。
俺は須藤に勉強の大切さを懇切丁寧に教えてやることにした。
「なぁ、勉強は必要なものだぞ」
「俺にはバスケがある」
「将来の夢は?」
「プロバスケ選手。なんとなくわかるだろ、俺にはこれしかないんだよ」
暗にバスケ以外は必要ない、と言ってるようなものだ。
彼の過去に何があったのかはわからないが、バスケに縋っていてそれしか見えていないようだ。
少し不機嫌になってきた須藤が口をへの字に曲げる。
「お前、先生みたいなこと言ってんじゃねぇよ」
「プロバスケ、ね。アメリカとかに行きたいのか?」
「ああ、そこでNo. 1バスケット選手になって、今まで俺のことを馬鹿にしてきた奴らを見返してやるんだよ」
立派な夢である。
俺だって昔はサッカーで全てを取ろうと思っていた時期もあったものだ。まぁ、俺より上手い奴なんて何千といるし、去年で熱は冷めた。
だが、サッカー以外のことにも目を向けないといけない時だってある。
バスケでも言えることだろう。
「アメリカに行くなら、英語を覚えることは必須だ」
「そこは、まぁ、なんとかなるだろ」
「いや、ならない。今のままのお前じゃ、海外ではやっていけない」
「んだとっ!!!」
ガタッ、と音を立てて立ち上がった須藤にクラスのみんなが視線を向けてくる。
しかし、これ以上は逆効果か。
失敗したな。
とりあえず謝ろう。
「あー、悪かった悪かった、海外ではやれないとか言ってごめん」
「………おう、わかればいいんだよ」
むすっ、とした態度を崩さないが、少しは落ち着いたようだ。クラスのみんなからの視線に居た堪れなくなったのか静かに腰を下ろす。
「まぁ、気が向いたら起きて少しだけでもいいから耳を傾けろよ」
「わーったよ。気が向いたらな」
不貞腐れたように顔面を机に埋める須藤。
言ったそばから眠る須藤に俺はため息を吐いた。
それにしても、一つ発見をした。
俺と須藤がどんなに大きな声で話していようが、茶柱はこちらに一瞥はするもののどこ吹く風といった感じで、注意をしないのだ。
前の授業でも須藤が爆睡しても他の先生たちが注意することはなかった。
これは教師たちの間で共有されているものと見るべきだろうか。
須藤が寝ても注意されないと気づいた何人かの生徒たちが既にゲームをしたり、友達同士で話したりと気が緩んでいる。
まだ数人だが、これ以上に増えるのは時間の問題だろう。
なぜ注意しないのか。
これを考えるのは松下と一緒の方がいいだろう。
変な推測をして勘違いするよりは二人で推察したほうがより良い答えが得られそうだしな。
それに、入学式から気になっていた監視カメラ。
何か関係性があるような気がしてならない。
これもまた、今日の夜松下との会合で伝えればいいかな。
それにしても、須藤健。
彼を勉強へと動かすのは非常に難しいだろう。
まぁ、無理してやるべき内容でもないか。
後で後悔するのは須藤だ、俺じゃない。
でもまぁ、友達のことは気にかけておこう、と思いながら俺は須藤を叩き起こすのだった。
#
四限が終了し、生徒たちは学食へと足を向ける。
2日目だからか、弁当を持ってきている生徒は少なく、残りのほとんどは食堂と購買に吸い込まれていった。
俺もそのうちの一人であり、食堂へと向かう。
須藤と一緒に食べる予定だったが、未だ寝ているあいつを起こすのは疲れる。そのため、そのまま放置した。
松下は他の女子との交流があるだろうし、綾小路は隣人と楽しそうにおしゃべりしている。平田は女子たちを連れて行ってしまったし、池と山内は走って食堂へと向かって行った。
ふむ、ぼっちだ。
俺は一人で少し寂しい気持ちを抑えて食堂へと向かった。
食堂では結構な数の生徒たちが昼食を食べていた。
食堂はとても広く、例えるならフードコートのような印象を受けた。
