その夜、シンラは黙々と作業をしていた。
「………」
ただ1人、キーボードをタイピングしてOSの作成を行っている。
その最中、彼の手が止まる。画面を見つめるシンラ……だが見つめている先が画面でも、頭の中では違うことを考えていた。
「…………」
彼が考えてるのはキラのことである。彼女が最近自分の周りでウロチョロしているのは分かっている。
それに自分に何かを伝えようとしているのも分かっている。
だがこれ以上彼女に深入りするのは良くないと、一方的に距離を離してもう自分と関わりを持たせないようしている。
だが彼の頭の中では、今まで自分に投げ掛けられた言葉が思い浮かぶ。
「っ!!」
気づけば彼は眠りかけていた。そこへ……
「はい、差し入れよ」
「ドクター……いただきます」
彼女からコーヒーが入ったカップを受け取り、一口飲む。
カップの中のコーヒーを見つめるシンラに、エイダが何かあったのかと問いかける。
「どうしたのシンラ。元気ないわね」
「いえ...別に」
「………」
あからさまに何かあったと言わんばかりに、顔に影をおとす。エイダはそんな彼を厳しい目で見つめ、ため息を吐いた後に口を開いた。
「…シンラ、貴方…分かってるわね?あの娘とはいつまでもこんな感じじゃ…」
「………分かっています。彼女とのことは、何とかします」
エイダはシンラの肩に手を乗せた。
「...シンラ、貴方のそれは間違いではないわ」
「....え?」
「彼女ね.....両親との面会を断ってるのよ」
「え....?」
エイダの話に間の抜けた声を漏らすシンラ。キラが両親との面会を拒否していたことなど知らなかった。
「彼女が、ここまで兵士として戦場にいることになってたけど、貴方のおかげで差程精神的に追い詰めてることはなかったわ………ラクス・クラインの一件以降は、そうでないけど」
「………」
ラクスの一件を口にされて苦虫を噛み潰したように顔をしかめるシンラ。
だがエイダはそんな彼に兎に角言葉を投げ掛ける。
「彼女はね、貴方とずっと居たいのよ。だから辛い戦場にも耐えられる。だから両親との面会を拒否したの、会えば決断が鈍るから」
「俺の、せいで...」
そう話すシンラに、エイダは眉間に皺を寄せて同情の顔になる。
そのまま彼の頭を優しく撫でる。その様子は母親が落ち込む息子を慰めるそのものだ。
「ドクター…?」
「女はね?シンラ。好きな人と離れるのが怖いものなのよ」
「ですが………」
「貴方なりの言葉で、彼女との間にケジメをつけなさい」
「はい…」
優しく諭されるシンラは静かに返事するしかなかった。
それは彼女の心を傷つける結果になる、しかしアラスカにたどり着けば彼女とは離れ離れになるのは決まっている。
残酷なことだが、そもそもシンラとキラは住む世界が違う。
「…明日にはサポートOSをモルゲンレーテに提供するけど、貴方は明日……彼女と話ししなさい。いいわね」
「はい…」
その翌日....。オノゴロ島のモルゲンレーテ機密工場の指令センターにて、シンラとキラ、エイダ、そして今回はムウも見学のために来ており、エリカたちモルゲンレーテ側の者たちと共に運用試験場にいるアサギが乗るM1アストレイを見つめている。
「じゃあ、アサギ始めてちょうだい」
《はーい》
エリカの指示でM1アストレイを動かすアサギ。以前のM1アストレイはノロノロと遅く、実戦で使えるレベル以下の酷いものだった。
しかし今彼女が動かし始めたM1アストレイは、以前とは比較して圧倒的なまでに格段に向上していた。
鋭敏に両腕を動かしながらパンチやチョップ、キックのポーズを素早い動きで見せた。
更には陸上選手みたいな見事なフォームで疾走し、スラスターを吹かしてジャンプをして見せる。
《ああ...すごい!!》
