【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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24.上書き洗脳

「へぇ、新人冒険者がここまで逃げ込んで来た……それはまた運の良い方も居ることで」

 

「そ、そそ、そうですよね……」

 

「……?アキ様?今日はいつにも増して様子がおかしいのではなくて?」

 

「そ、そそ、そんなことないですよ!?い、いつも通り!変わりなく!」

 

「……それなら構いませんが」

 

 

 18階層の壁面付近を、フードを被りながらフラフラと歩く。一見散歩のように見えるそれではあるが、しかし実際の目的は違う。

 

 

「そ、それにしても……ダンジョンの別口なんて」

 

「あら、その関係の話はもう以前にした筈ですが」

 

「いえ、報告は見ましたけど、未だに信じられないです。オラリオの歴史はそれなりにあるのに、いつからあったんでしょう?」

 

「まだ規模も分かりませんから、なんとも言えませんわね。一先ず人の気配がしたら気付かれないようにご報告を。敵が釣れるなら儲け物です」

 

「……闇派閥かぁ、嫌だなぁ」

 

「彼等との戦闘経験はあります?」

 

「その、まだLv.1だった頃に1度だけ。……グラナさんは、流石にないですよね」

 

「ふふ、ありますわ」

 

「え?」

 

「とは言え、オラリオで活動するとなるとやはり過去の記録にもあった自爆特攻がメインになるでしょうね。それとも例のモンスターを利用して来るでしょうか」

 

「……自爆特攻、うぅ」

 

「その気にさえさせれば、どんな無能にも出来る最善手。……とは言え、愚かな行為であることに変わりはありません。指示する方も、実行する方も」

 

「?」

 

 

 ふと、グラナが立ち止まる。

 彼女の視線の先にあるのは、ただの地面。彼女が何を見ているのか、アキには分からない。ただ……

 

 

「アキ様、周囲を警戒していただいても?」

 

「っ、何か見落としていましたか?」

 

「いえ、取り敢えず警戒を」

 

「は、はい」

 

 

 彼女は近くの木に腰掛けると、鞄から飲み物を取り出して飲み始める。一見すると単に休息を取っているようだろう。けれど彼女のフードの下では、まるで睨み付けるように少し遠くにある壁の方へと目が向いていた。

 

 (ということは、あそこに……)

 

 ダンジョンの出入口があるということなのだろうか。

 しかしアキの仕事はそれではない、指示されているのは周囲への警戒。自分も彼女に倣って、なるべく不自然にならないように鞄から水を取り出して、飲むふりをしながら周囲を警戒する。

 

 

「っ、複数人の足音が」

 

「気付かないフリをしてくださいな。会話の主導はわたくしに、それと彼等の到着までは雑談を」

 

「は、はい」

 

 

 あくまでも、単に散策している冒険者を装う。

 指示の内容を把握すると、アキは自分の中の警戒心を少し抑えるように深呼吸をしながら、彼女との立ち位置を見直す。彼女はLv.3、自分はLv.4。守る立場に居るのは自分の方。役割を自覚して、すべきことを見直して、心を正す。

 

 

「それにしても、ダンジョン内でこれほど安らかな心持ちで探索が出来るとは思いませんでした。無理を言って18階層まで連れてきて頂いて、本当に良かったと思います」

 

「そ、そうですか。でもその、一応モンスター自体は居るので気をつけてくださいね。湧かないだけで、他の階層からは来るんです」

 

「そうなのですか。……ですが、その時には守ってくださるのでしょう?頼りにしていますわ」

 

「あ、あはは……頑張ります」

 

 

 彼女の言葉に合わせて、何気ない会話を繋いでいく。そういうことが出来る程度には器用な自分で良かったと、心の底からそう思う。……そして、そうこうしている間にも近付いてくる複数人の足音。もしあそこに本当に扉があるというのなら、その近くでこうして休息を取っている自分達を怪しむのは当然だ。

 ……さて、どういう反応をするのだろうか。なるべく荒事にならないといいのだが。

 

 

「貴様等!!そこで何をしている!!」

 

 

 (……普通に話しかけて来た)

 

 

 もう少しこう、相手の動向や会話を探るとか。大事にならないように離れていくまで監視するとか、そういうことは出来なかったのだろうかと。これには流石のアキも溜息を吐きそうになる。

