ボーダーにつき、出水と三輪と分かれて三条隊の4人は休憩室に入った。時間より早くついた為、今日はここで作戦会議を行う事にする。ランク戦のブースはまだ空いていない。
「さて、ランク戦の時間がやって来ましたぞー諸君!」
「遂に上位戦だね……」
「A級昇格試験まで後2回ね」
「本日の対戦相手は〜、デデン!嵐山隊、
「どいつもこいつも上位と呼ばれるだけ合って油断ならねぇ相手だ」
「それでも勝つのは私たちよ!」
「当然だ」
「じゃあいつも通り敵部隊の情報を分析していこうか」
メガネをクイっとわざとらしく上げて見せた綿貫がそう宣言し、タブレットに戦う部隊の情報を表示した。まずは嵐山隊だ。
「ここは安定してる部隊だね」
「オールラウンダーが3人とスナイパーが1人か」
「リーダーの嵐山さんの武器はスコーピオンとアサルトライフル。弾はアステロイドとメテオラだね。時枝君も同じ構成をしてるみたい」
「柿崎は弧月……コイツを狙おう」
「柿崎を狙うの?」
「ああ。嵐山隊に合流された場合真っ先に柿崎を落とすべきだ。弱いやつから落とすのは定石だ」
「柿崎さんもちゃんと強いけど、まあ優先順位で言えばそうなるわね」
「オッケー、狙い撃ちね」
「何か……俺がお腹痛くなって来たかも……」
「どんだけ繊細なんだお前」
「無駄に感情移入してるし……」
「落ち着いて加瀬君、落としやすい所から落とされるっていうのは仕方のない事なのよ」
「それ励ましになってねぇからな」
レオはそれだけ言うとタブレットを弄り、嵐山隊の情報を見る。後もう1人スナイパーの佐鳥と言う人物がいるが、こちらは普通のスナイパーのようだ。技術は高いが特筆事項はない。嵐山隊のコンビネーションへの援護が主な仕事なのだろう。
嵐山隊は連携の練度が高く、合流させてしまうと非常に面倒な存在となるだろう。そして次、春原隊だ。
「春原隊は機動力が売りの部隊か」
「そうだね。みんなすごい動き回るタイプだ。それとこっちも3人ともオールラウンダーだね」
「リーダーの春原は弧月と
「攻撃力がない代わりに当たっちゃうと100キロくらいの錘が付いちゃうんだよね」
「100キロ……」
「いくらトリオン体でも自由には動けないよ、一個つくだけでかなり動きを制限される事になるね」
「シールドをすり抜けるから気をつけろよアリス」
「何で名指ししたの?」
「松浦君は弧月とアサルトライフル。こっちはアステロイドとハウンド。関口さんはスコーピオンとショットガンだね。弾はメテオラだよ」
「最近ガンナー流行ってるね……」
「確かにな」
ガンナーはシューターから派生されて生まれたポジションだが、此処最近は著しくその数を増やしている。理由は単純で、補助がある分シューターより扱いやすいからだ。自由度は低くなっているが、銃口を向けて引き金を引くだけと言う簡単さからガンナーを選ぶ人は多い。しかも準備から攻撃、着弾までの時間が短い為、戦い慣れていない人にとっては大きな脅威となっている。
「まあ問題ないな」
「それもそうね」
しかし三条隊はご覧の通りだった。ガンナーにぐちぐちと文句を言っていてもどうにもならない。そもそも銃口からしか攻撃が来ない分シューターより分かりやすくて助かるとまで思っていた。もちろん厄介だと言う事に変わりはないが。
「オールラウンダーが3人いる嵐山隊、春原隊と違って榎本隊は遠距離が得意だね。スナイパーが2人いるもの」
「瀬戸と村木か。どちらも普通のスナイパーだな」
「リーダーはバイパーとエスクードを扱うシューター。船津さんはアステロイドとメテオラのガトリングを使うね。ガトリングを使う人はあまりいないから、ちょっと珍しいかも」
「コンビネーションの嵐山隊、追いかけて機動力で仕留める春原隊、誘い込んで倒す榎本隊か」
「ちなみに舞台を選ぶ権利がある部隊は榎本隊だよ。そう、“舞台”を選ぶ権利があるのは「黙れ」ウフフ」
4人は考える。榎本隊であればどこを選んでくるかと。しかし4人の頭には同じ場所しか浮かんでいなかった。
「まあ普通に考えると市街地Cだよね」
「高低差のあるマップだ。唯一のスナイパー2人部隊という特性を活かせる」
