今日の夜にももう一本投稿します。
「へぇ、ポイズン・ウェルミスの毒でしたか。それはさぞかし大変だったのでしょうねぇ、勇者様?」
「……どうして君が、その解毒薬を持ってここに居るんだい?」
「ふふ、それはもう。……ちなみに、この解毒薬は勇者様の顔面を1発殴らせて頂くごとに1本差し上げます。勿論お代はわたくし持ちです。安いものでしょう?ただでさえファミリアは遠征が連続赤字になってしまい、火の車なのですから」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………くっ」
「鬼かこいつは……」
「フィンがここまで悩ましい顔をしとるのを久々に見るわい」
「シャクティ、すまなかったな。ここ数日大変だったろう」
「ああ、それはもう、本当にな……」
「……本当に何をしたんじゃ」
18階層に辿り着き、これからベートを走らせて地上に解毒薬を取りに行かせようと思っていたところ。『おやおや皆様、奇遇ですわねぇ』とばかりに現れた、いつもの怪しい女。
ベートでさえ『げっ』と声を漏らすほどに胡散臭いこの女は、何故か丁度偶然にも、ポイズン・ウェルミスの解毒薬を大量に持って現れた。
……不思議な話である。遠征中に大量のポイズン・ウェルミスに襲われてしまい、その特有の強力な毒に団員達が侵されてしまったことは、当然他の誰も知らないことの筈なのに。
「はい、い〜ち」
「ぶふっ」
「はい、に〜い」
「ぶへらっ」
「本当に殴るのか……」
「フィンが平手打ちをされとる……」
「これはこれで我々も初めて見たな……」
とは言え、背に腹はかえられない。
レフィーヤというか、59階層に潜った団員全員が死に掛けたという事実は確かにそこにあるので、フィンはそれを甘んじて受け入れる。まあなんとか勝つことが出来たとは言え、全滅一歩手前まで導いてしまった負い目は彼の中にも確かにあったので、その罰とでも思っているのだろう。
それに殴るとは言え、本当に平手打ち。精々が最後にフィンの両頬が赤く染まる程度で済む。
特に今回の遠征では、手に入れたドロップアイテムの一部をヘファイストス・ファミリアに譲る契約になっていたし、念には念を入れて大量の不壊武器と魔剣まで用意していた。
その上で大量の最上位解毒薬など……金銭的なことを考えれば、たとえ殴られてもファミリア的には全然プラスなのである。それだけの金を彼女が一体どこで稼いでいたのかという不思議もあるが、今はとにかく甘えるしかない。……甘えて、殴られるしかない。
「ふぅ、一先ず今回はこの程度で許して差し上げましょう」
「は、はは……それは良かったよ……」
「まったく、殴る方も痛いのですよ?」
「殴られる方はもっと痛いけどね……」
「実は最近になって、第一級冒険者にも鞭打は有効だと気付きまして」
「……おい、それは私の顔面を叩いた時のことではないだろうな」
「まあ酷いですわ、シャクティさま。そんなわたくしのことを暴力女のように……ちょっと顔とお尻を叩いただけではありませんの」
「顔はともかく、尻まで叩く必要はあったのか?」
「以前から一度触れてみたいと思っておりまして。しかし結果は期待以上。40近いとは思えぬ見事な張りと弾力のあるお尻でしたわ。流石は歴戦の処女(おとめ)……」
「殺す!今日こそ殺してやる!!」
「おやおや、仮にもガネーシャ・ファミリア団長ともあろう方が下級冒険者に殺すなどと。これは脅しですわね?わたくし、恐ろしくて恐ろしくて泣いてしまいそう……」
「こっっっっっの女ぁぁぁぁ!!!」
「………うん。まあ君達が仲良さそうで良かったよ」
本当に、ここ数日はシャクティも色々と振り回されて大変だったのだろうなぁとフィンも察しながら、こんなところをティオネに見られては大変なことになると、回復薬を頬に塗りながら苦笑う。
幸いにも解毒薬は手に入った。今それをラウルと彼女を見て隠れていたアキに手渡して治療を行わせているが、大事を取るのであれば数日はここに滞在しておいた方が良いだろう。
……そうでなくとも、聞いておきたいことは多くあるのだから。早く地上に帰りたくはあるが、他派閥の眷属も抱えている現状、ここまで来てリスクを背負いたくはないのだし。この時間を有効に使う必要もあるだろう。
