【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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01.殺帝の子

「なに?ヴァレッタちゃん子供いたの?意外」

 

 

 

 

 きっと、男神タナトスのそんな一言が、その存在を言い表すのには十分なものだった。

 

 

 

 

「チッ。一時の気の迷いだ、まだアタシも若かったんだよ」

 

「なになに?もしかして好きな男でも居たわけ?ヴァレッタちゃんにもそんな可愛い頃があったって話?」

 

「……昔、クソ気に食わねぇ姫様が居てな」

 

「うん?」

 

「ダルマにして浮浪者共に徹底的に凌辱させた後、目の前でその姫様がお熱してた護衛の男をブチ犯してやった」

 

「うわぁ」

 

「……気の迷いとは言え、アレは最っ高に気持ち良かったなァ。婚約まで大事に大事に守ってた貞操奪われただけでなく、アタシ相手にヨガって果てやがったんだぜ。最後に心臓ブチ抜いてやったら、また果てやがって。そりゃ妊娠くらいすんだろ」

 

 

 ヴァレッタ・グレーデ、35歳。

 15年も前から闇派閥の主要幹部の1人として多くの冒険者の命を奪って来た彼女であるが、そんな彼女がたった1人生み出した命こそがその子供。彼女がまだ18の頃に産み落とした、殺人鬼の子。

 

 

「なるほどね。相当嫌いだったわけだ、そのお姫様が。……それで?今その子は?」

 

「知らねぇ、産むだけ産んで放り出したからな。今頃その辺で冒険者でも殺してんじゃねぇのか?」

 

「ヴァレッタちゃんの子なら有望そうなのに、もったいなくなくないなぁ」

 

「はっ、種が悪ぃからなぁ。次はフィンをブチ犯して産んでみるかぁ?」

 

「子供はガチャじゃないんだから、少しくらい期待してあげてもいいと思うけど……まあでも確かに、何をするにしても種は大事か」

 

 

 ヴァレッタとタナトスの間に"その子供"の話題が出て来たのは、本当にそれきり。産んだヴァレッタとしても、何の未練もなければ想いもなく、降ろせなかったから産むだけ産んで、邪魔だったから捨てて来た。本当にたったそれだけの、その程度の存在。

 

 故に、まさか思うまい。

 

 これから紆余曲折を経て、その子供と17年ぶりに再会することになろうとは。そして勿論そんな子供がまともである筈はなくとも、まさか思いも寄らぬ方向に捻じ曲がっているとは。

 

 ヴァレッタ・グレーデの子。

 

 まともな筈などあるものか。

 

 彼女という異常者の遺伝子は、本当に本当に、あまりにも……強過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これがオラリオ、英雄達の都」

 

 

 貼り付けたような笑みを浮かべて、その街を見下ろす。

 思い描いていた街の姿と、目の前にある街の姿。そこに違いはそれほどなくとも、ない筈であったとしても、やはり受ける印象というものは変わるもの。

 

 

「汚い街、至る所に穢れがこびり付いている……ふふ」

 

 

 最初の印象はそれだった。

 

 思わず笑みが歪むほどに、それだった。

 

 

「……さて、参りましょうか」

 

 

 行く先は決めている。

 

 自分の母親について知った時から、決めていた。

 

 行くべき場所であり、行きたい場所でもあり、いつかは行くことになる場所。この身に生まれてしまったからには、避けることなど出来ない。喜ばしくはない、運命の相手。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

「………」

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

「………」

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

「………」

 

 

 

 

「……ええと、すまない。少し喉を潤す時間を貰ってもいいかな」

 

 

「ええ、もちろん構いませんよ。……いくらでもお待ちいたしますわ、勇者様」

 

 

「っ……それはどうも」

 

 

 

「「「…………(きつい)」」」

 

 

 

 

 整った美顔。絹のような質感のある桃色の長い髪を、白のリボンカチューシャで留めて。100人中100人が美女だと口を揃えて言うようなその人物は、上品な仕草で、高貴とも言えるような雰囲気を纏いながら、優しげな笑みを浮かべて"勇者"の言葉を待つ。

 

 ……こうして対応しているだけであれば、何処かの国からお姫様が視察にでも来たのではないかと思えるだろう。実際そうしてギルドからの指示を受けて、何度か女性の接待をしたことのあるフィンならば、普段なら決してここまで取り乱したりはしない筈だ。

 

 

「その、聞き間違いかもしれないからもう一度聞かせて欲しいんだが。君の名前は……」

 

 

