──────教主の言葉より抜粋
※GW中に書いた物です。基本的に本編には関係ありません
移動都市と言う所は慣れない。教主たる自分は天石教の顔であり、外交の要である。秘書であるアランが献身的に動いてくれてはいるものの、それでも一番上が動かなければならない時がある。今がその時なのだが
今回は上流階級の後援者に顔を出し、説法や相談、節税の為の寄付を願い、寄付を受ければその場で鉱石病を治療する。これは上流階級ではよくある事らしいが、食事や飲料に源石粉塵が仕込まれていると言う事が多々発生しているらしい
人の欲とはかくも恐ろしい。そんな事を考えながらの帰り道、聖都へと戻る前にカフェに寄る事にしてもらった
たまのワガママである。平日だと言うのに満席近いソコに入り、テラス席に腰掛けて一息つき、手渡されたメニューを開く
「教主様にこのような物しかお出しできませんが……」
メニューを持ってきた店員、否、店長らしき人物がそんな言葉をかけてくる。どうやら信徒であるらしく、お代すらいらないと言う申し出を断り、信心深さに握手で応える
スキップでもするんじゃないかと言うくらいにウキウキしながら歩いていく店長を横目に、アランに何を頼もうかを相談する
こういう時アランは我と言う物を表に出さない。あくまで教主たる自分が一番だと言いたげにしながらにこりと笑うだけだ
「申し訳ございません、相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
メニューを開きながらうんうんと唸っていれば、従業員の1人がそんなことを聞いてきた。アランが断りを入れる前にもちろん良いですよ、と告げれば、従業員は頭を下げて礼を述べた
「教主様、もう少し危機感を……」
「こんな目立つ場所で誰かに襲われる訳でも無い。それに、今の私はただそこら辺に居るサルカズさ」
アランが困った顔をしているのを見ながら少しばかり笑い、従業員によって席に案内されてきた人物を見て、私は思わず息を呑んだ
従業員にこの女性が案内されている時、他の客がどよめいていた。この混雑状況からみて普通の事だと思っていたが、それは違った。有名人がこんな所に居るからどよめいていたのだ
──────きっと運命があるのであれば、今ここで収束を始めているのだろう
「相席失礼、す、る……」
耀騎士ニアール。教主にとって、彼女にとって、出会ってはならない出会いであった
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「ふう……」
煩雑で複雑なデスクワーク。監査会と商業連合の調整、騎士競技に向けての訓練、ロドス本艦へと赴いてのオペレーター業務。あらゆる事柄に、ニアールは少しだけ疲れていた
無論、その芯は変わっていない。どれほど疲れようとも、自分のしたい事は変わっていないし、それだけの事を果たすとも友に告げてきた
しかしながら、疲れない訳ではないのだ。目頭を押さえ、ようやく終えたデスクワークから離れる為に大きく伸びをする
執務室から見える景色を見ながら、たまには散歩してみるかとも考える。ここ最近は執務室と自室と訓練場と浴室のルーティンが出来上がってしまっている
「よし」
そうと決まれば早かった。午前中のデスクワークは終わっているのだから、たまには外でリフレッシュするのだって悪くは無い。誰が責める訳でも無い昼休みに、最近できたフルーツティーの美味しいカフェに行く事を決め、彼女は繁華街へと向かっていた
平日昼間と言うのに繫華街の人の数は多い。ランチタイム故仕方ないと考えながらも、改めてカジミエーシュは他と比べて富んでいると言う事実に苦笑いする
耀騎士、と声をかけられては手を振ったり握手を返したりするのもすっかり慣れてしまっていた。手短に済ませてカフェへと入れば、テラス席まで含めてほぼ満席だった
「相席でしたらご案内出来ますが……」
ここまで来て帰るのはさすがに、なんて考えていれば、従業員からそう声をかけられる。ランチを済ませて帰るだけのつもりであったし、そんなに長時間居るつもりはない。声をかけられてもプライベートだからで返そう。そんな事を考えて相席を受け入れた事を、私は後悔していた
