神ディオニュソスの調査について、果たしてどのような手段を取るつもりであるというのか。彼女の隣に常に控えていたシャクティは心配で仕方なかったし、けれどそれは失敗を心配したものでもない。
「さて、変装も終わりましたし、これから飲みに参りましょうか。シャクティさま」
「………は!?」
ただまあ、シャクティでは彼女が何をしたいのか理解することは出来ない。というより理解の出来る人間が居るなら助けて欲しいと、心の底から願っている。
「神ディオニュソスの調査については、新聞社の方に任せます」
「……すまん、分からん」
「先ほどの店でわたくしが新聞を買っていたことは気付いていました?」
「ああ、それはまあ」
「そこで店員と、その背後で仕事をしていた男性も交えて、少し要望を伝えてみました」
「要望?」
「オラリオで活躍する神々についての情報誌が欲しいと」
「…………???」
「一先ず、そこで店員と男性を丸め込んで、その要望について好意的な印象を持って頂きました。概ねの構想を提示し、そこに彼等の意見も乗せて、場の雰囲気も意図的に盛り上げながら」
「すまん、まだ何も分からん」
「明日からその新聞社でバイトをすることになりました」
「………はぁ!?!?」
「まあバイトと言っても手伝い程度の話ですし、それほど報酬も出ませんが。十分でしょう」
「ま、待て待て待て待て!!お前は本当に何を言っているんだ!?何をするつもりだ!?」
「新聞社にオラリオにおける神々の動向を調査して貰います。その神々の中に、神ディオニュソスを仕込む」
「……!!」
「これで私達は少しの手伝いで調査をして貰えるということです」
正直もう、本当によくわからない。
そんなやり方で上手くいくのか、いくとしても、そんな回りくどいことをしなければならないのか。そうでなくとも指摘出来る箇所はいくらでもある。
「……大体、その程度の調査で神ディオニュソスのことを調べたとして、表面上のことしか上がって来ないだろう。本当に大丈夫なのか?」
「いえ、それが重要なのです」
「重要……?」
「ロキ様は神ディオニュソスを調査していて、概ねの情報を持っている。それはロキ様からの視点です。しかしこれから私達が集めようとしているのは、数多な視点から見た神ディオニュソスの印象。……神ディオニュソスが意図的に偽ったものではなく、自然体で偽っているもの」
「?」
「単に意識の問題です。他の神々には見せない一面は、しかし子供達には見せている可能性がある。同じ神々の前だからこそ引き締めている部分が、子供達の前では剥がれていることもある」
「……それはあまり大きな違いとは思えないのだが」
「その小さな情報群と、小さな矛盾が欲しいのです。……1つ1つは大したものでなくとも、多くを揃えれば色々と見えてきますので」
「ああ、まあ、お前やフィンの頭があれば確かにな……」
「神々と言えど、自分の吐き出した全ての情報を辻褄が合う様に完璧に揃えることなど出来ません。それは既に一度、当人を対象に証明しています。……この手で追い詰めることは可能なのです」
「……お前がそこまで言うのなら、そうなんだろうが」
なんならフィルヴィス・シャリアが蔦型のモンスターを容易く倒すことが出来るという事実1つで、神ディオニュソスを追い込むことは可能な状況にある。しかし敵の戦力が未知数故に、それをすることは出来ない。
ならば最初から確証を揃えて、問答無用で叩くのが一番だ。そうなるための証拠を、ゴミ拾いの様に小さな情報を細かく拾い上げて作るしかない。
「それとオマケの目的として、神々の交友関係を洗い出せます」
「!」
「神ディオニュソスに直接聞くのではなく、オラリオの多くの神々に、他の神々についてのことを聞く。親しい神は?嫌いな神は?ここでしか言えない他の神の悪口、等等……新聞社の力と経験を使い、それ等を無作為に集める」
「……そうして無作為に集めた情報で、お前は神々の交友関係図を作るつもりか」
「あくまで神ディオニュソスを中心としたものですが。まあなんでも良いので情報が欲しい、故に無作為に馬鹿げた量の情報を掻き集める手段を作った。……その中に1つでも価値あるものがあればいい。そもそも情報1つの価値の判断をするのは勇者様とわたくしですから。全くの無駄になることはないでしょう」
