─── 天石教暗部 訓示第2条 ───
「アラン、お疲れ様」
「お疲れ様です教主様。講義は終わったので?」
教主の診療所から始まった病院は、聖都において重要な役割を果たしている。一種の大学病院として機能しており、医師や看護師の育成、神父や巫女への応急処置及び戦場医療の教育、外部からやってくる重病者への対応など、フロント企業が出来るまでは主にこの病院が収入源であったと言われても過言では無い
「ああ。とは言っても私にも出来るような簡単な物だ、戦場や災害現場での処置方法の講習なんて役に立つのかい?」
「教主様しか教えられませんからね。この聖都から1歩でも外に出ればその知識と技術は値千金……現場ですぐに処置が出来る人材なんてのは、何処に居ても重宝されますから」
アランと呼ばれた男は、この場所が聖都になる以前───裏騎士競技がこの辺境の地で行われていた時に連れてこられた医者である
天石教の成り立ちも診療所の成り立ちも深く知っており、最初の子供達を除けば最古参である信徒だ
天石教が地域へと浸透し始めた頃、彼は裏騎士競技から強引に足抜けして天石教へと入信、以後天石教の発展に従事している
「そうは言うが……役立って欲しいとは思えんよ、どうしても」
「天石教が広まれば争いも少なくなりますよ、きっと」
夢物語だな、と自嘲気味に笑う教主を見るアランの目は真剣そのものであった。彼は教主と言う男に幾度となく救われており、その度に自らの信仰が高まっていくのを感じていた
だからこそ、この人を絶対に押し上げてみせる。そんな事を考えて拳を握れば、看護師の1人がバタバタと足音を立てて走ってくるのが見える
「た、大変です!!近くの小規模源石鉱山で落盤事故が発生、何人も重傷者が出ています!!」
小規模源石鉱山。国家が操業する源石鉱山とは違い、主に周辺住民及び近隣住民のみで操業される源石鉱山
国家側も大抵は鉱山を認識してはいるものの、わざわざ国家がやる程の大きさでは無く、金と労力の無駄使いと言う観点から放置されている物であり、周辺住民の採掘は黙認されている現状だ
源石で取引出来る物は多岐に渡る為、1部地域では鉱山があるという事自体を隠している場所まであると言う
そんなところで落盤事故が起これば、数十人単位での死傷者が出るのは当たり前だろう
「アランは残って運び込まれてくる患者の対応を。私はトリアージ及び救助作業の為に現場に向かう」
「分かりました。残ってる医者と実習生に声をかけます。そちらに講習終わりを何名か付けますか?」
「そうだね、その方が現場の事もよく分かるだろうし……頼んで良いかな、アラン」
「任されました。君!!図書室で勉強してる連中を連れてきて正面玄関へ!!車も回させろ!!」
アランは、この時に限って酷く嬉しくなる。他人の不幸によってのみ発生する緊急事態。教主が自分の事を頼り、他者を救う為に全力を尽くす
きっと戻ってきた時にはヘトヘトだろうし、お互い疲れ切っているだろう。だがその時に向けられる満足感と疲れに満ちた笑顔の為にアランは全力をかけ、この医療と言う事柄を遂行する
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教主様は私を救う事に全力を出して下さった。私が裏騎士競技から足抜けしようとした時に手助けして下さり、彼等を納得させた
裏騎士競技関係者治療費無料。当初こそこんな事を続けていれば潰れるとも思ったが、天石教の教えが広まるにつれ、彼等は段々と数を減らして行った
私を含めた善意の信徒が1人ずつ排除して行ったのだ。どちらにせよこのような辺境の地でしか裏騎士競技を行えない奴等は、消えても誰も気にしなかった
きっと教主様はソレにすら心を痛めて居られたであろう。然しながら未だ教義すら決まっていなかった我等にとって、この外敵の排除は当然の事であった。そうしなければ自分たちが喰われる故に
教団が大きくなるにつれ、教義が定まった。私達がしていたような事はするなと念を押された気がしたが、教主様は私達1人ずつに頭を下げ、礼と謝罪をして下さった
それからと言うもの、私は外科医として多数の医者の卵を抱える事となった。教鞭を取ることも多くなり、教主様と過ごす時間は段々と少なくなっていたが、教主様は何かあれば私を頼って下さり、私達の間には確かな信頼が生まれていた
だからこそ、教主様を害する者は許せない。教鞭を取れるようになったのも、あんな所で死なずに済んだのも、全て教主様のお陰である
教主様が国の、否、世界のトップに立って下されば全ての物事は解決する。あの方の理想郷の前では誰もが平等なのだ
薄汚い者共さえもあの方は浄化して下さるだろう。故に、私に、私達に出来ることは……
浄化を拒む者達は排除されねばならない