『アリスちゃんの方は問題なさそうだよ。初めての2対1だけど、しっかり戦えてる』
「そうか」
綿貫の報告を聞きながら、レオは崩れ落ちた街をゆっくりと歩いていた。足元には瓦礫や砕けたコンクリートが散乱し、かつての街の姿を想像させるものはほとんど残されていない。建物はアステロイドによる砲撃の痕跡を残して無惨に崩れ落ち、その残骸が無秩序に積み重なっている。窓枠や鉄骨がねじれ、アスファルトは割れ、所々に砲弾の落ちた深い穴が空いている。
壊れた街を、時折響く爆撃音が市街地を揺らす。
レオは狙いを定め、街の隅々まで敵を炙り出すように砲撃を行っていた。爆発の轟音が鳴り響き、その度に建物の一部が崩れ落ち、さらに瓦礫が積み重なる。煙と埃が舞い上がり、視界は一層薄暗くなるが、彼の目は冷静に、その煙の向こうに隠れた相手を探し続けている。
『加瀬くんがもう少しで狙撃ポイントに到着するよ。この辺りの地図や予測される中村隊のスナイパーのポジションから想定して、中村隊の2人はこのあたりに隠れてると思う』
「分かった」
視覚情報に表示されている地図に二つの丸が浮かび上がった。レオはそのうちの片方へと足を進める。
街のあちこちで崩壊が続き、残された遮蔽物は次々と砕け散っていく。レオの足音はほとんど聞こえず、静かに、しかし確実に次の一撃で隠れた敵を追い詰める準備を進めていた。
『する必要もない砲撃……敵の緊張感でも高めようとしてるの?』
「予想して向かったってより、虱潰しで偶然見つけ出したって思われておきたいからな」
『意外と慎重派だよね〜、レオ君って』
「俺はこう見えて結構慎重派だ」
勉強とかちゃんとやってるしな。冗談めかしてそうつけ足し、再び街を爆撃する。
『加瀬君が狙撃ポイントに到着したよ』
ある程度風通しが良くなったところで綿貫からそう報告が入った。レオはチラリと辺りを見渡し、射線が通りそうな位置を確認すると、わざとその位置に出て行った。当然、さりげなくだ。中村隊の2人を探していて、偶然その射線が通る位置に出てきたと思わせるためである。
レオが片手にメテオラのキューブを浮かべたその時、狙撃が来た。
(焦ったな)
撃ってくるか、撃たないか、正直五分と言ったところだった。だが撃ってきたという事はやはり、中村隊の2人は近くにいるのだろう。ここでメテオラを撃たれる訳にはいかない。故に援護の狙撃を行った。だがこれでスナイパーの位置は分かった。撃破のチャンスである。
スナイパーの狙撃の光が頭上を通り過ぎていく。だが、
『避けられた!』
「グラスホッパーッ……」
加瀬は焦りの声を出す。
中村隊のスナイパー、杉山はグラスホッパーで即座に後退し、かろうじて加瀬の狙撃を回避したようだ。レオは視線だけその杉山がいたビルに向けると、中村隊の2人を炙り出す為に使おうと考えていたメテオラを杉山が潜むビルに撃ち込んだ。
「次は外すな」
レオの言葉を聞き、加瀬は冷や汗を流しながら崩壊するビルを睨む。崩壊するビルから、粉塵にまみれた杉山が慌てて飛び出してきた。
(出てきたッ──)
銃口を微調整し、狙いを定める。バッグワームを纏い逃げる杉山の背中がはっきりと見えた。狙うのは胴体──標的が逃げる中、最も大きく、確実な部分だ。
(次は、外さない……ッ!)
