ようこそ百折不撓の教室へ   作:烏兎 満

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評価が美味い。


第四話 櫛田桔梗

 

 

 

 入学から一週間が経過した。

 学校には神崎と一緒に登校して、授業は真面目に受けながら須藤を起こす毎日。昼は、頑張って作ったお弁当を須藤と綾小路と一緒に食堂で食べる。

 なかなか充実した毎日を送れていると言えるだろう。

 

 この一週間では少し大きな出会いをいくつかしたが、まぁ、面倒なものもあれば、新たな他クラスの友達もできた。いい出会いなのは間違いないだろう。いや、あんまし会いたくないやつとかいるけども。

 

 神崎と別れてから、教室に入る。

 

「須藤、おはー」

「…………」

 

 須藤は気持ちよさそうに眠っている。

 まぁ、今ぐらいは寝かせといてやるか。

 

 すると、珍しく早くきている池や山内、外村に他男子数人が教室の隅に群がっている。

 何かあったのだろうか?

 

「おい、池。なにしてんだよ」

「お! 佐崎、お前も参加しようぜ!」

「何にだよ」

「今日プールあるじゃん? だから、女子の中で一番おっぱいが大きいのは誰か賭けてるだよ!」

「あー、俺は遠慮しとこうかな」

 

 道理で多くの女子が険悪な雰囲気を放ちながら、男子の悪口を言い合っているのか。

 それにしても、この時期から水泳の授業があるとは驚きだな。

 屋内プールだったか? 

 国民の税金が使われていると、作られる設備も一味違うな。

 

 しかし、こんな女子の胸で賭けをする奴らに国民の税金が使われていると考えると、日本国民は可哀想なものである。

 俺は長谷部が一番胸がデケェに決まってんだろ! と大声で叫んでいるグループにくっついている綾小路に小声で声をかける。

 

「綾小路、お前参加してないだろうな?」

「参加しちゃいけないのか?」

「いや、お前も分かってるだろうが、女子たちの視線がすごいぞ。それはもう潰された生ゴミを見ているような視線だぞ。それに、俺もこういうのはあまり好きじゃない」

「わかった、お前がそういうのなら参加は見送らせてもらおう」

 

 綾小路は池たちに近づいていき、やっぱり参加しない旨を伝えている。

 

 流石の平田もこの男子たちの行動に苦笑いをしているが、注意することはしないようだ。

 俺もここで注意すれば、きっと男子からヘイトが集まり、もし参加すれば女子からの陰口で針のむしろとなることだろう。

 

 

 

 

#

 

 

 

 昼休みも終わり、池や山内といった賭けを行っている男子たちは一直線に更衣室へと向かっていった。

 

 俺は呆れたため息を吐いてから綾小路と須藤と共にそのあとを追いかける。

 

「流石にあれはやりすぎだろ」

 

 綾小路はあの中に参加しなくてよかった、といったふうに彼らを見ている。

 

「須藤、お前も参加しなかったんだな」

「寝てて参加してねぇんだよ」

 

 入学してからは綾小路と須藤と俺の3人で行動することが多い気がする。たまに池と山内がいるくらいか。

 

 更衣室にたどり着き、バカな話をしている池たちの横で水着へと着替え、外に出る。

 

 プール場はとても広く、民間の施設よりは1.5倍くらいの広さを誇っていた。

 こんなにも広いとすぐに泳ぎたくなるな。

 小学生の頃、習い事として水泳をしていたので、泳ぎにはそこそこ自信はある。

 

 先に外に出ていた須藤の肉体はとても逞しい。

 他の男子生徒より一回りでかい体躯が、その筋肉がみせられることにより、さらに大きくなった気がする。

 

「おぉ、須藤、お前ほんと筋肉すげぇな」

「バスケやってりゃこれくらい普通だよ」

 

 須藤の筋肉を褒めればもっと喜ぶと思っていたが、意外と謙虚な反応が返ってきた。

 それよりも目を引くのは綾小路の肉体だ。

 全ての筋肉が、ぎっしりと詰められているような鋼の肉体。

 須藤の筋肉がスポーツをしていることによって身についた筋肉とするならば、綾小路のそれは必要最低限の筋肉を詰め込んでいる感じだ。もちろん、綾小路の筋肉は見せ筋ではなく、実用的な筋肉だと一目見れば分かった。

 何せ、俺だって筋トレをしているのだ。最近は暇があれば会員制のジムに通っている。

 

