水神フリーナの朝は意外にも早かった。彼女は傲慢不遜な神なれど公務は粛々と行い、民の声にも耳を傾ける。しかしそんな日々は終わりを告げた。
「ふぁ〜・・・あれもうこんな時間か」
少女フリーナの朝は特に決まっていない。昼まで寝ていることもあれば朝早く起きることもある。今日は正午前ギリギリに目覚めたようだが咎める人は誰もいない。今の彼女は自由の身だ。神でも罪人でもない一人の少女。
そんな彼女にも今悩みがある。
「君はいつ訪ねてくるんだい」
そうベッドの隣のスペースに立て掛けた一枚の写真に呟く。自由を手に入れた彼女を縛りつけたのは金髪の異邦人。ある歌劇団に協力したあの日からフリーナにとっては心を明かすことができるただ一人の相手。正確にはもう一人いるが多忙な最高審判官に相談するのは憚られる。
「一週間前までは2日に一回は来て僕を連れ出してくれたのに…」
神の目を手に入れたあの日から彼女は旅人と一緒に冒険によく出かけていた。彼が交わした今度は自分が招待するという約束がそれであった。その中でフォンテーヌを越え、彼が訪れた国を依頼をこなしながら回ったのだ。嬉しいことは嬉しいと、怖いことは怖いと素直に世界を楽しんで回ったあの日々は彼女の大好きなスイーツにも勝るものであった。今の彼女の世界においてスイーツと旅人が大きな割合を占めているのである。
「もしかして僕がなんかしちゃったのかな」
フリーナの性格は決して悪くない。素直で心優しく自分と他人を天秤にかけたら他人を選ぶそんな人間。しかし彼女はあまりにも長い間演じすぎた水神フリーナという存在を簡単には切り離すことができず、言葉に出力すると性格が悪いと思われてしまうこともあるのだ。本人もその現状を受け入れているがパイモンに性格のせいで嫌われてるんだと思ったと言われたときは意外と傷ついた。
神としての振る舞いは意図してやっていたこととはいえ、フラットな意見として自分は嫌われる性格なんじゃないかと。もしかしたら旅人にも自分の発言で不快にさせることがあったんじゃないかと思うと彼女はだんだん不安になってきた。
「会いにきてくれたらいくらでも謝るのにぃ」
ポカポカと枕を叩き行き場のない感情を発散する。彼女が生まれてから500年間、幾重もの不安や苦痛に苛まれてきたがこの感情は初めてのものだ。人はこれを──
「フリーナ、起きてるか〜?」
「えっ、パイモン?起きてるけど何か僕に用でもあるのかい?」
「いや、旅人がフリーナに会いたいって」
「ちょっと待ってて!今すぐ用意するから」
待ちに待った旅人が自分を訪ねてきてくれた。今すぐにでも出ていきたい。しかしだからと言って寝起き姿を見せるわけにはいかないだろう。乙女のプライド、いや人間の尊厳がそれを許さなかった。
「ごめんよ、ちょっと待たせてしまったね。それで君は僕に会いたいんだってね。うんうんわかっているとも。君の気持ちはちゃんと理解しているよ」
「それなら話は早い。フリーナ、この子の演技を見て指導してほしいんだ」
「へっ?」
旅人が連れてきたのはフリーナより若干幼い10歳くらい少女だった。
「た、旅人は僕に会いたいんじゃなかったのかい?」
「ああ、会いたかったよ。フリーナにしか頼めないことなんだ」
「…」
期待していたものとは違ったが彼のフリーナにしかという言葉に気を良くしたのか少女は上機嫌に尋ねる。
「ほうほう、それで彼女は一体何を演じるんだい?」
「フリーナ様です!」
「ぼ、僕ぅ!?」
まさか自分をモチーフにしたどころか自分自身が演じる対象になるとは夢にも思わなかったのだ。
「その劇の内容はフリーナ様の人生を面白おかしく演じるものなんです」
「…その劇は一体どこまでやるんだい?」
「フリーナ様がヌヴィレット様と一緒にフォンテーヌを荒波から救うところまでです!」
「???」
存在しない記憶をいきなり事実として語られ彼女はフリーズした。
「旅人、僕が知らないことが勝手に僕のやったことにされてるんだけど」
