─── 天石教暗部 訓示第4条 ───
「すいません、財布届いてませんかね?道端で落としちゃったみたいで……」
聖都内の警察署に、1人の男が入ってきた。落し物係と掲げられている受付までやってきては、申し訳なさそうに声を小さく、しかししっかりと受付には聞こえるような声量で告げた
「どのような財布でしょうか?数件程届いておりまして……」
財布の落し物、と聞いて受付は嫌がる素振りすら見せずに書類を確認する。現物を確認しないのは、心無い者が自分のだと言い張って持っていくのを予防する為だ
「財布の中に聖都身分証があると思うんですけど……紺色の2つ折りで、大聖堂の写真が貼ってあるんですが」
聖都身分証。カジミエーシュへの納税の際に聖都の市民全員を洗い出した折に作られた聖都市民であると言う証明書であり、住所氏名年齢性別が記載されており、顔写真も着いている物である。役所にて住居を借りる際に発行され、コレを持っているとスカイストーンでの治療に際し、保険が適用される
また、身分証としては聖都内においてこれ程重要な物は無い。無くした場合の再発行はアーツによる本人検査の後行われる
「えーっと……あ、コチラですかね?中を拝見します……お名前は?」
財布と書かれた紙の貼られた棚を開け、何個か転がっている中で紺色の財布を取り出す。大聖堂の写真が丁寧に貼られており、財布を開く際に当たる箇所は擦り切れはじめている
念の為中を拝見し、聖都身分証を確認する。名前の欄を見てから顔写真と聞きに来た男の顔を見比べ、改めて名前を聞く
「アッシュです。いやー良かった、金は良いんですけど、聖都身分証が無くなると再発行が面倒で……」
「そうですね。アレはわざと面倒にしているんですよ?落としたらすぐ再発行すればいい、なんてのを無くす為です」
受取書類に名前を書くアッシュの前に財布を置き、不備が無いのを確認してから手渡す。良かった良かったと言いながら出ていく後ろ姿を見送り、入れ替わりに入ってきたパトロール隊が更なる落し物を置いていく
書類に書き込む事に辟易としながら、落し物係の受付は書類の束を手に持った
聖都警察署。難民がやってきた当初、ロボットの警備だけでは難民達の中で起こる犯罪行為に対処出来ず、元軍人達を中心に教主及び最初の子供達によって作り上げられた部署である
食糧配給の警備から諍いの仲裁、建設現場等の交通誘導や聖都内のパトロール、もし犯罪が起こったりした場合の鎮圧、本来ならカジミエーシュに則り企業に任せる様な事までやる万能部署
軍人と言う物は様々な事を知っている。それを行使させるには警察が適任だとされ、力自慢から足が速い者まで集めて作らせた歪な部署
現在、この聖都警察署の所長をしているのは、難民を警護して連れてきた軍人の隊長である
オズウェル・マクレーン
彼もまた、感染者になり、故国に見切りをつけて来た者の一人だ
「緊急防護壁の施行状況は?」
「全て滞りなく進んでいます。南門のみ正面玄関とされている為不可能ですが、そこは防備を更に固めています」
「宜しい。地下通路の整備は?」
「少しばかり難航しています。元トレイターズと一緒にやっていますが、アラン様からもっと複雑にすべきだと……」
「まったくあの人は……」
混乱期に出来た事、教主や最初の子供達が作った事、あらゆる事が重なり、警察署の権力と言う物はかなり強くなっている
かく言うのも、聖都において防衛軍事力と呼べる物を統括しているのも、法を守らせる為に働くのも、聖都に住む者達の安全を守るのも、全て行うのが警察署だからだ
その為、警察署の署長たるオズウェルは今や、聖都における軍事部門のトップだと言っても過言では無い
「アリア様からクレームです、スカイストーンの警備をもっと増やせと……」
「こっちだって手一杯なんだ……警察署の増員はどうなってる?」
「ようやく市民の生活が安定しはじめた所なので……パトロール隊から割きますか?」
「いや、今だって最低限の人数なんだ。募集の貼り紙を貼って貰おう」
問題は、トップだからと言って優遇される訳では無い所だろう。権力があるからと言ってその権力を強引に振るえる訳では無く、寧ろ下からの突き上げもあれば、教主及び最初の子供達から意見があればその意見を最優先せねばならないのだから
中間管理職。正にその言葉がピッタリだとオズウェルは笑うが、痛々しい笑いは誰からも苦笑いしか返されない
「署長、教主様から手紙です」
「増員の目処でも立ったのか……?拝見しよう」
オズウェルが教主からの手紙を受け取り、書かれた内容に一喜一憂する。その一喜一憂振りは、自らが捨てた故国の暴挙と民衆の愚かさに対するものであった
「内容は……?」
「元騎士、元軍属の多くが聖都にやってくる。カジミエーシュ政府は軍の力を削ぎたいらしいのと、元騎士は感染者になったからだそうだ」
溜め息をつくと共に、それでもこの聖都を強化出来る事に喜ぶべき、と切り替える
自ら捨てた故国に最早、情けをかける事は許されない。自分は今やこの聖都を守る存在なのだからと鼓舞し、何処に割り当てるかを考える為に、部下と意見を交換していく───