返信はしないだろうけど、感想とかください。
とても参考になります。
五月に入ってから最初の休日。
俺は午前中に一時間ほど勉強した後、ジムへと向かう。
ジムの利用は会員制となっており、毎月500prを支払うことで、いつでも利用可能な超快適ジムである。
学校全体ではあまり利用者がいなくて知られていないためか、日曜の午前中はこの広いジムもガラン、としていて寂しい印象を受ける。
だが、奥の方からガチャン、と言う音が響いたので誰かいることは確かだろう。
まぁ、こんな日曜の朝から筋トレをしているやつなんて一人しかいないのだが。
俺はその音の元へと近づいていく。
いわゆるベンチプレスと呼ばれる筋トレ器具のベンチの上に汗をかいて座っているハゲマッチョがいた。
彼は俺の存在に気づいたのか、こちらに手を挙げて迎えてくれる。
「久しぶりだな、佐崎」
「久しぶり。少し立て込んでたからジムから足が遠のいちまった」
「あぁ、どうやらお前のクラスは相当大変そうだと見えるが、実際はどうなんだ?」
「そりゃもう、そちらと比べると天と地ほどの差があるんだからな。全く首が回らないよ」
「0clになるまで吐き出すとは、お前のクラスはどうなっているんだ?」
「それはこっちが聞きたいと言いたいところだが、まぁ、責任は俺にもある。これからさ、これから」
俺は手早くジャージに着替えてから、葛城の隣に設置されているベンチプレスのベンチに横になる。
重りは準備運動として40kgにして、上に上げる。
久しぶりにやったからか、少し重く感じるな。今日は50kgまでにしよう、と思い10回上げ下げを3セット行う。
ベンチプレスは主に大胸筋と上腕二頭筋を鍛えるメジャーな筋トレだ。
俺は一度起き上がり、懸垂をしている葛城に声をかける。
「なぁ、俺たちこうやって一緒にいていいと思うか?」
「それはどういう意味だ?」
「なんというか、ほら。先日、Sシステムについて聞いただろ? なら、俺たちは敵同士ってわけだ」
葛城は懸垂ををやめてこちらに向き直る。
「お前の言いたいことはわかったが、俺はお前のことを良い友人だと思っている。クラス間の闘争とは関係のない、ただの友人だ」
真顔で友達だと言われるとどこか照れるな。
だが、葛城から友達という認識を得ていることが素直に嬉しかった。
俺は照れ臭さを隠すために、わざと大仰な態度をとる。
「そういうことなら、俺も友達でいてやろう」
「だが、敵となれば容赦はしないからな」
「望むところだ」
しかし、そうは言っているが葛城は俺たちのクラスは眼中にないだろう。そりゃ940の差はかなりあると思う。だが、逆に考えれば油断も隙もあるということだ。
それから、俺と葛城は一緒に黙々と己の筋肉と向き合うのであった。
#
時刻は11時をまわり、俺はシャワーを浴びた後軽くワックスで髪を上げてから先日買った私服を身に纏う。
そう、俺はこれからランチデートだ。
というのは建前で、松下と一緒に昼飯を食べながらこれからのことについての話し合いである。まぁ、あんまり話し合うことなんてないのだが、松下が必要だという。まぁ、デートということで気分を高めておくとしよう。
俺はなけなしのポイントを使って私服を買っていたのだ。上のスウェット3000、アウターに5000、ジーンズに4000、ベルトに1500。小型バックに2000。
俺の残りは40000を切ってしまった。きつい。
俺は約束した時間の10分前にケヤキモールの前に到着すると、すでに松下は携帯をいじって立っていた。
やべ、デートって女子より先に来ないといけなかったんだっけ?
