ギルドの一室、そこから少し離れたお手洗い。
ギルド長に一連の出来事を説明し、その後にダメ出しを受けたアキが机に突っ伏しているのを横目に、グラナはここに抜け出して来ていた。
けれど、決して用をたしている訳ではない。
彼女は妙に人気のないこの手洗い場の壁に凭れ掛かり、その人物が現れるのを待っていた。
「……さて。どうやら神ウラノスにはわたくしの手紙を読んでいただけたようですわね」
『あのような手紙を寄越されてはな。……正直、こちらもかなり驚かされている』
まるで人間とは思えないような雰囲気を持つ、黒衣の人物。空間から滲み出るように現れたその人物に対して、けれどグラナは特に大きな反応を見せることはない。変わらず無表情のまま、時間を惜しむように淡々と話を進める。
「用件は事前にお伝えした通りですわ」
『……その前に、1つ聞いておきたい。我々が意思を持つモンスターと交流を持っていることを、君は何故知っていた?』
「……」
『怪物祭の存在からそこに繋げるには無理がある。だが何かこちらが致命的な失敗をした訳でもない。まさかガネーシャ・ファミリアから情報が漏れたということもあるまい』
「……」
『何故だ?』
「……………過去に一度、そのようなモンスターを見たことがありますわ」
『なに?』
「闇派閥の残党、それを追っている最中のこと。彼等に資金提供をしていた"とある好事家"の自宅地下において、"リグレッド"と名乗る言葉を話すオークを見ました」
『っ、彼は今どこに!?』
「殺しましたわ、懇願されましたので」
『っ……!!』
「ですので、怪物祭とギルドとガネーシャ・ファミリアの関係から、ここまで話を繋げるのは至極簡単でした。元より彼の出身はオラリオのダンジョンだと聞いていましたから。……あのオークは、このオラリオから売り出されたものでしょう?闇派閥によって」
『……そこまで、分かっているのか』
黒衣の人物は明らかに動揺した姿を見せるが、しかしグラナにとってそこはどうでもいい。あくまでそれは、彼を、つまりは神ウラノスの使いを呼ぶためのものでしかない。
「取り敢えず、お名前を頂いても?」
『あ、ああ、フェルズと呼んで貰えばいい』
「ではフェルズ様、手紙でお伝えした件についてなのですが」
『分かっている。……しかし、本気なのか?というかこれは事実なのか?』
「疑うのなら確認を。あなた方に不利益は無いでしょう。むしろ困っていたくらいなのでは?この件に関して1番の味方はギルドであると、わたくしは踏んでおりますが」
『……否定はしない。だが、そもそもそのようなことが本当に出来るのかと疑っている』
「そのための協力者を集っているのです。わたくしとて、自分1人で何でも出来るとは思っていません。……そしてこれを成す前提条件として、何より先ず今の闇派閥を叩き潰す必要がある」
『……』
「例の件が可能かどうかについては、闇派閥対処の過程で判断していただければ。一先ず闇派閥壊滅に関しては、手を取り合えるのでは?」
『……もう1つ聞きたい。何故私が魔道具を作れると知っていた』
「別に貴方が作れると予想していた訳ではありません。ただギルドの地下に引き篭もる創設神ウラノス、彼にとって目となる物が何かしらあるとは思っていました。しかし調べた限り、それらしき物はなく、ギルド職員でさえ神ウラノスとはほぼ謁見していない」
『そうか、君が求めていた目とは……』
「隠れた組織なのか、はたまた魔道具なのか、個人なのか。わたくしはただその目を借りたいと思っただけですので、別にどれでも構いませんでした」
『……豪胆だな』
「神への敬意などありませんので。使えるのなら大神でさえ利用しましょう」
『なるほど……勇者とは性質が違うか』
するとフェルズと名乗ったその男は、彼女に対して3つの水晶玉を手渡す。その価値については、指揮官を務める人間であれば誰であっても喉から手が出るほどに欲しがる物。それはグラナであっても変わらない。
