濃密な雨が森全体を覆い尽くしていた。
視界を遮るほどの豪雨が、樹々の葉を打ち付ける音が耳に響く。足元はぬかるんでおり、泥が靴にまとわりつく。トリオン体なので問題ないが、普通の靴だったらダメになってしまっていただろう。そう感じるほどに泥まみれだ。濡れた落ち葉が風に乗って飛び散り、空中で一瞬舞ったかと思うと、再び地面に叩きつけられる。雨水が葉の表面を滑り落ち、やがて地面に吸い込まれていった。
レオは地面を踏み締めて敵を睨む。諏訪隊の3人が銃口をこっちに向けていた。
「はっはぁ!3対1で仕留めるぞ!!」
「3対1?バカが」
乱射されたアステロイドは突然地面から突き出て来たエスクードに防がれる。
「3対2よ」
「ゲェッ!妹来たぞ!」
「関係ない!エスクードもいつか壊せる!押し切るぞ!!」
諏訪隊の2人は乱射を続け、エスクードを削り始める。だがそれほど問題にはならない。直線でしか撃つ事ができないアステロイドに対して、レオには弾道を自由に設定できるバイパーがある。相手の防御を避けて弾を撃ち込むことが出来るのだ。
「バイパー」
防御をアリスに任せ、バイパーでフルアタックを仕掛ける。それと同時に加瀬に指示を出した。
『影浦を無視して諏訪を狙撃してくれ』
『ッ、分かった!』
『落とされるけど気にするな』
諏訪隊はバイパーを防ぐためにシールドを広げる。四方八方から来る攻撃を凌ぐためにはシールドを広げるしかないのだ。シールドは広げれば広げるほど脆くなる。狙いを読んで防御を集中させれば防ぐ事も可能だが、シールドを狭くすればバイパーに撃ち抜かれて負ける。
その時、狙撃が飛んできた。
そしてそれは的確に諏訪の頭を吹っ飛ばす。諏訪がベイルアウトすると同時に後方でもベイルアウトの光が上がった。影浦が加瀬を討ち取ったのだ。
ショットガンで撃たれ続け、アリスにも攻撃が通り、彼女の体には黒いヒビが入っている。
「速攻仕掛けるぞ」
「その言葉を待ってたわ」
アリスはエスクードを2枚新規で出す。そして、
「メテオラッ!!」
「アステロイド、バイパー」
2人の両手にトリオンキューブが浮かび上がる。
「ウッソだろ!?そっちもシューター!?」
今回、三条兄妹はトリガー構成を変更して試合に臨んでいた。レオは右にアステロイド、バイパー、スコーピオン、シールド。左はバイパー、スコーピオン、バッグワーム、シールド。
そしてアリスは右にメテオラ、ハウンド、グラスホッパー、シールド。左にメテオラ、エスクード、バッグワームだ。
シューターが不利になると分かっていて、何故シューターを選んだのか。理由は単純だ。アリスは今回防御に徹するつもりだったのだ。レオと合流し、エスクードで守りつつハウンドで援護、そしてここぞという場面でフルアタックを仕掛ける。2人で諏訪隊と同じ戦法を取る予定だったのである。全く同じ戦法を取った場合、勝つのはトリオン量が多い方。単純な戦術だが非常に強力だ。
2人のフルアタックに耐えられるはずもなく堤は爆散した。そしてレオはアステロイドとバイパーの半分をエスクードに叩き込み、盾を壊す。
『グラスホッパー出せ』
『OK!』
限界近くまでトリオンを使い切っているアリスがレオの足元にグラスホッパーを出現させる。即座に踏み込み、残った宮崎に急接近する。
「クソッ!」
咄嗟にシールドを張ったが、残しておいたレオのバイパーがシールドを破壊した。
「まさか、先を読んだのかッ!?」
「残しておいた。俺は慎重派だ」
スコーピオンなら防げたかも知れないが、多量のバイパーは防ぎきれなかった。そもそもトリオン量の多いレオのバイパーは、他の人が撃つバイパーよりも威力が高いのだ。
スコーピオンは滑らかに首に差し込まれ、宮崎の首を叩き落とした。諏訪隊はこれで全滅した。残りは影浦1人だ。
『アリス、ベイルアウトできるか?』
『無理みたい』
『もう60メートル以内にいるのか』
レオは迎撃の準備を整える。アリスがトリオン切れでベイルアウトしたのを確認するとバイパーとアステロイドを作り、合成する。
加瀬がベイルアウトする直前、走り去る影浦の姿を目撃している。バッグワームを着てはいるが直線距離で向かって来ているとのことだ。彼らに諏訪隊と三条隊の戦いの内容を知る術はない。要するに、誰がどれだけのダメージを負ったのかが分からないのだ。だからトリオン漏出過多で残った誰かがベイルアウトするより先に討とうとしている。
