─── 天石教 教義35条 ───
サルカズ───殺戮を繰り返し、それでいて頭が良く理知的、同族意識はあれど同族殺しを厭わず、体躯も大きく体力もあり、雇われれば仕事分はきちんとこなし、裏社会にも表社会にも蔓延る、多くの人の頭痛の種───
教主と呼ばれる男も、そのサルカズとして生まれた。父母はサルカズとして珍しく温厚であり、仕事自体も遠方へと足を伸ばす商人達の護衛であったり、冒険家や探検家の護衛と言った事を請け負う人物達であった
救った命も殺した命も数知れず、と自慢げに話す両親を見ながら、自分も他人を救えるようになりたいと考えるのは、極当たり前の事であると言えるだろう
両親が死んだのは教主が19の時であった。父母と共に行う何度目かの商人護衛の仕事で、両親は攻撃アーツによって教主の目の前で吹き飛び、まだ息のあった父親は、商人を逃がす為に全員殺せと言う言葉を遺言とした
父親の遺言通りまだ動く身体で野盗を皆殺しにし、教主たる男は術士を斬り裂いた時に浴びた返り血によって感染した
教主のアーツは確かに発現した筈だが、攻撃にも防御にも、何にも使えなかった。正確には、発動しているというのは分かるのに、効果が無かった
これは困った。戦う事にも使えず、何の用途かも不明なアーツなど、持っていても意味がない。商人の護衛を終え、両親の分も含めた成功報酬を受け取りながらそんな事を考え、今後の身の振り方を考える。戦えば戦う程に身を蝕み、動けば動く程体は死んでいく。両親に顔向けも出来ない
途方に暮れていると、目の前をサルカズの女性が通り過ぎる。聴罪師だと理解するのに時間はいらなかった。サルカズだと言うのに、その体から漂うのは消毒液の匂いであり、殺気と言う物が薄い
「なあアンタ。俺も聴罪師になれるのか?」
教主がそんな事を聞けば、サルカズの女性が彼の言葉に振り向く。一般的なサルカズと言える男の口から出る言葉とは思えなかったのか、それとも血の臭いをさせる男が言う言葉では無いと考えたのかはわからないが、少なからず、彼女は彼の言葉を聞き過ごす事は出来なかった
「もしそう願うのなら、お教えできることは沢山あります」
フードを被り、杖を手にしていたサルカズの女性は、まるで暇つぶしとでも言わんばかりに答える。教主はなら決まりだ、と一言告げ、その女性の後ろを歩く
「自己紹介がまだだったな、俺は───」
「成程、───。私は……そうですね、シャイニングとでも呼んで下さい」
シャイニングと呼ばれるサルカズの女性は、アーツ、戦場救護、臨床医学において素晴らしい程の才能を収めている。教主が感染者と知っても尚なんら差別も無く、寧ろこれから必要になるからと言う理由で、自分の知る事を教え、彼が早く医師となれるように常に助手につけていた
教主も今までの覚えることの無い環境から一変し、様々な事を覚える事となり、初日こそ覚えすぎて知恵熱を出したものの、砂が水を吸うように吸収し、シャイニングの後ろについて数年もすれば立派な医師へと変貌していた
そして、彼のアーツについてもシャイニングは理解していた。他者間においてのみ、鉱石病を転移させられるアーツ。両者が感染者であっても一方に鉱石病を押し付け、押し付けた側は非感染者となれる、この世界において救いともなれるアーツ
しかし、ソレをよしとしないのも事実である。例え押し付けられるとしても、それは少数に犠牲を強いている事にしかならない。それは、大多数が助かる為だけに少数を犠牲にする考えだ
「だとしても、今この子たちを助けない理由になりますか」
目の前で苦しむ鉱石病の子供たち。何人かは末期らしく、動く事すら満足にできない。廃墟の中で見つけたこの子供たちはやせ細り、その影響から鉱石病の進行が早まっている
冷静に考える。仮に子供たちを救ったとて、その後はどうするのか。自分たちでどうにか出来る問題では無く、この子たちを連れたまま流れるなど不可能だ。留まる事も出来ない
「せめて、動ける子たちだけでも救いますよ」
指の隙間から零れると言うのなら、せめて掬えるだけ掬う。彼の選択を糾弾することも、肯定する事も、シャイニングには出来なかった。そして、その判断は自分と袂を分かつと言う事だと言うのも、同時に理解していた
様々な事を思い出す。彼がいた数年は聴罪師としても、医者としても、先達としても、あらゆる事が充実していたと思いながらも、立派になった弟子を見る目は、冷静である
「……教えられる事は教えました。袂を分かつのがここだとは思いませんでしたが」
「……ええ、ありがとうございました、師匠」
シャイニングは踵を返し、置いていけるだけの食料と水を置き、廃墟から離れた。後ろからついてくる足音は無く、多くを救えたと笑う声も無い。長く生きるサルカズにとって出会いも別れも多く経験するものだが、この別れは少なからず引きずりそうだと彼女は自嘲し、ほんの少しだけ後悔していた
後に、ロドスにやってきたシャイニングは、ドクターに教主の事を聞かれ、後悔の念をこぼしている
「教主ですか。サルカズのよしみで色々と教え、様々な所で助手になって貰いました。まるで砂が水を吸うように覚え、人を救う事を使命のように感じていましたよ。今思えば、あの時殺しておけばよかった」
次作を書こうと思いますが……
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天石教の続き(教主を更に追い詰める)
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他作(色々考えてはいます)