呪いで武器を扱う事しか性欲発散できない俺が人型の魔剣でようやく卒業するやつ 作:ギンギン丸
無心に振り続けた。剣を、槍を、弓を。
父に褒められるとそれが嬉しくてもっと練習を続けた。走った。身体に負荷を与えた。大の大人が泣き出すほどの痛い思いを幼少期から続けて来た。
認められたかった。かの高名な
鍛えた。強さがこの世界で自らの意志を貫く為の最低条件。幸い私には才能があった。鍛えたら鍛えた分だけ他の騎士と戦える時間は長くなる。負けた相手の戦闘を見て学んだ。どう振ればもっと自由に剣を扱えるようになるのか。丈夫な身体に産んでくれた両親へは感謝の念が絶えない。父の力強さ、文官であった母の聡明さ。それらを合わせ持った私は湖の淑女の寵愛を受けた子だと賞賛された。
直ぐに並の騎士では相手にならなくなり、早々に遍歴騎士としての旅を許された。
経験。そればっかりは日々の修練だけで得られるモノでは無い。甘かった。舐めてた訳では無いが、予想外の事態が毎日起きる。慣れない野営での急襲、食料の相場が分からず騙された事もある。襲われていた隊商に助太刀したが、後に襲われていた方が先に手を出していた事が分かり賠償金を支払う羽目になった。
人間の醜い所も美しい所も見た。たくさんのモンスターを狩った。あの頃に振るえなかった剣が振るえるようになった。技のキレも旅に出る前とは比べ物にならない程に上達したと自負している。最近は手こずるような事も減った。
しかし、分からなくなった。
あの頃の剣の一撃には“思い”が乗っていた。幼稚な一振りには夢があり、純粋な思いの発露としての力があった。今の私は技が鋭くなるにつれて失っていく“何か”を日々感じている。
恐らく未熟な私の精神が生み出す気の迷い……揺らぎによって生じる幻覚なのだろう。しかしそれはジクジクと私の胸を蝕んで離さない。湖の淑女に認められて聖杯騎士になるという夢が今はどこか遠くに感じる。
私は何をしているのだろう。遍歴騎士として得たこれらが本当に聖杯騎士としての道のりの一部なのか。或いはこの苦悩も湖の淑女が私に与えた試練なのか。答えを教えてくれる者はどこにもいなかった。
ドワーフのスレイヤーと意気投合して旅を共にする事になったのも、その
未熟な思考とは裏腹に私の腕は正確に、効率的に剣を振るう。向かってくるスケイブンの粗雑な剣術とすら言うことを躊躇う“剣”を私は蔑む。
力任せの剣を私は否定しない。戦闘の奥義とは結局の所反撃すら許さない強力な一撃を相手より先に叩き込むことにある。
……だとしたら何故私はスケイブンの攻撃を蔑むのだろう? 矮小なれど奴らなりの必死の一撃には違いない。直前の思考と矛盾した考えが私の内にあることに戸惑った。
その時だった。男が階下からやって来たのは。
兵士のような統一された装備では無い。戦い慣れた傭兵という印象だ。恐らく私と同様にスケイブンの《魔剣》使いを探しに来たのだろう。門の入り口を最低限のスケイブンが守っていたことからほぼ間違い無い。周囲に護衛を大量に侍らせないのは己の強さに自信を持っていることの余裕からか……。
いずれにしろさっさと処理すべきだ。今は傭兵に構っている時間も惜しい。
「騎士……様か」
階下で呟くような声が聞こえた。ギシギシと木の階段が悲鳴を上げている。急ぐ私だけがその発生源では無い。階下から私に続く傭兵の所為だろう。最早ここまで来てしまったら隠密云々を言っていられる状況じゃ無いのは重々承知の上だ。
上階からスケイブンの驚愕に満ちた鳴き声が聞こえた。そうして直ぐに数匹の武装したスケイブンが降りて来る。階下の男さえいなければもっと静かに不意打ち出来ただろうに……否、結局の所やる事は変わらない。