「逆にスナイパーが不利になる場所は……工業地帯、森、市街地Dかな……」
「市街地A、B、展示場はアタッカーがやりやすくなっちゃうしね」
「河川敷もありと言えばありだが、市街地Cよりメリットが少ないな。橋を挟んで戦うと言うのも考えられる。だけど、転送位置次第になっちまうから博打だ」
榎本隊が自分の部隊の有利を最大限に活かすとしたら、やはり市街地Cだ。スナイパーで高地を確保していつものやり方に持ち込みたいはずである。後は考えられるとしたら天候の変更だ。
「なるべく自部隊を有利にした上で相手部隊を不利な状況にしたいはず」
「となると機動力を潰すかな?森を豪雨にした諏訪隊みたいに」
「機動力を潰す天気……雨ではないよね、視界は潰れるけど、森以外なら大して足元は変わらない……」
「豪雪とかありえるんじゃないか。市街地Cにして上をとって、雪に足を取られてるアタッカー達を狙撃していくのはさぞ楽しいだろう」
「自分らだけバッグワームを白くして動きやすい靴にしとけば一気に有利になるわね」
「ただ、Cを選ぶと皆が榎本隊を狙う事になるよね……スナイパーに高地を取られて困るのは他のどの部隊も同じだから……」
「そうなんだよなぁ、下手したら3部隊対1部隊だ」
当然、三条隊だって高地を取りたい。レオが上を取ってバイパーで攻めればかなり有利になる。三条隊にはスナイパーもいる。そうなると嵐山隊と春原隊は榎本隊と三条隊には絶対に上を取らせないように動く事になるだろう。
「それが目的なのかも。敵の部隊の利害を一致させてウチを真っ先に潰したいんじゃない?」
「ないとは言えないけど、仮にウチを倒したとして次に狙われるのは榎本隊になっちゃうからね。ポイントを取れなくなる分、余計状況が悪いとも言えるね」
「市街地Cか、河川敷か、もしくはBか。大穴で市街地Dかもな」
「何でD?」
「皆狙撃を嫌ってショッピングモールに入るから、状況を誘導しやすいと言う点ではCと同じだ」
「……う〜ん、これ以上悩んでも堂々巡りかもね。とりあえず第一候補をCにして、天候は雪だと考えておこうか。よっし、それならバッグワームを白くしちゃおう!榎本隊に負けてらんないよね!」
「雪じゃなかったらクソ恥ずいぞ」
「雪である事を祈るわ」
「神に祈っとこう」
「都合の良い時だけキリストに縋る。それが三条兄妹なのよ」
「キリスト教なんだ……」
「Notre Père qui es aux cieux……あー、que ton nom soit sanctifié……続きなんだっけ?」
「忘れたわ。雰囲気で祈ってたから」
「ダメすぎる……」
「Amen.」
「無理矢理終わらせた……」
レオとアリスは十字を切ると立ち上がる。
「よし。これで雪じゃなかったら俺のせいじゃねぇ、神のせいだ」
「最悪すぎる……」
「神はいいけどトリガーはどうする?」
「右にアステロイド、メテオラ、バイパー、シールド。左にバイパー、スコーピオン、シールド、バッグワーム」
「オッケー、変更しとくね。アリスちゃんは?」
「ん〜、右は弧月、旋空、エスクード、シールド。左はアステロイド、ハウンド、シールド、バッグワームかしら」
「オッケーオッケー。加瀬君は変更なしで、準備万端ね!じゃあそろそろ、ランク戦にレッツゴー!」
少し早いが4人は支度をして休憩室を出て、ランク戦の会場へと向かった。レオは私服のポケットからスマホを取り出して弄っていた為、それに気がつくのが一瞬遅れた。
「お前、三条レオか」
「……あ?」
視線を上げる。茶髪をセンター分けにした精悍な男が目の前に立っていた。レオと同じくトリオン体ではない様子で、彼もまた私服だ。
「俺は東隊の二宮だ」
二宮匡貴。東隊に所属するシューターで、トリオンの量に関してはレオの上をいく男。ずっと避けていた男にこのタイミングで見つかったかとレオは内心ため息をつく。ランク戦まではまだ余裕があるとは言え、面倒なのでさっさと乗り切りたいところだ。
「お前とは一度話がしたかった。この後ランク戦があるだろうし時間は取らせない」
「
「は?」