コクピット内のアサギは驚愕と感激の声を漏らす。M1アストレイの動きを指令センターから見ていたエリカ、マユラ、ジュリ、モルゲンレーテ側の者たちもアサギと同様に様変わりしたM1アストレイに驚愕していた。
その中でキラは今回のM1アストレイに取り入れたOSの内容を説明する。
「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」
「よくそんなこと、こんな短時間で。すごいわね、ほんと」
エリカから称賛されながらもキラは神妙な顔をする。代わりにエイダがキラの隣に来て説明する。
「走行の意志運動と自律運動を生成する神経回路の設定を書き換えて、ナチュラルでも安定できるようにしてあるわ」
「そこまで....」
驚嘆の声が漏れる。まさかここまでやってくれるとは思わないエリカは、カンパニーの技術に改めて驚く。
「俺が乗っても、あれくらい動くってこと?」
ムウがあれが自分でも見事に動かすのが可能なのかとエイダに問いかける。これに彼女は「当然よ」と答える。
ムウ自身もやはりモビルスーツに興味があるのだろう、それか自分もモビルスーツに乗れればアークエンジェルにとって大きい戦力になるかと考えてのことかもしれない。
その間、キラはずっとチラチラと神妙な顔をしながらシンラの横顔を見ていた。
これで一応の満足を得たモルゲンレーテ側、彼女らと指令センターから出ていくとエリカがエイダに話しかける。
「エイダさん、今回ありがとうございました」
「気にしないでください」
「あ、それとUSBですが...こちらの者たちが今拝見させていただきます」
「そうですか。では私たちはこれで」
その道中、キラが隣りを歩くシンラにチラチラと見ながら、勇気を出して声をかけようとしている。
「あ、あの...し、シン..」
「ん?」
「え...えっと...その....」
だがやはり声をかけづらいのか、キラはそこでだんまりしてしまう。見かねたエイダが呆れるようにため息を漏らしつつ、シンラの肩を掴む。
「ど、ドクター」
「シンラ。貴方はキラちゃんと一緒に休憩しなさい」
口では休めと良い上司みたく言ってくれるが、眼では「昨日言ったことを思い出しなさい」っと鋭く語っている。
現に彼の肩を掴んでいる彼女の手に握力が込められている。とても美人な女性とは思えない程に力が入っていた。
「俺もドクターのいう事に賛成だな。お前とキラは休めって」
エイダに同調する形でムウまでも二人に休息を薦める。確かに二人はオーブのサポートOS作成作業に大幅な時間を要してやってくれていた。
キラは今は志願兵としているが元はただの女子学生。今まで苦しいザフトとの戦闘や、今回のオーブの軍需産業の協力までもやらされているのだ。
オーブに来て少しは落ち着いてはいるが、真面に休めてはいないのも事実。ムウとしては女の子である彼女に配慮すると共に、シンラと一緒にさせて最近の二人の蟠りを解消して貰おういう狙いもある。
シンラの首を腕で絡ませて笑って見せて小声で呟いた。
「いいから、キラと一緒に行けって。彼女、お前と二人で話したがってるからさ...察してやれって」
「....分かりました」
ムウとエイダから離れ、キラに近づく。
「キラ....その、二人で休憩しよう」
「え....う、うん....あ!」
シンラが彼女の手を優しく握り、彼女をそっと連れて歩いていく。そんな二人の後ろ姿を見守るムウは、エイダに視線を向ける。
ムウの視線に気付き、エイダは一瞥して彼に問いかける。
「....何かしら?」
「いやなに。あんたも優しい所あるじゃないって思ってさ」
ムウからしたら普段冷たく厳しい一面しか見たことないので、今回のエイダの言動はめったに見られない。
だがエイダからしたら、アークエンジェルの一番の戦力である二人に此処で躓きがあって、それが自分たちの死に繋がることになってはあってはいけない。