 ……とは言え、声も表情にも出すつもりはない。あくまで主導は彼女なのだから。自分はもしもの場合に備えて、ここで殺気を隠して佇むだけ。

 

 

「あら、こんにちは。皆様そのようにお急ぎで、どうかなされました?」

 

「質問をしているのはこちらだ!貴様等そこで何をしている!!」

 

「何をしていると申されましても、見ての通り散策と休息を」

 

「嘘を吐くな!!おい!こいつらを捕えろ!!殺しても構わん!!」

 

「ふむ……穏便には行きそうにないですね」

 

 

 最初から話を聞く気がないというか、怪しい奴は全員殺してしまえというスタンスなのか。まあどちらにしても、集団の末端としてはあまりに軽率な行動である。それも末端であるからこそだが。よくあることだ、小物をリーダー役に任命した際にこういうことは起こり得る。

 

 

「6人……これ以外には?」

 

「居ません、連絡役も無しです」

 

「……連絡用の魔道具も無さそうですし、末端とは言え不用心にも程がありますわね」

 

 

「貴様等!何を話している!!」

 

「ああいえ、闇派閥の方々は働き者ばかりなのですねと」

 

「「「「!?」」」」

 

 

 2人を取り囲もうとした彼等の動きが止まる。

 ……話術、それはアキが彼女から最も取り入れたいと思っていた要素の1つである。故にこれは勉強でもある。手始めに、彼女は指先1つ動かすことなく彼等の動きを止めた。ここからどうするのか。

 

 

「まだオラリオにも闇派閥が残っていると噂には聞いていましたが、そのように目立つ格好をしているのは何か理由があってのことなのです?数年前の目撃情報から殆ど変わっていませんが」

 

「……何者だ、貴様等」

 

「人を導く者」

 

「何……?」

 

「悪辣な神々による支配から人々を解き放ち、人間本来の輝きを取り戻す。そのために動いている団体の構成員、とでもいいましょうか」

 

「……オラリオの冒険者ではないのか?」

 

「オラリオの冒険者として潜入している、という立場です」

 

「…………」

 

 

 すごい、最初から意味が分からない。

 こんな突拍子もないことを言われて、闇派閥の彼等もまた混乱するように顔を見合わせている。そもそも今の説明では、彼等にとっても敵なのか味方なのか分からないのだろう。問題ない、アキにだって分からないのだから。

 

 ……しかしきっと重要なのは、今の発言で敵側に話を聞く態勢が出来たということなのか。少なくとも先程までよりは会話の出来る雰囲気になった。

 

 

「貴様等も……オラリオの壊滅を目論んでいるということか」

 

「いいえ。わたくし共はあくまで、神々の支配から人々を解き放つことが目的。オラリオの神々は敵でも味方でもあり、都市そのものを敵に回すものではありません」

 

「ならば我々の敵なのか!!」

 

「それはあなた方の神次第。闇派閥と言えど、人々を支配していないのならば関与するつもりはございません。……如何ですか?オラリオの神々には少し思うところがありましたが、闇派閥の神々は」

 

 

「……なあ。つまりはコイツは敵、なのか?」

 

「いや、分からん……」

 

「分からないから教えろ、という話なのでは?」

 

「オラリオの神々に思うところがあったということは、味方なのではないか?」

 

「いや、我々の返答次第ではどちらも敵に回すつもりなのでは……」

 

「そういう考え方でいいのか?」

 

「……なんだこれは、どうしたらいいのだ」

 

「分からん……」

 

 

 悲しいかな。

 こんな短絡的な行動を起こすからには、なんとなく分かっていたことではあったが、どうやら彼等の中に人を率いるに相応しい人物は居なかったらしい。恐らくはこの18階層でなにか雑用をするための部隊だったのだろう。

 

 しかも彼等は上司に判断を仰ぐことも出来ない。何故なら出入口はこの直ぐ近くにあるからだ。そして今の会話で、こちらが只者でないことも分かっただろう。……つまり、彼等の取れる行動は1つだけ。

 

 

「……我々の神は、偉大なお方だ。決して支配などされてはいない」

 

 

 (あーあー、グラナさんの思うがままだ)

 

