【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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02.静けさ

 結局のところ、グラナ・グレーデはその正体どころか存在さえも殆ど説明されることなく、ロキ・ファミリア拠点の一室に匿われることとなった。

 

 これは彼女の存在を広めることが既に大きなリスクであり、母親似のその顔を団員達に知られることにも危険性が伴うとフィンが判断したからである。

 

 とは言え、そんな綱渡りの様なことは普通に考えれば成立しない。一先ず今後について考えるために一時的な処置としてその手段を取っただけであり、その間に信用出来る神々とも相談していこうと。彼等はそう考えていた。

 

 

 

 

 ……そう、考えていたのだが。

 

 

 

 

「マジで大人しくしとるやん……」

 

 

 彼女はそう、本当に大人しくしていた。

 

 

「……いや、そういうフリをして、実は何かを企んでいるのではないのか?」

 

「そういう雰囲気もないなぁ。うちの知る限り、ず〜っと茶飲みながら本読んだり昼寝しとるで。偶に身体伸ばしたりもしとるけど」

 

「寛ぎすぎじゃろ……」

 

「一応持ち物や衣服も確認したし、ロキが恩恵も確認したが、特に怪しいところもなかった。定期的に会話をしているとは言え、僕達も今のところ収穫はない」

 

「……何も無さすぎて逆に怪しく見えるわい」

 

「実は彼女さえ知らない方法で闇派閥に操られているだとか……」

 

「僕達やロキさえも欺くような洗脳手段があるのなら、そもそも彼女ではなく他の団員達を疑うべきだろう。わざわざ警戒される様な身分の人間を送り込む必要がない」

 

「……だが、怪しいぞ?」

 

「うん、まあ、いっそ何か出て来てくれると楽なんだけどね。正直何処にどう妥協点を見つければいいのか分からない。このままでは彼女を信用出来る何かが見つかるまで、本当に軟禁し続けることになる」

 

「……かなり酷いことをしておらんか?儂等」

 

「いや、だいぶ酷いことしとるで?犯罪者の子供って理由だけで軟禁して疑っとるわけやし。何の証拠もないどころか、容疑者にすらなっとらんのに」

 

「……最低過ぎないか?」

 

「でもなぁ、あないなこと言われたらなぁ……」

 

「むしろあの態度だからこそ、この程度で済んでいるという見方もあるのかもしれない。彼女のような立場の人間が善人仕草を見せても、それはむしろ怪しく見せてしまうだろう?」

 

「……そこまで考えているということか?」

 

「あくまで可能性の話さ。もしかしたら本当に何も考えていないのかもしれない。若しくは遊んでいるだけか」

 

「「「………それはそれでなぁ」」」

 

 

 フィンが顔を見に行けば、彼女は変わらずこちらをおちょくりに来るが、しかしそれにしてもそこには軟禁されている女の顔というものはない。

 鉄格子の付けられた窓の外を見ながら、あまりに優雅に茶を啜っている。そこに憂いはないし、嬉いもない。そしてそんな彼女から読み取れるようなものも、当然にない。

 

 

「そもそも、何故あやつはあのような……こう、高価な衣服ばかりを着ているんじゃ?気に入らないからとロキに買いに行かせたとも聞いたぞ。まさか本当に何処かで姫をしていた訳ではあるまい」

 

「なんや趣味言うとったで?」

 

「……高価な衣服を着るのが趣味、か。趣味が悪いと言うのは些か神経質過ぎるだろうか」

 

「それと高い服を着とった方が襲われ難いんやと。それでも仕掛けて来るようなのは殴り倒してもええようなクズやから分かりやすいんやって」

 

「……だから、何故彼女はこう後味を悪くするんだ。最初からその理由を言っておけばいいだろう」

 

「まったくね」

 

「まあなんか鏡も要らん言うて、なんもなしで化粧しとったわ。相当手慣れとる」

 

「それは普通におかしいだろう、本当に何者なんだ」

 

 