「
だが影浦は木の幹を足場にしながら全て避けて一気にレオの間合いに踏み込んで来た。
咄嗟にバイパーを作成したレオの左腕を影浦は即切り落とす。そしてそのまま首を落とそうとした瞬間、空から落ちて来た
このチャンスを逃すわけにはいかない。レオはスコーピオンで素早くその首を切り落とした。
『よしッ!勝った!!』
【影浦隊員が緊急脱出。これにて決着となります。最終スコアは6対2対1。三条隊の勝利です】
合成弾の使い心地を試す事が出来た。悪くない戦果だろう。三条隊の待機ブースに転送され、シャツの襟を整えながら立ち上がる。
「今回は兄さんしか残れなかったかぁ」
「だが6点取れた。上々だ」
だが加瀬は浮かない顔をしていた。ひょっとして自分は黙って囮にされたのではないかと思い至っているからだ。やっぱり1番いらない駒なのか、こういう時の為にスカウトされたんじゃないかと思考が悪い方に転がっていく。そんな加瀬にレオは声をかけた。
「囮も必要な戦術だ。お前は役に立っている」
「ッ、レオ……」
「詳しい事までは分からないけど、アイツは感情を読む類のサイドエフェクトを持っていた。お前に囮になれと情報を伝えてから狙撃をさせたら、囮であると勘付かれる可能性があったからな」
「あぁ、成程。じゃあ仕方ないか」
「理解が早くて助かるよ」
次も頼むぞと言い、レオはさっさとブースを後にする。すると即座にレオの前に出水が現れた。
「レオさん!見てたっすよ、今の試合」
「出水か」
「いやー、ランク戦で合成弾使うとなればやっぱりああなるよなぁ。戦闘中に作って使うのはやっぱ難しいか」
「1秒以内に合成できれば使えるだろうな」
「流石におれでもそれは無理だわ」
レオが歩くのに合わせて出水が付いてくる。
「って言うか!なんで年上だって教えてくれなかったんすか!おれめちゃくちゃタメ口使ってたじゃん!」
「細かいな。俺は別に気にならない」
「おれが気にすんの!前二宮さんと話してる時、レオがどうこうって言ったら“年上を呼び捨てにするのは感心しない”って注意されちゃったよ!」
「細かい男だ」
そうやって話していると、「おい金髪!!」と怒鳴り気味に声がかけられた。レオは眉間に皺を寄せて「あ゛ぁ?」と低い声を出す。やっぱりヤンキーだったと出水は冷や汗を浮かべて一歩引く。
「俺と10本勝負しろ」
「土下座したら考えてやる」
「なんだとテメェ」
2人のヤンキーがメンチを切り合い、出水はシンプルにドン引きしていた。
「一回勝ったくらいで何つけ上がってやがる。テメーに下げる頭なんか持ち合わせてねぇんだよ」
「勝者は敗者より上なんだよ。この単純な理論もわかんねぇのかテメェは」
レオがもっと頭を働かせろと言わんばかりに、コメカミの辺りで指をグルグルと回して挑発すると、影浦は露骨に顔を顰めた。完全に見下されている。そういう感覚が一番強く刺さったからである。
「テメェ……だったら尚更勝負受けろや、俺とサシで戦え。改めてどっちが上か分からせてやるよ」
「あ゛?たった今負けたくせに俺に勝てる気でいんのかテメェ」
「当然だわ。今の一戦だけでそんな見下せるくらい強いつもりかよ」
「黒星ついてんのがどっちか理解できてねぇみたいだな、馬鹿が」
「10本が嫌なら2本でも良いぞ。俺と遊ぶ暇がねぇほど忙しいってんなら2本でいい。それで十分だ」
「……テメェ、つくづくイラつく奴だな。態々仮想空間に入らずとも今この場で殴り飛ばしてやろうか?あ゛?」
「タイマンかよ、上等だ。それなら俺も得意だぜ」
「歯ぁ食い縛れよ、全部へし折ってやる」
「そっちこそ覚悟しろよ、その金髪むしり取って部分ハゲにしてやる!」
「待て待て待って!マジで待って!!」
個人戦の話をしていた筈が何故か殴り合いが始まりそうな雰囲気になり、出水は勇気を振り絞って間に入り止めた。
「喧嘩はまずいでしょ!こんなところで!」
「そうだな、おい影浦。外に出ろ」
「いい広場教えてやる。人が誰も寄りつかねぇところだ」
「そう言う問題じゃなくて!」
やべぇどうしようと出水があたふたしていると助け舟が入った。「おい」と、低い声がかけられる。それは北添でもアリスでもなかった。だがレオはその声を聞くとびくりと肩を跳ねさせる。
「こんなに人がいるところで堂々と喧嘩をしようとは良い度胸だな。レオ、影浦」
「ゲッ。風間ッ……」
