揺らぐ方舟~接待:『虎の手』~   作:凍結済み

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一話 窯事務所 結

 致命的な弱点を見つけ、しかもそれがすぐそばにあったとなれば消化試合になるのは、必然だ。

 

 モニターが破壊される度、奴らの動きは鈍り、屋上から廊下へ、廊下から、下の階へと後退する。

 

 その隙を突いてあたしたちはミイラの数を一体、一体と減らしていく。時にはこちらに飛び出してくる個体もいたが、自慢の膂力はどこに行ったのか、限界寸前のクレイやミーシャでも楽にその攻撃を弾き、仕留めることが出来た。

 

 どうやらノイズが充分に聞けていないと動きに精細さを欠いてしまうみたいだね。

 ともかくあたしたちは『ミイラ取り』の拠点を制圧した。隠された地下室も含めて。

 

 『ミイラ取り』の黒幕は生理的欲求までを解消することは出来なかったらしい。家電量販店に来たのかと錯覚するほどに大量に置かれたモニターを除けば、食料や水の備蓄に大広間にずらりと並べられたベッドと、わりかし生活感がある。

 

 最低限も最低限だけどね。一階から上がってきたはずのあたしたちが、ミイラどもと鉢合わせなかったのは、ここに潜んでいたからだろう。

 

 全ての部屋をくまなく探索したが、肝心な事は一切分からなかった。黒幕に直接、繋がる証拠が残らないよう徹底されていたのだ。『ミイラ取り』の黒幕らしき奴もいなかったし。

 

 調査が終わって、窯事務所に戻る。帰路の途中で見かける人々の表情は皆、一様に明るい。喧騒に耳を澄ませば、聞こえてくる。

 

 歓喜、笑い、興奮、幸福といった前向きな感情に満ちた言葉の数々が。その中に何一つとして絶望はない。ここが欲望渦巻く『都市』であることを忘れさせるほどに。

 

 だからこそ、ミーシャとクレイの表情が際立っている。すっきりしない、曇り切った表情。十中八九、黒幕を倒せなかったせいだね。

 

 フィクサーとしての経験が長いと、依頼に業務以上の感情を持てなくなっていく。いや、抑圧するのに慣れ切っていくと言った方が正確だろう。

 

 今後も二人には悔しさを大切に出来るようになって欲しいと思う。あたしとは違う道を歩むためにも。

 

 事務所に戻ってすぐあたしは話を切り出した。

 

「今後はどうしますか?」

 

 今後は皆の依頼への態度によって変わってくる。窯事務所への依頼は『ミイラ取り』の拠点とおぼしき廃病院の調査及び制圧。つまり依頼をこなすうえで必ずしも『ミイラ取り』自体を解決する必要はないのだ。…依頼が出された時点では廃病院さえ潰せば、『ミイラ取り』は解決する想定だったんだろうけどね。

 

「決まってるだろ…。あんなクソッタレな事をしでかしたクズを見つけて、必ず報いを受けさせてやる!」

 

「今回ばかりは気が合ったわね、クレイ。あれだけの犠牲者を出しておきながら、のうのうと生きてるなんて許せないわ」

 

 怒りを滾らせている。クレイはあからさまに。ミーシャは冷静な口調ながらも、瞳に感情を宿らせて。

 

「いや、無理だ」

 

「どうしてだよ!? だって奴らは…」

 

 ガーランドさんが二人を制す。クレイはすぐに異論を唱えた。が、ガーランドさんの苦悩に満ちた表情を見てか、その不満を口にしまい込んだ。

 

「トールさんとの契約は今日一日だけだ。今後、調査を続けることになるなら、もうその力は借りれない。さっきの戦闘で二人も理解したと思うが、『ミイラ取り』は私たちの手に負える案件じゃないんだ」

 

「再契約すればいいでしょう? カネなら私が出すから」

 

 ミーシャの提案に、ガーランドさんは苦虫を噛み潰したような表情を返した。だろうね。彼はこれ以上、あたしを依頼に同行させたくないはずだし。

 

「トールさんに実力があるとはいえ、庇いきるのは難しいんだ。お前たちも先の戦いで怪我を負っただろう。次はこれだけで済むとは限らない」

 

 ガーランドさんは捻りだすように理由を継ぎ足した。

 

「奴らの弱点も強みも既に知っているのよ。同じ轍は踏まないわ」

 

 そうミーシャが気丈に言ってのければ、またもガーランドさんの顔に苦悩が滲み出る。

 

 端から見ると、立場が逆転したようだった。

 

「次は足手まといにならないよう頑張るからさ、なあ、ガーランド」

 

 ガーランドさんの眉間には皺が寄るばかり。うん、これはあたしの話を切り出すタイミングが良くなかったね。

 

