揺らぐ方舟~接待:『虎の手』~ 作:凍結済み
五級事務所である窯事務所の所属フィクサーは三人。六級フィクサーであるミーシャとクレイ。そして代表かつ四級フィクサーのガーランドさん。
主として承る仕事は組織討伐、鑑定、そして武器鋳造。強みは武器への深い知見。ミーシャとクレイは工房の子息で、ガーランドさんはフィクサー業の片手間に武器を製作していたのだが、最近になってトレス協会の審査に通るモノを作れるようになったそうだ。
窯事務所は近頃、人気を博している事務所で、舞い込む依頼数は去年の二倍を優に超えるらしい。というのも、ミーシャとクレイ、二人は期待の新星だからだ。
フィクサーになってから僅か一年で六級まで等級を上げた二人。尋常ではないスピードで成長している。実際、あたしは六級に上がるまで四年もかかったし、彼らのポテンシャルは目を見張るモノと言って差し支えないだろう。
それだけではない。ガーランドさんは元三級だ。年老いて一線を退いたからか、今は四級に落ちてしまったが、ここ十区の裏路地ではそれなりに名の通ったフィクサーだった。
そんな彼の実力と経験を鑑みれば、依頼料は相場よりずっと安いものと言えるだろう。コスパの良さもここの事務所が人気な理由の一つだった。
ただ、あたしから見れば、彼らは最近かなり無理をしている。その原因はミーシャとクレイだろう。界隈に入りたてのフィクサーほど成果を焦りがちだ。
しかも彼ら二人は才能に恵まれているからこそ、余計、己の限界に気づけない。それでいて実力のあるガーランドさんの庇護下にあるのだからなおさらだ。
『ミイラ取り』。新進気鋭の彼らに舞い込んだ都市疫病クラスの依頼。
正直なところ、等級だけみれば、都市疫病クラスの依頼をこなすには窯事務所の面々だけでは人員と戦力が足りない。ガーランドさんも事務所の限界を弁えているからこそ、あたしの提案を承諾したのだろう。
特になりたてにしては緊迫感が無さすぎる彼らを見ていれば。
「あんた、一仕事終わった後は焼肉ってどうゆう神経してんの?」
「ああ? 身体動かした後は肉が一番だろうが?」
不安になるのは当然だが。現場に向かう道すがら、ミーシャとクレイは任務が終わった後の夕食のメニューで揉めていた。
「ふん、馬鹿ね。やっぱりあんたは建設的に物事を考えられないのね。魚に含まれている成分は健康にも頭脳にも良いの。それに引き換え、肉は…」
「はっ。てめぇはつくづく損な性格してるなあ。疲れてるのにどうしていちいち食いモンに気ぃ遣うんだ? いちいち後先なんて考えてりゃあ晴らせるもんも晴らせねえだろうが」
「はあ、鳥頭らしい考えね。とにかく今日は魚よ。一歩進んだ後だからこそ、いつも通りに過ごさないと」
「戦勝祝いは肉に決まってんだろうが、アホ!」
二人のやりとりを見ているうちに、からかってやりたくなったが、我慢する。あたしの仕事は彼らと交友を深めることではないのだから。
「魚!」
「肉!」
「魚!」
「肉!」
肉、肉、肉。頭の中でその言葉が自然と反芻される。すると唐突に、あたしは別の世界に切り離された感覚に陥った。
思い切って咀嚼すると旨味が口いっぱいに広がった。その実像たる肉汁はあたしの口で飛び散り、暴れ、思う存分、舌先を美味という名の暴力で嬲っていく。
まるで舌が肉を焼く鉄板そのものになったようだった。
嚥下した時になってようやく、正気を取り戻したように、薄気味悪さを感じる。
その訳は自己嫌悪か、生理的嫌悪感か、あたしにはもうわからなかった。ただあたしに出来たのは周囲が無意識に押しつけてくる常識を疑念と共に飲み込み、受け入れることだけだった。
これは現実ではない。とうに過ぎ去った過去が幻覚として蘇っているだけだ。終わったことだ、いい加減ケリをつけろ、あたし。ロキ。
「トールさん? トールさん? どうしました?」
ガーランドさんの声で現実に立ち返る。気づけば皆から随分と距離が離れてしまっていた。あわてて距離を詰める。いつの間にか放心状態になっていたのだろう。
「あ、すみません。ちょっと光にみとれてて…」
咄嗟に口を衝いて出た言い訳は、言いながら後悔するほどに呆れたものだった。これではあたしの腕も業務態度も疑われてしまう。
笑顔で誤魔化そうとするが、マスクで顔が隠れてるのを思い出し、仕草を添えておく。
「L社の方角のあの光ですか…」
ガーランドさんが呟きながら、光へと目を向ける。今朝見かけた光の大樹は未だにその陰りを見せていない。
「ガーランドさんはあれについてどう感じたんですか?」
話題を逸らせたようで内心ほっとする。
「今朝見た時、高揚感と共につい涙が溢れてきて…。まるで映画に感動した時みたいでしたね…」
ガーランドさんが深く、息を吐き出すように語る。
あたしと似た感覚か。窯事務所に来る前、ネズミから訊いた話やネットの口コミで見た話にも通じるところがある。
「それから何か他に変調はありましたか?」
「ずっと気分がいいんです。ミーシャとクレイを見ていると、いつもは必ず不安になるんですが…、今日は二人に任せても全てがうまくいくだろう、って思えるんです」
気分の高揚。ポジティブな思考。やはり光の大樹は見た者全てに同様の効力を与える事象なのだろう。辺りを見回せば、皆、心なしか活気に満ちているように見える。
都市に不可解な事は数あれど、ここまで広域に、そして益をもたらす事象は一度としてなかった。知れば知るほどに刺激される。まだ見ぬ世界への知的好奇心が。苦痛で回る都市の歯車への警戒心が。
「魚は肉の肴!」
「肉は魚の骨!」
怒声に思考が打ち切られる。あの二人まだやっていたんだね。
「実はミーシャとクレイもいつもに増して騒がしくて、トールさんには本当にご迷惑を」
ガーランドさんは恥ずかしそうに頭を掻く。
「いえいえ、全然気にしていませんよ。若い時は元気が一番ですからね」
といってもあたしと彼らの歳はさほど大きく離れていないのだけれど。
「ふふ、そうですね」
微笑と共に細められたガーランドさんの眼には。
悲哀と慈愛が入り混じっていた。
あたしは直感する。この話題にはあまり深入りしてはいけないと。
しばらくして辿り着いたのは廃病院だった。ここで被害者が連れ去られるのを目撃した人がいるのだという。
「あたしが先行しましょう。この腕輪、月光石が埋まっているので」
あたしは金色に輝く『ドラウプニル』を見せつける。ミーシャとクレイは不服そうに口を尖らせたが、ガーランドさんがなんとか説得してくれた。
次元ポーチから『グングニル』を取り出し、あたしは黒一色に塗りつぶされた空間へと足を踏み入れた。
のんびりしてないので、のんびりします
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亀筆