数ヶ月前、レオは妙な男に声をかけられた。
男は占い師を名乗った。彼の言った事は全て当たっていた。
駅で宝くじを買ったら5000円が当たったし、遠目にコンビニを見たらクソッタレの同級生がいたし、1ヶ月後に父がロットワイラーの子犬を連れてきた。2ヶ月後には地元に5センチ雪が積もって、3ヶ月後にはインフルエンザに罹った。ワクチンの事はすっかり忘れていた為、強烈な関節痛と高熱に苦しまされる事になった。
ボーダーには気になる事が多すぎる。
だからレオは思い切って父にボーダーに入りたいと打ち明けた。アリスもそれに続く。
レオは占い師の館を出た後、職員の女からパンフレットを貰っている。そのパンフレットにはボーダーでの生活について書かれていた。女に案内されるまま向かった先で妙な検査を受けた結果、己がトリオン能力に優れているということもしった。
ならば、やってみたい。今の生活よりも余程楽しそうである。
「うーん、レオ達の気持ちは分かった。子供の挑戦を応援したい気持ちもある。でもボーダーって軍隊なんでしょ?」
「まあ、そうなるな」
「父親としては子供が軍隊に入りたいっていうのは、少し応援しにくいと思うんだよね」
「まあそうだろうな。ただボーダーもその辺りは理解している。トリオンの性質上兵隊は子供ばかりになるからな」
「父さんこれみて!資料に書いてあるベイルアウトシステム。これのおかげで生身は怪我を負うことがないんだって!」
「……うん、分かった。じゃあ2人がボーダーに入りたいと思う理由を教えてよ。特にアリスは、レオが入るのなら自分も入るとか、そう言うのだったら却下するからね」
「強いて言うなら好奇心だ」
「それだけなら絶対認めないからね」
「分かってる。まずあったのは好奇心だ。ボーダーの技術に非常に興味があった。なぜ近界民にはボーダーの攻撃しか通じないのか、近界民の技術とは何なのか、ボーダーには秘密が多い。それを知りたい。
そして何より大きな理由が自衛の手段が欲しいと言うことだ。はっきり言ってボーダーは信用できない」
「祭りの会場に行ってきて分かったのよ。一見筋が通っていて、納得できるような解説だったけれどよくよく考えるとふんわりとしてるの。重要なところは全部隠されてる」
「オレたちは何も分からないんだ。あれほど危険な生き物が侵略してきたのに、ボーダー以外は何も知る事ができない」
「対処するのに大切な事は何よりもまず相手を知る事だと思うわ、なのにそれを知る手段がないの」
「自衛するにはボーダーに入るしかない。ボーダーの技術を身につけるしかない」
「ゲート誘導装置とやらだってどこまで信用できるのかわからない。本当に三門市のボーダー周辺以外には開かないのか、いつか此処に開くんじゃないかって、そう思うの」
「そうなった時オレたちにはなす術がない、なす術なく連中に踏み殺されるしかない」
「悪いけど、三門市民達の二の舞はごめんだわ」
「自衛の技術を手に入れられるのなら、そうするべきだ。脅威がすぐ側にあるのなら、やれる事はやっておきたい、頼む父さん」
「お願い、父さん」
2人は揃って頭を下げた。
ボーダーに入隊するには親の承認が必須だ。父のサインがなければ2人はボーダーに入れない。
「分かった、分かったよ。2人がボーダーに入隊することを認めよう」
2人の顔はパァっと明るくなる。だが父は「ただし条件がある」と付け足した。それは何だとレオは父を急かす。
「ボーダーの人達が2人は才能に溢れてるって言ったんだよね?」
「ああ」
「それなら、半年でA級隊員というものになりなさい。それができないのならボーダーを辞めること」
「待ってくれ、半年は無理だ!」
レオは慌てて止めてパンフレットの説明を見せる。
「最短の入隊は来月、ただA級部隊になる為にはランク戦という奴に挑まなきゃならない。そのランク戦というやつは3月から半年かけて行われるんだ」
「どんなに頑張っても7ヶ月はかかるのよ!」
「そうかい、じゃあ7ヶ月だ。7ヶ月以内にA級になりなさい。職員さんが才能を認めたっていうのならそれくらいはやって見せてくれないとお父さんは安心できない。できれば軍隊になんて入らないで欲しいと思ってる。日本が不安ならフランスに戻ってもいい」