 結局、二人の交渉は保留。それ以上は話が進められそうになかったので、あたしはガーランドさんに提案した。

 

「少し外で話しませんか? 契約について色々話したいことがあるので」

 

 ガーランドさんを連れて、喫茶店に入る。早速、コーヒーを一つ頼んだ。これはあたしの驕りだ。勝手な行動をしたささやかなお詫びも兼ねた。

 

「初めから分かっていたんでしょう? 地下室の件も、奴らの弱点も、計略でさえも」

 

 料理を運んだ給仕がテーブルから離れていくと、ガーランドさんはあたしを睨みつけた。

 

「知っていた、と言われると語弊がありますね。それぞれ確証を持ったタイミングが違うので」

 

「でも、知ったうえで私達に伝えるべき情報を伏せていたのは確かでしょう?」

 

 ガーランドさんの深まった険は緩まない。

 

「ええ」

 

 演技する必要などないので、あたしは素直に答える。

 

「やはりですか…。屋上に突入した時から怪しいと思ってたんです。貴方はあの時、扉を開ける前から腕輪を構えてましたよね?」

 

 そうできるのは勿論、あたしが屋上での待ち伏せが予測できていたからだ。流石、二十年以上経験を積んだフィクサーだけある。観察眼が鋭い。

 

「それに貴方の動き、ずっと不自然だったんです。トールさん、貴方、実力の半分も出してませんよね?」

 

 だけど流石に実力に関してまで見抜かれるとは思わなかった。確固たる証拠はないみたいだけどね。年と共に直感も鋭くなっていくのかもしれない。

 

「どうしてですか。なぜ最善手を取らなかったのですか? 一つでも間違いがあったら二人が死んでいたかもしれないのに…」

 

 読み取れるのはあからさまな怒り。テーブルの下からは分かりやすく拳を握りしめた音が聞こえた。返答次第ではすぐにでも暴力沙汰になりそうな気迫だ。けどあたしは気圧されず、冷静に返す。

 

「でも、それではあなたの意図にそぐわないでしょう?」

 

 虚を衝かれたようにガーランドさんは目を見開いた。

 

「あなたが求めているのは甘やかしじゃない。二人に今の立ち位置を実感として理解させること。だから無理行軍も承知で今回の依頼を引き受けた。等級の高い実力者を雇う前提でね。そうでしょう?」

 

 地下室の存在。屋上での待ち伏せ。ミイラが出てくるおおよそのタイミング。ミイラの戦略。モニターの正体。

 

どれも可能性として導き出せていたものだ。独自に収集した情報と事前に頂いた資料。そして現場に足を運んで遭遇した事象とこれまでのあたしのフィクサーとしての経験。手掛かりはいくらでもあった。

 

 にも拘わらずその一切をあたしが伝えなかったのは、ガーランドさんの意図に配慮してだ。

 

 大怪我を負わせずに、己が立ち位置を理解させる。多分、ガーランドさんが想定していたシチュエーションはそれだ。

 

 だからこそあたしは最初から情報を全て伝えるのではなく、必要に応じて開示していく手法を取った。

 

 ただ、ミイラどもに四方から囲まれる、或いは狭い廊下で混戦になれば、流石にあたしも彼らをサポートし切れるか不安だった。だから屋上で戦ったり、戦闘の中でほどよくミイラを間引いたりする必要があったわけだ。

 

 あたしの推測を聞いたガーランドさんは少し呆気に取られていた。が、溜息を一つつくと、落ち着いたらしく不満そうな面持ちを作りながらも、コーヒーに口をつけた。

 

「トールさん、私に前もって事情を話さなかったのは…。いや、聞くまでもありませんね。はぁ…。とりあえず私がすべき役割をこなしてくれたのは感謝しますよ」

 

 ガーランドさんは頭を下げる。少し複雑な気分になってそうだね。だって彼は今、厳しくしたくとも上手い塩梅に出来ない自分を嫌悪してるはずだから。

 

 むすっとしつつコーヒーを啜る姿から、二人への不器用な思いやりが伝わってきて、揶揄ってやりたくなったが自制する。このおじさんいじってあげたら、だいぶ可愛いだろうけど。

 

 かくしてガーランドさんとの交渉は成功。とりあえずあたしは彼からの信頼を取り戻せた。調査再開は明日から。方針は『ミイラ取り』を討伐して、皆のもやもやを晴らすことだ。

 




お気づきの方もいるかもしれませんが、トールちゃんは結構はっちゃけたピーポーです。今はあれだけど、昔は自制ランク二もなかったんじゃないかな。

全然関係ありませんが、ヘアクーポンニキ自分のマッチ威力割引してくれないかなぁ...
あ、あと明日も更新します。結構、更新に間隔空いて申し訳ありません。

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