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「…………」
重い沈黙が流れる。両者共に言葉を交わす事を躊躇っているのではなく、一言でも話してしまえばとめどなく溢れて来る事が分かっているが故に、話す事が出来ないのだ
故に沈黙するしかない。こういう時に場を和ませるような事を言うアランですら押し黙る程には、この二人の間には重い空気が流れている
「ご、ご注文は……?」
注文を取りに来た従業員が沈黙を破るように聞けば、ニアールは朗らかにフルーツティーとサンドイッチのセットを注文し、教主はコーヒー二杯を注文した
注文を聞き終えた従業員が足早に去っていくのを見送り、教主がようやく口を開く
「ここのフルーツティーは聖都の物を使っているんだ。おいしさは保証しよう」
「……そうか。確かにあそこのフルーツティーは美味しかった」
「教主様、ニアール様とお知り合いで……!?」
知り合い。アランの言葉に頷くでもなく、否定するでもなく。二人にとってその言葉は重すぎる。アランも失言であったと理解したのは、その数秒後であり、かと言ってこの失言を覆す事も出来ないアランは、ただ黙る事しか出来なかった
「ここに来て、君の話を聞かない時は無かった。君がここで何をしたのか、何を成したのか。君にしかできない事をしてきたんだな」
「…………貴方は貴方で、私では成しえない事を成しえた。弱者を救済し、多くを救い、聖都は今や第二の首都とまで呼ばれる程に。だからこそ、あの所業を許す事が出来ない」
ピシッ、と音が鳴るようだった。アランが臨戦態勢をとる程の殺気が教主へと向けられたのだ。例えアランが抵抗したとて二秒後には無惨な屍が二つ並べられているだけだろう
そんな殺気を教主は、真正面から受け止めながら、否、さっさと殺せと言わんばかりに真っすぐ見つめているだけである
教主は死にたがっている。ニアールに対して警戒し続けているアランは気付く事は無いが、ニアールはその事に気付いた
故に、ニアールは殺気を収めた。この男は殺す。そんな事をすれば、この男は救われてしまう
────そんなのは、私の求める物では無い
「……ここで貴方を殺すのは簡単です。ですがそれは、社会の損失です。フルーツティー、美味しいですね」
いつの間にか運ばれていたフルーツティーとサンドイッチ。そしてコーヒー二杯
そして 残酷なまでの 言い回し
教主の目に失望が現れる。わなわなと唇が震え、期待をしていたであろうその手はカタカタと震えている
失望。明らかに見て取れたそれをニアールは見る事すら無く。黙々とフルーツティーとサンドイッチを口に運んだ
「……何故だ」
「コーヒー、冷めてしまいますよ」
「何故
「社会の損失、ですよ。教主様」
失望、失意、悲壮。殺される為に出会ったと考えていた教主にとって最も残酷な答えは、ニアールにとって最も綺麗な答えであった
彼女には今、背負う物がある。背負う物の重さを知り、教主の嘆きの意味を知った今だからこそ、こんな残酷な言葉を投げかける事が出来る
全てを投げ出したい、だがそれを自分と言う責任が許さない。だから誰かに
美味しそうにフルーツティーを飲み、今度聖都に行ってみるのも良いですね、と一方的に話しかけてくる彼女を恨めしそうに一瞬見ては、歓迎しよう、皆も喜ぶ。と仮面の自分が受け答えする
料金を払い終えたニアールは、酷くすっきりとした顔でカフェを出て行ったと言う。それに対し、コーヒーにすら手を付けなかった教主は、ただただ失意の内にあり、その顔には絶望だけが広がっていた
教主は自死する事が出来ません。それは自分が犠牲にしてきた者達への償いにはならないから
教主は全てを捨てて逃げる事が出来ません。自分が撒いた種が芽吹いたから
教主は止まる事が出来ません。止まるには背負いすぎたから
教主は誰かに殺される事を望みます。それが誰かの望みで、自分への許しになるから
教主は事故で死ぬ事を望みます。そうすれば全部投げ出しても誰も責めないから
教主は病気で死ぬ事を望みます。そうすれば最期まで苦しめるから
そして、誰もが教主の望みを許しません