ご注意下さい。
「「「一国の、姫……?」」」
「ああ、恐らく間違いない。あの様子では思い込んでいるという訳でもないだろう。女神の前でも堂々と言っていたからな」
「「「………」」」
それはグラナがフィン達と合流した日の夜のこと。
これまでの報告も含めて、一先ずフィン達はシャクティから話を聞いていたのだが、そこで飛び出したのがそんな話だった。
「ま、待ってくれ……彼女は本当にそんな高貴な人物だったのかい?」
「い、いや、だがヴァレッタの血を引いているのだろう?これまでの話を聞いても、そういった経歴があるとは思えないのだが」
「……じゃが、あの女よ。あり得ないという言葉が陳腐に聞こえるわい」
「そもそも、ヴァレッタの相手のことは誰も知らない。もし父親が貴族などであれば、話の筋は通る」
「「「「…………」」」」
「軟禁してしまっていたのだが……」
「もしかしなくても、国際問題かな?」
「高価な服を着ている理由を趣味とか言っとらんかったか。あの時点で儂等は誤魔化されていたと」
「あの女は本当に……ん?」
そういえばと、思い返す。
例の最大賭博場に潜入した際に、賭博場へ入るための紹介状が必要だったのだが、これについてシャクティは特に困ることはなかった。
それは彼女から『小国ゴルゼのグラニア姫あたりなら、簡単に名義を貸して頂けると思いますわ。彼女はそういった娯楽が大好きな方ですので、手紙を書きますわね』と言われ、言われた通りに打診してみれば、本当に手に入ってしまったからである。
シャクティはそれを、彼女がその姫と面識があったからかと思い込んでいた。
そもそも小国ゴルゼなど、シャクティさえも記憶が微妙な場所であるし、同じように酒場のシル・フローヴァが簡単に招待状を手に入れて来てしまったので、少したりとも不思議には思えなかった。そんなに簡単に受け渡しがされているものなのだなと、その程度の認識で居てしまった。普通に考えれば他者に簡単に自身の名義を貸したりなどする筈もないのに。
「まさか……小国ゴルゼのグラニア姫というのが……」
「心当たりがあるのかい?」
「あ、ああ、最大賭博場に入る際に使った名義だ。あまりに容易く名義が貸し出されていたと思ったが……!」
「本人であるのなら、簡単に手に入る筈……」
「そういう、ことか……」
「ふむ……ところで、ゴルゼとは何処じゃ?」
「「「「………」」」」
「誰も知らんのか……」
「まあ、小国というくらいだからな……」
「仕方ない」
ということで、取り敢えずリヴェリアがゴルゼについて知っている者が居ないか、団員達に話を聞きに行く。
話の内容からしても、恐らくここ最近にグラニア姫という名前は出来上がったものであろうし。多少なりとも情報くらいは出回っている筈で……
「アキが知っていた」
「あ、はい……あの、これはどういう?」
「アキか……君もつくづく彼女に縁深いようだね」
「え?え?」
「いや、いい。取り敢えずは小国ゴルゼについて知っていることを教えて欲しい。その国の名前だけが上がったのだけれど、ここに居る者は誰も知らなくてね」
「わ、分かりました……私もその、聞いた話でしかないのですが」
アキがこの話を知っていたのは、本当に偶然のことであった。
そもそもそのような小さな国の話、オラリオでは新聞社すら滅多に取り扱っていない。しかしそれは少しずつゴルゼから諸外国にも広がりつつある話であり、アキはそれをとある商人から聞いていた。
「まず小国ゴルゼについてなのですが、ラキア王国より更に西側にある小国でして、例に漏れずラキア王国による戦争被害に悩まされている国でもあります。特に周囲を大国に囲まれる地形関係から、戦場として利用されることも多く、農耕地が荒らされることも常なのだそうです」
「それはまた……なんというか」
「ただ、現在では環境も殆ど回復し、中立国としての立場を取っています。国民一丸の名の下に女性も含めて神の恩恵を受けて、兵役にも参加しているのだとか。経済的にも、戦場の跡地と河川を繋げ、湖を人工的に作ることで改善を目指しているそうです」
「……へぇ」
「特に近年になって勢い付いて来た要因として、"荒野の三夜“という話がありまして……私がゴルゼのことを知ったのも、その話が周辺地域では有名だからと商人から聞いたのが理由なんです」
「……」
なんとなく、分かっている。
分かっているけど、口には出さない。
もう人造湖を作ろうなどと突飛なことをしている辺りで片鱗が見えているが、まだ確定していないのだから黙っている。
「ゴルゼは20年近く前に当時の国王と姫、王子までもが惨殺された事を機に衰退し始めたのですが。周辺国家との関係悪化や資源不足も祟り、ラキア王国に王城付近まで攻め込まれてしまった事があるそうです。国王もまた暗殺されてしまい、無条件の降伏を求められていたのだとか」
「踏んだり蹴ったりじゃな」
「国王殺され過ぎだろう……」
「それで?」
「そうした絶体絶命の中。残された王子が臣下達を守るために降伏と自刃を決意した際に、彼女は現れました」
「彼女……」
「グラニア姫と呼ばれています。20年前に暗殺された王子の血を引く隠し子であり、この物語の主役でもあります」
「「「「…………」」」」
((((本当に姫だったのか……!!))))