引き金が引かれ、弾丸が一瞬でその距離を駆け抜けた。次の瞬間、杉山の背中に衝撃が走り、その身体が空中で硬直する。咄嗟に出したシールドは軽々と破られ、胴体に命中した弾は、彼を真っ二つに引き裂いた。
「しくじった!アイビスかよッ」
【戦闘体活動限界
その言葉を最後に杉山の体が真っ二つに千切れ飛び、ヒビが全身に広がった。そしてすぐに光に包まれ飛んでいく。
「はぁ……良かった……」
加瀬はビルでホッと一息つく。初戦で失態を犯し、そのせいで自分の部隊を不利にしてしまうなんて最悪だ。
「……ごめん、俺が外しちゃったから余計な手間を取らせた」
「気にすんな。次に活かせば良い。誰だって失敗くらいする。俺だってな」
「レオが失敗?」
『へぇ、想像つかないわ。何やらかしたの?』
「後で教えてやるよ」
「兄さんあの話する気ね、絶対滑るからやめときなって!」
『え、超気になる。後で絶対話してね』
「任せろ」
「呆れるわ……」
アリスは通信でそう言いながらも清水隊の2人と戦闘を続けていた。攻撃を凌ぎつつ、反撃のハウンドを撃ち込む。そして隙を見て旋空を放ち、清水隊の体勢を崩した。その時、シューターの方の胴が撃ち抜かれた。トリオン供給機関を破壊されたシューターはそのままベイルアウトする。
「中村隊のもう1人のスナイパーね」
アリスはエスクードを複数出現させ、スナイパーの射線を絶った。これ以上ポイントを取られては困るからだ。漁夫の利はもうさせない。
(一対一なら負けないわ)
即座に弧月で切り掛かる。弧月より遥かに脆いスコーピオンでそれを受け止めるのは無理な為、清水はなんとか距離を取る。グラスホッパーを用いての機動戦で攻めるつもりだ。切り掛かっては撤退を繰り返し、撹乱する。アリスはハウンドを放ち清水を追い払うと、旋空で追撃を狙う。
(ッ、今だ──!!)
清水はグラスホッパーを使ったジグザグな動きでハウンドや旋空を放ちつつ、アリスの背後を取った。そしてスコーピオンでトドメを刺そうとする。だが、
『アリスちゃん、背後にエスクードを出して』
綿貫の指示に従いエスクードを出すと、それが見事に清水に直撃した。切り掛かろうとした清水は突然の衝撃に目を見開く。そして次の瞬間には旋空で首を落とされる。
【戦闘体活動限界
光が空へと上がっていくのを見送り、アリスはホッと一息吐く。スナイパー2人と清水、これで3点。後は中村隊の2人だ。アリスはすぐレオの元へと向かう。
「メテオラ」
レオはアリスが清水隊を討ち取ったのを確認し、再び爆撃を始めた。
『アリスちゃんは後2分くらいでそっち着くよー、後加瀬君は清水隊に受けたダメージが響いてるからベイルアウトするね。というわけでこっちはスナイパーの援護ないから、そこんとこよろしく』
「分かった」
建物を狙い撃ち、砕き、砂煙を舞い上げる。中村隊のスナイパーがどこに潜んでいるかは分からないが、四方八方を煙で隠した為、これで援護射撃はやりにくくなったはずだ。
(そろそろ仕掛けてくるだろ)
アリスと合流されれば、いよいよ中村隊の勝機がなくなる。それは分かっているはずだ。攻撃するなら今しかない、さっさと出てきて欲しいものである。またフルアタックの振りでもするか。そう考えてキューブを浮かべようとした瞬間、瓦礫の隙間から中村が飛び出してきた。
アステロイドを即座に射出し迎撃を試みるが、素早い機動で軽傷に留めてレオの背後を取る。彼の反対側には平井がいる。2方向から挟み撃ちにしてアサルトライフルを撃つつもりだ。
「残念だったな、少し遅かった」
その弾がレオに届く直前、彼の眼前にエスクードが2枚出現した。中村はすぐ銃口の向きを変え、アリスを狙い撃つが、今度はレオがシールドを出してそれを防ぐ。その隙にアリスはエスクードの隙間に入り込んだ。後は防御をアリスに任せてフルアタックをするだけで良い。
アステロイドとメテオラで一気に攻撃を仕掛ける。
爆発音が響き渡った。煙と破片が舞い上がる。
平井は咄嗟にシールドを張ったが、アステロイドとメテオラの攻撃には耐えきれず、そのトリオン体は穴だらけになり、上半身が大きく崩壊した。当然、トリオン供給機関は破損している。身体のほぼ全てが吹き飛び、ベイルアウトした。
中村も同様だ。アステロイドが直撃し、胴体が大きく抉れる。肩から下が無残に砕け、トリオンが激しく噴出する。それでも彼は諦めなかった。せめて一矢報いてやるとグラスホッパーで加速し、レオに接近した。
