月日がただ黙々と過ぎ去っていった。
訓練場と警戒区域を行き来する日々は、単調でありながらも緊張感を伴っていた。侵略してきたネイバー退治の任務は何度も繰り返されたが、特に何か変化があるわけでもなく黙々と熟されていった。ただ淡々と目の前の任務をこなすだけである。敵を撃ち、倒し、次の任務へと移る。その繰り返しだ。
全員が適度な距離感を保つ事を心地良いと思っているからこそ問題なく過ごせたと言える。フレンドリーな人間や気が小さい人間であれば、嫌われているのか、何かもっと楽しい話題を出した方が良いのかと悩んでしまうような淡白さだ。なんなら暇な日は待機用のブースで全員がスマホをいじっていた事すらある。
さて、訓練場ではレオはバイパーの軌道をもっと精密に操る練習に集中した。遠くの標的に向けて撃ち、微細な調整を行い、弾丸が正確に狙い通りに飛ぶように修正を続ける。視線は鋭く、思考の動きは確実だ。綿貫と共にさらに細かく、正確に、緻密に動かせるよう練習を続けた。
アリスは防御の訓練に励み、レオの撃つ弾をなるべく多く正確に防げるように特訓をした。加瀬はスナイパーライフルの訓練に専念し、遠距離の標的を狙う集中力を高めている。それぞれが、それぞれの訓練に没頭していたのだ。
ただ、任務と訓練だけが連なり、気づけば一ヶ月の時が過ぎ去っていた。
そして6月の後半。レオは迅の言葉を思い出し、定期的にB級訓練室のロビーに顔を出していた。なるべく面倒なやつに見つからないよう、目深に帽子を被っていた。
ロビーに顔を出し始めてから数日後、遂に迅の言っていた事の意味が分かった。ある2人のシューターの個人戦での事だった。1人はレオもよく知っている二宮匡貴、もう1人は最近ボーダーに入隊したばかりの少年、出水公平だ。確かトリオン量が豊富だとかで話題になっていた。
(俺も捕まったらこうやって個人戦やらされてたのかな)
2人が行っているのは10本勝負。現状は9:0で二宮が押している。入ったばかりの隊員にあまりにも大人気ない試合だ。出水は別に威張ったり煽ったりしていた訳ではないのにこの仕打ち。やはり二宮匡貴を避けていたのは正解だったなとレオは1人頷いていた。そんな時だった。
10:0で負けてまるかと言わんばかりの表情の出水はフルアタックのように2つのトリオンキューブを手に浮かべた。全員がそれを見て破れかぶれかと思った。だが、そうではなかった。
「……え?」
思わず呆けたような声が出る。何もそれはレオに限ったことではない。その試合を見ていた全員が目をまん丸にして驚いていた。出水は出したトリオンキューブを混ぜ合わせたのだ。それこそ、粘土を捏ねて混ぜるかのように。さすがの二宮も驚いたように目を見開き、その足を止めた。
『食らえッ!!』
そう叫んで撃ち出された弾は二宮のシールドを撃ち破り、その体を蜂の巣にした。トリオン供給機関が破壊された二宮はベイルアウトする。これで9:1だ。意地を見せた出水は嬉しそうに両手をあげて『よっしゃー!』と叫んでいた。そんな彼もすぐにブースへと呼び戻される。そんな彼らがブースから出てくるより先にレオはさっさとボーダーを後にした。
(なるほど、迅はこれを見せたかったのか)
確かに面白いものが見れた。その満足感を胸に帰路に着いた。
* * *
次の日、レオは早速三条隊の訓練中に合成弾の練習を行おうとした。アリスや加瀬も興味を持った為、共にいる。これから先、シューターと戦う場合この合成弾が当たり前のように使われる可能性は高い。故に直接その威力を見ておこうと思ったのだ。あとは単純に好奇心も大きい。結局若者は新しいものに心が惹かれるものなのだ。
仮想空間ではレオのそばに2人が立ち。画面の向こうで綿貫がその様子を眺めていた。
早速、やってみるかとレオが両の手にアステロイドを生成する。頭を悩ませるよりまず実践をしてみようと思ったのだ。だが結果は、
バンッ!!!!!