俺は、先ほどまでのゆっくりとした足取りを、できるだけ急いできましたよ、と言った感じを出すために小走りで松下の元へと向かった。
松下は俺に気づいたようで、こちらに手を挙げて応えてくる。
松下はデニムスカートに丈の短いアウターを羽織っておりいつもよりも大人っぽい印象を受ける。
松下を褒めるより先に、松下が口を開く。
「わ、随分かっこよくなったね?」
「え、あ、どうも」
「あはは、反応がわかりやすいよ、佐崎くん」
そんな女子からかっこいい、なんて言われたら誰でも照れるわ。
俺は松下の歩幅に合わせながら、他愛もない会話を続ける。
「まぁ、ワックスつけてるところなんて一度も見せてないからな」
「いつもノーセットだもんね。それでも、女子たちの間では人気なんだよ?」
「人気? 俺が?」
「自覚なし、か。ほら、女子たちの間でも人気ランキングってあるんだよ」
「なにそれ知らんわ」
「えーとね、ほら、これ見て」
松下は携帯を少しいじったかと思うと、こちらに画面を向けてくる。
そこには、イケメンランキング第3位の欄に俺の名前が記載されていた。どうやら、女子専用の匿名掲示板らしい。
ふむ、第3位。
まぁ、自分ではあまり言わないが心の中では鏡を見た時自分のことを結構イケメンだ、と思ったりする。口には出さないが。
こういうときは謙虚にした方が印象が良い。
「へぇ。でも、俺よりイケメンなやつはいるよ。神崎とか」
「あー、でも神崎って子、少し堅いからあんまり人気じゃないよ?」
あ、これイケメンランキングと称されたただの人気ランキングだ。
「でも、こうやって髪整えて私服みると、一位とか狙えると思うよ? 絶対クラスの女子が今の佐崎くんみたら半分くらいは惚れると思う」
言い過ぎだわ、と二人でひとしきり笑っていたら、気づけばレストランに着いていた。
予約していた席に座り、適当に注文をつけてから今回の本題に入る。
「さて、Sシステムについての話し合いと行きますか」
「うん、そうだね」
「まず、俺たちはクラス間同士の争いとクラスの成績が支給されるポイント、clに授業態度なんかが影響することを見抜けなかった」
まずクラスの成績に関する話。
これは手痛い失敗だ。
これに早い段階で気がつくことができていれば、clが0なんていうふざけた数字にはならなかったはずだ。
「でも、終わったことを気にしすぎない方がいいよ」
「そうだな。とりあえず、まずはクラスをまとめることだな」
注文していたハンバーガーにかぶりつきながら、サンドイッチを頬張る松下に話しかける。
「今のところは問題ないんじゃない? あれから全員真面目に授業受けてるし。問題は定期テストのほうだと思う」
「………赤点組か」
「特に勉強会に参加してない池くんや山内くん、須藤くんなんかが心配かな」
「退学にどんなペナルティがあるかわからない。見捨てるわけにはいかないさ」
「でも、どうするの? 簡単には勉強会に参加してくれないと思うけど」
「そのことなんだが、堀北から任せてほしい、っていう話をもらったんだ」
松下はここで堀北の名前が出てくるとは思っていなかったのか、少し意外そうにサンドイッチの最後の一切れを口にする。
「あの堀北さんが?」
「らしい。でもまぁ、交流を一切絶っていた堀北がやるって言ったんだから、任せてもいいと思う。頭もいいし」
「んー、なんか問題起こしそう………」
どうやら松下は堀北にあの3バカを任せることが不安らしい。
「佐崎くんが教えればいいんじゃない?」
「俺は平田が開いた勉強会に参加しないといけないんだ。うちのクラスは結構学力低いから、全体的な底上げも必要だ。それに、堀北は勉強会には参加したくないだろうから、堀北から提案してきたこの話は結構うまいと思う」
「大丈夫かなぁ」
「いざとなれば俺がやるさ」
「ならいいけど」
話を一区切りして、次は他クラスの情報について交換することになった。