 

 恐らく部隊の中で最も主張の激しい、リーダーを気取っている男が前へと進み、そう言葉にする。

 こうなることまで、彼女は最初から考えていたのだろうか。だとすれば、既にもうアキには真似出来る気がしない。しかもよくもまあこんなハッタリを思いつくものだと、ちょっと怖くもある。

 

 

「オラリオの神々の中には、言葉巧みに人々を操り、その人生を暇潰しの道具にするような悪辣な存在も多く居ました。……あなた方は闇派閥として悪行の限りを尽くしている。それもまた、神々に利用されているからではないのですか?」

 

「断じて違う!我々は我々の意志で行動を起こしている!あの方はその道標を授けて下さった!絶望した我々に、最後の希望を与えてくださった!!」

 

「最後の希望……それを得るためには、他者の幸福を踏み躙ることが必要だと?」

 

「あの方は約束して下さった!それを果たすためならば悪にも手を染める!その覚悟を持って我々はここに居る!」

 

「なるほど、揺るがぬ意志をお持ちなのですね」

 

「そうだ!支配などされていない!」

 

「その神が嘘をついているということもないと」

 

「断じて無い!!あの方は嘘は吐かない!」

 

「嘘は吐かない?」

 

「そうだ!神は嘘は吐かない!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

「え……?」

 

 

「……あの、本気で仰ってます?」

 

 

「あ……え……?」

 

 

「もう一度聞きます、本気で仰ってます?」

 

 

「え、あ……いや……」

 

 

 急に、突然、本当にアキでさえも驚くくらいに、彼女の雰囲気がガラリと変わる。それこそ思わず、その場の全員が身を震わせるほどの。圧倒的な存在感。まるで空白の世界に突然"階層主"が現れたかのような変化に、戸惑いを隠せず、言葉が濁る。

 

 ……しかし、分かる。

 

 きっとこれもまた、彼女の話術の1つなのだろう。突然に雰囲気を変える。むしろそれまで、彼女はあまりにも存在感を隠していた。マイナスからプラスへの転換。座っている体勢から、突然に立ち上がる。そういった細かな行動が、今この雰囲気を作り出している。

 

 

「神が嘘を吐かない?面白くない冗談です、何を馬鹿なことを。神こそ嘘を吐けるのでしょう」

 

「な、なに……?」

 

「神の嘘は神にも分からない。そして神の嘘を人は疑えない。それなのに嘘を吐かないと?頭が緩いにも程があるでしょう。今日の今まで、一体何人の人々がその神々に人生を狂わされてきたと思っているのです」

 

「違う!あの方はそんな方じゃない……!」

 

「そうですわね、そう信じたいでしょう。だってもし貴方の信じる神が嘘を吐いていたなら、貴方はただ他者の命を奪って、死後は地獄に落ちるだけですもの」

 

 

「地獄などない!!俺達の魂は救われる!!」

 

「そうだ!俺達の魂は死後にあの方が救ってくださる……!!」

 

「そう約束していただいて……!!」

 

 

「地獄に住まう神々など、下界にいくらでも居るではありませんか」

 

 

「っ……」

 

 

 明らかに、形勢が変わっていた。

 会話の主導権を絶対に相手には握らせない。取り戻そうとした瞬間に、たった一言で取り返す。数にも負けず、ハッキリとした言葉を少し大きな声で言い切る。ぶった斬るように。けれど確かな冷静さも宿して。いっそ冷酷に。

 

 

「その神はそれほど偉い大神なのですか?違うでしょう?そんなルール違反を、地獄を治める大神が果たして許すでしょうか?……いいえ、許す筈がありません。そしてそんなリスクを背負ってまで、その神はあなた方全員を助けるのですか?あなた方"全員"を」

 

「……っ、助けてくださる筈だ!そう約束した!!全て違う!嘘だ!!お前の言っていることは全部デタラメだ!!全部間違っている!そうだ!そうに違いない!!」

 

「そうして現実から目を背けるのは楽でしょうね。本当は全部分かってるのに。……そもそも、簡単に他者の命を奪うような神が、本当に貴方のような平凡な人間を救うと思っているのですか?幹部でもない末端なのに。取るに足らない小さな命なのに。名前さえ碌に覚えて貰えているか怪しいのに」