『爆発オチなんてサイテー』
綿貫はジュースを飲みながら画面の向こうで爆散した3人を即座に復活させた。この仮想空間ではトリオンが消費されない為、傷は即座に修復されるし、ベイルアウトするほどのダメージを負っても、即座にリスポーンすることができる。
復活したアリスは速攻でレオに掴みかかり、ガクガクとその体を大きく揺さぶった。
「何やってんのよ何やってくれてんのよ」
無抵抗のレオの頭は赤べこのように揺れていた。目を瞑ってその揺れに耐えていたレオだが、突然再び目を開けると「もう一回やってみるわ」と反省を微塵も感じさせない言葉を発した。
アリスは即座にその場を離れる。レオはそれを気にする様子もなく再びアステロイドを生成する。
「粘土を練り合わせるイメージでやったがダメだった」
「……じゃあ、水が混ざり合うイメージとか?」
「やってみる」
結果はやはり爆散だった。
『天丼かよ、面白』
吹っ飛んだレオと加瀬を、綿貫は即座に再生成する。今度は加瀬も距離を取った。
「粘土でも水でもねぇのか」
「そもそもトリオンを別のものに例えて感覚を掴もうとしたのがダメだったんじゃないの?シンプルにそれを混ぜるイメージでやってみたらどう?」
「分かった」
(絶対吹っ飛ぶ。私は詳しいんだ)
画面の向こうで綿貫は即座に再生成の準備をした。そして予想通りレオは吹っ飛び、またその場にリスポーンする。
「……」
「凹んだ?」
「凹んでない。悩んでる」
レオはう〜ん、と頭を悩ませる。どれもこれもが違う気がするのだ。レオはトリオンを操る技術に関しては天才ではない。確かにサイドエフェクトの影響で人より遥かに上手く操れるが、それはあくまで軌道の操作であり、トリオンの操作ではないのだ。
「綿貫、俺らを戻してくれ。訓練はやめる」
『え、珍しいね。諦めるの?』
「中断する。このまま練習しても効率が悪い。出水公平にコツを聞いた方が早いだろう」
『え〜、意外。人に聞くとかそんな発想あるんだね』
「お前俺をなんだと思ってんだ。俺の知識の殆どは人から聞いて得たものだぞ。別に聞くことは恥でもなんでもない」
『そういうところ、頭いい人って感じするよね〜』
「そうだぞ。俺は結構頭が良い」
『三条兄妹って定期的に自画自賛するよね』
「自己分析が的確なんだよ。嘘はついてない」
『はいはい。まあ戻してもいいけど今聞きに行くのはおすすめしないよ〜』
「……二宮か」
『流石察しが良い。そういう事、どのくらいかかるか分かんないけど、最低でも2、3日は放っておいた方がいいかもね』
「ならしばらくは今まで通りの訓練を続けることにする……いや、そうだな。スコーピオンの練習もしたい。準備しておいてくれ」
『スコーピオン?まあいいや、オッケー、次までに準備しとくよ。とりあえず今日はいつも通りにトリオン兵出現させるねー』
綿貫の操作によって、仮想空間にトリオン兵が多数出現する。とりあえず二宮が去るまでは今まで通りに訓練を続けて過ごす事にした。
そんなこんなで1週間が経過した。二宮は軽く教わって去ったようだが、レオと出水の予定があまり合わなかったのだ。だが今日は予定が合った。出水は少し前から太刀川隊に所属しており、太刀川隊は昼の防衛任務に入っていた。三条隊は今日この日、皆揃って訓練を行う予定だった。この日は二宮隊も風間隊もいない為、出来れば……いや、絶対にこの日のうちに出水を捕まえようと考えていた。
レオは1人でブースを抜け出し、ラウンジで昼の防衛任務が終わるのを待つ。数十分ほど経てば、任務が終わった隊員達が帰ってくるのが見えた。その中には太刀川隊の姿もある。レオはさりげなく彼らを視線に収めつつ、出水が1人になるのを待つ。
10分ほど経ち、太刀川隊は解散した。レオはすぐに出水の後を追い、人数の少ない廊下で声をかけた。
「出水公平、少しいいか」
「うぉあッ!びっくりした!」
背後から声をかけた事で、出水は驚いたのか肩を跳ね上げた。なにやらぼんやりと考え事をしていたのかもしれない。出水は振り返り、レオの姿を確認すると頬に冷や汗を浮かべた。三条レオの噂は聞いている。やれ入隊式で中指を立てた、人を殴った。風間をボロクソに罵った。またはスナイパーの訓練所で堂々とカツアゲをしたなど、碌な噂を聞いていない。
(やっ、べぇ……噂の外国人ヤンキーだ!太刀川さん助けて〜)
要するに、ビビっていた。