「みんなあの裁判のことは詳しく知らないし、君のことが好きなフォンテーヌ人が多いから伝言ゲームでこの劇ができたんだと思う」
「フリーナの人気はすごいからな。オイラもフォンテーヌで過ごして実感したぞ」
いくらなんでも話が変わりすぎではないだろうか?でも歌劇だから面白さを求めるのもありだろうと彼女は受け入れた。
「そういうことならぜひ教えようじゃないか。あ、ただしこの前みたいに僕が演じるのはナシだからね」
フリーナは演じること自体は別に嫌いではない。だが昔の自分を演じるのは辛く、孤独で苦しいのはそう簡単には変わらない。でもそんな自分でも好いてる人がいるならせめて手助けしたい、そう思ったのだ。
「ありがとうございますフリーナ様!」
先ほどから元気の良い少女にフリーナはしゃがんで頭を撫でる。彼女は応援団のようにかわいいものも好きなのだ。
「ありがとうフリーナ」
「っ別にこれは君のためじゃない。この可憐な少女が僕を演じることに真剣だから引き受けたんだ」
旅人の笑顔に頬を赤らめながらフリーナはつっけんした態度を返す。
(あ〜恥ずかしがって何を言ってるんだ僕。ちょっと会えなくて寂しがって期待して腹を立ててた僕がバカみたいじゃないか。素直なのが取り柄だろフリーナ)
「おほん、じゃあ早速演技指導に移ろうか。どこか舞台を想定した場所があればいいんだけど…」
「フリーナ様とお兄ちゃんのおでかけに連れて行ってほしいんです」
「君、僕に演技指導してほしいんだよね?」
「はい!まずはフリーナ様が普段何をしてるかどうかを知った方がいいとお母さんに言われました」
じゃあなんで旅人が?という疑問は飲み込んだ。もし彼女に「確かに金髪のお兄ちゃんはいらないですね」なんて言われたら彼と一緒にいられる時間がなくなってしまうからだ。
「なんで旅人も一緒なんだ?」
(おい!僕が黙っていたのになんで聞いちゃうんだ!)
「フリーナ様が最近いつも金髪のお兄ちゃんと一緒にいるって噂だったからです!」
「えっ」
(ちょっと待て。これはひょっとしてひょっとするんじゃないか?)
「もしかしてその噂って…」
「金髪のお兄ちゃんとフリーナ様が兄妹みたいって噂です!」
「ああうんわかってたよ。わかっていたとも」
(危なかった早とちりしてやらかすとこだった)
フリーナは若干でた嫌な汗を拭い旅人のほうを見る。
「…君はいいのかい。今日は僕と貴重な1日を過ごすことになるけど」
「自由」とは必要とされないことである。一週間の自由はフリーナにとっては相当堪えたようだ。
「?」
「別にいいよ、フリーナと一緒にいると俺も楽しいから」
これは旅人の心からの言葉だ。彼は唯一フリーナが抱える苦しみを涙を通じて知っている。そんな健気な少女が今を楽しむことをどうして嫌に思うだろうか。それがたとえ自由でなくなるとしてもその選択を選ぶことに躊躇はなかった。
「っ…」
突き放すような言い方をしたのに素直な好意で返され彼女はたじろぐ。そして嬉しさで叫び出してしまいそうな喉と沸騰しそうになる顔なんとか落ち着けようとするが中々うまくいかない。どちらも中途半端だがこれ以上黙っていると怪しまれるだろう。
「いいだろう、いいだろう。君たちにとって最高の1日にしようじゃないか!」
「うん、楽しみにしてるね」
「オイラも楽しみだぁ」
「よろしくお願いします!」
上擦った声と赤みを帯びた顔で彼女は言う。それは自分にとっても最高の日にすると言っているようにも聞こえた。
「クロリンデ、あれって…」
「…あれは言わない方がいい」
その様子を見ていたのは棘薔薇の会のナヴィアと決闘代理人のクロリンデだ。フリーナをアイドルとしてではなくフラットに少女として見ることのできる彼女たちからはフリーナがどんな感情を抱いてるのかは明らかだった。500年間、彼女が抱くことを許されなかったもの。人はこれを──
恋という。
好感度上げて解像度上げたらどんどんクオリティアップして続き書きたい。フリーナには頼むから幸せになってほしい。