 

「そ、それは……」

 

「ああ、死後に愛した者と再会出来るとでも言われましたか。わざわざ何年も前に死んだ人間の魂を、腰を上げて探して来ると?ふふ、そんな面倒なことする訳ないじゃないですか」

 

「違う!違う違う違う!!!俺は救われる!娘に会える!!そう言ってくださった!そう約束したんだ!!"タナトス様"はそうやって俺に……!!」

 

「おい!お前っ……!!」

 

 

 

「……ああ、神タナトス。あの死者の魂を地獄に送り届けるという神タナトスですか」

 

 

 

「「「「「………は?」」」」」

 

 

 

 空気が、凍る。

 

 

 

「これは男神ガネーシャさまから聞いたことです。神タナトスは罪人の魂を地獄へと送り届ける役割を担っているそうで、その人数に応じて地獄の主人から報酬を貰っていたのだとか。……ただ、神タナトスは一度間違いを犯してしまったそうです。なんでも報酬が欲しいがために、罪のない人々の魂さえも盗み、地獄に送り届けていたのだとか」

 

 

「…………………嘘だ」

 

 

「特に神タナトスは女子供の魂を見つけると、地獄への道中に試練を与えて暇潰しをしていたそうです。これには地獄を治める神々もお怒りになり、報酬どころか今は借金さえ背負って仕事をしていると」

 

 

「嘘、だ……」

 

 

「……それと、これは神ロキから酒の席で聞いたことなのですが。なんでも、人の魂には抱えられる罪の上限があるそうです。その人間だけでは抱えられないような大罪を犯してしまうと、抱え切れない罪は近しい者達で分かち合い、背負うことになると」

 

 

「……嘘だ!!嘘だ!!!!」

 

 

「つまり、これはもしかすればの話にはなりますが。神タナトスの本当の目的、それは……」

 

 

「やめろ!!違う!!そんなんじゃない!!タナトス様は絶対にそんなこと……!!」

 

 

 

「あなた方に大罪を犯させ、その家族までをも地獄へ送る……ということなのでは?」

 

 

 

「「「………っ」」」

 

 

 

 それまでグラナに向けて叫んでいた男以外の者達も、威勢の良かったその男でさえも。硬直し、息を止める。頭を抱え、目を見開き、身体を震わせる。見ているだけでも分かるほどの、酷く激しい動揺。

 

 ……しかし、そうなるのも当然だ。それにはアキでさえも同情した。元より闇派閥の信徒の大半は、悲劇に巻き込まれ、その心の隙を突かれてしまった者達である。もう一度、亡くしてしまった者達に会いたいと。父や母、恋人に会いたいと。そう願った者達である。

 

 

 それなのに、これは。

 

 

「本当、なの……か……?」

 

「?」

 

「お前の話は、本当なのか……?作り話ではないのか!?」

 

「あの、こんなにスラスラと作り話が出て来るとでも?全てわたくしがこの耳で聞いたものです。……どうも偶にあるそうですよ。天国や善神の庇護の下で楽しく暮らしていたり、若しくは下界で待っている家族達の元へ生まれ変わろうとしていたのに。親族の犯した大罪のせいで、強制的に地獄に連れて行かれてしまうというような、そんな酷いことが」

 

 

「そんな……そんな!!!それなら俺は!むしろあの子を……!!」

 

「違う!!信じない!!俺は信じない!!俺はそれでもタナトス様が!!」

 

 

「……少なくとも。実際に子供達を守り続け、眷属達を支配もしていなかった神ガネーシャや神ロキの言葉と。闇派閥として何の罪もない女子供さえ殺し続けて来た神タナトス。どちらの言葉の方が信用出来るかくらいは、考えられませんか?」

 

「っ……!!」

 

「わたくしの主義に、根本的に神は信じない、神に縋り付かないというものがあります。……本当に辛い時、結局助けてくれたのは神々ではなく人々でした。オラリオの外の、何処でだってそうだった。だからわたくしは人助けをしているのです。これ以上、神々に騙される人々を増やさないためにも」

 

「ぅ……ぁ……」

 

「神というのは本当に恐ろしいものなのです。決して信用していい相手ではない。何せ彼らは最初から暇潰しのために下界に来ているのですから。我々の苦しみを楽しんでいる者達さえ居る。そんな相手をどう信用すればいいと?」

 

「で、でも、それでも!あの方だけは……!!」

 

「知っているでしょう?神々が何のために下界に降りて来たのか。その本質はどの神であっても基本的には変わりません。彼等にとって人の命というのは、単なる数字でしかない」

 

「違う!!俺は絶対に、また娘と……!