「フランスにだってゲートは開くかもしれないじゃない!」
「そうだね、だからとりあえず入隊は認める。レオ、アリス、できるかい?」
「当然だ。じゃなきゃ認めらんねぇっていうのなら熟してみせる。最短でA級隊員まで駆け上がってやるよ」
「当然だわ!私達が1番になってやるんだから!」
「じゃあ、頑張りなさい」
父はそう言って立ち上がると、「とりあえずご飯にしよっか」と言ってキッチンへと去って行った。そしてレオとアリスがパンフレットを見ながらああじゃないこうじゃないと話して30分ほどすれば父がご飯を持ってやってきたのだった。
* * *
時が経つのは案外早いもので、あっという間に2月になっていた。ボーダー入隊の季節である。
レオは確実にA級になれるよう三門市に来る前に神頼みをしてきた。有名な縁切り神社に行ってきたのだ。そこで小銭を賽銭箱に入れ“最短でボーダーA級隊員になる為、A級に上がるまでの期間に邪魔になりそうなやつとは出会いませんように”と祈っておいた。効果がある事を祈りたいところだ。中学生の時のカス共のような連中とは出来れば会いたくないものである。
さて、そんなこんなで入隊式。
ボーダーの広いホールに数多の入隊者が集まっている。ボーダーは入隊するとまずC級隊員に配属される。まずはそこからB級隊員を目指して、チームを組んでA級を目指す。
C級隊員は白いジャージのような隊服の換装体を用意されている。白にオレンジのラインのその服はレオにはあまり似合っていなかった。アリスが着ている女子用の服もあまり似合っていない。
「これダサいから早く着替えたいんだけど」
「さっさとB級になれば着替えられるぞ」
「じゃあ頑張んないとねー」
2人で雑談をしていたら何人かの新入隊士達がチラチラと2人の方を見て「何で外人がこんなとこにいんだよ」「な、浮いてるわ」などと話しているのが聞こえた。レオはそちらを睨みつけると、そいつらに聞こえるようにわざと大きく舌を打った。
そうすると、隊士達は慌てた様子でそっぽを向く。
(ビビるくらいなら最初から言うんじゃねぇよ)
うざったい奴らに苛ついていたら、そのタイミングで壇上に若い男が立った。テレビに出ていた6人の内の1人である。男が話し始める。
「ボーダー本部長、忍田真史だ。君達の入隊を歓迎する。君達は本日、C級隊員としてボーダーに入隊する事になる。C級隊員とはつまるところ訓練生だ。
君達には更に上を目指して頑張ってもらいたいと思っている。ただ、その道は簡単ではないだろう。
しかし三門市の未来は君達の肩にかかっていると言っても過言ではない。
故に、困難に立ち向かう努力を忘れずにいるように。君たちはこれから成長し、ボーダーにとって、三門市にとって、重要な役割を果たす存在となるんだ。自信を持って前進し、誇り高きボーダー隊員になれるように切磋琢磨し、正隊員を目指して頑張ってくれ。君達と共に戦える日を楽しみにしている」
忍田本部長は頭を下げて下がった。続いて別の職員が出てきてボーダーについての説明を始めた。これから入隊指導、オリエンテーションが始まるらしい。まずはポジションごとに分かれる事になる。
レオもアリスも狙撃手になるつもりはない為、此処に残る事にした。残った面々を見渡して指導員の女性が話し始める。
「皆さん、まずは入隊おめでとうございます。先ほど忍田本部長も言っておられましたが、貴方達は訓練生です。B級に昇格し、正隊員にならなければ防衛任務には就けません。
ではどうすれば正隊員になれるのか、これから説明させて頂きます。
各自、御自分の左手の甲をご覧いただけますか?」
レオの手のひらには3500と数字が表示される、ちらりと横を確認すると、アリスは3000だった。
「貴方達が今起動させているトリガーホルダーには各自が選んだ戦闘用トリガーが一つだけ入っています。左手のその数字は、貴方達がそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを示す数字です。
その数字を4000まで上げる事。それがB級、正隊員への昇格の条件です」
他の訓練生達はほとんどが1000ポイントからのスタートとなるようだ。そう考えると2人はかなり幸先の良いスタートをきったと言える。