「取り敢えず、なんとか一人も欠けることなく帰って来ることが出来た。最悪も覚悟はしていたが、運が良かったことも事実。君にも色々と心配を掛けたとは思うけど……」
「そんな建前は必要ないので、聞きたいことがあるのなら早く聞いてくれません?わたくし早くレフィーヤさまの元へ向かいたいのですが」
「……ああ、うん」
こういう女なのである、こいつは。
「じゃあまず、君たちは何故ここに?というか、どうして特効薬を持って来れたんだい?まるでこちらの動きが分かっていたかのようだ」
「いや、それは私にも分からない。私は単にこいつの荷物持ちをさせられていただけだからな。ここまでタイミングよく会えるとは思ってもいなかった」
「……グラナ?何をしたんだい?」
「いえ、実は遠征前からレフィーヤさまの鞄にとある魔道具を仕込んでおりまして」
「「「「……は?」」」」
「その魔道具を利用して遠征中の出来事は全て把握しておりました。皆様が相対した精霊も、勇者様がどのような指示を出していたのかも、ポイズン・ウェルミスの群れに襲われているところまで含めて、全て」
「「「「…………」」」」
もちろん、そんなことはシャクティさえも把握していない。というか、そんな魔道具があったことさえも知っていない。しかしそれは当然だ、これはそもそも存在が知られていないフェルズが作ったものであるのだから。
下界の未知の中でも更に未知。フィンさえ想像もしていなかった、想定外。
「ああ、着替えなどは覗いておりませんのでご安心を。わたくしもそこまで気の利かない女ではありませんので」
「い、いや、そこは別に問題じゃない……それよりも、なんだい?その魔道具とやらは、地上と深層ほどの距離があっても音声の受け渡しが出来るのかい?」
「ふふ、これは流石にわたくしも驚いたところではあるのですが……なんと映像も可能ですの。しかも時間のズレは殆どなし」
「なんだって!?」
フィンのその過剰とも言える反応に、驚いたのは誰よりガレスとリヴェリアである。今日まで長い付き合いである彼等だが、彼がここまで物に興味を惹かれる姿というのはかなり珍しい。しかも魔道具一つに。確かに便利な物であるし、異常な性能をしているというのも理解できるが……
「分かるでしょう、勇者様。これの価値が」
「……分からなければ指揮官失格だ。これがあるだけでどれほど人手に余裕が生まれるか」
「これの存在を今こうして明かしたのも、わたくしがあなた方の行動を盗み見るより、共有した方が得られる利益が大きいと判断したからです」
「どこで買える?量産は出来るのか?そもそも何処まで流通している?」
「一先ず、共有しているのはヘルメス・ファミリアのみ。"万能者"に複製を頼んでいるところですが、実際に出来上がるまではもう少し時間がかかるでしょう。もちろん、公に流通させるつもりもありません。これが敵の手に渡った時のリスクが大き過ぎますもの」
「流石の判断だ。しかしヘルメス・ファミリアは信用出来るのかい?」
「まあ神ヘルメスも面倒なお方ではありますが、彼の行動で被る迷惑より、彼の行動で受けられる利益の方が大きいと判断しました。……少なくとも、レフィーヤ様に何かしら手を出せば、迷わず全て滅ぼすと脅してありますので。レフィーヤ様だけは大丈夫でしょう」
「……うん、それは本当に君の個人的な想いだろうけどね。僕達への被害も少しは考えて欲しいかな」
ちなみに何度でも言うが、ここまでの話。
当然のようにシャクティは何も聞いていないし、知らない。報告書にも書かれている筈もなく、彼女もそれを詫びるような態度はサラサラ無かった。シャクティの額に青筋が入るが、もはや何も言うことはない。
「話を戻しますが、現時点で手元にあるのは、レフィーヤさまの鞄に仕込んだものと、わたくしの手元にあるこの1対のみ。もちろんレフィーヤさまから離すことは許しませんわ。その前提で利用するのであれば、どうぞご自由に」
「……なるほど、離れている君と連絡を取る際に使うことが主な利用法ということか。これなら僕と君は基本的に別れての運用が必要になるし、その際にも僕はレフィーヤから離れることは出来ない」