券売機も四台ほどあり、回転率はとても早い。
すぐに俺の番までやってきてから、メニューを確認する。
どのメニューも素晴らしく食欲をそそるものであり、大体300から500pptといったところか。いや、豪華なもので1000を超えるものも見ることができるか。
そして、そのメニューの端っこに奇妙な定食があった。
「山菜定食?」
0pptと書かれたメニューを発見した。
0、つまり無料ということだ。
俺は興味本位に山菜定食の食券と400のカレーライスを頼んだ。
食事はすぐに出てきた。
カレーライスと山菜定食をトレイに乗せて、空いている席を探す。
カウンター席に腰を下ろし、山菜定食に箸を伸ばす。
サラダに米、鶏肉といった普通の定食だが他のメニューと比べればどこか少し味気ない。
味は別に不味くはないが、あまり美味しいとも感じなかった。
昼飯はこの定食とカレーライスを食べなければならない。ちょっときついな。
失敗したー、と思いながら俺はなんとかどちらも食べ終わることができた。
腹も満たされたことだし、気になることもできた。
俺は一度食堂を適当にぐるりと一周歩いてみることにした。
適当に散策しながら、昼食を楽しそうに食べる先輩や同級生へとさりげなく視線を向ける。
そして、俺の予想通り山菜定食を一人で食べている先輩を見つけた。
俺は迷わず声をかける。
「どうも」
「………ん? 俺?」
俺は未だ混乱している先輩に向かい合わせになるように座る。
俺はできるだけ自分の思惑を気付かれないように慎重に言葉を選ぶ。
「先輩、なんで山菜定食食べてるんですか? 俺今日気になってそれ食べてみたんですけど、あまり美味しくなかったですよ」
先輩は悲しそうに俯く。
「俺だって好きでこれ食ってるわけじゃないんだよ。わかったらどっか行け」
俺は一言お礼を言ってからその場を後にした。
これ以上聞くと変に先輩たちから目をつけられるかもしれないからな。
しかし、収穫は大きい。
月初めなのに、山菜定食を好きでもないのに食べている先輩。その瞳にはやるせなさと落胆が透けて見えた。
これで毎月十万もらえるわけではないことが確定的となった。
茶柱の言葉だけじゃ少し確証はなかったからな。
これで来月もらえるpptは絶対に下がることだろう。
しかし、他の先輩たちは特にポイントに困っていなさそうだったな。なぜだ?
いやいや、しかし、あの先輩から得られた情報で来月のもらえるポイント下がると決めつけたほうがいいだろう。どのくらい下がるかは置いておいて。
#
授業も無事、六限目が終了した。
茶柱による短い言葉で解散となり、俺と須藤、池、山内、綾小路はまだ部活説明会までに時間があるため、学校を散策することになった。
図書室に行きたかったのだが、絶対にこのメンバーで入ると怒られるため、外の学校敷地内を探検することにした。
池が何かに気づいたのか、奥の建物を指で刺す。
「あれってなんの建物だ?」
学校案内のパンフレットを確認してみると、特別棟と呼ばれる理科室やらもう使わなくなった教室などが配置されているらしい。
俺たちは興味本位で特別棟に入り込む。
中は特に本校舎とは変わらない造りをしていたが、生徒は一人もおらず、ひっそりとした雰囲気を感じる。
「人の気配がないな」
「ああ、それに………いや、なんでもない」
綾小路は何かに気付いたようだが、はぐらかした。
俺も綾小路の視線からなんとなく察することができたが、この特別棟には監視カメラが存在しない。
ここではある程度の悪事も許されるってことなのだろうか?
いや、ここには売店も何もない。用途がわからないな。
あ、いや、売店とかないからこそ監視カメラを設置する必要はなかったということか?