 しかし、俺の筋肉は綾小路や須藤と比べれば一段階くらい下がってしまうだろう。

 

「綾小路、お前何かやってたのか?」

「いや、特にそれといってやっていたものはない。強いて言えば、親が少し筋肉質だったかな」

「へぇ、親の遺伝ってのはすげぇな」

 

 もちろん、そんなことは思ってない。

 

 綾小路清隆。

 この一週間共に過ごして、気づいたことがある。

 それは、彼には世間一般的な常識が少し欠けていることだ。

 コンビニに並んでいる商品の相場やカップラーメンの味を知らなかった、なんてこともあった。

 

 最初見た時は親の束縛がとても激しいものだと思っていた。

 確かにそれはあっているのだろうが、どこか違うような気さえする。

 

 綾小路は自分の知らない常識を目の当たりにすれば、まわりにはうまい具合に気づかせないように立ち回り、違和感を感じさせないようにする頭の回転力がある。

 俺も綾小路がカップラーメンを食べた時、目を見開かなければ、彼の小さな機微を見逃していたかもしれない。

 

 常識を知らないが、それを埋める対応力がある。

 まるで、野に解き放たれた俗世間を知らないAIのような印象を受ける。

 

 まぁ、まだなんとも言えないところだな。

 

 しかし、彼がとてつもないトレーニングをしていることは確かだろう。どうして親の遺伝子、なんかで切り抜けられると思っているのかわからないが。案外、アホな子なのかもしれない。

 

 そうこうと考えているうちに、男子たちが歓声をあげたのち、落胆の声が聞こえてくる。

 

 どうやら、長谷部や佐倉などの大半の女子がプールの見学に回ったらしい。

 

 しかし、参加している女子も数人いる。

 その中には櫛田や松下、堀北といった女子がいた。

 

「松下も参加するんだな」

「まぁ、授業は受けた方がいいしね。男子はキモいけど」

「俺も露骨すぎるとは思うんだよな。池とかほんとに彼女とか欲しいと思ってるのか?」

「とりあえず、池くんはないかな」

 

 それにしても、こう、女子がスクール水着を着ていると目のやり場に困るな。

 俺も池たちと同類と見られるのは勘弁したいところなので、視線をあさっての方向へと持っていくが、悲しき性かな。視線は胸に吸い込まれるんだよな。まるでブラックホールだ。

 

「ねぇ、佐崎くん」

「なんだ?」

「見すぎ」

「すみませんでした」

 

 俺は土下座をしたかったが、流石に周りの目もあったので、体をくの字に曲げて九十度の謝罪をする。

 顔を上げると松下は怒っておらず、おかしそうに笑っていた。

 

「なんだよ」

「佐崎くんって他の男子たちと違って、胸とかあんまり見ないから、興味ないのかと思ってたけど、ちゃんと男の子なんだなって思ってね」

 

 松下は満足そうに頷く。

 

「いや、ほんと、胸みちゃったのは反省してます」

「あ、私はそんな気にしてないよ? 自分ではそういうのには理解ある方だと思ってるし。まぁ、限度はあるけどね」

 

 松下はチラリと池と山内の方を見る。

 まぁ、あいつらは今は櫛田にぞっこんだから。

 俺はこれ以上松下と一緒にいるのが気まずくなってきたところで、助け舟が来た。

 

「よし、全員集まってるな。見学が多いがまぁいい。準備運動をしてから一度泳いでもらう」

 

 体育会系、といった見た目のおっさん教師がやってきた。

 ふぅ、おっさんのマッチョな体でもみて気持ちを萎えさせておくか。やばくなったら、この筋肉を思い出そう。

 

 全員で準備体操をしてから軽く泳ぐ。

 一応、クロールと平泳ぎくらいならできるが、バタフライはできない。

 

 俺はクロールで50メートルを軽く泳いでプールサイドに上がる。

 プールは適温で地獄のような寒さは感じられない。なんて素晴らしいんだ。

 

「よし、だいたい泳げるようだな。じゃあこれから男女別50メートル自由形で競争をしてもらう。女子は人数が少ないから5人を2組に分けて一番タイムの早かったものに5000pptを、男子はタイムの早かった上位5人で決勝を行い、優勝者に5000ppt。逆に最下位には補修が待ってるから全力で泳げよ」

 