「もちろん、わたくしはレフィーヤさまと離れ離れになってしまいますが……わたくしと共に居るより、勇者様の側の方が安全でしょうし。互いの監視にもなるでしょう?」
「監視については君からの一方的な物になる気もするけど……問題ない。それより得られる恩恵の方が遥かに大きい」
正直、これについて一番厄介なのは神ヘルメスの手にこれが確実に渡ってしまうことではあるが、しかしもうこうなったら仕方ない。彼のファミリアは7年前の大抗争の時から最前線でオラリオのために戦っていた。面倒な神ではあるものの、精霊という存在が確認出来た以上、しのごの言っていられる余裕もない。
このリスクは飲み込むしかないだろう。
「……ちなみに、例の神についての調査は?」
「まあ最低限の成果は得られたかと。直接的な証拠を得ることは出来なかったものの、基本的な情報と、関連する被害については押さえましたわ。後の判断は貴方にお任せ致します」
「分かった、その報告も後ほど頼むよ」
「御意に」
「……他に隠していることはないかい?」
「ありますわよ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……はぁ、君は本当に。元々の指示とは別の案件だから教えてくれないということか」
「まあ概ね貴方の想像と似たようなものでしょう。わたくしが考え付いたということは、貴方様の頭の中にも当然あるということ。気にするほどでもありませんわ」
「僕はその上で、君との視点の違いで生じる結論を知りたいのだけれどね」
「であれば、わたくしの目的にも少しは協力していただきたいものです。目的のために一時的に手を取っているとは言え、流石にわたくしの願いを蔑ろにし過ぎでは?」
「そんなつもりはないんだけどね」
「貴方の感想など知ったことではありません。わたくしが求めるのはただ結果のみ」
「……ふ、ふふ」
「ふふ」
「「ふふふふふふふふふふふふふふふふ」」
「また始まったか……」
「……だから嫌なんじゃ、此奴等の話に交ざるのは」
「これはこれで気が滅入るな……」
似たもの同士、所謂"同類"であり、信頼出来る仲間ではないからこその、果てのない懐の探り合い。そして情報を餌にした交渉。神々でさえも、この間に入り込みたいと思う者は少ないだろう。この2人を一度に敵に回すなど自殺行為も甚だしい。……だからこそ、闇派閥は既にこれほど気付かぬうちに裸にされているのだが。
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「レフィーヤさまっ♪」
「ひぁあっ!?……グ、グラナさん!?どうしてここに!?」
桶を持って水を汲みに来ていたレフィーヤに、その女は後ろから両肩を揉みに行った。普段は見られぬような満面の笑みで。それはレフィーヤ・ウィリディスの前でしか現れることはない。
「む、迎えに来てくれたんですね……でも、ダンジョンに入っても良かったんですか?だってその」
「まあ約束は破りましたが」
「破ったんですか!?」
「約束など、破った方が得られる利益が大きいのなら破るべきです。そうでなくとも、特効薬を届けて差し上げたのですから。感謝されることはあれど、勇者様がわたくしを責めるようなことはありませんでしたわ」
「え、特効薬を……?」
「ええ、ですから毒については問題ありません。皆様ちゃんと助かります」
「!!あ、ありがとうございます!」
「ふふ、構いませんわ。大事ないようで何よりです」
治療を終えたレフィーヤに、怪我はもうない。それとなく帰り道はフィンが隊列の安全な方に彼女を配置していたのでポイズン・ウェルミスの被害は受けなかったし、本当に一度は死にかけたとは信じられないほど。
そうして相変わらず純真な目で嬉しそうに向き合ってくれるレフィーヤは、やはり変わらず美しい。その美しさが損なわれていることもなく、それに何よりグラナは安堵していた。
「……さて、実はですねレフィーヤさま。わたくしは貴女に1つ謝罪しなければならないことがあるのです」
「謝罪、ですか……?」
「わたくしが贈らせていただいた、この鞄についてです」
「あ、はい!これ凄く使いやすくて、何度も助けられちゃいました!こういう小さな鞄もいいですよね!」
「実はその鞄にですね、魔道具を仕込んでおりましたの」