まぁ、深く気にするところじゃないだろう。
すでに池と山内は特別棟に飽きてしまっており、もうすぐ5時となる。
俺たちは第一体育館へと足を運んだ。
#
第一体育館は思った以上に人が多かった。
そんな中、綾小路はある人物を見つけたようで近づいていく。
その人物は堀北鈴音であった。
俺はまだ彼女とは一言も話したことがなかったため、綾小路の跡をついていくことにした。
「よう、堀北」
「あら、ぼっちで悲惨な綾小路くんじゃない。こんなところに来てどうしたのかしら?」
堀北は俺が思っている以上にキツイ性格をしていた。あの目は冗談ではなく、本気で綾小路のことをそう思っている。
「酷い言いようだな。それにオレはぼっちでも悲惨でもないぞ。なぁ、佐崎」
言ってやってくれ、と俺に期待を込めた瞳を向ける綾小路が少し可愛かった。そんなに友達ができて嬉しいのだろうか。
「そうだぞ、堀北さんよ。俺と綾小路は友達だ」
「………? あなたは一体どこの誰かしら?」
クラスメイトのことも覚えてないとは。
コミュニケーション能力が著しく低い………、いや、独りであることを望んでいるのか。別に低いわけではない、いや、低いか。櫛田とは真逆だな。
「改めて、俺は佐崎涼。………どっかで会ったことある?」
「生憎と、私の記憶にはないわね。人違いじゃないかしら」
どこかで堀北のことを見たことがあるような気がするんだが………。
そう俺が記憶を探っていると、綾小路はしたり顔で堀北に何か言っていた。
「どうだ、オレにもちゃんと友達ができているだろ?」
「まぁ、楽しくお友達ごっこでもしていればいいと思うわ」
綾小路は納得がいかないのか、口をへの字に曲げた後俺へと向き直る。
「すまんな、こいつはこういう奴で」
「私とあなたが友達みたいに言うのやめてくれるかしら」
「ツンデレなんだな」
「そうなんだ、話が早くて助かる」
俺と綾小路でのやりとりに堀北の眉間に皺が寄っていくことが見て取れた。やだ怖い。
堀北は息をひとつ吐くとこちらへの興味をなくしたらしい。そろそろ始まるであろう壇上へと視線を移した。
部活説明会は、先輩たちがそれぞれの部活がどんな活動内容で、志の高い部活は目標を、メンバーの欲しい先輩方は面白い漫才なんかもしていて、結構楽しかった。まぁ、入んないけど。
そして、最後に生徒会の挨拶があるらしい。
この部活説明会も先生方が運営しているのではなく、生徒会のメンバーがマイクの設置や進行係など準備の全てを担っている。流石名門生徒会。
しかし、どんなメリットがあるのかわからないが、入りたいとは思わないな。
壇上に立ったのは、一人の男だった。多分生徒会長だ。
身長は俺よりも低いが、その賢い見た目からはどこか懐かしさのようなものが…………。
「堀北先輩?」
俺の記憶の中で彼は同じ中学の先輩であった。
ああ、懐かしいな。
俺の人生の歩き方を学んだのは、堀北先輩からだった。
堅実に努力して、失敗や挫折を経験しても乗り越える力を身につける。
そのあり方が俺の心に刺さったのだ。
初めて会った時、彼は俺のことを買ってくれていたのを覚えている。
中学校でも生徒会会長を務めていて、学校の中心的存在だった。
中一である俺に生徒会に入らないか、と誘ってくれたのも堀北先輩だ。まじで迷ったが、俺は勉学とスポーツを優先させ、断った記憶がある。
マイクの前に立った彼は、ジッとしたまま動くことも口を開くこともしなかった。
それを茶化すように一年生がやじを飛ばすが、堀北先輩が沈黙を貫くことで場はしらけてしまい、すぐにこの第一体育館に静寂が訪れた。
なんちゃら効果だっけか?