ただでさえ外国人と接する機会などないのに、その上ヤンキーと来た。外国人でヤンキーって、そんなもん“本物”じゃんと視線を泳がせる。とりあえず怒らせたら殴られるかもしれないと考え出水は下手に出てみる事にした。
「は、ハロー?ないすとぅみーちゅー?」
カスの発音だった。
レオは不思議そうに片眉を上げる。
「俺は日本語で話しかけた筈だが、英語の勉強がしたいのか?」
「いやいやいや!外国人と話すの初めてだからテンパった!」
「別に俺は外国人じゃない。母親はフランス人だけど、父親は日本人だからな」
「ハーフってやつか!」
「初めて会うわ」と会話を続けたことで緊張が解れた様子の出水が「よろしく、俺は出水公平だ」と自己紹介をする。レオがまたそれに普通に答えた事で、出水は噂は存外当てにならないのかもしれないと感じていた。
レオは悪意、もしくは打算を込めて接してくる相手に対して邪険になるだけで、無闇矢鱈に敵意を振り撒いているわけではない。そもそも自分が用があって話しているのに邪険に扱う事にはなんのメリットも存在しない。そんな事をするのは、いくらなんでもバカすぎると思っている。
「あ、ていうか、おれになんか用だった?」
「合成弾のやり方を教えてもらいたい」
そう言って、とりあえず頭を下げた。何か頼み事をする際は頭を下げた方が物事を円滑に進められるからだ。出水はそれを見て驚いたように目を見開いていた。返事が遅い事を疑問に思いレオは頭を上げる。
「ダメか?」
「え、いや……」
「頭の角度が足りないのか?流石に土下座はプライドが傷つくから嫌だぞ。それとも物品が欲しいのか?……金か?まさか、女?」
「違う違う違う!おれそんなにがめつくねぇよ!?ていうか金と女はヤベェでしょ!闇取引じゃん!マフィアが言うやつじゃん!」
出水は大袈裟な仕草で絶対違うと強く否定する。
「合成弾について教えるのは良いよ。全然問題ない。良いけど、なんつーか、意外だなって。おまえってもっと唯我独尊トリオン馬鹿ヤンキーって聞いてたけど」
「おい待て、誰だそんな噂流したバカタレは」
幾ら何でも直球で馬鹿にしすぎだろう。レオは思い切り眉を顰めた。過激な噂を放っておいたのはレオだが、まさかそんな侮辱的なあだ名が知れ回っているとは思っていなかった。出水はレオが怒ったような表情を浮かべた事に慌て、「おれが言ったんじゃねぇよ!?C級でそういう話を聞いたってだけだ」と訂正する。
C級─────。
レオは頭の中に複数人の顔を浮かべた。絡んできた連中の顔だ。そのうちの1人、そういう事を言いふらしそうな奴に覚えがあった。もうほとんど忘れていたが、思い出した。
「C級のあのカスか、ありゃアリスに色目使ったのが悪い」
「……アンタ意外とシスコン?」
「は?」
シスコンとは、初めて言われた。
今度はレオがきょとんと目を見開く番だ。シスコン、シスターコンプレックス。なるほど、確かに客観的に見たらそう見えてもおかしくないなと冷静な部分がそう判断した。ただ当然、レオはアリスに対して“妹”以上の感情は抱いていないという事をここに強く明言しておく。家族はあくまでただの家族だ。
「まあいいや、おまえが噂よりいい人そうで良かったよ」
「俺は割といい人だぞ」
「自分で言う?」
「身内には」
「身贔屓なんだ」
出水はおかしそうに笑う。
「ただこっちも頼み事していいか?」
「いいぞ、なんだ」
「合成弾教える代わりに英語教えてくれ!」
と、今度は出水が頭を下げた。
「おれ英語の長文マジで苦手なんだ!文法も!期末テスト近いからさ、頼む!親が外国人なら英語得意だったりしない!?」
「得意だ。失点は片手で数えられるほどしかした事がない。教えられるぞ」
「まじ!?」
「ああ」
「よっしゃー!!勝ったー!!」
「何に?」
「三輪、同じクラスなの」
「へぇ」
レオの返事を聞き、出水は嬉しそうに顔を上げた。中学で同じクラスの三輪と成績を競っているらしい。だがいまだにどの科目も勝てた試しがないとのことだ。
「んじゃ早速訓練しようぜ。太刀川隊が使ってたとこ使う?柚宇さんまだいるだろうし呼ぼうか?」
「いや、頼んだのはこっちだしこっちで対応する。ウチの隊員がいるからな」
