『い、いくらなんでもグラナさんへの扱いが酷過ぎると思います……!』
始まりはレフィーヤからのそんな訴えだった。
……正直なことを言えば、言われても仕方がない。そう言われて当然の扱いをしている自覚はあるし、そうしなければならない相手であるという事実もそこにある。
形上は身内に引き入れた扱いにしているが、その実態は監視して都合の良いように利用している。そして願わくば今後も彼女を利用し続けていきたい。フィンとしても、そのために思惑を練っているような状態だった。
「ああ、認めよう。僕達は彼女に誠実に向き合っていない。力量の差を振り翳して、半ば脅しながら彼女のことを利用している」
「っ」
「遠征に連れて行かないのも、そもそも信用していないという理由だけでなく、彼女に強くなって貰っては困るという理由もある。……いつでも容易く排除出来る状態で居て欲しい。なんなら今でさえ強過ぎると、僕は思っているよ」
「そんな……」
彼女のステイタスについては幹部陣の中で共有されている。そして彼女の持つスキルと魔法は、恐ろしい程に噛み合っている。ここに攻撃魔法でも加われば、手が付けられなくなるだろう。
彼女はレフィーヤと同じく、Lv.3でありながらレベル以上の火力を出すことが出来る。これ以上の成長をさせたくない。恩恵の更新さえも行わせたくないというのが、本音だ。
「でも、そんなの……本当に、そこまで警戒しないといけない人なんですか!?」
「そうだ」
「どうして……!」
「出来ることが増えれば、彼女はより大きな計画を立てるからだ」
「……!」
「レフィーヤ、勘違いしないで欲しい。僕達は何も彼女が悪行を成すことを警戒しているんじゃない。彼女が他の誰かのために、都市や世界を改革しようとすることを恐れているんだ」
「…………都市や、世界を……?」
「背負っているものがない彼女には、それが出来る」
そのためならば敵対するだろうし、そうなった時に容易く無力化できる程度の力量でいて貰わなければ困る。彼女のような人間に魔法やスキルといった手札が増えることは、普通の眷属のそれとは意味が異なる。
時間を与えるほどに手札を作り続ける彼女は、新しい魔法などというものを手に入れてしまえば、3日も掛からずその手札を何倍もの数に膨れ上がらせてしまうだろう。
「レフィーヤ、君には教えておこう。彼女は僕と同類の人間で、今はまだ僕の方が上手だ。……だが、それでも実際に本気で対峙することになれば、現段階でも確実に勝てる保証がない」
「団長が、ですか……?」
「もちろん大半の分野において、まだ僕は彼女を上回っている。だがある一点においてのみ、彼女の方が僕より優っていた。……それこそが、蓄積、根回し、手札作り。そういった下準備の分野になる」
「下準備……」
「……端的に言えば、彼女に時間と情報を与えるほどに勝ち目は無くなる」
「!」
「盤上遊戯が分かりやすい。彼女がここに来た最初の頃は、僕は彼女に驚かされることはあっても負けることは無かった。余裕さえあったと言って良い。……だが先日久しぶりにした時、彼女は敢えて手を抜いていた」
「敢えてって……」
「……この短い期間で何処まで適応したのか、いや出来るのか、その情報を僕に与えたくなかったんだろうね。だから本気でやった時の今の結果は分からない。まだ勝てるのか、余裕はあるのか、惨敗する可能性さえあるだろう。……僕達が警戒している理由が、少しは分かってくれたかい?」
「……」
もちろん、だからこそ対処法も分かりやすい。
可能な限り情報を与えず、可能な限り時間を与えず、彼女の知らない情報で速攻でゴリ押す。彼女とは逆に瞬時にその場で的確な指揮を行えるフィンがこれを行えば、より効果的に働くだろう。
……ただ、それは本当に正面から対峙する時にしか使えない。もし彼女が姿を晦まして、表に姿を見せることなく暗躍し続けるような事態になってしまったら……
「じゃあ……これから先もずっと、グラナさんはこのままなんですか?」
「このまま、では居られないだろう。彼女の力を借り続けるということは、彼女に情報を与え続けるということにもなる。少なくとも既に単純な盤上遊戯程度の思考戦なら、僕と彼女は互角だ。それほどに僕という人間の情報が彼女の中に蓄積・整理・対策されはじめている」
「……なら、今以上に」