中身のない適当なフランス語を早口で捲し立てて乗り切ろうとする。意味がわかるアリスは後ろで小さく吹き出した。
「お前日本語分かるだろう。それで押し切るつもりか?怒るぞ」
「怒るな。こんなもんで」
片眉を上げた後、やや不快そうな顔をした二宮がそういうと、レオは諦めた様子で対話に応じる。
「お前、俺が呼び出した時無視して帰りやがっただろう。一言断りを入れるでもなく。流石に非常識すぎる」
「そんな事をわざわざ言いたかったのか?悪かったな。俺はアンタに用がなかった」
「はぁ……その事に関してはもういい。俺がお前を探していたのは、お前と個人戦を行う為だ。トリオン量に物を言わせて暴れるだけの馬鹿なら叩き潰してやろうと思ってた」
「そうじゃねぇって事に気がつけないほどアンタ馬鹿じゃねえだろう」
「ああ。しっかり考えて戦っていると言う事はもう理解した。だが馬鹿じゃなくとも、お前と個人戦を行いたいと言う気持ちは変わらない。トリオンが豊富なシューター同士だ。得る物もある」
「断る」
「また逃げるのか?」
「おいおい、安い挑発は寄せよ。俺は結構気が短い方だから、そう挑発されると乗っちまいかねない」
レオは前髪を掻くと、ため息をついて二宮を見た。もう戦わない事情を話して理解してもらった方が手っ取り早いと考えたのだ。
「俺は生粋の能ある鷹だ。手の内を晒すつもりは無いって事だよ。この後のB級上位戦も、その次の試合も乗り越えて、俺らは必ずA級への挑戦権を手に入れる。そうなった場合、アンタと戦う可能性もある訳だ」
「だから、戦うつもりは無いと?」
「最善を尽くしてるんだ。東隊も風間隊も、めちゃくちゃ強いって分かってる。今の俺らじゃ勝てない。そんな奴らに一矢報いなきゃ行けないんだぜ?まあ、どっちとも当たらない可能性だってあるけどよ。できるだけ情報を渡したく無いって考えるのは別におかしくねぇだろ?」
「そう言う事か」
「そう言う事だ。だから仮にアンタと戦う事があるとすれば、最短でA級昇格戦だ」
「なら、俺もこれ以上は何も言わない。……A級昇格戦で無様を晒すなよ」
「晒さねぇさ。その為に爪を研いでる」
満足した様子の二宮は「じゃあな」と言うと去っていった。最初からちゃんとそう伝えればよかったのにと綿貫は言うが、トリオン量に物を言わせて戦っている状態でそんな事を言っても説得力が全く無いので意味がない。
レオ達4人はそのままランク戦のブースへと向かい、トリオン体に換装する。
【転送まで36秒】
【B級ランク戦転送開始】
転送されるや否や、視界を覆ったのは白銀の世界だった。雪がしんしんと降り積もる街並みが広がっている。建物の屋根や道路、路肩に至るまで真っ白に染め上げられ、街全体が雪に埋もれている様子だ。その量からして、30センチは軽く積もっているだろう。視線を上げると、灰色の空から細かな雪が絶え間なく舞い降り、空気をさらに冷たく湿らせている。
『よっしゃ雪だー!白いバッグワームで大正解だね〜!!』
綿貫の軽やかな声が頭に響く。
「だが舞台の予想は不正解だな。ここは市街地Cじゃねぇ」
雪を踏みしめながら、レオが淡々と答える。
──Dだ。
その言葉とともに、彼は辺りの街並みに目を向ける。鋭い視線で環境を観察しながら、舌打ちを溢す。
【MAP 市街地D 晴れ 天候 雪】
榎本隊がこのマップを選んだ理由が全く読めない。スナイパーを2人擁する彼らが、わざわざ市街地Dを選択するのには何らかの意図があるはずだ。
市街地Dの特徴は、大きな通りとそれを囲むようにそびえる高層建築群だ。そしてこのマップ最大の特徴は、その高さにある。マップ自体は他と比べて一回り狭いが、建物の規模や数は他のマップと一線を画している。縦に広がる構造が生んだ複雑さが、戦局に大きな影響を与えるのだ。さらに厄介なのは、レーダーが隊員の高さを表示しない仕様である。敵が上下どの位置にいるのか判別できず、結果として、近くにいても相手を視認するのが難しくなる。