他クラスに関しては、女子同士のつながりが多い松下が一つずつ話していく。
「まずはAクラス。全体的に学力が高いみたいで、リーダーが二人いるらしいよ。葛城くんと坂柳さん、だったかな?」
「多分それで間違いない。Aクラスに関してはまだ雲の上の話だ。あっちだって俺たちのことは眼中にないだろう」
「次にBクラス。Bクラスは全体的に真面目で横のつながりが強い印象があるかな? 委員長、リーダーは一之瀬さんっていうらしい」
「一之瀬…………は、知らないやつだ。どんな人物なんだ?」
「んー、私もよく知らないんだよね。噂では、どこまでも善人で優しいらしいけど、結局は噂だからね」
「これは一度どこかで会っておきたいな」
「それで、最後にCクラス。Cクラスはちょっと喧嘩慣れしている生徒が多いと思う。最近、CクラスがBクラスにちょっかいかけてるみたいで、そのニクラスはclでも差があまりないしバチバチだと思う」
俺たちは一度会計をしてから店を出て、ケヤキモール内を歩きながら話の続きをする。
「で、Cクラスのリーダーは?」
「龍園くん、っていうらしいんだけど、Cクラスの女子のみんなが結構怖がってるみたい」
「恐怖政治ってことか?」
松下は小さく頷く。
「喧嘩慣れしている奴らを束ねているとか、普通のやつじゃなさそうだな」
「これくらいかな、あとはクラスの内情でいうと軽井沢さんと平田くんが付き合いだしたってことかな」
「まさか、あれが本気の恋愛をしているとでも?」
「え、どういう意味?」
やべ、口が滑った。
あまり自分が観察したことからの推測は人に話さないようにしているが、どうにも今日は口が軽いみたいだ。
「あぁ、いや、恋愛してると思うよ、うん」
「え、さっきと言ってること違うじゃん」
クソっ!
流石に松下相手には誤魔化すことはできなかったか。
俺は誰にも口外しないことを約束して、これが俺のただの憶測であることも伝えた。
「あの二人、どうも関係が薄っぺらく見えるんだよな」
「というと?」
「恋してる奴らって何となく見ればわかるんだ。誰に恋してるかとかはわからんが、あの二人が一緒にいる時の行動や目の動き、言葉遣いが俺から見て安っぽいのさ」
「ふーん、そうなんだ。前から思ってたけど、佐崎くんっていつも人のことを探るような目で見てくるよね」
「え、そう見える?」
「みる人によれば気づくと思うよ?」
まじか。
確かに、言われてみれば櫛田にもそう言われたな。
よし、今日櫛田と会う予定だから、視線のやり場に気をつけよっと。
そんなこんなと話し込んでいると、ゲームセンターに到着した。
「ねね、あれやろうよ」
松下が指差した先には、クレーンゲームがずらりと並んでいてアニメのぬいぐるみやフィギュア、お菓子なんかも取れるようだ。
正直、クレーンゲームの才能が皆無な俺はただポイントが吸い込まれるだけなのでとても嫌なんだが、ここで渋るのはダサい。
よっしゃ、(ポイント)出すだけ出してやるよぉ!(残り38600)
「松下、何が欲しい?」
「んー、これ」
松下は数あるクレーンゲームの中からじゃがり◯のカップがたくさん置いてあるシンプルなクレーンゲームを選んだようだ。
「よし任せろ」
携帯を台にかざしてゲームがスタートする。
俺は慎重にクレーンを動かして、奥行きも確認して完璧に真下となるところに落としたはずだった。
しかしクレーンは、弱い力でカップを掴むことなく上へと上がっていった。
「よし、やめ」
松下もその後一回挑戦したが、何の成果も得られていなかった。
それから二人でゲーセンをひとしきり楽しんでいたら、気づけば二時間が経過していた。
俺は携帯で現在時刻を確認する。
「おっと、悪い松下。このあと人と会う予定があるからここで」
「え、あ、もうこんな時間なんだ。楽しくて時間忘れちゃってたよ」
「そりゃよかったよ。んじゃ、また明日」
「うん、また明日」
最後に見せた松下の顔は少し寂しげだったのが印象的だった。