「厳しく管理せざるを得ない……ということも避けたいんだ」
「え?」
「分かるだろう?こんな方法では何れ必ず破綻する。より根本的な解決をしなければならない。こんなことを続けていたら、敵対する可能性が高まるだけだ」
「……!」
彼女のその性質に気付いてからは、フィンも意図的に自分の思考の幅を広げるように努力している。彼女の思考について、こちらも解析し、それを取り込むようにして延命している。……だが、既に延命している状況。正直舐めていたと言ってもいい。今のフィンは先を歩いているのではなく、後ろから追われている。故に対処は今直ぐにでも行う必要がある。
「具体的に、どうするんですか……?」
「さっき『彼女には背負っているものがない』とは言ったが、それは半分嘘になる。彼女は今どうやっても取り零せない、どころか何故か唐突に優先順位の頂点に食い込んで来てしまったものを抱えている」
「それって……」
「分かるだろう。君だよ、レフィーヤ」
「っ」
「この期に及んで謙虚になる必要はない。彼女は何故か君に対して異常な執着を持っているし、今現在の彼女の行動方針に君以外の存在が見えて来ない。……なんなら闇派閥と敵対している理由すら、君を守るためだろう」
「そ、それは……流石に……」
「信じられないだろう?僕もさ。ただ事実として彼女は君の前でだけはあからさまに人が変わり、君に危険が迫ると普段は見せない感情を見せる。……この前の27階層の時だってそうさ。僕があれほど早く到着出来たのも、予定していた打合せを全て放棄してでも行かなければ、彼女が何をするか分からないほどに怒っていたからだ」
「そう、だったんですね……」
怒っていたのは、主にそれを指示したロキに対してだろうが。それを見越して元々フィンを後から送り込むつもりであったので、結局は収まるところに収まった形。
……ただ、やはり驚いたのは彼女がフィンとロキに対してさえも明確に怒りの感情を見せたあの瞬間。それまでは精々、面倒臭そうな感じだったりとか、呆れるような形だったりとか、そういう薄い感情しか見せることはなかった。だがそんな彼女があれほどの激情を見せたのだ。もうフィンでなくとも分かる。
レフィーヤは彼女にとって唯一の地雷なのだと。
「彼女を変えることが出来るのは、君しか居ない」
「!」
「僕達では彼女のことを知ることさえも出来ない。恐らくこの世界で彼女が唯一心を開いてくれるのが君なんだ、レフィーヤ」
「そ、そんなこと……」
「彼女はあまりにも遠くまで手を伸ばせるし、恐らく過去にもそういった成功体験があるんだろう。"レフィーヤを守りたい"という小さな目的のために、その原因の根本を潰しに行くことに躊躇がない。僕達が"そこまでする必要があるのか"と思うようなことも、彼女はする」
「でも、私……」
「……彼女のそれは、僕にとっての"小人族の勇者"という野望と同じものだと考えてくれ」
「!?」
「信じられない話かもしれないが、馬鹿げた話にさえ聞こえるかもしれないが、それほど深刻な話だと考えて欲しい。君にとっては貰い事故のようなものだが、このままだと行末は2つしかない」
「2つ……?」
「……君を彼女に差し出すか、それとも彼女が死ぬか。このどちらかだ」
「死っ……!?」
「いや、これは言い過ぎたか。けど忘れないで欲しい、レフィーヤ。君を本当に守ろうとするのなら、別に彼女が君の側にいる必要なんてないんだ。……極端に言えば、より優秀で強力な人間を君の側に集めることさえ出来れば、それで君の安全は保証される」
「……?」
「君を守るだけなら、側にいるのは別に彼女でなくてもいい」
「あっ……」
「君を守る方法を確立するためなら、彼女は自分の命さえもチップにするだろう」
彼女はレフィーヤのことを本当に一目惚れして、守りたいと思っているだろう。だが彼女は決して、レフィーヤの隣に居たいとは思っていないのではないか。いや、多少は思ってはいるだろうが、生涯に渡ってなどということは考えていないのではないだろうか。
なんなら彼女を守るために自分が隣に居続けることが最善だとは考えていないし、なんならそれ以上の最善が何かしら彼女の頭の中にはあって、そのために今動いていると考えるべきだ。……そしてその目的のためならば、彼女は自分の命さえも使う。それほどに彼女の行動方針には、どれもこれもレフィーヤしか見えていない。