名前は覚えてないが、人の意識を向けさせるテクニックだった記憶がある。
30秒程の沈黙の後、堀北学はようやく口を開いた。
「私は生徒会長を務めている、堀北学といいます。我々生徒会は上級生の卒業に伴い、一年生の生徒会への立候補者を募ることになります。しかし、甘い考えをもつ生徒の立候補を我々生徒会は望まない。我が校の生徒会には規律を変えられる権利と使命が学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる生徒のみ、我々生徒会は歓迎しよう」
その柔らかくも鋭い演説は、この場にいる全ての生徒に強い印象を与えたことだろう。
あの人からは色々と学び尊敬はすれど、憧れはしないだろう。
それにしても、堀北鈴音。
思い出したぞ、他クラスの堀北先輩の妹さんか。
道理で見覚えがあるはずだ。
その当の本人である堀北は心ここに在らずといった感じで壇上を眺め続けていて、綾小路が話しかけても反応はない。
あの表情は、憧憬? 畏怖? 尊敬? 喜び? どれが正解かわからない。いや、どれも正解なのかもしれないな。少し拗れた兄妹関係と見た。
俺は松下に連絡をしてから、第一体育館を後にした。
#
松下と合流した俺はショッピングモールの主に日用品が売られている売店へと足を運んでいた。
「やっぱり、必要なものは大体予備になるね。歯ブラシと歯磨き粉、トイレットペーパーにティッシュ………あとなんかあるかな?」
「んー、シャンプーとかボディソープ、あとは筆記用具とかノートとか?」
「あー、そっち方面も必要かー。費用はなかなか抑えられないね」
生活するために必要なものを揃えるとなると、ある程度の出費は抑えられないだろう。
それから必要なのをまとめてから、売店の中を散策することにした。
もう必要なものはないかな、と思った矢先、松下に背中を指で突かれる。
ゾクっとした感覚に襲われて、少し体が跳ねてしまう。
「おい、それやめろって!」
「あはは、ごめんごめん」
「で、なに?」
「背中弱いんだなー、と」
「反省してないだろ。で、なんだよ?」
「あれ」
松下が指差したその方向には『全品無料、一人一日三点まで』と書かれた立札と一緒にシャンプーやら絆創膏、爪切りなどといったものが商品ごとに分けられることなく籠に乱雑に入れられいる。
またしても無料。
山菜定食と同じだ。
ポイントのなくなった生徒への救済処置。
もし仮に来月一ポイントももらえなかったら、多分この無料商品にお世話になることだろう。
松下はその中の一点を手に取る。
「これ、どれも中古品だったり、古い型だったりで実際の値段は結構低いだろうね」
「ポイントを失った生徒への救済処置、か」
「毎月十万ももらえるなら、こんなもの必要ないよね」
俺は松下に昼ごろの食堂にも無料定食があったことを伝えてから、それを買っている生徒も見つけたことを話した。
「なるほどね、月初なのに山菜定食………。来月もらえるポイント減るってことは確定的ってことでいいよね?」
「そうだな、その線で調べてみるのもいいだろう」
「でも、私も少し何人かの女子の先輩と話してみて思ったんだけど、ポイントに困っていない先輩も何人かいたよ。それに、踏み込んだことを聞くと答えられない、って」
「それ、先輩から目をつけられるんじゃないのか?」
「そこは任せといて、本当に偶然にさりげなく聞いてるから」
自信ありげに胸を張る松下。
なら松下を信じてみるか。
俺たちはそのまま会計したあと、近くのファミレスへと足を向けた。
店内には何個かのグループがテーブルを独占していたが、混雑しているかどうかは微妙なラインと言えるだろう。
そのまま店の端っこにある向かい合わせの二人席に腰掛け、適当に夜ご飯を注文した。
「じゃ、整理しよっか」
まだ彼女と出会って二日目だが、変な隠し事はしない。
自分の掴んだ情報全てを話すことで信頼にもつながってくるだろう。
俺は今日気づいたことを包み隠さず全て伝えた。
授業中、先生が一切生徒の私語や睡眠などの注意をしないこと。
教室の中には四隅全てに監視カメラがあること。
無料である山菜定食が存在し、それを好んでいないのに注文している先輩がいること。
松下は思案するように手を口元に持っていく。
「なるほどね、じゃあ一つずつ洗い出していこう」