『ウラノスにとっての目とは私のことだ。そしてこれはその目である私とウラノスを繋ぐものでもある』
「……音声の受け渡しを可能にする魔道具、ですか」
『映像も可能だ、一先ずはこれを渡しておく。他に必要な物があれば、その都度これを使って連絡して欲しい。ある程度は協力しよう。……もちろん、その対価は払って貰うが』
「ええ、元よりそれが条件ですもの。……しかし貴方も良かったのですか?わたくしの出生については既に知っているのでしょう?」
『分かっている。……だが、それについては問題ない。君と母親は違う。何もかもが』
「……」
『君こそいいのか?勇者に許可は取っていないのだろう』
「許可を取る必要性もないでしょう。わたくしはわたくしのやり方で、自分の目的を果たす。その末に打つかるようなことがあったとしたら、それはその時のこと」
『勝てるのか……?』
「勝つ必要があります?」
『……やはり君を味方にするのは心強そうだ』
「それは何より」
最後にグラナはまた1通の手紙を取り出すと、それをフェルズへと手渡した。そこに宛先の名前はない。眩しいほどに真っ白なそれは、けれどだからこそ、しっかりとした紙と封筒に包まれていて、誠意が宿っている。……ように見える。
「これを例の彼等に渡していただいても?」
『……承った』
「今は自由の立場ではありませんので、会うことまでは出来ませんが……約束は守りましょう。協力してくれるのであれば、その末に彼等の願いを叶えます。まあ本当に理想通りというのは少し難しいですが、そこまで求めるのなら協力は打ち切りです」
『いや、それで十分だ。それは真の理想への大きな1歩となる。……グラナ・グレーデ、必ず成し遂げて欲しい。求める物が多く申し訳ないが、これは君にしか出来ない』
「ええ、それではまた」
そうして再びフェルズは消えていく。
話していた時間はそれほど長くなく、事前の説明もあって話は淡々と進んでいった。これならばアキに怪しまれるようなこともないだろう。グラナとしても想定通り、むしろここまで高い好感度を得られるとは思ってもいなかった。
「さて、次の相手の勧誘のためにも手紙を出す必要があるのですが、こればかりは今は手段がありませんね。どうにか都市外に秘密裏に文を出せる手段を確立しなければ」
すべきことは多い、しかし時間は限られている。可能な限り根回しをし、手札を揃えておかなければならない。
全ては彼女を守るため。
彼女の輝きを守るため。
そして……
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Lv.3の彼女に助けられた。
ただそれだけの事実は、けれどアイズにとってあまりにも大きな衝撃だった。
「私1人じゃ、勝てなかったかも……」
「……」
何度も剣を打ち合って、なんとなく分かっていた。今回ああして勝てたのは、彼女が敵に警戒心を抱かせ、その上で隙を作ってくれたからだ。単独で戦闘をしていたら、負けの可能性さえ見えていた。
……あの戦闘において、少なくとも自分でなければならなかったような働きを、アイズは出来ていなかった。
「……アイツは、手札の重要性を知っている」
「手札?」
「アイツはフィンほど頭は回らないが、それを手札の数で補っている。閃光爆弾や投げ縄もそうだ。あのような道具を使う者は時に軟弱者扱いされるが、それを使うことで格上に勝てるのなら迷う必要はない。……少なくとも、グラナ・アリスフィアは迷わない」
「……」
「所詮は小細工ではあるが、一定の効果が認められる以上、決して無駄にはならん。……0.1秒の硬直、空中での軌道操作、その有用性は分かるだろう?」
「うん……でも強くなって、そういうのは要らないって思ってた」
「挑戦者故の思考であることは否定しないがな」
「……ううん、私もまだ挑戦しないといけないから。捨てたらいけない考え方だったんだなって、そう思った」
「……そうだな、私達もまだ挑戦者だな」