 水泳のできるものはポイントがもらえることに燃えて、できないものは悲鳴をあげた。

 しかし、先生から直接ボーナスとしてポイントがもらえることもあるんだな。

 

 まずは女子から、ということになり男子は歓喜の悲鳴をあげている。

 どうやら、泳ぐ時のお尻のぷりぷりさに目を奪われているらしい。こいつらは周りの目を気にしないのか。まぁ、俺も目で追っちゃうから何も言えないんだけどさ。

 

 2レースが終わり女子の中では小野寺が一番早かった。

 松下は32秒くらいで、悪くはない。

 

 そして、男子の番になった。

 俺は第一レースで須藤と池と一緒だ。

 

「おい、佐崎! 競争しようぜ!」

「えー、絶対お前のほうが早いだろ」

「俺も参加させてもらうぜ! 櫛田ちゃんにかっこいいところ見せてやらぁ!」

「佐崎、やろうぜ?」

 

 須藤は挑発するかのようにニヤニヤと笑ってくる。

 まぁ、勝負だけなら別にいいか。

 俺は承諾してからスタート台に立つ。

 

「佐崎君頑張ってー!」

 

 おぉ、意外と女子からの人気があるらしい。

 池と須藤は俺を目で殺せそうなほどに睨んでくる。

 

 あ、応援してくれる中に松下の姿もあった。

 俺は松下に手を挙げたつもりだったが、女子からは悲鳴が上がり、男子たちからは殺意を向けられた。手あげなきゃよかった。

 

 スタートが切られそれと同時にプールに飛び込む。

 できるだけクロールのフォームを意識しながら、バタ足の力を少しずつ強めていく。

 

 反対サイドまで到達して顔を上げると、須藤はすでにプールサイドへと上がっていた。

 

「へへ、遅かったな佐崎」

 

 得意げな顔でこちらを見下ろす須藤は、未だプールの中にいる俺に手を差し伸べてくる。

 

「負けた負けた。俺は何秒だった?」

「26.55だったぞ」

 

 中学よりも一秒落ちていたが、まぁ、5位以内には入れるだろう。しかし、須藤には勝てる気がしないな。ポイントは諦めたほうが良さそうだ。

 

 俺の時よりも大きな女子の歓声が上がり、そちらに視線を送ると、平田がスタート台に立っていた。

 意外と早く泳ぐ平田を横目に小野寺に声をかけられた。

 

「お疲れ様。佐崎くんって結構水泳できたんだね」

 

 小野寺は純粋に水泳ができる俺が意外だったらしい。

 それにしても、そのスク水であまり無防備に近寄らないで欲しいな。視線の向けどころに困る。

 

「小野寺のほうが多分俺より早いよ」

「ううん、そんなことないよ。私はずっと水泳やってるけど、佐崎くんは久しぶりにやってこれだけのタイムが出てるんだから、もう少し泳げば私より一秒くらいは早いんじゃない?」

 

 さすがは水泳部。

 去年の俺の記録を見たんじゃないかと思うくらい的確な推測である。

 

 平田は俺よりも少し早いタイムだったらしく、須藤はガッツポーズをして喜んでいる。

 

 最後となる第3レースでは、ブーメラン型の水着を着用した高円寺がスタート台に立つ。

 そのあまりの筋肉のつき方に俺は目を見開いた。

 

 須藤と似ているような筋肉のつき方だが、あれは自分で極限までのトレーニングを行い、そして、自分の体を把握した上でどこにどれだけの筋肉をつければいいのか計算している。

 どちらかと言えば、綾小路の筋肉に近いが高円寺は見せるための筋肉でもあるのか、若干綾小路よりも筋肉が膨張している。

 

 素晴らしい肉体である。

 

 綾小路は高円寺の隣のコースに位置しており、いつも通りやる気がなさそうだ。

 

 スタートが切られると、高円寺はとんでもないスピードでクロールを開始。形はとても洗練されていて、まじでプロの水泳選手になれるんじゃないか、と思えるほどの速さだった。

 流石の小野寺も驚いているようで、口を半開きにして高円寺に視線を向けている。

 

 綾小路はというと高円寺より十秒くらい遅く到達していたが、異様にフォームが綺麗だった。

 あれにもっと力を入れれば絶対にスピードも出るはずなんだが、そこは自称事なかれ主義の綾小路くんだった。

 

 しかし、綾小路の肉体といい、クロールのフォームの綺麗さ、歩く時の体の重心などを加味すると、こいつの身体能力は高円寺までは行かずとも、須藤くらいのポテンシャルがあってもおかしくない。

