年が明けた1月のはじめ。
俺は生後8か月となり、だんだんと体が大きくなってくる。
それにともなって体を動かしたくなる本能も強くなってきてしまう。
特に感情を抑えられなかったのは雪を見たときだ。
雪が10cmほど降り積もった時には、ひゃっほーい! という気分で走り回っては雪を楽しみ、地面に鼻先をぶつけないよう気をつけつつラッセル車のように雪をかきわけて楽しんだ。
落ち着いて考えれば、それの何が楽しいかはわからない。でもなんかすっごく楽しいんだ。
雪はアスファルトと違って足は痛くならないし、降り積もった雪は自分だけの道を開拓できるということがあると思うが。
時にはスズカが投げる雪玉をキャッチし、お互いに雪をかけあうという遊びもした。
そして晴天の今日。
俺は窓際で日光にあたり、寝転がってはぼぅっとしていた。
冬休み中のスズカはパパと一緒に図書館へ行くと聞き、家には俺と家事をするママだけだ。
静かな時間をのんびりと寝て過ごしていると、パパが使っている車のエンジン音が聞こえてくる。
耳がぴくりと動き、目を覚ます。
車が駐車場に止まると車のドアが開く音。少しして玄関の扉が開かれ、俺がいるリビングへとやってくる。
来たのはサイレンススズカだ。
緑色を基調とした暖かい冬用の姿でマフラーやウマ耳の形があるニット帽はかわいい。
そんなスズカが体を起こした俺の前に来ると、目の前に突き付けてきたのは1冊の文庫本。
ノンフィクションと思われる本の表紙には作者っぽい大人のウマ娘が旅姿の写真だ。
「これはね、ゴールデンレトリバーと一緒に旅をした人の本なの! すごく古い本だけど、面白くて!
作者の人がリヤカーを引っ張って旅をしてわんこと一緒に歩くの。わんこが疲れた場合はリヤカーに乗せるだなんて、とっても素敵だよね!」
ほらここ、とテンションが高いスズカはページを開いては指をさして俺に教えてくれる。
それはいいんだけど、俺は文字まで読める犬と思われているんだろうか?
実際に読めはするが、教えられていない文字まで理解すると変に思われてしまいそうだ。
スズカから逃げるため、じっと本を見つめたあとに顔をそむけて後からやってきたパパに助けてという視線を向ける。
「アトラスは近くしか散歩していないんだ。そういうのはスズカがもう少し大きくなって家族で行くならいいな」
「本当!?」
スズカはパパを振り返って見たあと、きらきらとした目でこっちを見つめてくる。
……考えてみると日本の各地を旅行するのはありかもしれない。そうすれば、原作キャラクターたちに会えるかもしれないし。
偶然会うだなんて確率はすっごく低いだろうが。
「アトラス、あと3年たったら一緒にランニングして旅行しようね?」
まぁランニングでもいいか。前世での記憶は部分的にしかないが旅行は楽しかったからな。
走るのは疲れるだろうが、これから鍛えればいいだろう。散歩がなくても人間時代の知識を使って筋トレができるだろうし。
流されてはいるが、俺はうなずきを返す。
「ありがとうアトラス! 大好き!」
元気よくスズカは俺の首へと抱き着いてくる。
その勢いによって俺は倒れてしまうが、いつもじゃれあう時に押し倒されなれている。
今まではアニメのキャラクターという認識が強かったものの、今となっては娘のような感じだ。
そういう考えを持ってしまったからなのか、スズカには大体のことは許している。
寒い日にはベッドに運ばれても素直に抱き枕の役割を果たし、昼寝をするときは頭を乗せる犬枕として体を貸す。
おやつは一緒に並んで生ニンジンをばりばりかじるし、運動相手もやっている。
我ながら充実した生活を送っているな。
この日もスズカとじゃれあい、一日が終わってゆく
翌日は昨夜のうちに雪が降って、積雪量が増えている。
あちこちに降り積もった雪は音を吸収し、普段より静けさがある。また太陽の光を反射してまぶしい雪。
見慣れている景色は幻想的光景へと変わった。
人だった時は雪があまり降らない地域だったから雪景色は見ることが少なく、見ているぶんには雪はいい。
でも今日は見るだけじゃない。何をするかというと散歩だ。
ただし普通の散歩ではない。ソリを使った遊びだ。
ハーネスをつけた俺はスズカパパが改造したソリにロープをつけられている。
そしてごわごわした布付きソリに改造され、それに乗っているのはスズカだ。ソリにつけるロープとは別に散歩用のリードを手に持っている。
ニット帽や手袋を装備した姿はかわいく、俺がゆっくり歩いていくと喜んでくれている。
なんでこうなったかというとテレビのせいだ。昨夜はシベリアンハスキーが犬ぞりをやっているドキュメンタリー番組を家族全員で見たんだ。
番組はカナダの犬ぞりレースを放送していて、かっこいい犬たちと長距離を走るウマ娘の姿。
それで一緒に見ていたスズカがやってみたいという提案を受け、パパが一晩で改造したのが今のソリ。
テレビで見た極寒の長距離と違い、俺の毛皮にはちょうどいい寒さだから元気に歩ける。
ハーネスにロープをつけていても、ソリとスズカは軽い。
体に負担は少ないから元気に引っ張っていける。引っ張るのも案外楽しいし。
理性と本能で楽しさが一致すると、いつもより元気が湧き出てくる。
雪の中、ふんばって歩くのたーのーしー!!
