スズカと初めての散歩でランニングをしてから、筋肉痛になりながらも俺は走る散歩をスズカと続けていた。
時にはウマ娘であるママとも走って。
パパ?
パパは運動不足の人だから走れないんだ。そのことに悲しみの目を向けたら、家で若干の筋トレをするようになった。
6月になると、山以外にも平地や湖の砂浜で走って鍛えた。散歩だけじゃなく、家族で遠出をして。
なんか家族総出で俺を鍛えたいらしい。娘がやりたいことは全力で応援するパパとママはいい両親に見える。
こういう家庭だったから好きなことを止められず、応援をされて走るのが大好きな子になったんだな。
俺の筋トレを手伝う1番の理由はスズカに喜んでほしいという親心だろうし。
娘を大事にする両親がいるのはとてもいいことだ。次の人生で俺が人だった場合はぜひともスズカ家を参考にしたいね。
そうして鍛えられる日を過ごし、今日は7月の土曜日。
十分にスタミナがついた俺の体を見たウマ娘クラブのコーチは、俺がコースで走るのに初めて許可をくれた。
保護者の方々や子供たちの了解も得て準備ができたからと。
だから今の俺はウマ娘クラブの敷地内にいる。
俺の装備はノーリードだがハーネスをつけていて、パパからおしゃれとしてスズカの好きな色である緑色のスカーフをつけられた。
スズカも俺の後ろから走るらしく、ジャージ姿で地面に座って準備運動をしている。
クラブの活動が始まるのは朝9時で、今はその少し前だ。
練習が始まる前に2度か3度走ってみていいらしい。
それで俺がコースで走って喜んでみたら、併走を希望するウマ娘と走らせるとコーチの人が言ってきた。
なんかさ、もう当たり前のように誰もが人の言葉を理解していると思っているよね?
パパとママや子供たちなら犬と話をしていても不思議に思わないんだ。
でもな、俺と接する機会がないコーチが目線を合わせて大真面目で言ってくるのは変じゃないか?
俺に説明をして『わかった?』と聞いてきたから、うなずきはしたんだが。
もしかして犬って人間の言葉をわかるのは珍しくないのか? テレパシーか何かのオカルト要素で伝わっている可能性があるかもしれないが。
今のところ、そういう感じはしないから言葉がわかる犬ということになっている気がする。
遠くからパパにカメラで撮影されているのを見てから、おすわりした状態でスズカの準備運動が終わるのを待っていると、他のウマ娘たちが集まって楽しく話をしているところから1人のウマ娘が駆け足でやってくる。
スズカとは違うジャージデザイン。薄茶色の髪色で、髪型は肩まであるツインテールだ。ツインテールを結ぶリボンは2色でまんまるさがある顔はかわいらしさがある。
その子は俺の前へやってきてキラキラと目を輝かせたあと、スズカへと目を向けた。
「サイレンススズカさん、はじめまして! 今日からこのクラブに通うスマートファルコンです!」
「あ、はい、はじめまして」
勢いと元気があるスマートファルコンと名乗る子にびっくりしたスズカはシンプルに挨拶を返すだけだ。
なんか聞いたことがある名前だな?
スズカとスマートファルコンが雑談を始めたのを見ながら、どこで聞いた名前だったかと思い出す。
あ、この子もウマ娘で登場していたっけ。
……スマートファルコン!?
砂のサイレンススズカとも呼ばれることがあったダートの逃げウマ娘!! そしてウマ娘のアイドル!
思い出すの遅いぞ、俺!
ファル子、俺だー! ファンにさせてくれぇ!! と大声をあげたくなる気持ちをせいいっぱい抑えつつ会話を邪魔しないよう全力で気持ちを落ち着かせる。
今はまだアイドルの、ウマドルとして活動はしているかわからないからな。
その間にスズカたちが話した内容は、ファル子が親の転勤でスズカとは違う小学校にやってきたこと。
スズカのひとつ年下で今は小学4年生。アイドルが好きだと自己紹介をしてきた。
一方的に話をしてスズカは怒っていないかと気になったけど、なんだか楽しそうにしている。
ファル子は小学生からアイドルというのが好きらしく、歌や踊りの話が中心だ。このころはまだウマドルをやりたいという気にはなっていない。
ファル子が歌と言ったのを聞いて思い出したことがある。
それは馬のサイレンススズカのために作られた追悼歌だ。
スズカの死を悲しんだアナウンサーが作詞をしてできた曲。
曲名は『天馬のように』というものでサイレンススズカに対しての悲しさ、さびしさ、大事に思っているという感情が込められている。
今になって思い出したのは、スズカがファル子と出会ったことでサイレンススズカをより思い出したからだろう。
今もスズカは楽しくアイドルの話を聞いているから、これなら仲良くできそうだ。
「小学校でね、わんちゃんが走っているっていうから見学に来て一目ぼれしたから、このクラブに来──」
「アトラスに恋人はまだ早いかな、と」
「……えっと、かわいい子だよね、この子。少しさわっても──」
「怪しい人はダメ」
俺を両手で抱きあげたスズカに戸惑うスマートファルコン。
ファル子はただ感想を言っているだけなのにスズカの対応が冷たすぎるんだが?