レオは視線を下げ、その姿を視界に収めると即座に反転して走り去っていった。先ほどまであれだけ苛立っていたレオが爆速で逃げ出した姿を見て影浦は目を見開く。そして、
「こんなチビ相手に何逃げてんだアイツ……」
と、シンプルな疑問を呈した。出水はギョッとした。風間はA級2位の隊長で、レオや影浦より3つも年上なのだ。だが風間は特に怒る様子もなく影浦を見る。
「血気盛んな事だ」
「あ?なんだテメェ」
「お前も礼儀を知らない口か、最近はそう言う奴が多いな」
「はぁ?」
「ブースに入れ、個人戦がしたかったのだろう。俺が相手をしてやる。10本勝負か?」
「なんで俺が名前も知らねェテメェの相手しなきゃなんねーんだよ」
「そうか、俺は風間蒼也だ。はじめまして」
「だから何だよ、ガキの相手なんかしてられるか」
影浦はめんどくさそうな様子で頭を掻くとその場を去ろうとする。だがしかし、
「逃げるのか?」
「……あ?」
「三条レオにはあれだけ食ってかかっていたじゃないか。俺では不満か」
「じゃあテメェはどんだけ強ぇんだよ」
「自己紹介をもう少し詳しくするべきだったな。俺はA級2位、風間隊の隊長、風間蒼也だ。少なくとも三条レオより強いと言う自負がある。それとガキじゃない。お前より年上だ」
A級2位。その言葉を聞いて影浦は目を見開いた。あと単純に年上だと言うことにも驚いていた。
「強くなりたいのなら、無闇矢鱈に噛み付くことはやめるんだな。礼儀を通して戦いを申し込み、その戦いでしっかりと学ぶ事だ。その点においてはお前より格上である俺も相応しいだろう。俺と戦って学ぶと良い」
「上等だよ」
そしてみすみす乗せられた影浦は風間と10本勝負を行い、1本も取れずに敗北したのであった。風間はレオには逃げられたが影浦に教育出来たことで満足そうな様子で帰っていった。
* * *
さて、数週間の時が過ぎた頃の事だ。
いつものように訓練を終わらせた三条隊がファミレスでご飯を食べていると、偶然だろうか制服姿の三輪と出水がやってきた。だが残念ながら、ファミレスは混雑しており席は空いていない。
彼らはレオ達に気がついていないようだが、近くにいる為会話は聞き取れる。どうやらこれから防衛任務だから昼飯を済ませてから向かおうと考えたのだが、運悪くどこも混んでいたらしい。そして残念ながらここも満席だった。
「このまま空腹で任務かよ〜」
「仕方ないだろう、そう言うこともある。トリオン体になれば空腹も感じないんだから気にするな」
「気分の問題なんだよなぁ」
「我慢しろ」
レオ達は大きなテーブルに通されている為、詰めれば2人は余裕で座れそうだ。
「座らせてあげたら?」
というアリスの提案に乗り、レオは2人に声をかけた。
「出水」
「お!レオさんじゃん、奇遇〜」
「どうも」
「俺らの席なら2人座れるけどどうする?嫌なら別に良いけど」
「まじっすか!いやぁ助かるわぁ、まじで腹ペコだったんすよ」
「お前はどうする?」
「じゃあ、俺もご好意に甘えさせて貰います」
そんなこんなで三条隊の席に三輪と出水がやって来た。彼らが注文したメニューもすぐに届き、テーブルの上が一気に豪華になった。そして注文したは良いが食べ切れなそうだった山盛りポテトの残りをさりげなく出水に押し付けた。
「ポテトうめー」
「全部食って良いぞ」
「ラッキー、いただきまーす」
パクパクとポテトを食べる出水を見ながらレオとアリスは目配せをした。そしてアリスが出水に話しかける。
「そういえば太刀川隊って初のランク戦だったのよね?どうだったの?」
「お!それ聞いちゃいますか!」
「聞いて欲しかったんだろ、本当は」
嬉しそうに返事をする出水に三輪が呆れたような視線を向ける。
「何と、10ポイント獲得で一気にB級中位まで上がりました」
「何ですって!?」
「負けた……ッ」
レオとアリスが大袈裟なリアクションをしたのを見て、出水は自信ありげな笑みを浮かべる。三輪はさらに呆れを深めてため息をついた。
「状況が違いすぎる。三条隊は初戦2人、太刀川隊は3人。しかも太刀川隊は元A級の太刀川さんがいるんだぞ。完全勝利しなかった場合の方が異常だ」
「う〜ん。考えられるパターンだと、太刀川さん以外の2人がとんでもない足手纏いならあり得るかな?」
「仮に味方が足を引っ張っても、太刀川さんが1人で敵を全部倒せば問題ないでしょう」