「……そしてこの件に関しては、お前の関与が疑われることもないと」
「新聞社にとってのわたくしは単なる助言役ですし、素性も姿も偽りのもの。なんなら提案者とバイトは別人扱いにするつもりです。そのために変装したのですから。……まあ最後は風紀的な問題としてガネーシャ・ファミリアとギルドから発禁を命じて、代わりに集めた情報を治安維持への活用目的で秘密裏に買収するという方向に持っていければいいかなと思っております」
「鬼かお前は……」
「別に酷いことはなにもしていませんわ」
集めた情報から矛盾や真実の組み立てが出来るのなら上々、そこから別口への何かが見つかるのなら方向転換も必要だ。この方法では目的の情報をピンポイントで集めることは出来ないし、方向性のコントロールも難しい。
……しかしそれでもこれを選んだ理由は、グラナもシャクティも殆ど動く必要がなく、加えて確実に関与が疑われないからだ。こちらの素性どころか姿さえ見せる必要もなく、調べていることさえも相手は察することは出来ない。
新聞社の人間にとっては神ディオニュソスも単なる調査の対象でしかなく、そんな彼等を見ても神ディオニュソスは違和感を感じることは出来ないだろう。
そこから更に裏の裏に居るグラナの存在まで予感出来るほどの超絶的な勘を持っているのなら話は変わるが、神の勘と言えどそこまで万能なものではない。そこも確認済みだ。……そもそも、そんなものがあるのなら、既にここまで素性が割れていたりなどするものか。
「それで?飲みに行くというのは何の話だ。まさか暇があるから遊ぶつもりなのではないだろうな」
「ふふ、実はわたくし髪の長い女性が好きでして。今の変装したシャクティさまと一夜を共にするというのも良い提案ではあるのですが……」
「良いわけがあるか」
「酒飲みが多いそうですよ、ディオニュソス・ファミリアには」
「!」
「1度くらい話を聞いてみるのも良いと思ったのです。無関係の可能性のある団員達にも」
「……そういうことか」
単に飲みに行く訳ではない。
彼等の団員が通っている飲み屋を調べ、そこへ行く。後は適当に仲良くなり、彼等の視点からの話を聞く。それだけだ。……本当にただそれだけ。別に神ディオニュソスについて何かを聞き出す訳でもない。ここで知りたいのは何より……
「他の団員達は無関係であると良いのだがな」
「ええ、まったく。考えることが増えるのは嫌ですもの」
そうしてシャクティは、ディオニュソス・ファミリアの団員達が通っている酒場について調べることにした。
もちろんそこにグラナも連れて行くのだが……シャクティが彼女に絶対に酒を飲ませなかったことだけはここに記しておく。まあ年齢的にギリギリ問題は無いものの、だからと言って酒に飲まれるような大人に育つことだけは阻止したかったからだ。
彼女はまだ17、それを忘れてはならない。
**************************
今回のロキ・ファミリアの遠征には、ヘファイストス・ファミリアの鍛治師達も同行している。普段よりも少しだけ規模が大きく、何より金が掛かっている。それだけ本気であるということは確かではあるけれど、それ故に待ち受ける困難も相応なものになることは前提だ。
「良かったのか?シャクティが居るとは言え、彼女を自由にさせて」
「……実際、良くはないよ。シャクティでは簡単に丸め込まれてしまうだろうし、僕の出した条件も彼女なら簡単に破るだろうからね。言うことを聞くだけの人間なら、ここまで手を焼かない」
「それはそうだが……」
集団を率いてダンジョンの中を歩きながら、リヴェリアとフィンはそんな話をする。不安はある、当然だ。なにせ以前の遠征の時でさえ、彼女は最大賭博場を破綻させるなどという巫山戯たことをやらかしたのだから。
今回もまた、色々と大きなことをやらかすのだろう。遠征の見送りをすることなく、その数日前からシャクティと共に行動を起こしていたのが証左だ。自分達が求めたものの何倍も大きなことをしようとしているのは間違いない。
「ただ、彼女がどんなことをするのか気になっている自分も居る」
「!」
「これは敢えて"楽しみ"と言い換えても良い。もちろん楽しみにしてもいい事案なんて1つも無いことは確かだけれど、それほどに僕は彼女の考えと行動力に驚かされている」