心の中ではあったものの、言葉は揃った。
「それで……そのグラニア姫は、何を?」
「"荒野の三夜“と呼ばれているように、彼女はたった3日の間に、王城付近まで攻め込んで来ていたラキア軍を領地外にまで押し返したのです。……それも彼女自身が兵達を指揮し、直接戦場に出ながら。彼女自身も共に剣を取って戦っていたという話もあります」
「ああ……容易く想像出来る」
「?……えっと、それだけではありません。その後もラキア王国を含めた周辺大国からの進軍があったものの、漏れることなく全戦全勝。それまでと打って変わった卓越した政治手腕によって停戦協定にまで結び付け、一部で多額の賠償金を取るだけでは飽き足らず、敵国の政治的欠陥や汚職等を指摘するなどして、ラキア王国も含め多くの国々で民達の不満を煽ったのだとか。それが理由で、今でも内争が続いている国もあるそうです」
「「「「………」」」」
「そうして付けられた渾名が、"刺紅姫"。触れてはならない紅の華。神さえ恐れぬ赤鬼姫。ゴルゼの伝説であり、次期女王を目されている姫の名前でもあります」
「「「「………」」」」
((((姫どころか次期女王だった……))))
これには流石のフィンだって本気で頭を抱えた。なにせ姫どころか次期女王の内定がほぼ確実視されている人物を、何の罪もないのに軟禁していたということになるのだから。
どころか彼女はゴルゼの姫であり伝説でもある。英雄、救世主などとさえ呼ばれていても不思議ではない。さぞかし人望も厚いのだろう、そんなこと言われなくとも分かる。そしてラキア王国も含めた周辺国が彼女に政治的にメッタメタにされたであろうこともだ。彼女との政治勝負などフィンは一番やりたくないと言い切ってしまってもいい。対峙することになった彼等には同情さえしてしまう。
「……それで、そのグラニア姫は、今は何を?」
「へ?……さ、さあ。最近は情勢も落ち着いて、姫が活躍する機会も無いのではないでしょうか。今の国王も商人達からの評判が良い程度には優秀な方みたいですし」
「……そうか」
「なるほどな……」
「それはあの歳でフィンに匹敵するほど駆け引きに慣れている筈だ。あの風格も王族の血を引いているのであれば当然か」
「え?……え?」
「アキ、君ももうなんとなく勘付いていると思うけれど……」
「『グラナ・アリスフィア』が『グラニア姫』だ」
「え……」
「えええぇぇぇぇええええええ!?!?!?!?」
もういっそ、今はその驚きさえも心地良い。なにせ今の自分達は驚きよりも疲労の方が大きいのだから。
顔を真っ青にするアキ、けれどその表情には何処か納得の色も見えている。言われてみれば確かに、彼女とそのグラニア姫のイメージ像が被ってしまうことに気付いたのだろう。気付いてしまったのだろう。聡明な彼女なのだから、そこを結び付けるのは容易い筈。
「な、ななな!なんで、なんでそんな人が……!」
「……彼女は闇派閥から逃げるためにオラリオに来たと言っていた、その言葉に嘘はないだろう。ロキも聞いていたからね」
「つまり、闇派閥の脅威が国を襲うことのないように、自分だけオラリオに逃げて来たということか。……いや、それどころか潰しに来たのか?」
「それを超えて、乗っ取りに来た、まで考えて良いと思うが……」
「怖いものなしじゃな……」
「う、うう……一度そう言われると、もうグラニア姫としか思えない……」
「正直、小人族の僕としては"グラニア"という名前は不吉にも程があるんだが……」
「まあ実際、わざとじゃろ」
「せめてもう少し女王らしく……いや、していたな。していたから何も言えないのがまた……」
姫らしくない、とは言えない。だが本当に姫であるなどと一体誰が思うというのか。そしてヴァレッタは本当に何をしていたというのか。小国とは言え、一国の王族を殺していたなどと。
「だ、団長……!これから私、どんな顔してくグラナさんと話せばいいんでしょうか!?」
「うん……まあアキは変わらず使われるんじゃないかな」
