揺らぐ方舟~接待:『虎の手』~ 作:凍結済み
「屋上に走りましょう!」
あたしが提案すると、ミーシャとクレイはすぐさま困惑顔を作った。
「訳を訊かせてもらってもいいですか?」
ガーランドさんも内心は二人と同じようだ。細めた目はマスクの下にあるあたしの瞳を覗いているようにさえ見えた。
「どのみちこのままだと包囲されます。下に戻れば伏兵に遭うだけ。まず開けた場所で戦力を減らした方がいいと思いましてね」
ガーランドさんは一度、目を閉じ、再び開く。納得してくれたのか、二人に目配せした。警戒もせず、駆けていく。通り過ぎる部屋に伏兵はいない。当然だ。奴らは今まさに伏兵を仕込んでいる最中だからだ。
耳障りな音は途切れない。向かう先にも砂嵐。後ろからも砂嵐。いい加減鬱陶しく感じてきた時、あたしらは屋上のドアへと辿り着く。だけど鬱陶しい音はその先からもやってきて、一種の閉塞感を抱かせた。
三人も少し遅れて追いついたのを確認してから、あたしは屋上のドアを開け放った。同時に『ドラウプニル』を前面へと最大出力で照射する。
「敵です! 今のうちに倒して!」
予想通り。屋上には十体ほどのミイラがいた。各々が別の服装、別の装備。共通しているのは包帯を巻いている事だけ。ただ、いくら強化施術を施しているとはいえ、『ドラウプニル』の光を浴びせれば、混乱は免れないに違いない。
疑問を唱えることなく、皆、眼前の敵へと駆けて行った。あたしが『グングニル』を投げ、振り払い、突き刺し、的確に急所を突くことで半数を片づける。すぐさま振り返ると、残りのミイラも各々の武器が振るわれる音に次ぎ地へ伏していた。
ただ、クレイに相対したミイラを除いて。振るわれた斧は肩口を掠めるに留まったらしい。微細なケガなど目もくれず、ミイラは手に持った鉄棍で襲い掛かった。
割り込む影とかき鳴らされる金属音。一撃を受け止めたのはガーランドさん。鍔迫り合いになるが、その膂力は意外にも高く、逆に押し切られそうになる。
あたしが飛び出そうとする前に、ミーシャがミイラの側頭部を打ち据え、そのまま奴は動かなくなった。
「あんた馬鹿なの!? あんたが躊躇ったせいでガーランドが、あんたが死んでたら…」
言い終わる前にガーランドさんがミーシャを手で制した。
「どうして躊躇った…? 言ってみろ」
ガーランドさんは穏やかに促した。
「なあ、俺らはこいつらを助けられなかったのか…? 殺す必要が本当にあったのか…?」
クレイの瞳は揺れ、握られた拳は震えている。若いと言えど、ここまで優しさが廃れてないなんて珍しいね。
「私達には彼らを救う手立てがないし、どうやって助けるかもわからない。殺さなければ今度はこちらが害されるかもしれない。お前も分かって、ここに来たんだろ? 荒事を引き受けていく以上、慣れていくしかないんだ」
フィクサー稼業で重要なのは割り切りだ。自分の領分に、実力に見合わない事を、受けず、聞かず、無視する。そうやって醸成された諦めがあたしたちを長生きさせる。都市で生きるのもそうだ。不条理な事であっても、他人事のように傍観しなければならない。
「でもよ…こいつらはただ歩いてたら攫われただけの被害者なんだぞ…。どうして俺たちがこいつらの命の価値を決める権利があるんだ…」
絞りだされた言葉は弱々しい。クレイは都市の人間としても、フィクサーとしてもまだまだ中途半端なのだろう。…どうしようもない困難に、誰かの命を糧にせざるを得ないような経験が浅いのだろうか。
「権利なんてないわ。でも私達にも大人しく殺されてやる義務はない」
ミーシャはクレイに厳しく突きつける。その目は真剣に彼の瞳の奥を覗いていた。
ミイラどもが来たらしい。先ほど聞いた足音がやってくる。二人は武器を構えなおすが、クレイの動作だけは緩慢だった。…あのままだと周囲を巻き込みかねないな。
「なんだよ…。てめえまで現実、現実って言うんだろ? わーってるよ、今度は躊躇しねえ、これでいいだろ?」
声を掛ける前に反発された。唇を尖らせているね。そりゃ、納得できないだろうし。
「確かに今は現実を見なきゃいけない。あなたが死んだら、その不満さえもなくなっちゃうから」
そう言ったのは、あたしが自分自身の疑念を呑み込んで、無視して、心を殺そうとしたことがあるからだ。自らが為す悪行を省みることもなく、
「でもあなたが抱いた思いは大切にしていい。いつかあなたの手で何かが変わるかもしれないから」
誰かに慈悲をかけられるクレイには、あたしのようになって欲しくない。現実は厳しいけれど、いつかその疑念を諦観以外の形で折り合いをつけられるようになってほしい。
それが理想論だとは分かっているけれど、何もかもがどうしようもない都市だから、掲げる理想くらいは自由であってもいいだろう。
らしくないな、と自分でも思う。甘すぎる言葉だ。あの光のせいでヤキが回ったのだろうか。だけど今日だけは間違った発言とは思えなかった。
「難しい事を言うんだな、てめえは」
グレイはがしがしと頭を掻く。深呼吸する。
「…ありがとよ」
クレイは小さく呟き、斧の切っ先を扉へ向けた。迷いが解消されたようには思えない。だけど彼は少しだけ吹っ切れたように思えた。
それからすぐ、蝶番が外れんほどの勢いで、扉が開け放たれる。先ほどより遥かに数の多いミイラたちが一斉になだれ込んできた。
平素より拙作をお読みいただきありがとうございます。さてあとがきの場を借りて申し上げなければならないことがあります。ここ数日、実施しているアンケートについてですが、結果いかんに関わらず更新速度自体は低下していく方向で進めたいと思います。初期では最初から最後まで簡単な構想のみ頭で練って書いていく予定だったので、ほぼ殴り書きに近い形で投稿させていただいた訳ですが、原作の設定を読み返しつつ書いていくうちに私の中でのlibrary of ruinaのイメージも逐次更新され、数話のみの投稿といえど、違和感を感じる機会も多々生じて参りました。そのため、現在、更新している一話分からちょうど私の中にある節目である一章終了を機にプロットをより綿密に練る、若しくは推敲をより重ねていく形で拙作の質の向上に取り組もうと考えております。お恥ずかしながら申し上げますと、これまで投稿した一話から四話までに関してはあまり推敲せず、投稿してしまったものなのです。
ただ、皆様から頂いたご意見は本作の更新ペースや一話あたりの分量など、何かしらの形で必ず反映させる予定です。ただ、全体として更新ペースは下がってしまうことについてはどうかご留意ください。
これからも何卒「揺らぐ方舟」をよろしくお願いいたします。
追記:アンケートの終了時期は一章終了時を予定しています。ぜひ皆様のご意見をお聞かせください。
投稿頻度と文字数についてのアンケート。
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投稿頻度多め今くらいの文字数
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投稿頻度少なめ文字数増
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亀筆