 でもまぁ、彼の普段からの行動を顧みるに目立ちたくないのだろう。勿体無いことだ。

 

 タイムで決勝に選ばれたのは、俺、高円寺、須藤、平田、三宅の5人。

 

 結果は言うまでもなく高円寺の圧勝。

 須藤は悔しそうに歯軋りしながら、俺の方に向かってくる。

 

「ちっ、あの野郎、態度がムカつくぜ」

「でもまぁ、高円寺は性格はあれだが、授業も真面目に受けてるし、運動神経抜群だから。文武両道ってやつができてるな。性格はあれだが」

「気にくわねぇぜ」

 

 須藤は高円寺のことがどうにも嫌いらしい。

 高円寺の性格はなかなかに言葉にできないほどに難しいやつであるが、文武両道ができるのは間違いない。

 たまに高円寺が真面目に授業を受けているのを見ると吹き出しそうになるのだが、失礼というものだろう。

 

 こうして無事、最初の水泳授業は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 さて、そろそろ櫛田の件について着手すべきだろう。

 あれからと言うもの、相談なんてものは何一つなく、櫛田は俺との関係を高校で初めて会った男子生徒として接してくる。

 

 しかし、これ以上放置すると気付かないうちに櫛田がクラスメイトたちの信頼に根を張り、櫛田へとクラスメイトの秘密が流れてしまうだろう。

 そうなれば、いつかの中学の惨状になりかねない。

 

 俺は櫛田にちょっと、相談があるから今日の午後五時にカラオケで待つ旨をチャットを送った。

 

 そもそも、櫛田はなぜ多大なストレスを抱えてまでクラスメイトの秘密を知りたがるのか。

 考えられる可能性はいくつかある。

 一つ目は、中学の時みたいにクラスメイトの秘密を暴露することに快楽を見出してしまっていること。

 二つ目は、本当にみんなとただ仲良くなりたい、ということ。いやまぁ、これはほとんどないか。

 三つ目は、チヤホヤされたいから。承認欲求ともいう。信頼を得ることで、それが満たされる。

 

 このぐらいかな?

 今日はそれについて聞いた後、ストレス発散でもしてもらおうか。

 

 きっと、櫛田は俺のことを信用していないだろう。

 彼女は一番人に信頼されるように努力している。そのため、人の信頼や信用による言葉がどれほど脆いものか一番よく知っているはずだ。まずは行動で示していかなければならない。

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 放課後、俺は櫛田よりも先にカラオケルームに到着していた。

 櫛田はチャットには既読をつけたものの、返信はない。

 来ない可能性も考えてみたが、それはあり得ないだろう。

 櫛田とて自分の本性を知る男が会いたい、と言えば必ず会いに来るだろう。放置すれば、バラされる危険性があるからな。

 櫛田は相変わらず、交友関係を広め、深めていっている。とりあえず、中学の反省はしていないだろう。

 

 

 予定の時刻より10分遅いが、カラオケルームの扉がガチャリと開いた。

 そこにはクラスメイトに向けるような優しい顔が貼り付けてあったが、目は笑っていなかった。

 

「よお、櫛田。ちゃんと来てくれると思ったよ」

「えっと、相談って何かな?」

「もうそれ外せよ。疲れるだろ?」

 

 その言葉と同時に櫛田は自分の中のストレスを吐き出すかのようなため息をついた。

 たった一週間の期間自分を殺し演じ続けるのはさぞきついことだろうが、櫛田はそれを三年も続けたのだ。ストレスは溜まるだろうが、これくらい朝飯前だろう。

 櫛田は先ほどまでの優しい顔を冷徹な顔に塗り替えた。本性のお出ましだ。

 

「はぁぁぁぁ。久しぶりだね、佐崎くん。彼女は元気?」

 

 最初っからとんでもない皮肉のストレートをかましてきた櫛田は、俺と向かい合わせになるようにどっかりと腰を下ろした。普段の櫛田からは想像もできない仕草と言動である。

 

「生憎と随分前に別れているもんでな」

「そうだもんね、財布が空になったら誰だって捨てるもん」

 

 すぅぅぅぅぅ。泣いていいかな?泣

 

 まぁ、冗談は置いておいて本題に入るか。

 

「盗聴されているとは思わないのか?」

「もちろん思ってるよ。ちゃんと準備はしてきたし」

 

