揺らぐ方舟~接待:『虎の手』~   作:凍結済み

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一章 白夜は都市を照らし、黒昼は夜を落とす
prologue~白夜~


 心の底から美しさに感動したのはその時が初めてだった。勿論、本や映画、あるいは料理の味の良さにあたしが感動してこなかった訳じゃない。

 

 『都市』で得られる感動は現実の虚しさを忘れるための一時的な恍惚に過ぎない。

 

 そんな冷め切った思考がよぎり、どうしても感動がくれる震えに魂を任せられないのだ。

 

 だけどあたしがその時目にしたものは違った。白も黒も混ぜ、何もかもを灰色で誤魔化す、『都市』というくもり雲。突如、空へと伸びた光の大樹はその暗雲を突き抜け、世界をどこまでも晴らしてゆくようにさえ思われた。

 

 あたしの手が光へと自然に伸ばされていたのに気づく。驚いたが、止めようとはしなかった。天高く枝葉を伸ばす光はあたしをどこまでも遠くに連れて行ってくれる気がしたから。

 

 光はあたしに奇跡を見せることはなかったけれど。代わりに奇跡を夢見ていた人を連想させた。

 

 無知で世間知らずな子。それ故に純粋で、だけど強い意思を持って生きれる子。ずっと前に折れてしまったあたしと違って。

 

『私ね、方舟を作りたいの』

 

 おぞましい仕事に従事しながらも打ちひしがれず、目を輝かせて堂々と言ってのけた彼女を思い出す。彼女が今ここにいたらきっとあたしは訊いただろう。

 

 ねぇ、ディーナ。あなたが夢見ていた世界はあの光みたいなものだったの?

 

 答えは返ってこない。けれどそうであって欲しくなかった。あたしは結局、あなたの夢を何一つ見届けられなかったから。あなたを守れなかったから。助けられなかったから。

 

 せめてあたしが初めて抱いた感動が、あなたの理想に抱くはずだった思いと一緒であって欲しくなかった。

 

 久しく忘れていた感覚が頬を伝う。具体的に言えば八年。全てを失ったあの日以来、涙はとうに枯れたと思っていたけど、どうやらあたしの根っこは全く変わっていなかったらしい。

 

 自嘲の笑みが零れる。つくづくあたしは『都市』で生きるのに向いてないな。けど、散々忌まわしく感じたその気質が今だけは誇らしいものに思えた。

 

 なるべく多くの光を瞼に収められるよう目を見開く。奥を覗き込もうとすればするほど、あたしはより美しさに魅せられる。その先にはあたしの心を輝かせた日々の欠片が全てが詰まっているように思えた。

 

 光を見つめる。

 

 

 最奥を覗き込めるよう目を凝らす。

 

 

 ただその時は。

 

 

 嫌な仕事も、あたしの命を狙う刺客のことも、今日の宿の事も忘れて。

 

 

 昔を懐かしんだ。

 

 

 あたしがこの日、目にした事象は後に白夜・黒昼事件と呼ばれることとなる。

 

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