「え、魔道具?」
「これの……この部分の装飾です。実はこの部分を開けると、この通り」
「水晶?……あ、あの、これ何の魔道具なんですか?」
「対となる水晶に、映像と音声を共有する。つまり今日までの遠征中の出来事を、わたくしはこれを通して見ていました」
「えぇ!?ずっとですか!?」
「い、いえ、わたくしもそこまで張り付いて見られるほど時間はありませんでしたので……」
「あ……あはは。そ、そうですよね」
「もちろん、覗きなどもしていないと誓います」
「そ、そうですか……」
……実際、わざわざこれを明かす意味はそれほどない。
流石にこれについてはフィン達も黙っているだろうし、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せる。しかしそれでも打ち明けたのは、もちろん誠実に向き合いたいという気持ちもあるが、仮に何らかの手違いがあって後からバレてしまった時に、信頼関係が致命的なものになってしまう可能性があるからだ。
小さな危険の芽は早めに摘んでおくに限る。取り返しのつくものは、取り返しのつくうちに。生きていくのに当然の対応。
「あの……一応なんですけど、どうしてこんなものを私に?」
「……理由はいくつもあります。面白くないものも当然。しかし1番の主目的は何かと言えば、貴女が心配だったから」
「私が……」
「先程も申しましたように、この魔道具は映像と音声を受け渡し出来る。……仮にレフィーヤ様が深層で迷子になった時、仮に勇者様が何かの事故で行動不能に陥った時、若しくは勇者様達と分断されてしまった時。これを持っている限り、わたくしだけは貴女の力になれる」
「グラナさん……」
「まあ、勇者様の予備という役割上、この魔道具の存在を知った時点で、こういう使い方をすることは想定出来ましたから。ただ遠征前の時点では、誰にも明かしたくはなかった」
「それは、何故……?」
「これが無かったからこそ、わたくしが居ない間の皆様の反応を知ることが出来ましたから」
「っ」
「そこは知っておきたかったのです。……もしわたくしのことを実は皆様で排除しようなどと思われていたのなら、今後の方針を変える必要がありましたから」
「そ、そんなことは……!!」
「ええ、それが無かったからこそ、今わたくしはここに居ます」
「……」
もしかしたら、この魔道具の存在を知った時点でフィンが最も安堵したのは、その部分についてだったのかもしれない。遠征中に彼女について怪しむような発言をしなかった、だからこそ彼女はこうして18階層まで迎えに来た。
……もしフィンが彼女を今後どのように扱っていくのか、そこに酷くマイナスな思想があったとするのなら、少なくともグラナはここには居なかっただろう。当然に特効薬もなく、別れの言葉さえも無かったのかもしれない。
「レフィーヤさま、これを」
「!これって……!」
「交換日記、しっかりと書いておきました。いただいた質問についても、可能な限り誠実に答えたつもりです」
「〜〜!わ、わたしも!私も書きました!!」
「……2冊目?」
「あ、えと、最初は1冊のつもりだったんですけど……遠征に行く前に、私のことも知って貰いたいなぁって思って。もう一冊、買って来ちゃいました」
「レフィーヤさま……」
「その、ありがとうございます!すごく嬉しいです!」
「……ええ、わたくしも。生きていてこれほどに嬉しいことがあっただろうかと、そう思ってしまうほどに」
俯き顔を髪で隠しながら、それでも彼女はぎゅっとレフィーヤから受け取った日記をその胸に抱き締める。レフィーヤにだって分かる。本気で喜んで貰えているのだと。だからこそ、自分も嬉しい。
この日記を通して、これからもっともっと相手のことを知ることが出来るし、自分のことを知って貰える。そうして仲を深めていける。これ以上に嬉しいことはない。
「あ、そうだグラナさん!」
「……?」
「レフィーヤ・ウィリディス、ただいま帰りました!」
「!……ええ。お帰りなさい、レフィーヤさま」
彼女は変わらず、普通の少女のようにレフィーヤに笑みを向けてくれる。死闘を潜り抜けた後の安寧。この時間がずっと続けばいいのにと、レフィーヤは心の底からそう思った。