「グラナ・グレーデ、闇派閥幹部であるヴァレッタ・グレーデの実子になります」

 

 

「……」

 

 

「……マジかぁ」

 

 

「何か不都合でも?」

 

 

「い、いや、不都合と言うか……」

 

 

「その……なぁ?」

 

 

「ふふ、冗談ですわ。母とあなた方の関係は概ね理解しております。……なんでも殺して、殺し合ったとか」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

「いえいえ、別に責めている訳ではありません。わたくし自身、母とは顔さえ合わせたことがありませんから。……それに、しでかした事の大きさを考えれば、彼女は死ぬべき人間であったことに間違いはないでしょうし。そうは思われませんか?勇者様」

 

 

「……君には答え難い質問を相手に投げ掛ける趣味でもあるのかい?」

 

 

「ふふ、むしろ殺帝ヴァレッタ・グレーデが血を分けた実子が、まともな感性を持っているとでも?名前を明かした直後から向けられている微かな殺意を、見て見ぬふりしているだけでも褒めて欲しいくらいですが」

 

 

「……」

 

 

「あら、また黙りですか。勇者様、貴方様が意外と平凡な感性を持っているようで安心いたしましたわ」

 

 

 

 

 ((((………やりにくい!!))))

 

 

 

 グラナ・グレーデ。

 向き合って見た4人の感想は、本当にそれでしかない。

 

 善人なのか悪人なのかも分からないし、あの女の子供だからと言って色眼鏡で見るべきではないというのを前提にしようとしても、それでもやっぱりヴァレッタの子供であるという事実はフィン達にとってあまりにも重い。

 

 なんならフィンだってロキだって、確信はしている。目の前の人間が確実にヴァレッタと血の繋がりのある存在であると。それほどに顔立ちに面影があるし、雰囲気が似通っている。それこそ思わず彼女が言う通り、無意識に殺気が漏れ出てしまっているということだってあるのかもしれない。

 

 

「というより……そもそも君は何故ここに来たんだい?君の立場を考えれば、歓迎されないことくらい最初から分かっていた筈だ」

 

「そうでしょうね、何処に行ってもこの街に居場所などないでしょう。……それこそ、わたくしの存在を必要としている相手なんて、闇派閥の残党くらいなものでしょうか」

 

 

「「「「っ!!」」」」

 

 

「ふふ、怖い怖い」

 

 

「……笑い事では済まされない話だ。もし君に本当にそのつもりがあるのなら、この場で刃を突き立てるくらいの覚悟が僕達にはある」

 

「へぇ、そうですか。……ですが、どうしましょう?これではわたくしは本当に行く宛がありません。未だ闇派閥に対する憎悪を持つ方は多くいらっしゃるでしょうし、下手に街を歩いていれば間違いで殺されてしまうかも。けれどあなた方は闇派閥の手は借りるなと言う。ああ、これは困りましたね、明日からどうしましょうか」

 

「……」

 

「わたくしは見ての通り、これほどにか弱い存在。路地裏に連れ込まれてしまう可能性もあります。それこそ闇派閥側から声をかけられるどころか襲われてしまうかも。……明日を生きる術もなく、誰の庇護を得ることも出来ず、このまま理不尽に殺されてしまうくらいなら。いっそ彼等に協力してしまいたくなるのも、仕方のない話ではありませんか?わたくしだって死にたくはありませんもの」

 

 

「……回りくどいな。結局、君は僕達に何を求めているんだい?」

 

 

「養って♡」

 

 

「「「「断る!!」」」」

 

 

 声は揃った。

 

 

「そもそも!なんでオラリオに来んねん!それが最初から間違いやろ!」

 

「闇派閥の残党が私のことを嗅ぎ回っていたので、逃げて参りました。ここが一番安全でしょう?誰にとっても」

 

「……」

 

「……うん、なんかすまん」

 

「別に構いません。それに勇者様、ここが分岐点だと思いませんか?……ヴァレッタ・グレーデの子が次の闇派閥を作り出すか、それともむしろ仲間に引き入れることが出来るのか。もちろん貴方にはわたくしを殺すという選択肢もありますが、まさか小人族の勇者様がそんなことはしないでしょう」

 

「……それはどうだろう、君は少し僕を買い被り過ぎだ。僕は目的のためなら手段を選ぶつもりはない」

 

「犯罪者の子供だからという理由で、無抵抗の人間を殺めた。……その事実は貴方の将来計画に影響はなくとも、貴方の人生には一生付き纏うでしょうね」

 