「兄さんッ」
アリスは慌てるが、レオは冷静にシールドを張る。だが中村の弾丸はそのシールドを破壊し、レオの左腕を吹っ飛ばした。そのまま頭も吹っ飛ばそうとしたが、流石にそこまではやらせてくれない。アリスの旋空が中村を真っ二つにした。
「チッ、最後の最後でやられたか」
舌打ちをして右腕で肩口の傷を塞ぐ。そうすることで噴出するトリオンを少しだけ防ぐことができた。砂煙が晴れた頃、再びベイルアウトの光が上がった。
『決着だね』
【安藤隊員が緊急脱出。これにて決着となります。最終スコアは7対1対0。三条隊の勝利です】
そのアナウンスとほぼ同時に、生き残った2人は三条隊のブースへと転送される。
「おつかれー。いや〜、7点取ったねぇ。これでB級中位に入ったね。順調順調」
綿貫の声かけに「ああ」と返事をして、レオはいつもの如く帰り支度を始める。
「それで、レオ君の失敗談って何?笑えるやつ?」
「興味津々だな」
「そりゃあ人の失敗談って面白いじゃん、みんなの前で派手に転んだーとか、反対方面の電車に乗って卒業遠足に遅刻したーとか?」
「綿貫さん、なんかやけに具体的じゃない……?」
「今のは私の失敗談」
「なるほど……」
「面白い話ならどんと来いだよ」
「面白くないわよ、全然笑えないやつ」
「馬鹿言うな、アメリカ人の友達には大ウケだったぞ」
レオは自信ありげな様子でアリスを咎めると話し始めた。綿貫はワクワクとした様子で、加瀬は先行きを不安に思う顔でそれを聞く。
「ガキの頃母親の浮気現場に遭遇した。ピュアだった俺は“ママ何してるの?”って声かけちまってな」
「いきなり地獄?」
「結果、俺は母親にどつき飛ばされたんだ。その数日後のことだが」
「反応に困る重い話はイエローカードだよ。もっとちゃんと笑えるやつじゃないとダメ。そこまでにしておきなさい」
「マジかよ、まだオチまで言ってないぞ」
「じゃあ一応聞くね」
「俺が黙ってたから母親はまだ行けると思ったみたいでな、めちゃくちゃオシャレして出かけようとしたんだ。それを見て父親が“最近は美しさに磨きがかかったね”って褒めたんだよ。母親は“女はいつまでも美しくありたいの。何故だと思う?”って聞いたんだ。だから俺は言ったんだ、“恋する女は綺麗になるらしいよ、ママ今日もデートに行くの?”ってな。それが離婚話の始まりになった」
「イエローカード2枚目だよ。レオ君、退場しなさい。この部屋の空気が終わったからね」
「おかしいな、ジェイコブにはウケたんだけど……」
「誰よジェイコブ」
「兄さん、その話じゃ普通笑えないって言ったじゃない」
アリスが軽くレオの肩を叩いてツッコミを入れる。
「まあいい。要するにしくじりは誰にでもあるって話だ。俺のよりマシだろ、取り返しがつく。元気出せ」
「だから重いって」
「げ、元気出た……」
「加瀬君嘘つかないの、出るわけないでしょ元気。今の話で」
「なんだよ、ジェイコブは腹抱えて爆笑したぞ。文字通りのson of a bitchだなって」
「おいジェイコブ」
綿貫が外国のジョーク分かんないと呆れる後ろで支度を済ませたレオは「じゃあレッドカードは大人しく退場するわ」と部屋を出て行こうとする。だが彼の歩みはブースの前に仁王立ちするショートヘアの女性によって止められる。
「こんにちは」
「さようなら」
「待って待って待って」
傍を通り抜けようとするが、すぐに回り込んで再び止められる。不快になり、レオは眉を顰めて舌打ちをする。
「私は風間隊の森本だよ。風間くんに頼まれて貴方を誘いに来たの」
「断る」
「えッ!?まだ何も聞いてないじゃん!」
再び去ろうとするレオを森本はなんとか止める。
「風間くんが貴方と話してみたいんだって、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
「断る」
「せめて自己紹介くらいはさぁ、どうかなぁ?風間くんのことちょっとは知ってるでしょ?A級だよA級!先輩だよ先輩!」
「あんなチビの事は知らねぇ」
「超知ってんじゃん!」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃん!」
何とか食い下がろうとする森本を半ば無理矢理押し退けて通り過ぎる。
「そんなんしても無駄だからね!」
「あっそ」
「今日の今日こそ逃がさないからね!」