鐘塔の上から差し込む僅かな光をスケイブン達の影が遮る。しかし直ぐに銀の閃光で四散した。《魔剣》を抜いた事すら奴らは気づきもしなかっただろう。2、3、4〜6匹。
少ない。予想以上に……。
胸の奥に僅かな違和感。これは──予感だ。私にとって良くない予感。鐘塔へ駆け上る私の足はしかし止まらない。全てを斬り捨てる。迷いは濁りだ。濁りは剣を遅くする。
しかし大鐘を遂に目の前にして現れた敵の姿はそんな私の意志を僅かに鈍らせた。
待っていたとばかりに此方に巨大な金砕棒を突きつけるスケイブン。おそらくアレが《魔剣》。普通のスケイブンより一回りは大きい。単なる《魔剣》の力任せだけで人間という種族の最前線であるこの地に立っていないのだろう、白く濁った瞳には狡猾さと残忍さが浮かんでいる。その殺気も立ち居振る舞いも並々ならぬ迫力を感じた。
そしてその側に付き従う2匹。最早同種のスケイブンなのかさえも疑わしい異形の生物。
それは巨躯。2mを越す二足歩行の鼠の巨体。歪に縫合された筋肉が内側からはち切れそうな程に
当初の想像以上に厄介な組み合わせだ。一対一ならばまず勝ちを拾うだろう。だが三対一ならば? ましてや《魔剣》持ち──否、無駄な事は考えるな。
『心を凪げ、さすればどんな強敵にも打ち勝てよう』
胸に浮かぶのは騎士である父の教え。銀の刀身をゆっくりと構える。いつもの所作は私にいつもの心境を整えさせる。《魔剣》がキィィンと主人の精神状態の高まりに鳴いていた。……大丈夫だ。私は無理をしていない。心の臓の奥で冷え固まった魂がこの危機的な現状を安穏と傍観している。超越者特有の全てを見下すような全能感が身体中に広がった。
──これなら勝てる。
音で背後から傭兵が上がってきたのが分かる。最早邪魔だとさえ思わなかった。幾千も繰り返した戦闘によって得た未来視に近い勘が私の必勝を予言していた。
傭兵が後ろからハンドアックスを投げる。風を切る殺意が《魔剣》の金砕棒であっさりと防がれた。……やはり侮れない。
その隙に一歩、二歩目を私は大きく踏み込む。魔法の込められたフルアーマーは静かに金属音を鳴らす。消音効果が魔法で付与されているのでは無い。単純にこれは技術。防具に着せられるようでは騎士とは名乗れない。
「殺レッ!!」
《魔剣》持ちの指示に従って二体の巨躯が動き始める。長い手を補助に使って駆ける。鐘台はそう広い場所では無いがその躍動的な動きで両者の距離はあっという間に零となった。1匹は私の方へ、もう1匹は傭兵の方へ。
大きく右手の鉄球を振りかぶって叩き潰そうとする怪物。瞬時にその攻撃の線を予測してカウンター気味に《魔剣》で首を薙ぐ──が、驚異的な反射速度で振り下ろした鉄球を戻して《魔剣》を逸らされた。
《魔剣》をもつ手がビリビリと痺れる。戻しの一撃でこの威力か……。まともに打ち合えば堪ったものではないな。
『お怪我は?』
「……問題無い」
今度は怪物が空いたもう片方の手で横薙ぎに振り払う。武器を持たない手でも奴らの持つ膂力は通常の武器を凌ぐ破壊力を有している。ハンマーと化した腕を身を屈めて躱わすと、目標を外した腕が大鐘を叩いて骨身に沁みる重低音を周囲に響かせた。
「うっせぇぇぇぇ!!!」
不意に傭兵のハンドアックスが私の相対していた怪物の右肩に突き刺さり濁った血液が流れ出た。まだ傭兵が生きていることにも驚いたが、別の意味で私を驚かせた。
(……妙だな。いくら別方向からの攻撃とはいえ私の返しの一撃をあの反応速度で防いだ怪物があの速度の攻撃に反応できない筈が無い)
(直接命に関わる攻撃では無いから? 否、武器を振るう右肩への攻撃は戦力の大きな低下に繋がる。……何故だ?)