「……」

 

「他者から持て囃される度に、他者から尊敬を受ける度に、勇者と、英雄と呼ばれる度に、貴方は私のことを思い出す。一度結論を出したつもりでも、何度も何度も頭に浮かぶ。それは本当に正しい行いだったのかと、違う未来はなかったのかと、死ぬまで貴方は私の存在を抱えることになる。失敗などしてしまえば、もし殺してしまった彼女を味方に付けていたら……などと考えてしまったりして?ふふ、それはそれで素敵なことなのかもしれません。お勧めしますよ、そんな選択も」

 

「……よくもまあそこまで他人の善性を信用出来るね」

 

「わたくしは貴方の善性ではなく、貴方の妥協を信じているのですよ。勇者様」

 

「……」

 

「英雄を目指しているような人間など、何処かに子供らしい部分があるものですわ。けれど世間を知れば知るほどに、理想と現実は折り合いがつかなくなる。……貴方は今の立場に妥協をしているでしょう?そしてその妥協に悩んでいる限り、貴方は悪行を成すことは出来ても、それを忘れることなど決して出来ない」

 

「……だから、簡単に殺されることはないと踏んでここに来たのかい?」

 

「ええ。それに後から正体を知られるより、最初から真っ先に顔を出しに行った方が印象も変わるでしょうし。それでも殺されるのであれば、わたくしは何をしたところで死ぬ運命だったということ。それほど分の悪い賭けではありませんわ」

 

 

「「「………」」」

 

 

「……なるほど、君はどうやら確かにヴァレッタの血を引いているようだ」

 

「あの、いきなり誹謗中傷するのはやめていただけます?私だって傷付くんですよ?」

 

「ほんま面倒臭いなコイツ!!」

 

 

 まあそれを誹謗中傷だと捉えているだけマシなのか、それとも単におちょくられているだけなのか。だがどちらにしても、やはりこれはそう簡単に決められる問題でもない。フィンであっても「はいそうですか」では受け入れられない。個人的な感情を抜きにしても、彼女を受け入れるリスクはあまりに大きい。

 

 

「だがフィン。受け入れるにしても、団員達にはどう説明する?未だ団員達の中には闇派閥に対する憎悪を持っている者は多く居る」

 

「いや、そもそも、まだ彼女の人間性を信用出来ない。闇派閥から送り込まれたという可能性も否定は出来ないだろう」

 

「であれば、ロキ様に判断して頂くしかありませんわね。神の前で嘘をつくことは出来ませんもの」

 

 

「……ほんなら、人を殺したことはあるか?」

 

「ありますよ」

 

 

「「「「………」」」」

 

 

「もちろん、理由があってのことでしたが」

 

「……ロキ?」

 

「まあ嘘は吐いとらんけど、この言い方やとどうとでも捉えられるわな」

 

「それなら、君は特定の主義を持っているかい?他者の命を奪うことに快楽を感じたり、尊厳を踏み躙ることを人生の主軸に置いていたり」

 

「随分と幅の広い質問ですが……まあどうせ母は殺人に快楽でも覚えていたのでしょう。そしてそれは私も同じです、命を奪うことに激しい快楽を覚えます」

 

「「「っ」」」

 

「……ただし、わたくしの場合は人間以外の生物、動物、主にモンスターに傾向が強いでしょうか。父親が善人であったことが幸いしたのでしょうね、命拾いしましたわ。衝動を抑える術も身に付けていますし」

 

 

 これについてもまあ、嘘は言っていない。

 

 嘘は言っていないが、普通に受け入れ難い。

 

 ……いや、分かっていたけれど。あの女と血が繋がっている時点でまともなはずなどないと。知っていたけれど。しかしいざこうして目の前に実情をお出しされると、それはあまりにも抵抗感のあるもので。

 

 

「その、殺人の内容はなんなんや?」

 

「言いたくありませんね」

 

「……それ次第で僕達の受け取り方も変わって来る」

 

「話すつもりはありません。受け入れ難いのであれば、受け入れなければいいのです」

 

「……正直、君が何をしたいのかが分からない。匿って欲しいのか、そうでないのか」

 

「それでも必ず答えを出す必要がある。……貴方の判断に任せますよ、勇者様。正直に言ってしまえば、わたくしは別にどちらでもいいのですから」

 

 

 もしかしたら本当に、彼女にしてみればどちらでもいいのかもしれない。フィンがここで匿わなくとも、彼女には闇派閥の残党という受け皿がある。『匿って』ではなく『養って』と言ったのは、そういう意味なのか。