 ちなみに、あれからロキも色々なことを質問してみたが、質問したうちの7割をはぐらかされてしまっている。確かにこちらとしては彼女を手放すことは出来ないし、無理矢理話させることも出来ないが、これでは信用するしない以前の問題。

 正直どう手を付けたらいいのかも分からない。割と普通に困っている。ロキ・ファミリアの幹部陣であっても、首を傾げるしかない実情。

 

 

「とは言え、いつまでも隠してはおれんぞ。鉄格子に便所にと館の修繕工事のついでに施工したのはともかく、音や臭いまでは誤魔化せん。アキを含めた獣人共は既に何かしら勘付き始めておる」

 

「……まあ、そうなるか」

 

「そろそろ追求が来る頃だろう」

 

「どうするんじゃ?フィン」

 

「……ふむ」

 

 

 いつまでも隠し通せる問題ではない。しかし容易く明かすことの出来る問題でもない。

 であるならば答えは単純、事実を部分的に伝えて誤魔化すしかない。本当のことを4割程度取り出し、そこに少しの装飾を行って、時間を稼ぐしかない。

 

 

「一先ず、彼女の役から決めておこう。……そうだな、ロキの知り合いの女神から借り受けた客人というところでどうだろう。目的はその『頭脳』」

 

「……やはり、頭は良いのか?」

 

「少なくとも、盤遊戯で僕は彼女に3度驚かされたよ。負けることまでは無かったけどね。久しぶりにあれほど熱中した」

 

「ほ〜、ちなみに何されたん?」

 

「イカサマ、騙し討ち、話術による誘導」

 

「……酷過ぎる」

 

「それを僕相手に表情も変えず成功させたんだ。同じことを出来る人間が一体何人居るだろうね」

 

「つまり、格としては十分ってことやろ?そういうことならええんやない?」

 

 

 当初の新団員として迎え入れるという方針はやはり難しそうではあるものの、外部から受け入れた一時的な団員という扱いならば構うまい。

 そこからならいくらでも言い訳は作れるし、多少の特別扱いをしてもそれほど大きな問題にはならないだろう。それに彼女を人前に出すにしても、施せる対策ならいくつかある。彼女が高級な衣服を好むというのなら尚更だ。

 

 

「まあ、とは言え……先ずは彼女の心を開かないとならない。少なくとも僕達ではかなりの時間が掛かってしまいそうだ」

 

 

 そして結論、先延ばし。

 

 色々と話し合ってはみたものの、やっぱり何の結論も出ることはなかった。悲しいかな、あの女はマジで何も話すつもりがない。ただ現状の平穏に浸っている。

 

 さて、そんな彼女をどう動かすか。

 

 そもそも動かしても良いものか。

 

 先ずはそこから、見極めなければならない。

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 お茶が好きだ。

 

 赤く、紅い、お茶が好き。

 

 舌を焼くほどに熱く、苦いと感じるほどに濃く、ドロリとするほどに纏わりつくようなそれが好き。

 

 少しだけ口に含み、満足するまで舌に乗せて、唇に塗る様に舌を這わせながら、溜め込み、混ぜ込み、塊となった唾液と共に思い切り飲み込む。それが自分流の茶の楽しみ方。

 

 

「そないに美味いんか?そのお茶。うちにも飲ませてくれん?」

 

「……前に飲まれた方はあまりの苦さに胃の中をひっくり返しましたけれど、それでも飲まれます?」

 

「……すまん、やめとくわ」

 

「あら、それは残念」

 

 

 どうやらそうして茶を楽しんでいる間に、ロキが部屋の中に入って来ていたらしい。

 もちろん出せる茶など他にもいくらだってあるが、流石に冗談でも同じ茶を飲ませるのは彼女とて気が引ける。下手な薬が甘く感じられるほどエゲつない味に成り果ててしまったこれは、個人的な好みでしかない。味の好みがおかしいのは自覚している、ただそれはわざわざ無理矢理変える必要があるものでもない。個人で完結していれば、構わないだろう。

 

 

「ところで、今後は如何なさるのですか?そろそろ団員の方々も何かしら気付き始めるのでは?」

 