レオは静かに考えを巡らせる。榎本隊のスナイパーたちにとって、この高低差のある環境は格好の狩場だ。嵐山隊や春原隊が不用意に市街地Dの通りを駆け回れば、確実に狙撃の的になるだろう。嵐山隊も春原隊も街を自由に動き回ってスナイパーから狙撃されては堪らない。そうなると当然、ショッピングモールの中へと向かうだろう。
(積もった雪は大体30センチか、いつも通り動き回るのは無理だな)
視線を足元に落とし、雪を一歩踏みしめる。重い感触が靴底に伝わり、機動力の低下を嫌でも意識させる。足を封じられた状況下では、屋外での動きは制限される。結果として、室内戦へと移行する他なくなるのは目に見えていた。
しかし、敵の狙いがどこにあるのか、それがまだ完全に掴めていない。この市街地Dの選択が単なる心理戦に留まるのか、あるいは別の罠が仕掛けられているのか。
思考を巡らせながらも、他の隊員たちと同様にショッピングモールへと足を進める。
『みんな続々とショッピングモールに向かってるねぇ。でも雪が凄いから、動きはちょっと遅めかも』
「スナイパーはわからないけど、やっぱり皆モールに向かってるのね」
「クソ癪に触るが点取るなら榎本隊の作戦に乗るしかねぇな」
「上等だわ!纏めて全員叩き潰してやるんだから!」
「慎重に動けよ。意味なくこのマップを選んだ訳じゃねぇんだからな」
レーダーをもう一度確認する。ショッピングモールの中には既に4人が転送されている。そしてその外にいる10人のうち加瀬を含まない3人がバッグワームを装着して姿を隠している状態だ。
(スナイパーは全員外か……)
レオは眉をひそめながら状況を整理する。このまま外に居てはスナイパーたちの標的にされるリスクが高い。白いバッグワームのおかげで視認性は多少落ちているものの、完全に無防備ではいられない。
(早めにモール内に身を隠すべきだな……だが、その前にやることがある)
レオの視線は、自分とアリスの間に転送されたもう1人に向けられる。
「アリス、1人狩ってから中に入るぞ」
「OK!真ん中の奴ね!」
アリスは兄の指示に即座に従い、バッグワームを着用するとその場で一気に動き出した。即座に方向転換し、標的の元へと向かう。彼女の足取りに合わせ。踏みしめた雪がわずかに舞い上がっていた。
雪と街並みが作る静寂の中を進んで1分足らず、アリスは目標を視界に捉えた。
「見つけたわよ!榎本だわ!」
「三条アリスに見つかった!」
榎本もまた、その瞬間に応じて迎撃態勢を整える。発射されたハウンドを咄嗟にエスクードで防ぎつつ、すぐさまバイパーを射出。巧みな制御で軌道を変えた弾丸がアリスを狙うが、彼女もシールドを展開して冷静に対処する。
「ッフ、兄さんが一流だとしたらアンタは三流ね」
「手厳しいな」
榎本は困ったように笑みを浮かべながらも、状況を冷静に分析している。軽口を叩いている余裕があるように見えるが、その目には隙がない。
「悪いけど、ここで落ちるわけにはいかないんだ。折角立てた作戦が台無しになる」
「台無しにしにきてんのよ。アンタは大人しくここで死になさい」
「そうもいかないね」
と、その時榎本は弾かれるように横を向いた。光る弾丸が、建物の隙間を這うようにして飛んできていたのだ。
「
榎本隊のスナイパーから通信が入ったのだ。“三条レオもそちらに向かっているぞ”と。そちらに視線を向けたのは偶然だったが、おかげで己を狙う弾丸に気がつく事ができた。
榎本は即座にエスクードを生成して弾を防ぎ、さらにグラスホッパーを展開して後方に跳躍。だが、その動きは一手遅かった。予測不能な弾道を描いた変化通常弾が曲がり、榎本の左腕を容赦なく吹き飛ばす。
「くっ……!」
榎本は咄嗟にもう片方の手で漏れる、トリオンを抑え、崩れそうな体勢を立て直す。だが、アリスは追撃のチャンスを逃さない。さらに距離を詰めながらハウンドを放つ。榎本は懸命にエスクードで防御を続ける。
「厄介なヤツだな……けど、まだ終わりじゃない!」
榎本は意地を見せ、狭い路地を利用してなんとか逃走しようとする。建物の影に飛び込むや否や、グラスホッパーを使用して一気にアリスとの間合いを広げようとした。だが、
「逃がすわけねぇだろ」
路地を抜けた瞬間、先程までいなかった第三者の声が聞こえてきたのだった。