「まず、先生が全く注意しないことについてだな。俺はこれが監視カメラと何か密接に関係している気がするんだが、どう思う?」
「んー、考えられる可能性としては、真面目に授業受けていない生徒を記録しているとかかな」
「それにどんな意味があるのか」
「そこに関しては少し不透明だね。何かには繋がっていると思う」
注文していた料理が届き、冷めてしまう前に一度会話を中断して黙々と食べる。
俺が注文したのはナポリタンで、松下はグラタンを頼んでいた。
松下はグラタンを冷ますためか、フォークで刺したグラタンに息を吹きかけている。
十分ほど話すことなく、食べ終わると、松下はアイスクリームを頼んだ。
「ちょっと無駄遣いがすぎるんじゃないか?」
「別にアイスぐらいいいでしょ? まだ余裕はあるしね」
太るぞ、とはデリカシーがないので口には出さずに俺はドリンクバーで注いできたオレンジジュースを喉に流し込む。
松下は俺の追及から逃れるように、話を本題に戻す。
「あとは無料商品なんかの生徒への救済処置だね」
「俺には毎月十万もらえるとは限らない、と言うこと以外にわかることはない」
「私も同意見。これ以上わかることはないかな」
と言うことでひとまずはここで一区切りすることにした。
松下がアイスを食べ終わるのと同時に、俺は席をたち、会計に向かおうとして、松下に止められる。
「ちょっと待って、流石に今回は私が奢るよ」
「いや、気にしないでくれ。これぐらいは男の甲斐性というものだからな」
そういうと、松下は不満そうな目を訴えかけてくる。
「あまりに奢られると、なんかちょっと怖いし」
俺は昔のことを思い出す。
俺の元カノは、どんな時も奢れ、といってきた記憶がある。
しかし、よくよく考えてみると、俺はこれまでの全てを奢ることで松下に気を遣わせてしまっていたのかもしれない。
俺の元カノは二股していた。つまり、もしかしたら、俺をただの財布だと思っていた、のかもしれない。
その事実に気づき、いきなり沈む心を抑えながら、俺は松下と話し合ってこれからはお互い自分の分だけを別々に払うことが決定した。
俺は重くなる気持ちを吐き出すかのようにため息を吐く。
過去のことなのだが、結構ショックだ。
「どうしたの、そんな暗い顔して」
帰り道、松下は俺の心情に気づいたのか、そう声をかけてくる。
「いや、なんでもない」
「何かあるならちゃんと話してよね。私たち、友達でしょ?」
可愛らしく首を傾げる松下が妙にあざとい。
なんとなく、彼女は俺の過去の恋愛事情について気になるのだと結論づけた。
少し油断するとすぐに情報を抜き取られそうだな、と考えながら彼女に過去について話すかどうかを天秤に置く。
その結果、話すのは、まだ早いと決めた。
これは俺の気持ちの問題であり、時間が解決してくれる。
無闇に話すのは悪手だろう。弱みにも繋がるしな。
俺は適当に話題を変える。
「あー、松下クラスで気になるやつとかいるのか?」
「………今のところいないかなぁ。私は年上好きだしね」
「そうか」
「佐崎くんはどうなの?」
松下はこれ以上俺の過去の恋愛について聞くのは諦めたのか、俺の始めた世間話に乗ってきた。
「俺は特に。まだ二日目だしな。でも、あんまり高校では彼女とか作る気はないかな」
「ふーん、やっぱり学外に彼女がいるから、三年間は我慢するってこと?」
前言撤回。
こいつ諦めずに俺の彼女に関しての詮索を入れてきやがった。
しかし、俺は話さないと決めたら話さないんだよ。
「おっと、そろそろ寮に着くな。はい荷物」
「話の誤魔化し方が下手なんじゃないかな? 佐崎くん」
「松下、お前にうまく誤魔化したとしても、お前はなんとなく察してるんだから誤魔化しは必要ないだろ」
俺は一つため息を吐いてから、エレベーターに乗り込む。
「ごめんごめん、悪気はなかったんだ」
「嘘つけ」
俺は再度ため息を吐いてから松下とは別れた。
いまだ松下とは腹の探り合いが続いているが、少しずつ見えてくるものもあるし、二日目にしては信頼も築けていると思う。
まぁ、こうやって俺のことを詮索してくるあたり、警戒はしておいたほうがいいだろうな。
俺は自分の部屋に戻りながら、これから付き合っていくことになる松下に頭を悩ませるのだった。
評価、感想で作者は覚醒します。