「……知り合いの女神から借り受けた団員ってことにする」

 

「それはまた遠回しな」

 

「あんまり表に出したない、他の団員と関わり持たせるのも避けたい。特別扱いにして変装もしてもらう」

 

「承知しましたわ。それで、具体的には?」

 

「最低でも口元は隠してくれ。役割は相談役や、困ったことがあったら知恵を貸して貰うみたいな役やな」

 

「ダンジョンに行くことはないということですね、まあ縛り付けておくには最適ですか」

 

「……それと、いくつか魔道具で縛りも設ける。恩恵はもう書き換えたしな」

 

「構いませんよ、それ以外には?」

 

「……文句無いんか?」

 

「同じこと、もう一度言います?」

 

「……それがウチらの課した沙汰なら、文句も言わずに粛々と従うってことか」

 

「ええ、従いますとも。面倒だから死んで欲しいと言うのであれば、そう言って頂ければ。もちろん指示したからには、首を切る役目くらいは引き受けて頂きたいですが」

 

「………はぁ」

 

 

 昨日今日で信用出来る相手ではない。正直すごく嫌な気分であるが、暫くはこうしてもらう他ない。これで彼女に本当に何の企みもなかったりすれば、今以上に罪悪感で嫌な気分になるだろうが、それでもその大きなリスクを看過することなど出来はしない。

 そもそもこの件についてはガネーシャ・ファミリアも含めて話し合いたい事案だ。今は取り敢えず最善を尽くす、今後どうするかは協議を重ねて行く必要がある。

 

 

「そういえば、私の新しい名前はどうなりましたか?」

 

「……グラナ・アリスフィア。一先ずそう名乗っとき」

 

「ふふ、まさか光の巫女アリスフィアから取ってきたのですか?だとしたらなんて皮肉、名前で縛ろうという意図でしょうか」

 

「アホぅ、名前で人が縛れたら苦労せんわ」

 

「仰る通りです。ですが影響はあるでしょうとも。"死"なんて文字の入った名前の人間は、それを持ったままでは決して英雄になどなれないでしょうし、大抵の場合どこかで捨てるでしょう?」

 

「……はぁ、もうええわ」

 

 

 話していても仕方がない、疲れるだけ。

 神であるロキが話していても、彼女という人間が見えて来ない。彼女は嘘を吐かないし、本当のことを話しているが、だからと言って本当の彼女までもが見える訳ではない。どこまでが彼女で、どこからが作り物なのか。それを知るためには情報が足りないし、彼女はその情報を出してはくれない。

 

 やはり彼女の心を開くことは、自分達では出来ない。だからと言って可能な限り他の人間と関わらせたくはない。悩ましい問題だ。

 

 

「なんでもええから、大人しくしといてくれな」

 

「ああ、そう言えばロキさま」

 

「ん?なんや」

 

「ジャガ丸くんというものを食べてみたいのですが。ここでは人気の食べ物だと聞きました」

 

「……何味がええんや」

 

「ロキさまにお任せしますわ」

 

「分かった、後でな」

 

「ええ」

 

 

 ……分かっているとも。

 殆ど直感ではあるものの、きっと彼女にはこちらを害するつもりなど無いだろうことは。根拠はなくとも、そんな気はしている。そんなあやふやなもので自由にさせることが出来ないから、それほどの危険な要素だから、こうしているだけで。

 

 

 

『……いつかこのお店にも行ってみたいですねぇ』

 

 

 部屋の外に立ち、内側から聞こえてくるそんな独り言に目を瞑る。

 結局、何をするにしてもここは人々が暮らしている社会であり、そこで生きていくためには、人々の感情をどうにかするしかないのだから。正義も悪も、罪人も凡人も、その本質など関係がない。重要なのは他者からどう見られるかだ。

 

 だから、究極的に言ってしまえば……

 

 

「悪人やろうと善人やろうと関係ない。どんな善人やったとしても、大罪人の子ってだけでまともには生きられん」

 

 