「なんで……なんで私なんかのために、そんなに……」
「分からない。それさえも僕等はまだ分かっていないんだ、レフィーヤ」
「なんで……」
「一応は最終手段として、君を彼女と共に都市外に出すという手段はある。だがそれ以上に君を守る方法があるのなら、それすら飲まれないかもしれない」
「……分からないです、よく」
「僕も分からないよ。だが事実として、目の前にあるものから目を背けていたら、何れ取り返しのつかないことになってしまう。分からなくとも、理解できなくとも、必要なら行動を起こさなければならない」
レフィーヤの中の彼女は、フィンが言うほどに脅威を持った人には見えない。フィン達の前ではツンツンとしているけど、それでもなんだかんだ言いつつ力を貸してくれていて、自分のことを何日も付きっきりで看病してくれるくらいに優しい人。
確かに容姿は大人びて見えるけど、可愛らしいところもあって、お姉さんみたいな感覚で、悪い人なんかでは絶対にないって、今なら言い切れるくらいな……
「……団長。もしかしてグラナさんが他のファミリアからの移籍で来た話って」
「ああ、嘘だ。彼女はファミリアの運営を学びになど来ていない。そもそも別にその必要も彼女にはない」
それに恐らく、最初に彼女がロキ・ファミリアに入るために使った理由も、本当であっても1番の狙いではない。彼女の素性までは流石にレフィーヤにも明かせないが、もしレフィーヤが居なかったら、今は2番目になっている1番目の理由が果たされていたかもしれない。
……それが何だったのかについても、フィンは知りたい。
「レフィーヤ、手伝ってくれるかい?可能なら僕は彼女に本当の仲間になって欲しい」
「……何をすれば、いいですか?」
「一先ずは次の遠征の間、彼女の行動を制限したい。それも可能な限り、血生臭くない優しい理由で。そしてその方法を君自身に考えて欲しい」
「私が考えて?」
「ああ、君が考えなければ意味がない。もし僕がそれを考えれば、彼女には直ぐにバレてしまう。そして彼女に君を疑わせる原因になってしまう。……これは真摯に彼女を思う君にしか出来ないんだ」
「……」
「遠征の間に彼女にして欲しいこと、終わった後にして欲しいこと、何でも良い。僕達の遠征中に彼女が無茶なことをやらかさないように、君の方から止めてあげて欲しい。…‥出来るかい?」
「……はい、やってみせます」
レフィーヤはこの時に決意した。
自分はもっとあの人のことを知らなければならないと。あの人に目を向けなければならないと。そして必ずあの人を逃してはいけないと。
何も知らないままに自分のために犠牲になどさせてたまるものか。
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「………」
「………」
「………」
「………お前がそこまで途方に暮れている姿は初めて見たな」
「………尊い」
「ああ、レフィーヤ・ウィリディス絡みか」
もう良い加減に、彼女がこういう反応を示したら"千の妖精"関係で何か嬉しいことがあったのだろうなと、シャクティでも分かる。
ただ今回の件について普段と違うのは、彼女が尊さを噛み締めていると同時に、途方にも暮れていることである。つまり困っているのだ。あの彼女が。それがシャクティにとってはあまりにも珍しく感じる。
「そもそも、なんだその手紙は」
「実は昨日、ロキ様に報告書の提出を行った際に、数日振りに自室に戻りまして。机の上に置いてありましたわ」
「ああ、確か見送りには行かなかったのか」
「ええ、前日に忠告はしましたから必要ないでしょう」
「……お前は絶妙に人の心が分からないな」
「?」
「いや、なんでもない。それで手紙にはなんと?」
「ええ、尊い内容でした」
「そうではなくて、何を困っている」
「……実はレフィーヤさまから頼み事をされてしまいまして」
「……?お前なら大抵のことは問題ないだろう」
「大抵のことなら問題ないのですが……」
そう言いつつ彼女が取り出したのは、一冊の本。
しかしそれは本と言いつつ中には何かが書かれていることもなく白紙であり、意図がよく掴めない。そして彼女がそれを持っているということは、つまりは手紙と一緒にレフィーヤ・ウィリディスが用意したものであろうことも分かり……