「ポイントを上げる方法は2つあります。1つは合同訓練にて良い成績を収める事、もう1つはランク戦でポイントを奪い合う事。
とはいえ、まずは訓練の方から体験していただきます。ついてきてください」
(さっさとB級に上がるには、訓練でトップを取ってランク戦とやらに勝ち続けるのが良さそうだな)
レオは考え事をしながら女性について行った。少し歩いて辿り着いたのは少し変わった部屋だった。職員の女性によるとここは対近界民用の戦闘訓練場らしい。仮想戦闘モードとやらの部屋の中で行われる訓練で、その部屋にはボーダーの集積データから再現された近界民がいるらしい。
「いきなり戦闘訓練なんだな」
「よし、やってやるわ!」
仮想戦闘モードではトリオン切れも怪我もないらしく、思いっきり戦えるようだ。今回レオ達が戦う相手は大型近界民、バムスター。とはいえ、初心者用にサイズは一回り以上小型化されている。攻撃力はないがその分装甲が分厚くなっているとの事だ。
早く倒すほど評価点は高くなる。それなら10秒程度で、出来ればそれ以下のタイムを出したい所だ。
レオは先に挑戦していく訓練生達の様子をじっくりと観察した。戦うには、対策を練るには何よりもまず情報が必要だ。なるべく早く倒す為にはバムスターとやらの動きを少しでも理解しておきたい。とはいえ、だ。あくまで初心者相手の訓練用の近界民だ。そこまで特徴的な動きはなかった。だが、初動、重心のブレ、そこから予想される次の行動などは少し理解できた。
「オレが先に行く」
「OK、ちゃちゃっとやっつけちゃってよね」
「任せろ」
レオが入ったのは7番目の4号室だ。
『4号室、用意』
渡された銃をしっかりと握る。バムスターは装甲が硬く、あの目のような部分に攻撃を当てなければ倒せない。
『始め!!』
スタートと同時にバムスターは大きく顔を上げた。あれでは目に銃撃が届かない。
(突進の予備動作、それなら)
バムスターが顔を下げ、突進してくる一瞬。口を開けたその一瞬を狙って銃を何発も撃った。煙が出て、着弾を確認する。バムスターはそれでも突進してくるように見えた、だがレオの元に辿り着く少し前で力尽きて倒れる。
『3,4秒……!!?』
「まあ、悪くねぇな」
レオはニッと悪そうな笑みを浮かべてアリスに手を振った。次は彼女の番である。アリスは弧月と呼ばれる日本刀のようなトリガーを握って5号室に入る。
『5号室用意、始めッ!』
バムスターは体を捩り、全身を使ってアリスを弾き飛ばそうとする。アリスはバムスターの懐に飛び込むように前転しながら回避して、敵を見る。目を遥か高い位置にある。レオと違い刃物を選んだ為これでは届かない。
(兄さんは3秒で終わらせた。私だってすごいんだって所を見せてやるんだから!)
10秒、そうだ。10秒で終わらせてやる。
アリスはそう考えて走る。残りは7秒だ。バムスターは顎を振り下ろしてアリスを叩き潰そうとした。それを避け、跳ね上がり、耳のような部位を掴む。そして鉄棒の要領で回転しながら頭の上に移動した。
(後、2秒ッ!!)
上唇を掴み、弧月を深く突き刺した。
バムスターはズズンと大きな音を立てて倒れ、沈黙する。
『5号室終了、記録10秒』
「ふぅ、ギリギリだったわね」
アリスは額を拭う仕草をしたが、トリオン体の為汗は流れない事を思い出す。何とも便利な体だと自分の手のひらを見つめた。
そうして5号室を出てレオに話しかけた。
「見てた?私は10秒よ。兄さんよりは長いけど、近距離武器で10秒ってすごいでしょう?」
「ああ、さすがだ」
レオに褒められてアリスは機嫌が良くなる。だがその機嫌はすぐさま悪くなる。2人の男が無遠慮に近づいて来て、アリスの肩に手を置いて話し出したのだ。レオもまた眉間に皺を寄せていた。
「ねぇ君!俺より年下なのにすごく強いんだね。実は俺達、チームを組もうと思ってるんだ。君は凄い優秀だ!俺達と君達が組めばA級にまで駆け上がるのも夢じゃない!君達、俺のチームに入りなよ!」
アリスの方ばかりを見て、まるでレオはついでに入れてやると言わんばかりの偉そうな態度だった。全くもって理解不能だった。隊服を見る限り彼らは訓練生であるC級ではなく、B級の隊員のようだ。だがレオ達はこの2人のことを全く知らないし、この態度を見るだけで大した人間ではないだろう事が想像できた。