「……お前がそこまで言うとはな」
「彼女がどう思っているかはともかく、個人的には長く付き合っていきたい。……自分と同類の人間と言葉を交わすというのが、これほど楽しいことだとは思わなかった。共に悪巧みをする楽しさに、心躍ってさえいる」
「はぁ……それを聞けば、またティオネが怒る」
しかしそれはリヴェリアも察していたことであるし、ティオネもそれに気付いていたからこそ、彼女を強く敵視していたのだろう。
フィンは自分と対等に話してくれる彼女のことを気に入っているし、そんな彼女との悪巧みを楽しんでいる。彼女はフィンのことを嫌っているかもしれないが、それもまたフィンにとっては新鮮なのだろう。
「彼女と協力出来るのは闇派閥の企みを阻止するまで、その後に彼女が何をするのかは分からない。そのために既に何かを仕込んでいても不思議ではない。なんなら彼女の性格からしても、オラリオに来る前から色々と準備はしていたんじゃないかな」
「ならば……」
「それでも、将来的な僕達の不利益のために彼女の自由を奪うのは違う」
「!」
「リヴェリアも分かるだろう?彼女は悪人じゃない」
「……」
「自分の目的のために人を騙したり脅したりすることはあっても、決して無関係な人間の命を奪う様な真似はしない。……本当に必要となれば分からないが、その手段は彼女の中でも最終手段に近い」
「……ああ」
「つまり彼女が僕達に齎す不利益は……きっと、僕達が今日まで逃げ続けて来たツケを支払わせるようなものだろうね」
「……」
「だからこそ、心配すべきはそこじゃない」
「!」
フィンは懐から1枚の手紙を取り出す。
それは決してグラナからのものではなく、シャクティからのものだ。遠征から出発する前に、それはガネーシャ・ファミリアの団員の1人から渡された。……ロキに渡している報告書とは別の、フィンに宛てたもの。
「僕達が本当に阻止しなければならないことは、彼女が自分を犠牲にする様なやり方を選ぶことだ」
「犠牲、か……」
「分かるだろう?誰よりもレフィーヤを守りたい彼女は、それでもレフィーヤを監禁するという手は取らない。レフィーヤの意思を尊重しながらも、レフィーヤを守るために行動を起こす」
「それは……具体的にはどのような行動だ?私から見れば、強くなろうという意思は見えないように思うのだが」
「事実、強くなろうとはしていないからね。それにそれは僕達が邪魔をしている、彼女にとってその手段は効率の悪いものだ。そうでなくとも選ばないだろう」
「……?」
「自分1人が強くなるより、レフィーヤの周囲の人間が強くなった方がよっぽど安全だ」
「!」
「もっと言えば、レフィーヤより強い人間がより沢山集まれば良い。そしてそんな彼等が互いに手を組む様になれば、その結果としてレフィーヤに対する需要がなくなれば……」
「ま、待て!その言い方なら……」
「オラリオの各勢力を纏め上げる。それが最も効率の良いレフィーヤの守り方だ」
「!!」
それはもちろん、フレイヤ・ファミリアも。
ゼウスとヘラの頃よりも全体的な実力は足りていないのに、纏まりさえも悪い今のオラリオ。もし非常事態が起きたとしても、その実力を十分に出せる状況でさえもない。Lv.3のレフィーヤが最前線に立たなければならないような今の在り方を、彼女は憂いているのだろう。
「だからこうして、ここ数日の彼女についてシャクティに個人的にお願いをした。……グラナ・アリスフィアが都市勢力を纏め上げようとしていると仮定して、果たしてその末に彼女は自分自身の幸福を考えているのか。それをシャクティの完全な主観で良いから教えて欲しいと、他の情報は無くてもいいから、それだけは素直に教えて欲しいと。そう伝えていた」
「……普通に報告書を提出させるだけでは駄目だったのか?」
「それは無駄だと判断した、もう嫌というほど分かっているからね。彼女と僕の思考の読み合いに意味はない、無駄に時間だけを浪費して得られるものが無さ過ぎる。……だから敢えて、シャクティを使ったんだ。今現在、恐らく誰よりも彼女のことを1人の少女として見ることの出来ているシャクティを」
「っ」
それはシャクティ・ヴァルマという人間の性質なのか、それとも大切な妹を失った過去があるからなのか。どちらにしても遠征の度に彼女の面倒を見ているシャクティは、他の誰よりも彼女という人間の世話を焼いている。それ故に視点もまた違う。