「それはそれで辛いんです!!」
「まあ確かに、姫と分かったからと言って扱いが変わる訳でも……」
「……」
「……」
「やはり一国の姫を軟禁状態にしておくのは不味くないか……?」
「い、いや、これは軟禁ではなく護衛だ。姫だからこそ、自由にさせてはならないだろう」
「ものは言いようじゃな」
「僕も別にこの事実はあまり気にしない方がいいと思うよ。……むしろ他の団員達に広まった方が厄介だ。ここでした話は全員忘れよう」
「忘れられそうにないのですが……!?」
「……頑張ってくれ、アキ」
「そんな他人事みたいに!!」
これからだ。
彼女のことが分かり始めるのはこれからである。
そしてもちろんフィンも、方向性を変えなければならないと自覚もしていた。そろそろ腹を括る頃だ。それこそ彼女の言っていた通り、自分は少し彼女の願いを蔑ろにしていたところがあるのだから。
「……彼女が国1つを変えたように、僕もそろそろ都市1つくらい変えないとね」
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質問1
グラナさんの好きな食べ物と、嫌いな食べ物を教えてください。
回答1
肉類が好みです。焼き方は中に最低限の火が通っているくらいに。嫌いな物は野菜類全般です。食べることは出来ますし、出されれば残しませんが、可能であれば食べたくないです。
質問2
グラナさんにとっての故郷は何処ですか。
回答2
父の故郷であるゴルゼという国に、数年身を置いていました。最も長く身を置いていた場所という意味でなら、ゴルゼになると思います。個人的にそこまでの拘りはありません。
質問3
グラナさんは休日、どのように過ごしますか。
回答3
熱く苦めの濃いお茶を飲みながら、本や新聞に目を通しています。窓の内側から街の様子を見下ろせるような環境であると、より好みです。そういう意味では、偶然にも与えられた今の部屋は、とても心地の良い場所です。
質問4
グラナさんの大切にしていることを教えてください。
回答4
とにかく動き、経験することです。一度動けば心も動き、一度経験すれば恐怖も減ります。何事も一番大変なのは最初の一歩。今後得られる物を考えれば、最初の恥や苦痛など安い代償だと考えることにしています。
質問5
どうしてグラナさんは、私に一目惚れしてくれたんですか。(何度も書き直された跡がある)
回答5
貴女があまりにも美しかったから。それは容姿だけでなく、貴女の在り方さえも。私の目には他の何より貴女が美しく映りました。
だから、どうかそのままの貴女でいて下さい。どうかそのまま、今の貴女を大切にしてください。私にとって貴女は、この世界で唯一見つけることが出来た楽園なのです。
「〜〜〜!!」
パタパタと、誰も居ないテントの中で枕に顔を埋める。
昼間に手渡された交換日記、時間も出来たのでそれを読んでいたのだが、もうなんというか。嬉しいやら恥ずかしいやらで頭がパンクしてしまいそう。
誠実に答えてくれている。
それが分かるからこそ、その最後の質問への回答が冗談でないことも分かり、余計に顔が熱くなってしまう。
「もう、これだと答えになってないですよぅ……」
一目見て惚れてしまうから、一目惚れ。故にそこに説明出来るような理由などなく、よくよく考えれば、こんな回答が返ってくるのも当然の話だ。なんなら他人に最も理解されにくい好意であると言っていいのかもしれない。
けれど、ここまで良くしてくれるのなら、納得出来る理由があると安心出来るもの。
「安心したかっただけなのかな……」
困ってしまう。
あんなに綺麗な女性に一目惚れしたなどと言われて、世界で一番美しいなどと、言い過ぎにも程がある。
とは言え、同性。
そういう期待に応えられるかと言われれば、それはまた別の話。それでも突き放すことが出来るかと言われれば、それもまた無理な話だろう。