傭兵の相対している怪物を《魔剣》で怪物の攻撃を逸らしながら観察する。傭兵も両手に持ったハンドアックスで怪物の攻撃を凌ぎながら隙を見て斧を投げている。しかし驚異的な反応速度で怪物は一発も被弾は無い。
傭兵風情と舐めていたが悪くない動きだ。名のある傭兵なのだろう。
斧を手足の延長線上として巧みに扱っている。怪物の膂力に対応する為にあえて二本の斧で同時に攻撃を受け止めるのでは無く、少し受け止める間を空けている。一本目で攻撃の衝撃を弱めて別方向に逸らし、その後遅れて振りかぶったニ本目が一本目の動きを後押し……。さりげない高等技術がふんだんに、そして雑多に埋め込まれていた。
「……ふつくしい」
『……マスター?』
防御もさながら攻撃も。エンパイアでもブレトニアの騎士剣術でも無い。型の無い傭兵流とでも言うべきだろうか、しかし荒っぽい実戦重視な傭兵流というにはあまりにその『剣』には艶があり過ぎた。
一見不必要に思える斧を手元で回転させる動きも確かな意味を持って怪物を困惑さえ翻弄している。型のある剣術と違い、全ての動きが流麗に繋がっている。彼は振りたい方向に振っているだけ……しかしそれこそが己の『奥義』であり、剣術の『理』だと信じきっているのだろう。
剣術において不要とされる自我。しかし明らかに彼の剣は『自我』そのものでありその自我を積み上げてきた事による努力の結晶だ。
剣術とはもっと効率的で、カットされた宝石の如く無機質で研ぎ澄まされたモノだとばかりに思っていた。彼の剣は自由で艶やかで歪んでいる、それ故に目を離せない。
斧が……振るわれる斧という無機物が彼の演奏で何倍も美しく楽しげに振るわれている。
私より強い人なら見たことがある。しかしこんな剣を振るう者は見た事が無い。
『心を凪げ、さすればどんな強敵にも打ち勝てよう』
子供の頃憧れて、何どもその言葉を胸に強くなってきた一言が今ではどうも薄っぺらく思える。父はかつてこんな人を見た事があったのだろうか?
きっと無い。今ならそれを断言できる。──父は童貞だった。
『マスター! 気をしっかり!』
私も剣をあんな風に振るえるのだろうか? 試しに真似して振ってみた一撃は怪物の右腕を音もなく切り落とすぐらいで彼のような艶のある剣では無かった。私の剣はただ速く鋭いだけだ。
「……違うな、もっと……こう」
怪物は腕を切り落としたぐらいではビクともせずに攻撃を続ける。ドス黒い血液を撒き散らしながらまたもや右腕を突き出す。今度は狙って横から腕を刀身で叩いて鐘を再度叩かせる。
再び噛み締めた歯が振動で震えるほどの音波が響いた。
彼も恐らく先ほどの斧の投擲が当たった仕組みを予想していたのだろう。自らが相対していた怪物を無視して私の相手をしていた怪物の方へ。私も同様に目の前の怪物を無視して彼の相手をしていた怪物の方へ入れ替わる。
見なくても伝わる。彼の武器を振るう姿を見ていれば……どうやらいつの間にか私は彼の扱う武器の一つにされてしまっていたようだ。
奴らの弱点は恐らく巨大な音。《魔剣》使いが指示するまで私という獲物がいるのに微動だにしなかったあたり判断力は低い。敏感すぎる反射速度を担っている視覚や聴覚を鐘の音で混乱させて、更に目の前の相手以外からの攻撃を捌けるほどの知能は無いだろうという推測は見事に命中した。
彼の斧が私の相手をしていた怪物の頭を深く割る。であるならば、私も彼の武器の一つとして彼が望むように動かなければ。冷たく周囲を遠ざけていた私の心の内から溢れ出る使命感。悦び。不安。恐れ。