 

「残酷な事ですが。彼等にとっての我々"人間"という存在は、本当に、本当に恐ろしいほどに……」

 

「違うって言ってるだろ!!」

 

 

 

【ただの玩具に過ぎないのです】

 

 

 

「ぁ………ぅ………ぅぁ、ぁぁああああああ!!!!!」

 

 

 泣き崩れた信徒達の前で、グラナはただ目を閉じる。戸惑うアキは、ただその様子を見るばかり。

 けれど今この時、グラナ・アリスフィアは何故か聖女にさえ見えた。最初の冷たい雰囲気を徐々に徐々に変えていき、行き着いた先にあったのはその姿。目を覚ますように懸命に訴えかけ、彼等の悲しみに同じように傷付きながら、同情して涙さえ流そうとする。直接心に語りかけるような声と言葉で、邪神の呪縛を打ち消すために言葉を尽くす。誰よりも言葉を話しているからこそ、誰よりも言葉が耳に入って来る。……心と頭を揺らすような、独特な話法。

 

 

「……まだ1つだけ、方法はあります。わたくしはそうして、何人もの人々を神々の悪意から解放して来ました」

 

 

「っ、教えでぐれ!!なんでもする!!教えてくれ!!」

 

 

「それはとても単純で、けれど当たり前で、だからこそ近道はない」

 

 

「それでもいい!!あの子を!あの子を助けられるのなら!俺は!!」

 

 

「……善行を、成せばいいのです」

 

 

「「!?」」

 

 

「あなた方が犯して来た罪を打ち消すくらい……いえ、せめて自分だけでも背負えるようになるくらい、善行を積むのです。というより、それ以外の方法はありません」

 

 

「……ふざけるな。ふざけるな!!俺達が、俺達が今までどれだけの罪を犯して来たと思ってる!!何人殺したと思ってる!!それなのに!!」

 

 

「それでも!!……やらなければ、ならないでしょう?」

 

 

「「「っ……」」」

 

 

「これから何年、何十年掛けてでも、積み続けるしかない。それがどんなに苦しく辛い道のりであったとしても、進まなければ神タナトスの思うまま。……それで、いいのですか?神の思うままに地獄へと家族を売られて、本当にそれで良いのですか?」

 

 

「い……良い訳がないだろう!!これは俺の罪だ!!あの子には関係がない!!」

 

「そうだ!騙されたのは俺達だろう!!アイツは……地獄になんか落ちていい奴じゃない!!」

 

「でも、償うって、どうすれば……どうすればいい!?」

 

 

「……どのように償えば良いのかは、わたくしにも分かりません。ですが幸いにもこの地上には、処女神ヘスティア様のような、真に人々を救い導くために舞い降りた慈悲深い神々も居ます。あなた方が懸命に善行を成している姿を、本当の意味でそういった神々が見てくれている」

 

 

「「「……!!」」」

 

 

「だから諦めず、人として、人を救いましょう。そして決して死ぬことなく、この辛く苦しい世界を生きましょう?……まだ取り返しはつきます。まだ取り戻すことは出来ます。わたくしだって手伝います。その為にわたくしはこのオラリオに来たのですから。皆様を絶対に見捨てたりはしない」

 

 

「ぁ……」

 

 

 同じように涙を流すグラナに、それでも必ず救うと言い切った彼女に、男達の心が撃たれる。嗚咽に揺れる声、高潔な精神、そんなものが罪を犯した自分達に向けられている。それは正に蜘蛛の糸。地獄に垂らされた一本の救い、一筋の光。

 

 

「……お名前を。貴方のお名前を、教えていただけますか?」

 

 

「……マリアフィール。恐れ多くも、聖女マリアフィール様から母の夢の中にてお名前を頂いた者です」

 

 

「「「!?」」」

 

 