しかし俺がきっかけでスズカとファルコは出会ったのか。ふたりは将来、ウマドルユニット『逃げ切りシスターズ』を結成するぐらいに仲がよくなるはずだ。
よくなるはずなのだが、なんか現状だと険悪な空気に。
俺を大事に思ってくれているスズカの気持ちはうれしいが、ファル子は大丈夫だと思うんだ。変なことはしないって。
そもそも犬とウマ娘に親愛関係はあっても恋愛には発展しないから心配するほどじゃないかと。
「ごめんね! ファル子が悪かった! かわいいってだけじゃなくて、犬ってどういう走りをするのかなって気になっっちゃって!」
「犬がウマ娘とレースをするというのは聞いたことがないから、そう思うのはわかる」
「その、サイレンススズカさんだけのアイドルを取る気はなかったの。ごめんね」
「アトラスが私のアイドル?」
「ファル子にはそう見えたよ! アトラスくんに手を出すつもりはなかったから、おこらないで欲しいなって」
「それならいいです。私もキツく言いすぎました」
スズカは片手で俺を抱き上げたまま、片手でファル子へと手を伸ばす。
ファル子は両手でスズカの手をぎゅって握りしめると上下にぶんぶんと振る。
それにスズカは驚くが、ファル子の笑顔を見てか同じように笑みを浮かべた。
そうして挨拶を終えたファル子はスズカに元気よく手を振りながら、他の小学生なウマ娘たちがいるところへと戻っていく。
「アトラスは恋人を作る前に、私に知らせてね? 私より速い人だったらお祝いするから」
中身が人間の俺は犬に恋をできるかはわからないが。しかしまぁ、すっかりと姉になってきたなぁスズカは。
あとさ、スズカより早いのはなかなかいないと思う。俺は一生独身で終わってしまいそうなんだが。
自分の将来とスズカのブラコンっぷりが怖いぜ。
その後、ファル子と別れた俺たちはウッドチップのコースを走るためにコース上へと行く。
今回はレースをするわけでもないから、俺とスズカのふたりだけだ。
俺はコースに入ると、匂いを嗅ぎながら歩いて回り、足の感触を確かめる。そうしたあとにコースの内側へと行き、スズカへと目を合わせる。
「もういい? それじゃあ、軽く走りましょう」
スズカがそう言ってから俺は軽いジョギング程度の速度で走っていく。
ウッドチップという名前だけに粉砕された木片を敷きつめている。砂浜や公園の土よりもクッションがとてもよく、脚への負担が少なくていい。
走っているとこのコースはチップをかためているわけじゃないから、走るときにチップが少し飛び散っているのがわかる。
アスファルトや芝と違ってちょいと力が分散されるからパワーがいるなぁ、これ。
内側の柵もレールの位置が俺の頭より高く、気を抜くとレールの真下へと頭をやってしまって意識しないとポールにぶつかってしまいそうだ。
集中しつつ少しずつ速度を上げていくと、後ろにいるスズカも俺に合わせて追ってくる。
コーナーでは遠心力で足がすべりそうになるが、これは慣れだ。
直線では全速力を試したく、コーナーが終わると同時に全力ダッシュ!
だがうまく力が乗らないので速度を下げては4つ足での走り方を調整していく。アスファルトと違い、足に負担が少ないから蹴り方も考えないといかんな。
走り方に悩みながら速度を下げて立ち止まると、心配そうな顔でスズカがやってくる。
「アトラス、怪我した!? 速度が下がったけど、ウッドチップが痛かったの!?」
俺の前に膝をついて様子を見てくるスズカに対し、大ジャンプをして元気をアピール。そうしてから前足でウッドチップコースを2回掘る。
そんなことをやるとスズカは安心した様子で俺を力強く抱きしめてきた。
ぐぇ、苦しい……。走ったばかりなんで、呼吸を整えたいんだが?
あっ、そこのファル子! 俺を助けてくれ!
「あの……スズカちゃん、その子、苦しそうなんだけど?」
「あっ、大丈夫!?」
慌てて離れるスズカがかわいく、なんでもないと返事をするように尻尾をぶんぶんと振る。
まったくスズカは心配性だ。
さて、もっかい走るぞ。次はスズカが先で……ついでにファル子も混ぜよう。
スズカと仲が悪いままは気分がよくないし、なにより俺が一緒に走りたいんだ。
俺はファル子の前に行くと、ぺたんとお座りをしてからコースとファル子の顔を交互に見る。
「いいの? スズカちゃんはファル子が一緒に走っても大丈夫?」
「アトラスがいいって言っているから問題ないけど。名前はファルコンさんって呼べばいい?」
「ファル子でいいよっ!」
「えっと、ファル子さん」
「ファル子!」
「……ファル子、一緒に走る?」
「うん、走る走る!!」
うむ、これで仲良しだな! これから仲良くなっていく過程が見れるなんて最高だね。
ますますクラブに来れるよう頑張らないとな。
仲良くなっていけば、トレセン学園に入ったときに親しい友達に悩み相談ができるし。
シービーとはちょくちょく連絡を取っているから友達の枠に入っている。
んじゃ、まぁ走るか!