エイダとしてもまだやるべきことがあり過ぎる、二人には休息を兼ねて話合わせる機会を作ってあげた。
「パイロットたちの人間関係に関しては、彼ら自身で解決すべきよ。違う?少佐」
「そうだねぇ。ま、あとは若い者同士ってことで、俺も行くわ」
後頭部を掻きながらムウはそこで退場する。残されたエイダはシンラとキラが居なくなった方向へ見つめながらに口ずさむ。
「.....シンラは、あの子とはずっと居られるわけではないのだから。存在価値が違うのよ」
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シンラとキラは、施設の外に設けられている休憩所のベンチに隣合せで座っていた。けれども全く無言でぎこちない空気が流れる。
キラはずっとチラチラとシンラの横顔を覗いて見つめながら、自分の両手を祈るように握りしめる。
この言い知れない沈黙を破ったのは、キラであった。
「あの、あのね!シンラ」
「ん?」
「あのね、その……シンラは、私のこと…どう思ってる?」
「え?」
思わぬ言葉に間の抜けた声を漏らすシンラ。対してキラは顔を俯き、神妙な表情を浮かべる。
「…私は、私とラクスは、シンラの傍に居たいって思ってたんだよ?でもシンラは、そのラクスを帰した…それって、ラクスの為なのは分かるよ。
でも私たちは、シンラから離れるのは嫌なの…」
「キラ…」
キラからしたらシンラと居ると言うのは、とても大事なこと。
ラクスもそうだったのだ。そんな気持ちをシンラは分からない、彼はずっと兵士として戦ってきたのだ。
そこまでの人の感情をよく理解できていない。
「…俺と君がこんな関係になったのは、一重に俺の弱さが招いたものだ。
でも、もういい……もういいんだ」
「え?」
眉をひそめ不安げにシンラを見つめるキラ。シンラは彼女に振り向き、意を決して言葉を吐いた。
「アラスカに着いたら、君を除隊してもらいオーブに帰れるようお願いする。
これ以上、君に戦いに居させるわけにはいかない…」
シンラのキラを地球軍から除隊させると言う意思は変わらない。
地球軍にはキラのようなコーディネーターが、プラントのコーディネーターと自分たちは違うと、それを認めさせる為に所属している者たちが確かにいる。
居るがしかし、やはりコーディネーターを蔑視する者たちは後を絶えず、酷い仕打ちを受ける者もいる。
そういうこともあるからこそ、彼女を守る為に除隊させたいのだ。
「それが……シンラの望み……?」
「ああ」
キラは悲しげにシンラを見つめる。彼の目を見つめて本気なんだと分かる、これ以上言ってもシンラは頑なに認めないだろう。
キラは悲しくも笑みを見せる。
「………わかった。私は、それに従う………ごめんなさい...」
「キラ…」
「…………でも」
「ん?」
俯く彼女は徐にシンラの直ぐ傍まで近寄り、彼に自身の身体を預けるように凭れ密着する。
その顔と顔がもうくっ付く寸前、キスできる至近距離である。
互いの息がかかり、二人の顔が赤くなっている。
「き、キラ…」
「でも、アラスカに着くまでは、それまでは………私とこうして触れ合って欲しい…お願い」
「………わかった。それまでは」
「うん…」
二人はそのまま互いの唇を重ね、その感触を深く長く感じ合う。
その時、キラの肩に留まっていたトリィが羽ばたき、何処かへ飛んでいく。
「あ...トリィ、どこいくの!」
名残惜しみながらもシンラから離れるキラは、トリィを追いかけるように走る。
シンラも続くように後を追う。だがそんなに時間はかからなかった。
トリィは施設の柵を超えて、ある人物の手に乗っていた。
その人物の顔を見て、キラは思わず足を止めて驚く。
「え…?!(あ、アスラン…?!)」
「(キラ!?それに後ろの男は誰だ!?)」
柵の向かい側に立つのは、トリィを指に乗せているアスランであった。