なんなら、彼女はそういう関係を自分に求めている訳ではないのかもしれないし、そこもまた分からないところだ。
「いや、でも……流石に『私とどういう関係になりたいですか』なんて書けない……」
最後の質問でさえ勇気を振り絞った。やっぱり止めようかと何度も書き直して、最後は『どうにでもなれ』くらいの気持ちで日記を彼女の机の上に置いて逃げて来た。
流石にこれ以上のことは無理である。返って来る回答が気になって、一日中布団の中に籠ることになるだろう。
「困るなぁ……」
困る。
だってなんだかんだ言いつつ、嫌じゃない。
それはそうだ。
だってあんなに綺麗でカッコいい人に好意を向けられて、嫌な訳がない。我等が団長フィン・ディムナも認めているような人物に一目惚れされるなど、正直今でも信じられないし、『なんで私なんかを?』と何度も思う。ただ、それでもその理由は一目惚れなので分からない。レフィーヤが納得出来ることは永久にない。
「こ、こうなったら……」
質問
グラナさんに将来の夢や目的はありますか。誰とどうなりたいか、なんて詳しく教えて欲しいです。
「……あ、あからさま過ぎるかな」
まるで自分のことを書いて欲しいと言わんばかりのその内容に、思わず顔を赤らめる。しかしだからと言って、半端な聞き方をすれば半端な答えしか返ってこないことも分かっている。今回だって勇気を出して聞いてみたら上手くいったのだ。ここは恥を飲んでやるしかないのかもしれない。……取り敢えずは消しておくが。
「でも、交換日記っていいなぁ。これは色んなことに使えるかも。例えばアイズさんと……」
……ん?
「あれ……それは流石に私、最低なんじゃ……」
好意を持ってくれた人と交換日記を始めて、これは良いものだと分かったので、別の好きな人ともそれを始める。
これを最低と言わず、何を言うのか。
「ち、違うんですグラナさん!?私は別にそんなつもりじゃ……あ、駄目だ!言葉にするほど嘘臭い!」
同性に興味はないと言いつつも、あれほどにアイズ・ヴァレンシュタインに対して心酔しているレフィーヤ。言い訳をしようとするほど過去の自分と行動が顔を出して、『お前は何を言っているんだ?』と呆れて来る。
……いや、分かっている。分かっているとも。
自分という人間はどうしようもなく美人でカッコいい女性が大好きだということくらい。エルフとしての信念がなんだと言いつつ、その実、自分はあまりにも多情な女なのであると。
「そもそも男性にそういう感情を抱いたことも無いくせに、どの口でというか……」
自分に呆れて言葉も出ない。
頭の中にいる天使のレフィーヤと悪魔のレフィーヤが揃って自分のことを白けた目で見ているのを感じる。
「いやでも、どっちの美人も良過ぎて……」
可愛らしさと美しさが両立した容姿を持ちながら、直向きに強さを求め前へ進み続け、何があっても必ず守ってくれるアイズ・ヴァレンシュタイン。
確かな自信と風格を併せ持ち、目立ち過ぎる派手な美しさと少しの怪しさを隠そうともしないのに、それでも人を惹きつける何かを持つグラナ・アリスフィア。
良い。
みんな良い。
みんな違ってみんな良い。
ロキ・ファミリアに入って本当に良かったと心から思う。普通に生きていたら1人出会えるかどうかくらいの美人が、ここにはこんなにも揃っている。しかもこんな……1人とは友人にまでなれたし、もう1人からは好意まで寄せられているのだ。なんだったら自分の師匠はあのハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴ。
よくよく考えたら、いや考えなくとも、恵まれているにも程がある。この中の1人と一言話せるだけでも、普通の人なら舞い上がるだろうに。
「な、なんかそう考えると、グラナさんに一目惚れして貰ったことって、とんでもないことの気が……」
なお、レフィーヤは当然まだ知らない。
彼女が故郷のゴルゼでどういう立場なのかを。
まさか本当に王族だったなどと、知るはずもない。