歩き出した俺はちらちらとふたりを見て、先に走るように催促する。
俺を見てスズカはひとり先に走り出し、ファル子も慌てて走っていく。
その後ろを俺はついていき、俺が来たことを確認するスズカに合わせて加速していく。ファル子のほうはスズカのちょい後ろについていっている。
スズカたちの後ろにつき、速度を上げていく。
が、つらい!!
ウッドチップが口の中に入るし。いや、これだけならまだなんとでもなるが目に入るのがどうにもならん。
ウマ娘と違って背が低いから、もろに蹴り上げたものが俺へと降りかかる。
走り続けるのが無理だから、足を止めてその場で前足で顔を洗う。
「アトラス!」
少しして心配そうにスズカがやってきたが、目に入ったゴミは自分で取り除いた。
だからそんな心配そうな表情をしないでくれ。走ったときのスズカは笑顔がいちばん似合うんだ。
「怪我してない? 目にゴミは? ごめんね、アトラスの大きさだとチップがかかるってことまで考えられなかったの」
尻尾をふりふりして健康をアピールするも、スズカは俺の前で膝立ちになって目と足を確認してくる。
スズカの後ろにはファル子がやってきていて、ちょいと心配している。
「ね、スズカちゃん。犬用にゴーグルやレース用の道具ってあったりしないの?」
「犬用の道具……ちょっとお父さんに聞いてくる! アトラスはファル子のそばにいて! 走らないのよ!!」
立ち上がったスズカは俺から距離を取ったあとに全速力でパパのところへと走っていった。
残された俺とファル子。
お互い同時に見つめあい、困ったふうになる。
「……どうしよっか」
どうしよう?
俺としてはファル子にアイドルのことを語って欲しいんだが、そのことは伝えられないし。
ひとまずはじっとファル子のことを見つめよう。
そうしていると俺に目線を合わせてきては、そっと慎重に頭をなでてくる。
その途端に、ファル子は嬉しそうな笑顔をしたのが俺も嬉しい。
たくさんなでられていると、スズカがやってきて走るのは終わりだと言われた。
次に走るのは対策をしてからとのこと。何を身に着けるかはパパが考えるとのことで、これ以降はスズカたちを見学することで終わった。
スズカの練習が終わり、スズカの部屋に帰ってからはシービーへの俺やスズカが走った動画を送るのとテレビ通話。
週に1回はこういうことをし、電話越しにシービーの声と顔を見られるのは俺にとって楽しみの時間だ。
シービーは俺が賢い子だと認識していて、スズカのことについて聞いてくる。返事の仕方は吠えるか、しっぽを振る、エアーお手しかできないが。
スズカが今日の出来事を話していると、ふいにシービーが俺へと視線を向けてくる。
『アトラスとふたりきりで話をしたいんだけど、いいかな』
「私が聞くとダメな話なんですか?」
『うーん、遠慮して欲しいかなぁ。アトラスに走り方を教えてスズカちゃんをびっくりさせたいからね』
「シービーさんがそういうのなら」
スズカは俺にも見やすいように電話を固定したあと、部屋を出ていった。
残された俺はじっと画面を見つめている。
『さて、アトラス。君が完全に日本語を理解していると思っていいんだね。わかったら左手をあげて欲しい』
……なんか不穏な言葉だが、ここまで推測されているし正直に左前足をあげる。
そうするとシービーはためいきをつき、困った顔になった。
『トレセン学園に来てから怪奇現象を見ることが結構あってね。それなら動物にも人並みの知能を持つ子がいてもおかしくないよねって思っていたら、こんな身近にいたなんて』
以前からスズカに送られてくる動画を見ては、俺が賢すぎると思ったらしい。犬を飼っている知人に聞くと、犬の賢さは保育園児ぐらいと聞いた。
だが俺が小学生か中学生ぐらいの知能はありそうと今まで話をしていてそう感じたとのこと。
『まぁ君が賢くても問題はないか。さて、スズカをあっと驚かせる走り方の説明をしよう。君も速くなりたいだろう?』
「わふわふ(そりゃ、もちろん)」
『よし。それなら私が学園で学んだ追い込みを教えてあげよう。今までスズカちゃんに送ってもらった動画を見ると君の脚質もそうらしいし』
自分では自身の特性なんてのはわからなかったが、あのシービーが言うんだから大きくは外れてないだろう。
それに今までは独学だったから走り方を教えてもらうのなんて新鮮で、すっごい嬉しい。
このままだといずれスズカには追いつけなくなるから、スズカと共に過ごしたい俺としては速くなりたい。
スズカに部屋を出てもらってから30分ほどシービーから講習を受けた。
──よし。
次に装備を整えてレースをするときはスズカに勝てなくとも、あっと驚かせてやろう!