次第に見えて来たボロボロになった18階層を見て、安全階層に着いた事も含めて少し身体から力が抜ける。
ウダイオスの討伐に成功し、これで恐らくLv.6に辿り着く。まだまだ挑戦者を卒業するまでは途方も無く道が長く、勝つために、強くなるために、手段を選んでいられる立場ではない。
「リヴェリア。……私、あの人みたいになりたい」
「え……」
「……?」
「いや待て!!それだけは考え直せアイズ!!」
「!?」
流石のリヴェリアも、その言葉だけは飲めなかった。
「憧れるのならせめてフィンの方にしてくれ!お前があんな風になったら私は泣くぞ!」
「で、でも……フィンよりグラナさんの方が真似しやすいし、分かりやすいし」
「それは否定出来ないが……!!」
なんだかもう超人的な技量で敵を翻弄するフィンより、誰もが使っている道具を、自分でも出来そうな範囲で使って敵を翻弄するグラナの方が分かりやすい。12階層で扉を探している時でも、彼女は自分にも分かりやすいように説明しながら、剣を突き刺した時の感覚について教えてくれた。
……正直、真似しようと思えば出来るのだ。真似するだけなら出来る。彼女と同じ発想が出来なくても、教えて貰った発想を再現することは出来る。彼女の手札を真似して、自分の手札を増やすことが出来る。それがアイズにとっては何より大きい。
「私には、フィンみたいに『そこにある物を使って柔軟に動く』みたいなことは難しいけど。グラナさんみたいに、最初から準備して持っていくことなら出来るかなって」
「い、言いたいことは分かるが……」
「それに、教えてくれたの。自分よりも格上と戦う時は、その実力差以上の事前準備をすれば良いだけだって」
「だからウダイオスと戦う前にあれだけの準備をしていたのか!?お前にしては珍しいと思っていたが……まさか既に成功体験があったとは」
「準備は大切。それを極めるだけで、どんな相手も怖くなくなるって言われた」
「駄目だ、言っていることが真っ当過ぎて何も言い返せない……」
アイズの言う通り、確かにフィンよりもよっぽど見習い易い。やっていることだけを見れば、事前準備を重視する彼女のその姿勢は、確かに他の団員達にも見習わせたいもの。
何をするにしても、根回し、根回し、そして暗躍。勝負は始まる前から決まっている、という言葉を忠実に実行しようとしている女。
突然このゲームで勝負しろと言われた時、きっとフィンに敵う者はそう居ない。しかし来週までに練習して来いと言われたら、きっとグラナはフィンと互角に戦えるだろうし、なんなら勝ちさえするだろう。
凡人である自分達がどちらに共感し易いかと言われれば、後者であることはあまりにも当然の話だ。
「私は、あの人に負けたくない……だから、たくさん準備をしたい。ステイタスを上げる以外の方法でも」
「もういっそ教育に良すぎるのが悔しいくらいだな」
「グラナさんに教わりたい」
「どうしてこうなった……」
珍しく強いアイズの主張に、リヴェリアはもう本気で頭痛を感じている。彼女が優秀であることは知っているけれども、何故よりにもよって彼女なのか。
(それほど衝撃が強かったんだろう……)
12階層で出入口を探し、助言を貰いながらそれを見つけた。そこで彼女について知っただけでなく、18階層ではレベルが2つ以上も上の相手に対して毅然とした態度で向かい、アイズと共に致命傷を負わせた。
それに行き詰まっていたアイズが感銘を受けたのは仕方のないことだ。結局アイズの頭の中には『Lv.6になるためにウダイオスを倒すしかない』という思考しかなかったのだから。それは挑戦ではあるけれど、自分でも投げやりな思考だと考えてはいたはずだ。
目の前でグラナ・アリスフィアという女の在り方を見て、強く心動かされたのも責められることではない。
「はぁ……分かった、そこまで言うのなら聞きに行けばいい」
「うん」
「だが、1つだけ忠告しておく」
「忠告?」
「グラナ・アリスフィアは決して仲間ではない」
「!」