 

 ……若しくは、フィン側に選択肢が殆どないことを見越しているのだろう。彼女を引き留めるには殺すか匿う以外にはない。

 

 つまり『どちらでもいい』の対象は、『受け入れるか受け入れないか』ではなく、『匿うか殺すか』。彼女はここでフィンに殺されることになったとしても、それは仕方のないことだと受け入れるのだろう。

 

 

「……」

 

 

 異常者の子が異常者であることはあっても、悪人の子が悪人であるとは限らない。

 ここで殺すのは簡単だ、別に彼女が言うほどにフィンが引き摺るような話でもない。彼女よりよっぽど善人で、よっぽど親しかった者達を見殺しにして来たこともある。闇派閥の再興を防ぐためならば、ヴァレッタの子というあまりに大き過ぎるリスクは早々に排除すべきだ。

 

 ……だが、何か引っ掛かりを覚える。そもそも目の前にこうして無防備に座っている彼女の様子からしても、死を受け入れることが出来ているという事実さえも、それはあまりにも不自然極まりなく。

 

 

「……ただの客人として匿うのは難しい、目立ち過ぎる」

 

「であれば、新しい団員としてでも扱って頂ければ」

 

「いや、それは流石に……うち探索系のファミリアやで?自分レベルなんぼなん」

 

 

「Lv.5」

 

 

「「「はっ……?」」」

 

「というのは冗談です。一応【Lv.3】までは上げてきましたわ、それがロキ・ファミリアに入る最低条件だと聞きましたから」

 

「なぜ嘘を吐いたんだ……」

 

「というより、やっぱり元々そのつもりだったんだね……それでも異様な早さだが、一体何をしたんだい?」

 

「単にモンスターを殺しまくっただけですとも。それほど苦ではありませんでした、命を奪うことは気持ちの良いことですから」

 

「……はぁ、やれやれ」

 

 

 この対応にも今後慣れていかなければならないのかと思うと非常に胃の痛くなる案件ではあるが、もう仕方がない。

 ……ぶっちゃけて言えば、フィンだって彼女個人に価値は感じているのだ。それは闇派閥に対する牽制以外にも、彼女のそのヴァレッタ譲りの頭についても。

 

 本当に嫌にはなるが、何度も敵対したフィンだからこそ、ヴァレッタの能力の高さを理解している。アレが多少の善性を持って味方になってくれるのであれば、それは十分過ぎる価値だ。リスクとリターンが見合っているかどうかも、今後見定めていけばいい。

 

 

「フィン、受け入れるのは構わないが……流石に素性は隠した方が良いだろう。グレーデを名乗り続けるのもな」

 

「儂としては他の団員と関わることさえ認め難い。今は若い連中も多い、妙な影響を与えられても困る」

 

「ああ、二人の意見は尤もだ。僕だってまだ完全に受け入れるつもりはない」

 

「むしろそこで両手を広げられていたら、こちらからお断りしていたところです。そんな危機感のない指揮官の率いるような集団に価値などありませんもの」

 

「……ほんなら、一先ず名前は変えよか。それと住む場所もフィンとガレスの部屋で両脇挟む。うち等の許可なく外に出ることは禁止や、物の持ち込みも全部確認させて貰うで。鍵も掛けるし、窓にも鉄格子を付ける。恩恵も書き換えたいな。なんか文句あるか?」

 

「改宗はいつでも可能です。それと定期的に流行りの本や新聞でも持って来て下さると助かりますわ。新しい団員どころか、開かずの部屋が一つ出来た程度の認識が出来るくらいには静かにしていることを約束いたしましょう」

 

「……ほんまに不満ないんか?言っちゃ悪いけど、独房と変わらん扱いなんやぞ」

 

「それがロキ・ファミリアがわたくしに課した沙汰なのでしょう?であれば、わたくしはそれに粛々と従いましょう。……何年でも、何十年でも、あなた方の気が済むまで。罪なき罰を受け入れ続けますとも」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 彼女は本当に、人の良心に嫌がらせをするのが上手いとフィンは思った。これならまだ何の躊躇もなく叩き潰す事の出来る母親の方が、随分と扱いが楽ではないかと思ってしまうくらいに。

 

 

「ああ、そうですね。せっかくなので、わたくしの新しい名前は勇者様に付けていただきましょうか」

 

「……その理由を、聞いてもいいかな?」

 

「嫌がらせですわ♡」

 

「……」

 

 

 こういう奴なのである、この女は。

 

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