 櫛田は懐から平べったい直方体を取り出してこちらに見せつけてくる。

 まぁ、盗聴なんてしてないんだけどね。できるだけ信用されたいし。

 本当は妨害機じゃなくて、盗聴発見機のほうが信用されやすかったのだが、妨害機を櫛田が選んでしまった以上、どうにもならないだろう。

 

「まぁ、盗聴する気はなかった、といってもお前は信じてくれないだろ?」

「うん、もちろん信じないよ? でも、佐崎くんが自主退学するっていうのなら、考えてあげてもいいけど」

 

 あざとく首を傾げながら、微笑む櫛田の認識を改める。

 俺が思っている以上に櫛田は攻撃的な性格らしい。いや、それほどまでに自分の本性を知っている存在が怖いのか。

 だが、櫛田に信用を得るためには、彼女の本性や黒い過去を武器に交渉してはいけない。

 

 今の段階では、彼女の信頼を得ることはできないだろう。

 だが、彼女とて迂闊に俺に触れば過去のことを暴露されるリスクがある。

 俺はそれをするつもりはないが、櫛田は俺を信用していない。このリスクに関しては慎重になるはずだ。

 

「一つ聞きたいことがある。なんで、櫛田は自分を偽ってまで演じて、みんなに優しくしようとするんだ?」

 

 櫛田は俺の質問を聞いて、目を閉じる。

 先ほどまでの刺々しい態度は鳴りを潜めて、意識を自分に向けているようだった。

 

「私、昔から頭も良くて運動もできて、なんでも一番を取れていたんだ。一番を取れば、みんなが褒めてくれる。それがたまらなく心地よかった。でも、学年が進むごとに、私が一番を取れる数が減っていった。一番が取れなくなったら、悔しくて悔しくて、気持ちが悪かった」

 

 俺のことを信用していないくせに、櫛田の口は止まることなくこれまで溜めてきた自分の気持ちを吐き出す。

 

「私は凡人じゃないけど、天才にはなれないって気付いたんだ。だから、私は私なりに一番になれるものを見つけた」

 

 櫛田はゆっくりと目を開いた。

 その瞳は真っ直ぐに俺へと向けられている。

 

「なるほどな」

「そのわかったかのような佐崎くんの態度、私は嫌い。初めて会った時も、気持ち悪かった。私の全部を見透かされているような気がして」

 

 出会った時から、俺は嫌われているらしい。

 

「で、私の在り方を聞きたいために呼び出しただけ? それなら今すぐ帰りたいんだけど」

「いや、後もう一つある」

 

 俺は席から立ち上がり壁にかけてあるマイクを手に取る。

 そして、それを櫛田に差し出した。

 

「歌おうぜ」

「…………は?」

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 

 

 

 それから、俺と櫛田は時間いっぱいまで歌い尽くした。

 櫛田もだいぶストレスが溜まっていたのか、次の日に支障が出るんじゃないかと思うくらいの大声で歌っていた。

 

 歌い終わった後、櫛田は肩を上下させて息を切らしていた。

 

「はい水」

 

 水のコップを手渡すと何も言わずに奪い取り、一気に飲み干した。

 

 カラオケから出て、櫛田と共に寮へと向かう。

 他の生徒に見られる可能性を嫌がった櫛田は、少し遠回りをした。

 

 道中、俺たちは無言だった。

 寮に着く一分前、俺はその静寂を無視して口を開く。

 

「歌えばストレスは飛ぶだろ?」

「ごんなんで飛ぶど思っでるの? んんっ、あんたの頭が飛んでるの間違いじゃない?」

「喉、大丈夫か?」

「………………」

 

 ガラガラ声の櫛田の喉が少し心配だが、明日までに治してくるだろう。少し負担をかけすぎた気もするが、喉で全力で歌うのが悪い。最初は上手かったのに、途中からもう投げやりだったしな。

 

 櫛田は眉間に皺を寄せる。

 

「意味わかんない」

 

 それだけ言い残してから櫛田は寮へと走っていった。

 

 失敗か、成功か。

 まぁ、及第点はもらえるだろう。

 彼女とて人間。

 限界はいずれくる。

 しかし、それを治すことはできなくても延長させることは可能だ。

 

 今回の話し合いで彼女の信頼を勝ち取れる可能性を感じた。

 

 この残された時間で、俺は櫛田の信頼を勝ち取ってみせるさ。

 

 





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