#
櫛田とは、毎週末にカラオケで会う約束をしている。
櫛田とて、自分の本性を知られている相手は目障りで恐ろしい存在に見えるだろうが、こうやって毎週会いにきてくれるのはやはり、自分の本性を気兼ねなく見せられる存在が俺しかいないからだろう。
もちろん、櫛田と俺が密会していることを見られることは櫛田からすれば色々と不都合だろう。
だから、櫛田との待ち合わせはいつもカラオケで時間をずらして集合する手筈になっている。
今日は櫛田が先にカラオケで予約をして部屋をとっているとのことなので、俺はカラオケに入り店員に確認してから指定の部屋を目指す。
指定のカラオケルームのドアを軽くノックしてから開くと、櫛田はクラスで見せるような天使のような笑顔で出迎えてくれた。
「あ、佐崎くんっ! 待ってたよ!」
「おー、櫛田。で、相談って何だ?」
自然に話の流れを作るように会話を合わせたが、いつもの櫛田だったらカラオケルームに入ってすぐに大きなため息から始まり、隠すことなく本性丸出しでクラスメイトの愚痴を吐きまくる。
それが、今日の櫛田はクラスメイトたちに見せる態度と笑顔のまま俺を出迎えてきた。
俺はその理由についてすぐには理解できずに、頭を回転させる。
正直、俺は櫛田について観察しても深くは推測することができない。つまり、俺の天敵だ。観察しても感情を推測しても、完璧に理解できることは難しい、ということだ。
すると、櫛田は携帯をこちらに向けてきた。
その携帯はメモ帳のアプリを開いており、そこに短く文字が打たれていた。
『動くな』
俺は櫛田のその意図が分からなかったが、書かれた通りに両手を上げる。
櫛田は無警戒に俺に近づくと俺のポケットから携帯を取り出して画面を確認する。
バックからピーピー音のなる機会を取り出したかと思うと、それを俺に近づけた。何かを念入りに確認するかのように俺の周囲をぐるぐると回る。
5分間、そんな状態が続いてようやく満足したのか、俺から離れた。
櫛田は先ほどまでの天使のような笑顔は鳴りを潜めて、訝しげな表情をこちらへと向ける。
「…………本当に録音とかしてないんだね」
「当たり前だろ。俺は本当にただお前と一緒に話したいだけだ」
「それにしても、なんで今日はそんなに髪の毛とか整えてるのかな?」
「それは、まぁちょっとデートしてたから」
櫛田の眉がぴくりと動いたような気がしたが、なぜ俺のデートという言葉に反応したのか全く分からない。
「ふーん、それは松下さんと?」
「……なんでわかった?」
「佐崎くんは松下さんと仲良いからね。もっぱら噂されてるよ?」
「それは知らなかった」
俺と松下は本当にただの友達なんだがな。
すると櫛田は突然こちらにぐっと近づいてきて、俺の顔をじっと見つめた。その距離なんと十センチくらいで、少し俺が櫛田に近づけばキスしてしまいそうな距離。
俺は女子特有の甘い香りを鼻に感じながら、少し心臓が高鳴る。
櫛田も性格はアレだが、容姿はずば抜けて可愛い。スタイルだって良いしこのほぼゼロ距離の状況は、櫛田の本性を知っている俺でも揺らぐものがある。
「な、なんだよ」
俺のその態度に満足したのか櫛田は軽く笑った後に俺を見透かすかのような視線を向けてくる。
ああ、なるほど。確かにあんな目を向けられたらあまり良い気分にはならないな。
「松下さんとは付き合っていないみたいだね」
「もちろん、俺と松下は友達さ」
櫛田は目を細めてからもうその話には興味がなくなったようでマイクを手に取る。
俺も無言で櫛田からマイクを受け取り、そのままいつも通りの二人だけの歌唱大会が始まった。
歌いながら、俺は不審な行動を取る櫛田について考える。
俺は櫛田の小さな変化に気づいていた。
今日の行動全てを加味した上で、俺は一つの結論に辿り着いた。
いつもよりも大きな声でどこかすっきりしたかのような顔で歌う櫛田は、前よりも俺への軟化した態度から察するに俺を信頼し始めている。いや、信頼とはまだ言えないが、それに近いものをだき始めている。