「……それで、手紙にはなんと?」
「まず間違いなく、その未来に彼女は居ない」
「っ」
「彼女は自分に及ぶ危険性に対して、あまりに最低限だと。それがシャクティの答えだった」
「……」
「恐怖しない、躊躇わない、作戦の方向性もまたぶっとんでいる。最初はそれこそ指揮官としての性質であり、小人族の英雄という目的が無ければ僕もそうなっていたのではないかと思っていたそうだ。……ただ、そうも思えなくなったと」
「何か、あったのか……?」
「褒められると目を逸らすらしい」
「……は?」
「褒められると、異様に困った顔をするらしい。喜ぶでも恥ずかしがるでも、無反応でもなく……ただ困る。こちらが身を乗り出すほど居辛そうにして、自然と話を進めたり変えようとしたりする」
「なんだ……それは……」
「僕にも分からない。ただシャクティはそれに異様な危機感を抱いたらしい。……それに、これについては僕も経験がある」
「そうなのか?」
「彼女の意見をどれだけ賞賛しても、彼女は大抵『そうですか』『どうも』くらいしか言わないし。そういう時の彼女は必ず目を閉じているからね。そして一気にそれまでとは違い冷静になる」
「褒められ慣れていない……というのも違うな。確かに異様な反応だ」
こればかりはリヴェリアにもフィンにも分からない。だからそこを調べることを、フィンはシャクティに任せていた。シャクティならもっと踏み込んで彼女のことを知ることが出来るのではないかと。期待している。
「……まだ17歳であることを、正直少し前まで忘れていた。それほどに彼女は大人びている」
「ああ。普通に考えて、あの年齢でここまで言葉を交わせるのは相当なものだ。同じ頃の僕はまだまだ未熟だった」
「彼女ほどの逸材を礎にする訳にはいかない。むしろ次に踏台になるべきは私達だ。……彼女もまた何かしら事情や悩みを持つ1人の子供だと認識出来たからか、今はそう思う」
ヴァレッタ・グレーデの実子。
とんでもない思想を持っていてもおかしくないし、異常性を抱えていても不思議ではない。なにをするのかも分からないし、信用出来る相手でもない。悪性を持っていることは前提として接するべきだ。
……だが同時に、彼女は別の男性の実子でもある。
殺帝などと呼ばれた大罪人を母親に持ち、生まれる前から呪われた性質を持っていた。普通の人生など送れるはずもなく、自分に関係のない罪を背負うことを断ることも出来ず強制されて生きて来た。
悩み苦しんだのだろう。
開き直って生きて来たのなら、あんな性格にはならない。
それに馬鹿みたいに向き合って、折り合いを付けて、生き辛い人生をそれでも前に前に歩んで来た。その過程で捻れることもあっただろうが、他者の命を尊重する程度の倫理観を手放すことはなかった。
……それはきっと、褒められるべきことだ。誰にでも出来ることではない。あの年齢でここまで大人びなければならなかった環境の中でも、彼女は楽な道を選ばなかった。何よりそれは、認められるべき努力である。
「どうにかして身内に引き込めないのか、フィン」
「彼女がそれを望んでいない。……そもそも、レフィーヤに執着してくれたことが奇跡なんだ。あれだけは彼女自身でさえも想定していなかった出会い。レフィーヤが居なければきっと、彼女は今この場所にも居なかった」
「……そうか」
「彼女の抱えている事情が分からないし、どこまで都市外で仕込みを入れているのかも分からない。なんなら僕達は彼女の過去も知らなければ、レフィーヤに対するスタンスも曖昧だ。……あまりにも知らないことが多過ぎる。そしてそれを彼女は僕達には明かさない。もしそれを知ることが出来るとするのなら……」
「……レフィーヤだけ、か」
「ああ、そうなる」
罪なき者の命に手を出すことはない彼女であっても、腹を括ってしまえば分からない。もしかつての彼等と同様、世界の将来、レフィーヤの将来のためならば、それ以外の命を奪う選択をする可能性はある。
それだけは許してはならないのだ。
「なにも僕だって今回、何の考えもなく彼女を自由に動かした訳じゃない」
「シャクティ以外に何かを仕込んだのか……?」
「ああ、仕込んだとも。……遠征前の忙しい時期ではあったけれど、頑張って貰ったさ」
「レフィーヤに」