リヴェリアにしては厳しいその言葉に、アイズは目を見開く。確かに彼女は外様ではあるけれど、何もそこまで言うことはないではないかと、アイズでさえそう思った。
……しかし、リヴェリアの認識は違う。
「彼女は彼女の価値観で、目的で動いている。ロキ・ファミリアのために働いている訳ではなく、あくまで全てが自分自身のためだ。……そして私達は、その目的が分からない」
「リヴェリア達も知らないの?」
「そうだ。故に私達の彼女に対する認識は、『一時的な協力相手』……もっと言ってしまえば、闇派閥打倒のためだけに、ロキ・ファミリアとして協力関係を結んでいる」
「……相手は、1人なのに?」
「信じ難いことにな。もちろん味方に付けたいとは思っているが、どうすればいいのか分からない。……いや、確実な手段はあるのだが、それは到底受け入れられるものではない」
闇派閥を打倒した後、彼女はどのような行動を取るのか。それが分からないのだ。
いくらロキの恩恵に書き換えていたとしても、正直彼女という人物にとって恩恵などというものは単なるオマケでしかない。別に無くとも人を動かせる。むしろ今の時点から密かに闇派閥打倒後のことを見据えて行動していたとしても驚かない。
ガチガチに縛り付けて軟禁したとしても安心出来ない人物だ。それはもう実感している。不安で仕方がなかったし、実際そうしているだけなのに彼女はあまりに多くの情報を集めてしまっていた。
なんならファミリア結成初期に出会いたかった人物であり、もっと言えば別のファミリアとして動いて貰った方がコントロールはし易いかもしれない。
リヴェリアとて何度も考えたことがある。
もしフィンが敵に回った時、フィンほどの存在が敵側に居た時、それはどれほどの脅威になるだろうかと。そして彼女は正にそのリヴェリアが恐れた存在になり得る可能性がある。
……まさか今の時点で私兵を作ったりなどしてはいないだろうが、彼女ならばロキとフィンの目を盗んで大事をやらかしていても不思議とは思えない。
「味方に出来るのなら、誰よりも優先して味方に付けたい人材であることは間違いない。だが現状、そうではないことだけは覚えておいてくれ。……警戒しろとまでは言わないが、あまり信じ過ぎるな」
「……わかった」
本当に悩ましい。
しかしリヴェリアとて全てを理解していない。
ただ生活している中でも、恐らくは彼女とフィンの間で表には見えない何かしらの睨み合いと仕掛け合いは生じている。自分たちが認識出来ていないだけで、懐の探り合いは行われているのだろう。
【彼女の何がそんなに怖いのか?】
リヴェリアは少し前にそんな本質的な質問をフィンに投げかけたことがある。
彼女は闇派閥を敵視していて、レフィーヤに強い執着を持っている。現状あくまでそれだけの存在であり、闇派閥のような悪事を働くような人間には見えない。仮に何かを企んでいたとしても、それは直接的に自分たちを害するようなものではないのではないか、と。
しかしそれに対してフィンはこう答えた。
『彼女は次の邪神エレボスになりかねない』
その一言で十分だった。
それだけで全てを理解出来た。
そしてそれは容易く想像出来た。
もしこのままのオラリオではレフィーヤを守りきれないと悟った時。もし今のままでは世界が行き詰まると確信した時。そして結果的にレフィーヤを失ってしまった時。
彼女ならするだろう。
同じことを。
"絶対悪"を名乗らなくとも、悪に染まることがなくとも、その手を血で汚すことを厭わない。
「……させてたまるものか、もう2度と」
「?」
自分達の不甲斐無さを原因に、犠牲となる。もう2度とそんなことは起こさせないと、あの日リヴェリアは自分よりも遥かに年下の女の最期を見て誓ったのだ。
……それも今回は娘であるアイズと同い年。そんな彼女に自分達の負債を押し付けるわけにはいかない。
(……そうか。そういえばまだ16?いや、月差で17だったな)
ふと思い出したそんな当たり前のことは、けれど妙に強くリヴェリアの心を揺さぶった。