まぁ、一歩前進か。
だが、何か一つの間違いでそれは簡単に崩れ去るだろう。
だが、これを一つ一つ積み重ねていけば、やがて簡単に崩れることのない強固な信頼へと進んでいくはずだ。
胸の内に広がる達成感のような暖かいものが広がっていくのを感じながら、俺は櫛田と一緒に歌い続けるのだった。
#
櫛田と別れたあと、俺はある人物のいきなりの呼び出しに眉を顰めながら、あるカフェを目指して歩いていく。
カフェに到着すると、店内のカウンターに座る3人の姿が目に入り、俺はそれに並ぶように座る。
「お、きたきた」
俺は二人の女子については知っていたが、今しがた話しかけてきた金髪の男については何も知らなかった。
「ちょっと遅いんじゃない?」
少し不機嫌そうにこちらに不満げな視線を向けてくる神室。
俺もいきなりの呼び出しだったので不本意そうに応えることにする。
「お前らがいきなり呼び出したからだろ? で、何のようですか、坂柳有栖さん?」
「ふふ、これは申し訳ありませんでした。橋本くんがどうしても会いたい、ということなのでこの場を設けさせてもらいました。お友達のお願いを無下にはできなかったということで納得できませんか?」
俺は橋本と呼ばれた生徒に視線を向ける。
誰がどう見てもチャラそうな男子生徒であり、俺とは全く面識がない。
「納得はする。で、建前の話はどうでも良いよ。何が目的だ」
「随分と警戒されているようですが、本当に橋本くんが佐崎くんに会いたい、ということなので、もう一度言いますがこの場を設けさせてもらったまでのこと。あとはお二人のお好きにどうぞ」
薄く微笑んで私たちは関係ないですから話してどうぞ、スタンスをとる坂柳にため息を隠せない。
坂柳有栖。
こいつと俺が出会ったのは、入学から一週間の月日が経ったとあるコンビニである。
詳細は省かせてもらうが、神室の万引き場面に居合わせた俺は坂柳に目をつけられてしまった、というわけだ。
俺自身、こいつは剥き出しの刃物、というイメージがある。
とにかく、性格が攻撃的、ということしか俺には分からない。櫛田同様、何を考えているのか深く理解することができない。
とにかく、こいつは危険だ。
だが、放置するわけにもいかない。
これから戦うべき相手の情報はなるべく引き出す、という目的で俺は坂柳の呼び出しに応じたのだが。
橋本正義、か。
ご紹介に授かった橋本は、軽薄な態度で接してきた。
「よぉ、佐崎。姫さんから聞いたと思うが、俺が橋本正義だ。よろしくな」
「おう、よろしく、橋本。で、俺に会いたいってどういうことか聞いても良いか?」
「いいや? ただ、Dクラスの切れ者って噂を聞いたから、連絡先だけでもって思ってな」
少し会話しただけで彼の本性は透けて見ることができた。
やはり、坂柳よりもわかりやすい。
しかし、こいつの考え方は少し俺に似て打算的だ。
泥舟には絶対に乗らない。リスクリターンを論理的に導き出して、最善の答えに辿り着くためにはどんな手でも使う、といったところか。多分、人を見る観察眼とかも似ている。
だが、俺はこいつの在り方はあまり好きになれない。
俺とこいつで決定的に違うところがある。それが何かわからないが、いつか関わっていくうちに見えてくるものがあるだろう。
俺は橋本と連絡先を交換してから、その場を後にしようと思ったが、店員から紅茶を渡された。
「佐崎くんもゆっくり世間話でもどうですか? ここは私が奢りますよ?」
どうやら坂柳はここにきた俺を逃す気はないらしい。
紅茶も奢られてしまったことだし、上げた腰を席に降ろす。
「世間話、ねぇ。別に俺は神室の件を学校に報告するなんてことはしないぞ?」
「もちろん、そのことについては信用してますよ。それに、あなたはその証拠を持っていないでしょう?」
「はいはい、で、何を話せば俺は帰ることができるんだ?」
正直、今すぐにでも帰りたいところだ。