「交換日記をしたい、とのことでした」
「それはまた……可愛らしい話だな」
「ええ、レフィーヤさまらしい尊い提案です」
「……で?何か困る要素があるのか?」
「レフィーヤさまから1つ条件を頂いているのです」
「条件?」
「嘘は書かないこと」
「……ああ」
「市販品の交換日記などというものがあることにも驚きましたが、書く内容も少し困りものでして」
「私は分からないが、交換日記とは何を書くんだ?」
「1日の出来事が6割、相手への質問が2割、それに対する返答で2割。1日1ページでこれを繰り返していきます」
「何か困ることがあるか?」
「困るでしょう。わたくしの1日の内容をそのまま書く訳には参りませんし、かと言って嘘も吐けない。それ以外で何かしら内容を作らなければならないのです。……そうでなくとも、隠していることに罪悪感はあります。せめてレフィーヤさまが楽しめるような内容を作るために、1日に1度は何かしら話題作りのための行動を起こさなければなりません」
「……そういうところは真面目だな。別にいらんだろう」
「何よりこの質問欄……嘘を書けないだけでなく、"自分について知って貰うことは大事だよ"などと妙な注意書きまでされているのです。嫌味ったらしい出版社。ですがレフィーヤさまは真面目なお方。わたくしの質問にも答えてくれる筈。にも関わらず、わたくしだけ誤魔化すというのも……むむぅ」
「そうしていると、本当に年相応に見えるのだがな……」
そしてどうやら、レフィーヤは事前に自分のページにいくつか質問を書き込んでいたらしい。それを見てまた困った顔をして首を傾げている彼女。ペンを取っては置き、取っては置き、何をどう書いたらいいのか悩んでいる。
……常はあれほど書類の山を作り上げている彼女が、他者と話している間でさえも片手だけは動かして情報を吐き続けている彼女が、このたった1ページどころか、質問に対する解答欄さえも埋めることが出来ない。不思議な話だ。それだけ彼女の中でレフィーヤ・ウィリディスという少女は特別なのだろうが。
「そもそも、お前はどうしてそこまで彼女に拘っているんだ?そういえば聞いていなかったが」
「それはもう美しいからですわ。彼女こそ、この汚れた世界を照らす一筋の光……」
「……まさか、処女だからか?」
「いえ、まあ、それもあるのですが……そのようなことを言い出したら、この世界に一体何人の処女が居ると」
「急に真面目になるな、処女が好きだと言い始めたのはお前だろう」
「少なくとも、わたくしの眼にはそう映っているというだけ。理由としてはそれだけですもの、言葉にすることさえ無粋ですわ」
「っ……」
キュッ、と向けられた瞳に一瞬貫かれるような感覚を覚えさせられる。それは決して威嚇をされた訳でもなく、ただ目を向けられただけの行為。しかしそれに妙に違和感を感じてしまったのは、シャクティがこれまで感じて来た僅かな違和感に結びつく。
「グラナ……お前には、何かが見えているのか?」
「……」
「私達の見ているものとは違う何かが、お前には見えているんじゃないか?レフィーヤ・ウィリディスの美しさというのも、その……」
「シャクティさま」
「!」
「……わたくしにも、詮索されたくない事というものはあるのですよ」
「っ、すまない」
「いえ」
……違和感の正体。
それは彼女は他者と目を合わせるということを、恐らくは本質的に嫌っているだろうという事。他者と目を合わせるということの便利性を知っているが故に、全くしないということはない。しかし必要でなければそれはしないし、目と目を合わせているようでいて、実際彼女は相手の口元や鼻を見ている。
シャクティも聞いたことくらいはある。生まれつき視覚に何かしらの異常を抱えている人間が居ると。
それは単に視力が弱かったりという意味ではなく、色が正常に見えていなかったり、特定の物が認識出来なかったり、逆に本来見えない物が見えていたりというものだ。
視覚というのは人体において最大の情報源であり、その見え方が違うというのは人格形成にも大きく影響する。その違いというのは当人にとって、他者が想像する以上に重い物の筈だ。
(お前には、何が見えている……?)
彼女ほどの人間が目を背けたがる程のもの。
シャクティはそれを想像するだけでも恐ろしく感じた。