その負け惜しみを背にボーダーの正門へと向かうと、そこにも風間隊の隊員がいた。ポニーテールの女が生真面目な顔で突っ立っているのを見て舌打ちをする。こうなると他の出口にも風間の手のものが待ち構えていそうだ。
面倒だなと思う。確か風間隊は今日の夜、防衛任務が入っていたはずだ。その時間なら、任務に出ているのでいないだろう。なら防衛任務が始まるまで時間を潰すべきだ。そう考えると、レオは即座にその場を離れ、食堂へと向かった。
食堂の中は、どこか静けさを感じさせる空間だった。壁は真っ白で余計な装飾は一切なく、その清潔感が空気に漂う。床も光を反射するように磨き上げられており、隅々まで整然としていた。
客はまばらで、いくつかのテーブルにそれぞれ数人が座っていた。会話も控えめで、食器の音やスプーンが皿をすくう音がかすかに響いている。落ち着いた雰囲気の中で、レオはカウンターに近づき、メニューを眺めた。残念ながらあまり好みのメニューは存在していなかった。悩むのも時間の無駄なので、とりあえずナスカレーを注文する。
数分後。受け取った皿にはたっぷりと盛られたカレーの上に、艶やかなナスが綺麗に並んでいた。程よく煮込まれたナスが、カレーの濃厚な香りと混ざり合い、食欲をそそる。
そのままトレーを持ち、空いている席へと歩いていく。テーブルは白いクロスで覆われ、シンプルながらもどこか洗練された印象を与えている。椅子に腰を下ろし、目の前にカレーを置いて、スマホを取り出した。すると隣に男が座った。見覚えのある男だ。男はレオと同じナスカレーを注文していたようで、それを己の前に置く。
「お揃いだね、ナスカレー」
「わざとだろ」
「そう。会話のきっかけにできるからね」
赤茶色の髪を、サイドを残してオールバックにした青い目の男だ。彼はパクりとカレーを口に運ぶと「んー、美味い」と満足そうに言う。
「それにしても久しぶりだねー、金髪くん」
「三条レオだ。インチキ占い師」
「迅悠一だ。占い師じゃなくて、歴としたボーダー隊員だよ」
迅はパクパクとカレーを食べながら「実力派エリートの迅さんって覚えてくれればいいからね〜」と軽い調子で言う。
「あ、あとインチキじゃないよ。おれには分かってたからね」
「分かってた?犬飼うとか、宝くじ当たるとかが?」
「そう。おれのサイドエフェクトがそう言ってた」
「サイドエフェクト、ね」
レオは複数の可能性を考える。その内正解に近いのはおそらく“未来予知”。なかなかとんでもないサイドエフェクトがあるものだと思う。幾ら何でも知らない事を“予測”する事も不可能だし、レオの情報を除いたとしても犬や風邪、雪の事までは分からない。それならやはり、未来を予知したのだろう。
「レオもちゃんと検査とか受けた方が良いんじゃない?頭痛は辛いでしょ、多少は楽になるかもよ。研究室ではトリオンについて色々調査してるからね。放っておくとまた倒れるよ」
「いつ?」
「うーん、可能性高いのは3日後かな」
「じゃあ学校休む」
「本人がそれでいいんなら、いいんだけどね」
「もう慣れた。検査はそのうち受ける」
そういうと、カレーをさっさと食べ終わらせ、レオは迅を見る。彼もまたとっくにカレーは食べ終わっていた。
「用件はそれだけか?本題は?」
「せっかちだね」
「用がないなら帰る」
「帰れないくせに〜、これから仮眠室でしょ」
茶化すように言われ、立ち上がったレオは眉を顰めて迅を見下し、思いっきり舌打ちをした。
「まあまあまあ、そうだね。本題は1ヶ月後の話だ」
「1ヶ月後?」
「正確には6月の後半かな。任務終わったらいっつもすぐ帰っちゃうみたいだけど、B級のブースの個人戦を見てたら面白いものが見れると思うよ」
「正確な日付は分からないのか」
「そこまではね。おれに見えるのはあくまで“あり得る未来”だけだから、それがいつなのかまでは分からない。ただ彼がそれを発明する事だけは確かだ。そしてそれは絶対おまえの役に立つよ」
「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」。迅はどこか迫力すら感じさせる目でそう言った。そして言いたい事を言い終えたのか満足そうに「そんじゃね〜」と軽く手を振ると食器を片付けて帰っていった。その背中をじっと見送ってからレオもまた食器を片付け、食堂を出る。そして迅の言葉の事を考えながら仮眠室へと向かったのだった。