そう言うと、レオは三条隊が使っているブースに出水を案内した。そこには既にレオ以外の3人が到着していて、彼らはランク戦の映像を見ている様子だった。アリスが「あら、こんにちは〜」と出水に挨拶すると、出水は嬉しそうに「こんにちは!」と返事をする。国近に名前で呼んで欲しくて名前呼びをする男だ。可愛い娘に弱い。
「お、早速訓練でもやるかね〜?」
「頼む」
レオと出水は仮想空間に転移した。
「じゃあとりあえず、おれが手本見せるわ」
そう言うと、早速合成弾を作り出す。今回使っているのはアステロイドとメテオラだ。出水は感覚的な話だけど、と前置きをしてから説明をする。そうして合成弾を発射した。
「こんな感じ。とりあえずやってみろよ」
「分かった」
『爆発オチはやめてね〜』
言われた通りに二つのトリオンキューブを混ぜ合わせようとする。最初くっつく時、三条隊の3人は咄嗟に目を瞑ったが爆発しなかった。だがホッとしたのも束の間、混ぜ合わせようと10秒ほど悪戦苦闘した果てにレオと出水は爆散した。そしてすぐリスポーンする。
『てんてんてん♪てんや〜♪』
「ドンキのBGMで変なことを言うな。好きで天丼やってる訳じゃない」
「天丼やるって何?」
天丼とは、芸人が同じボケを何度も繰り返す事を意味する。出水はそれを聞き「国語も得意なんじゃん、おれより日本語も詳しいんだ」と感心した様子で話す。
「そうでもない。日本語は難しい。家ではフランス語だし、海外の友達とは英語だし、日本人の友達はいないから使う頻度が低い。だから分からない単語はまだ多いし、漢字は嫌いだ」
「日本人の友達いないって寂しいな。じゃあおれ1号になってもいい?」
『ダメでーす。1号は私で2号は加瀬くんだからね』
「じゃあおれは3号だ!よろしくなー、レオ」
「ああ……分かった」
レオは少し呆気に取られる様子で頷いた。「じゃあ早速2発目撃ってみろよ」と出水に言われ、もう一度合成弾を作成しようと試みるが、やはり爆発した。
「……」
「気にすんなよ。二宮さんも何回か爆散したから」
「……そうか」
「なんかちょっと嬉しそうじゃね?」
レオは僅かに口角を上げていた。仏頂面でポケットに手を突っ込んでばかりのあの男が、仏頂面のまま爆散したと思うとちょっと面白い。
「よし、どんどん行こう!ちょっとずつ出来るようになってるぜ、習うより慣れろだ」
「Okay」
「お、本場の発音か?なんか違う気がするわ」
「気のせいだ。変わんねぇ」
そんな風に雑談を挟みながら合成弾の訓練を続けていく。レオは天才ではないが、秀才ではある。故に天才に指導してもらえれば、かなりの速度で成長していくことができた。合成弾を作るたびに助言を貰い、その的確な助言でメキメキと成長し、上手くなっていく。
数回作ればもう爆散することは無くなった。こうなると後は慣れだ。今はまだ20秒以上かかる為、ランク戦では使えない。A級のランク戦でも使えるようにするには最低でも2、3秒で出来るようにしなくてはならないだろう。だが、後は反復練習だ。もう出水は必要ない。
「助かった。後は自分でやる」
「おう!じゃあ次はおれの番だな、英語教えてくれ」
「教科書持ってんのか?試験範囲は?」
「早退して来たから教科書はあるよ。範囲は不定詞、あと比較級」
「OK、ここでやると面倒な奴に見つかりかねない。ファミレスでいいか?」
「オッケー!」
とりあえず、約束は果たさねばならない。やるからには三輪に勝てるように英語力を鍛えてやろうと考えていた。何故なら英語を話せるレオに教わってもこんなもんなんだと思われて仕舞えば、レオの格が下がるからだ。レオは見下される事が大嫌いだった。2人は早速ファミレスへと向かった。
2人は窓際の席に座り、早速教科書とノートを広げる。そのまま、フライドポテトをつまみながらの勉強会が始まった。得意じゃないと言う言葉に嘘はなく、出水は難しい表情でページをめくっていた。それを見たレオは教科書を指差し、軽く説明を入れた。出水はそれを聞き、曖昧だった部分が急にクリアになったかのように目を輝かせる。
「なるほどなぁ!今ならイケる気がするわ!」
「それはダメなパターンの時のセリフだな」
レオは頬杖をつきながらそう言った。
そのまま、いくつかの例題をノートに書き込み、出水に解かせる。それを何度も繰り返せば、すぐに理解は深まっていった。
この日は、2時間ほど勉強をして解散となった。
2人は、また時間が合う度に勉強会を開く仲となる事を今はまだ知らないでいた。