Aクラス3人とのこの密会は、こちらとしては美味しいものじゃない。
「ふふ、そう結論を急がないでください」
「世間話とかすると、お前に余計な情報を与えそうだからな。早く本題を話せ」
坂柳は俺のこの態度もどこ吹く風、といった感じで薄く微笑む。
「仕方ないですね。では、話させてもらいますが、あなた方Dクラスは定期テストのことについて困っているのではないですか?」
「いーや、全く困ってない。それがどうした?」
「ふふふ、強気な態度は弱さの裏返しですよ? 私たちに協力してくださるのであれば、今回の中間テストの攻略法をお教えいたしましょう」
「具体的な協力の内容を聞きたいな」
「それは、葛城くんを失脚させるためのお手伝いです」
なるほど。
今日聞いた松下が集めた情報は間違っていないらしい。
坂柳からしたら葛城は邪魔、ということか。
「それは、俺が葛城と友達なのを知ってて言ってるのか?」
「えぇ、もちろん。あなたはクラス間の争いに私的な感情を挟まない、と私は見ているのですが、間違っているでしょうか?」
確かにその通りだが、とても胸の痛くなる提案だ。
中間テストの攻略法が気になるが、まだ手伝いの具体的な内容を聞いていない。
「手伝いってのは何だ? もっと具体的に教えてくれ」
「この学校では特別試験、と言われるクラスポイントに大きく関わる試験が定期的に実施されます。次の試験ではおそらく、私が参加することはできないでしょう。そうなると、葛城くんが必然的にAクラスのリーダーとして台頭するはずです。そこからはもう、あなたなら理解できるでしょう?」
どこからそんな情報を掴んだのかはわからないが、とても有益な情報といえよう。俺はここにきてからすでに録音を作動させている。
しかし、ここまで俺に情報を吐くのはそれ自体に脅しの役割もあるのだろう。勝手に聞かされてもう引けないところまで来てしまった。厄介な話だ。
「断る選択肢はなさそうだな」
「そんなことはないと思いますよ?」
「だが、その条件だとリターンが少ない。こっちは攻略法を得るために、お前の都合のいいように葛城を失脚させて、Aクラスの手伝いをする。それに俺たちは攻略法なんてものは必要ない。と言ったら、どれだけのものを用意できるんだ?」
「あなたの望むものは?」
俺はその提案を待っていた。
遠慮なく言わせてもらおう。
「50万だ。どうだ、安い話だろう?」
「ふふ、やはりあなたは面白いですね。いいでしょう、今すぐに用意はできませんが一週間以内に攻略法と共に50万prを送金いたしましょう」
「決まりだ」
もう少し大きく出ても良かったのだが、そうすると次の次くらいの特別試験とやらにも協力を要請されそうなので、これくらいが妥当だろう。
葛城には悪いが、これはAクラスをかけた4クラスの競争だ。
そこに友情などの私情を挟むのは、愚か者のすることだ。他人の感情を計算に入れるのは当然のことだが、自分の感情を入れるのは間違いだ。そこの区別を怠ったものから足元を掬われる。
俺は話は済んだので席を立ち、この場を去ろうとした時、神室に袖を掴まれて足を止める。
「私とは連絡先を交換してくれないの?」
「……ん? なんだ交換したいのか?」
「………やっぱりいい」
「わかったわかった、拗ねんなって。はいよ」
神室真澄。
彼女は手癖の悪い万引き常習犯。
あの日以来、すれ違った時会釈する程度の関係だった。いや、こいつは会釈なんてしなかったけども。
どういう感情なのか分からないが、仲間外れが嫌なのか。それとも坂柳の指示なのか、今の俺には見当がつかない。
連絡先を交換したあと、俺はその場を今度こそ立ち去った。
激動の一日であった。
本当に休日なのか? と疑問に思ったが、まぁよしとしてから帰路についたのだった。
来週からテスト勉強しないといけないので、今週1、2話が限界かもしれません。
評価くれたらギリ三話まで行けるかも?(強欲の壺)