こんなにも今の私には感情が荒れ狂っている。
しかし悔しいことに振るう《魔剣》に彼のような気持ち良さが乗るほど私はまだ習熟していなかった。
「させるカッ人間!」
巨大な金砕棒が怪物への一撃を横から防ぐ。そればかりか周囲の砂煙が急激に濃くなって来た。推測ではあったがやはりこれはスケイブンの《魔剣》使いが原因であったか……。手を伸ばした先すら薄らと霞んで見えるのが限界。厄介な力だ。
「……クッ」
フルアーマーの外からビシビシと砂や礫が打ち付けられる。まるで滝の飛沫を間近から受け止めるかのような圧迫感。おまけに鎧の隙間から砂が入り込んで口や目に入り込もうとしてくる。
──細めた目で僅かに揺らぐ砂埃を感知。直ぐに横っ跳びに転がると元いた地面から破砕音。一時的に砂煙が飛び、金砕棒の《魔剣》を振り下ろしこちらに不敵な笑顔を浮かべるスケイブンの姿はしかし直ぐに砂煙に覆われて見えなくなってしまう。あの砂煙の中での正確な攻撃……地下に住むスケイブンの鋭敏な感覚器官にしても正確過ぎる。それにあの余裕……《魔剣》の持ち主は砂煙の影響を受けないのか?
「おい! 聞こえてるか騎士さん!!?」
辺りに砂や礫が打ち据える音の中で微かに聞こえる彼の声。……何故だろう。心の奥が暖まる。直ぐに私も雑音に負けないよう声を張り上げる。
「聞こえている!」
金属音が近くから聞こえる。どうやら彼も《魔剣》使いと戦闘中らしい。返答の僅かな音を頼りにして今度は砂煙の中から残った怪物が突進。すんでのところで身を翻すが脚の部分のアーマーが奇怪なドリルによって破損して先端は皮膚まで達した。擦り傷といえど凄まじい痛みが走る。奴らのワープストーン由来のドリルの所為だろうか。怪我にも慣れた私ですら舌打ちが漏れる。
「
直ぐに返しの一撃で怪物の首を刎ねることには成功。やはり奴等もこの砂煙の影響を受けているようだ。反応が鈍い。《魔剣》使いが最初からこの能力を使わなかった理由も頷ける。奴がこちらに砂煙を集めたことで本隊との戦闘は優位に進んでいることだろう。勝機は確実に人間側へと傾いている。
「こっちの《魔剣》使いをなんとかしてくれ!! もう斧を投げ尽きちまった!」
彼が呼んでいる。斧を巧みに操る彼が私を、助けを……。その事実に胸の内からフルフルと湧き出てくる喜悦。これはきっとあまり良くない感情だ、そんな事を悦ぶような浮ついた状況では無いだろうに……自制しろ。
そう戒めようと考えるほどに歪んだ思いは膨れ上がってくる。何故だ? 私の騎士道は……決してこんな歪んだ感情など……もっと高潔であらなければ。雑念を振り払って立ち上がった私の脚に残る痛み。動けない事は無いが流石に通常時ほどの速度は望めない。
一瞬一秒が生死に直結する戦闘において速度は何よりも優先される。きっとその時の私は殆ど直感で行動していた。気づけば腰の《魔剣》を抜いて彼の声のする方に投げていた。僅かな距離でさえ視界を妨害する砂煙の中で刀身の銀の光だけがはっきりと存在を主張している。
騎士として命を共にする剣を、それこそ《魔剣》のような代物を見ず知らずの傭兵に一時とはいえ貸すなんて……少し前の私が聞けば一笑に付していたことだろう。咄嗟の判断だったが、自分でも驚くほど後悔の念は湧いてこない。
『マスター!? 何をッ?』
「嗚呼、分かっている」
──私たちの勝ちだ。