「太刀川さんなら、1人でも下位の人たちを余裕で倒せそうだよね……。多少連携が乱れても苦にしなそうだし……」
「実際そうだろうな」
「じゃあもう味方が太刀川さんを狙撃するんだよ」
「それもう足手纏いとか言う次元じゃねーだろ、リアルで殴るわそんな奴」
「おれも京介も足手纏いじゃないから問題ないね!」
ハンバーグを食べながら出水は如何に太刀川隊が優秀であるかを語り出す。太刀川が強いのはもちろん、自分がシューターとしてポイントを取りつつ、烏丸がエスクードやアサルトライフルで臨機応変に援護を行いポイントを集めるのだ。オペレーターの国近も非常に優秀である為、太刀川隊がA級に上がるのは時間の問題であると言うのがボーダーの面々の認識だ。
アリスが上手いこと相槌を打ちながら出水を持ち上げれば、ご機嫌になった出水は太刀川隊の凄いところを色々と話し出した。
「そのうち三条隊とも戦う日が来るだろうけど、おれらが勝ちますよ」
「何だ、分かってたのか」
「何がだよ三輪」
「いや……自分の部隊のことをペラペラと話しているから、これから戦う可能性があるって言う自覚がないのかと思ってた」
「……あ」
出水はコトリとスプーンを置くと目を見開いた。ようやく思い至ったらしい。「あ゛ーッ!?」と大声を上げたが、「公共の場で大きな声を出すな」と三輪に咎められて黙る。騙したなと言わんばかりの恨みが籠った視線をレオ達は完全にシカトした。
「何で止めてくれなかったんだよ三輪!」
「太刀川隊が不利になろうがどうでもいい。それにお前たちがA級に上がってくるって言うのなら、俺も内情を知っておくに越した事はない」
「間抜けなのはお前だけだったな」
「ひっでぇこと言うし!」
「ところで東隊は……」
「黙秘権を行使します」
「取り調べが長引きそうだな、何か追加の注文でもするか」
「じゃあ二宮さん呼んでも良いですか?」
「追加注文の件はなかった事にしよう。何事も手早く済ませるに限る」
冗談っぽくそう言うと、レオはメニューを閉じて仕舞った。
「実際、何で二宮さんを避けてるんですか?嫌いとか?」
「話したことも無い人間をそこまで嫌いになることはそうそう無い。強いて言うなら面倒だからだ」
「面倒……」
「以前、出水がボコられてるのを見た」
「見ないでよ」
「俺もああなっていたかもしれないと思うと、避けていて正解だったなと思うよ」
「要するに、負けたくないから?」
「前もこんな話をしたな、みんな興味津々かよ。まあ、負けたくないからで合ってるぞ。俺はこう見えて結構執念深いから、負かされたらクッソ腹立つしめっちゃ悔しいから超根に持つ」
「思ったよりクソ単純な理由だ」
「手の内を晒すつもりはないってのもある」
「人にはこんだけ喋らせておいて?」
「俺は最短でA級になりたいんだよ」
「超無視すんじゃん」
「その為に無駄な事はしないし、邪魔になりそうな事は徹底的に排除している。二宮と風間はA級昇格試験で当たる可能性のある相手だ。あの試験に落ちちまったら今までの努力が無に帰すだろう。B級1位2位じゃダメなんだよ、A級になんねぇと。だからアイツらには絶対情報を与えない」
「成程、そう言う理由なら納得できます」
「何でそんなに急いでるんすか?」
「内緒だ」
「おれにはこんだけ喋らせておいて?」
「
「急に日本語不自由になるじゃん」
「
「何言ってるか分かんないし」
「
「アリスさんにまで移っちゃった」
全員が食事が終わったのを確認してアリスから伝票を受け取ったレオが立ち上がる。そしてレオが伝票をまとめて持っていってしまったのを見て三輪たちは慌てた。
「待ってください!そこまで世話になる訳には!」
「écot……えー……こう言う単語はあったっけ?割り勘じゃなくて」
「レオ君が言いたいの多分“自弁”じゃない?」
「それかも。まぁとにかく、年下と来てんのにきっちり金出させるってのは情けないだろ。大した金じゃないし気にしなくて良い」
「じゃあ私デザート頼んでも良い?」
「調子に乗って良いとは言ってねぇ。というかお前は年上だろ」
綿貫の要求を無視してレオは会計に向かう。ついて来て自分の分はしっかり払おうとする三輪達を制し、支払いを済ませる。
「ありがとうございます」
「あざっす」
と、例を言う2人に軽く返事をし、6人でボーダーに向かった。三輪と出水は防衛任務があるが、三条隊はランク戦だ。次はB級上位戦である。