と、いう感じで。ハーネス全体に負荷がかかるから、気持ちのいい重さに感じられていい。
だけど、それもごく短距離で終わる。
今度は俺がソリで伏せ状態で乗り、引っ張るのはスズカだ。
「アトラス、私の走りをしっかり見ていてね!」
そう言ったスズカが走り出そうとしたものの、すぐにスズカパパに抑えられて歩くことに。
犬なら4つ足で滑りづらくはなると思うが、まだ凍ってないとはいえウマ娘は降り積もった雪の上を問題なく走れるんだろうか。
ウマ娘はどこでも走れそうだよなと思いつつ、ざりざりと雪の上をすべる音を聞いては楽しそうにするスズカの後ろ姿をながめる。
そのスズカの尻尾が元気よくフリフリと動いていると、つい目で追ってしまう。こう、動物の本能的な何かで。
いや、思えば犬でなかった人間の時から動くものには目で追ってしまっていた気がする。
ポニーテールやツインテール。大きなおっぱいの揺れなんかを。
種族関係なく揺れるものには心がひかれるということか。
犬になってからだと以前は興味あったものには興味がなくなってしまっているものもある。その逆も。
スズカの揺れる尻尾を見ながら散歩コースを移動していると、スズカパパに声をかけられたスズカと交代する。
そして今度はスズカがソリへとやってくる。
スズカは俺の体(体重25㎏)を苦もなく持つとソリへ座り、広げた足の間に俺が置かれた。
お座り状態で堂々と止まったソリへ座っている俺に、スズカは俺の背中を押して場所移動をさせて後ろから抱きしめてくる。
おなかに手をまわし、俺の背中にほっぺたをくっつけてくる感触がする。
それだと前を見づらいんじゃないかと気になって振り向くと、スズカの両手でやや強引に前を向かされる。
「さぁ、パパ! 走って!」
「雪の中を走ると転んじゃうから走れないなぁ」
元気よく声をかけるスズカにパパは苦笑いをしながら歩き始める。
スズカは俺を抱きしめたまま、鼻歌で歌い出す。
「あ、そうだ。私、今度の春休みにトレセン学園の見学に行くんだけど、アトラスも行く?」
「わふ?(今、なんていった?)」
俺から顔を離して突然の驚くことを言ったスズカに体をひねって顔を向ける。
スズカは俺の頭を高速でなでなでしてくると、俺が理解していない顔をしていたらしくもう1度同じことを言ってくれる。
「あと2か月後に見学に行くの。まだ受験は先だけど、勉強のやる気を出すために見てきたほうがいいってママが言ってたから」
……マジか。マジか!! トレセン学園に行けるのか! それはすっごい楽しみだ!
あぁ、この時期だとどのウマ娘が所属してるっけ。スズカより先輩だとミスターシービーやマルゼンスキーといったところか?
いたとしても中1か中2あたりだろうし、まだいない可能性もある。
そもそも学園内に犬は入れない気がする。でも学園近くの商店街にはナイスネイチャもいるだろうし、見学会をしているスズカを待っている間、散歩時に会えるかもしれない。
それに会えなかったとしても聖地巡礼ができる! トレセン学園正門前、寮の入り口前、商店街!!
これはなんとしても行かないと!
スズカの言葉に興奮した俺は俺はソリに乗ったまま、小ジャンプと大ジャンプを繰り返して行きたいと強くアピール!
もう今から待ち遠しいな、トレセン学園の見学会!
よし、テンション上がってきたぞ。
さぁ、パパ! 俺に犬ぞりをやらせてくれぇぇぇ!!
俺はソリから勢いよく降りるとパパの前で美しいおすわりをする。そうしてパパの歩きがとまったところで尻尾を振り、上目遣いでアピール。
それが成功してハーネスにパパが持つソリ用ロープをつけてもらうと、俺は周囲を確認。
車がいなく長い直線の道だとわかった途端に全速力でダッシュする。後ろから聞こえてくるのは喜ぶスズカとバタバタ追いかけてくるパパの足音。
なお、家に帰ってからパパとママに突然走り出すのは危ないと説教をされた。すべったらふたりともケガをするじゃないかと言われて。
……うん、俺が悪かった。全力ダッシュはドッグランと家の中を走り回る時だけにしよう。