 それを一番よく知っているのは、彼女なのだろうけれども。そしてそんな扱いこそが、罪人の子を罪人にしてしまうこともあるのだろうけれども。

 それこそが人の社会であり、欠陥とも言えないような残酷な現実だ。親の罪を子が背負うなどという現実は、古今東西、それほど珍しいことでもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてことを、思ってるんでしょうねぇ」

 

 

 またドロリとした液体を口に含み、唾液と混ぜる。

 

 

「善人は本当に扱い易い」

 

 

 読み終わった雑誌を机の上に置き、カーテンの隙間から外を見る。顔をそのまま出すことは出来ないが、こうして外を見せて貰えるだけでも今の立場では贅沢なくらいか。

 

 ここから見えるのはオラリオの景色。冒険者達が自由に歩いており、商人達が声を出して客を引いている。子供達も親に見守られながら走り回っていて、神々もまたそんな子供達を見て笑っている。

 

 ……平和な光景。

 

 これを破壊しようとしたのが自身の母親であり、これを作り上げた勇者達はその母親を殺した。まあだからと言って何を思うこともないが、この目に映る"矛盾"したこの光景は、正直に言えば溜息が出る。

 

 

「……全て破壊してしまえば、多少はスッキリするのでしょうか」

 

 

 "矛盾"は好きではない。

 なぜなら自分の存在そのものが"矛盾"だらけであり、身体の内には常に灰色が巡り続けているからだ。自分を見ている気分になる。0か1で全てを分けることが出来るのなら、分けてくれるのであれば、この世界はもう少し生き易いだろう。

 

 故に『性別』さえも0にも1にもなれなかった自分という存在は、この世の何処にも居場所などないようにも感じている。闇派閥の仲間になれば、救世主の仲間になれば、何かが変わるのかもしれないと。そう思いはしたものの、別に何も感じないし、思いもしない。

 

 予想通りだった。

 

 元より大した期待もしていなかったが。

 

 最早興味も無くなって来ている。

 

 

「母親の執着していた男に会えば、何か感じることもあるかと思ったものの……今のところは特に何も感じませんし」

 

 

 もしかしたらそれは、自分が母親とは違い"女"になり切れなかったからなのかもしれないし、若しくは母親が"女"ではなかったからなのかもしれないが。そんなことをいくら考えたところで何も変わることはない。

 

 

「まあ、あと数日何もなければガネーシャ・ファミリアにでも行ってみますか。それでも駄目なら闇派閥に。………それでも駄目なら、いよいよ受け入れるしかないでしょうねぇ」

 

 

 そう独り自嘲していると、ふと外を歩く2人組の冒険者の姿が目に留まる。

 

 1人は金髪の少女、もう1人は長い髪を纏めたエルフの少女。エルフの彼女は金髪の子をよく慕っているのだろう、着いて回るその姿は素直に微笑ましい。眩しい程の笑み、心からの嬉しさと楽しさを表現する人格。

 

 

 

 

 そして、何より。

 

 

 

 

「……なんて綺麗な子」

 

 

 

 それは金髪の少女ではなく、エルフの少女に対しての感想だ。

 

 確かに金髪の子も容姿はとても優れてはいるだろうが、彼女のことは特に綺麗だとは思わない。彼女よりもあのエルフの少女の方が、よっぽど美しい。

 あれは単にエルフであるということが理由ではないだろう。彼女はあの口喧しいハイエルフよりも、よっぽど綺麗に見える。

 

 

「あぁ……ああ。さてさて、これはどうしましょう。ああ、困ってしまいますわ。そんな目的でオラリオに来た訳ではなかったのですが……思いも寄らぬ収穫というのはやはりあるもの。これを逃す選択などあるものですか」

 

 

 全てが覆ったのは、まさにその瞬間だったろう。

 

 もしそこで彼女を見つけなかったら。

 

 もしここで彼女を認識していなかったら。

 

 きっと何もかもが変わっていた。

 

 

「やっぱりいいですねぇ……純真な処女は」

 

 

 少なくとも被害者は、この偶然によって大きく減った。

 

 そして同時に、増えもした。

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