自分達は最短でA級隊員にならなければならないのだ。こんな如何にも足手纏いになりそうなかませ犬オーラに溢れた人間を介護する余裕はない。
というかアリスの肩からさっさと手を離せよ、とレオは苛つきに任せてその手を乱暴に振り払った。
「はぁ〜?偉っそうに語んな雑魚。いくら俺らが優秀っつってもなぁ、お荷物2匹抱えて駆け上がろうなんてマゾな縛りプレイする気はねぇんだよ!」
「は!?何だとテメェ!」
「いきなりこんなに馴れ馴れしいやつとチーム組んでやる気とかさらさら無いから。出直してくれる?」
「C級のくせに、ちょっといいタイム出したからって調子乗んない方がいいと思うけど」
「なにそれ負け惜しみ?見苦しいから、さっさとどっか行ってくれるかしら?」
「失せろ雑魚」
レオが虫を追い払うような仕草をすると、その2人は負け惜しみのような暴言を吐いて去って行った。その背中に中指を立てる。
さて、そんな事をすると当然のことながら他のC級隊員達はドン引きしている。やばい人たちだ関わらないようにしとこと、そういう訳だ。面倒な馴れ合いや社交辞令のような会話をしなくて済みそうなのは僥倖と言える。もっとも、ここでトラブルを起こさなくても時間の問題だっただろうが。
さて、戦闘訓練が終わったら次は地形踏破訓練だ。トリオン体で街をいかに早く駆け抜けるかという訓練である。
訓練開始の合図と同時にレオは走り出す。
壁を蹴って跳ね上がり、左右の壁を交互に蹴りながら上昇する。他の面々はまだ体の使い方を分かっていない様子だったが、レオはある程度掴んでいた。パルクールをやっていた訳では無いが、体の使い方は分かっている。ビルの壁を伝って上がり、頂点に達すると、建物の上を走り、最短距離でゴールへと向かった。
結果としては、レオの圧勝である。アリスもまた次の組で一位を取っていた。
そして隠密行動訓練。これは先ほどとは対照的に派手な動きは厳禁だ。配置されているネイバーに見つからないように街を抜ける訓練で、見つかるとネイバーに確保されてしまいゲームオーバーだ。
レオは足音を忍ばせて進む。
頭上を見上げると、ネイバーがゆっくりと空を泳いでいる。もう既に何人も確保されているようで「ぎゃー」と言う情けない悲鳴が聞こえてきた。レオは手近な壁に身を寄せ、ネイバーの視界から逃れるように細い路地を進む。息を潜め、的確に素早く判断し、見つからないように走った。
(ハッ、ちょろいぜ)
建物の中を駆け抜け、車の影に身を潜め、時には他の訓練生を囮に目を欺いて進み、此方もまた一位でゴールした。アリスもまたすぐに次の組みで一位だ。ヒヤリとする場面はあったもののなんとかゴールまで無事に辿り着いた。
そして最後は探知追跡訓練。レーダーを用いて対象を追跡する訓練だ。語る事は特にない。普通に追跡して、普通に一位になった。
「なんて言うか……お遊びみたいな訓練だったわね」
アリスはつまらなそうにそう言った。
(3個全部一位になってもたったの90ポイントしか手に入らないのか、少ないな)
そのポイントを出したとしても、レオの保有するポイントは3590。B級隊員に上がるには4000ポイントが必要だ。つまりあと410ポイント必要。ちまちまと訓練でポイントを稼いでいれば時間がかかりすぎてしまう。最短距離でA級隊員になりたいレオ達にとってはそのようなタイムロスは避けたいところである。
「合同訓練って週に2回あるのよね?」
「そうだな。だが訓練でB級になろうと思うと時間がかかりすぎる」
「どのくらい?」
「全部に参加できるとは限らないし、まあ長く見て1ヶ月くらいか」
「そんなに時間は無駄に出来ないわね。普通に面倒くさいし、私一回で飽きたわよコレ」
「確かにな。となるとやっぱりランク戦か」
ランク戦とは隊員同士の戦闘訓練の事だ。レオ達の場合はC級のランク戦ロビーで行うことになる。2人はベンチから立ち上がり、その足でそのままランク戦のロビーへと向かった。
辿り着くとそこにはたくさんの訓練生達がいる。
「今日中にB級になるぞ」
「オッケー、まっかせて。私の凄さ、見せてやるんだから」
2人は目を合わせ、好戦的にニヤリと笑った。