「これからどうするのかについては、皆様に選択して頂くしかありません。それでも信じられないと言うのなら、引き止めることは出来ません。……ただ、決して忘れないで。わたくしは神ではなく人間であり、神々ではなく人々の味方。あなた方が足掻き続ける限り、諦めない限り、わたくしも決して目を逸らしません。あなた方が神の傀儡ではなく、人として生き続ける限り。隣に立ち、手を握り続けることを誓いましょう」

 

「っ」

 

 

 彼女がフードを取る。

 一瞬見えた桃色の髪、けれど彼女の顔が見えたその時には、その髪は何故か黄金に色を変えていた。輝くような長髪に、その美貌。そしてその雰囲気はまるで……

 

 

「……聖女、様?」

 

「……幼い頃、わたくしも夢の中で黄金の女性と出会いました。この髪はその時から、ずっとこうして輝いています」

 

「現代の、聖女様……!」

 

「黄金の彼女が願った言葉はただ1つ。……悪しき神々に導かれてしまった者達の元へ、どうか自分を導いて欲しいと」

 

「「「!!!」」」

 

 

 その言葉と共に、彼女の黄金の髪は色を変えていき、まるで輝きを失うように黒色へと消えていく。けれど彼女の掌に宿るのは、小さな5つの装飾品。中央に緑の水晶が嵌め込まれた、黄金の耳飾り。

 

 

「この耳飾りを、あなた方に託します」

 

「っ……よろしいの、ですか?」

 

「黄金の彼女が、そう願ったのです。そして事実こうして、わたくしの髪は輝きを失った。……きっと彼女は、ここから先はわたくしではなく、あなた方を見たいのでしょう」

 

「「「!!!」」」

 

「託してもよろしいですか?1人の人間として」

 

「……」

 

「……安心してください、皆様」

 

「っ」

 

「仮に黄金が抜けても、わたくしは変わりません。足掻き続ける限り、諦めない限り、わたくしも黄金の彼女と共に皆様の手を握り続けます」

 

 

 刃物もある、爆弾もある。

 それでも彼女は何の躊躇もなく彼等に近寄り、膝をつく。あえて刃物を持った方の手を取り、握り、包み込む。優しい笑みを浮かべて。少しの力も入れることなく。武器の1つさえ持たずに、寄り添うように。

 

 

「黄金の彼女のこと、お願いいたします」

 

 

「……っ、必ず!必ずや!聖女様の願われた通りに!邪神タナトスの手から同胞達を救い出します!!」

 

「罪を、償います……!」

 

「聖女マリアフィールさまに誓って!!」

 

「聖女様……!!」

 

 

「……また、直ぐに会えることでしょう。わたくしとこの耳飾りは繋がっておりますので、あなた方の見る景色は黄金の彼女だけでなく、わたくしも見ております。必要であれば声さえ届けられるでしょう。……ただし、邪神とその一派には絶対に見つかってはなりません。この耳飾りに宿る力は、彼等にとっての激毒になりますので」

 

 

「ああ、聖女様……どうか、どうか我々を……」

 

 

「見捨てたりなどいたしません。貴方も、貴方の家族も。誰も。……全てが終わったら、共にマリスフィアの地へと参りましょう?少し大人数にはなってしまいますが、それも彼女には喜んでいただけるでしょうから」

 

 

「あぁ、ああ!!!」

 

 

「聖女様、聖女様ぁ……!!」

 

 

「これほど罪を重ね、神さえ我々を弄んだというのに……聖女様だけは我々を!!」

 

 

「ええ、見捨てることはありません。ですから、全員で必ず生きて帰るように。約束ですからね」

 

 

 そうして、決して何かを尋問するでもなく、それ以上の何かを期待するでもなく、彼女は何度も何度も深々と頭を下げ、涙を流す彼等を十分に慰めてから、その背中を穏やかに見送った。その姿が消えるまで、消えても暫くは、静かに手を振って。

 

 ……密かに追って入口を探すようなこともしない。

 

 何かを要求することもない。

 

 願うはただ、彼等の行末のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして彼等の姿が消えた後。

 彼女はもう一度フードを被り直すと、ただアキに手招きをして帰り道を歩き始める。

 

 最早アキは、何をどうしたら良いのかさえ分からなかった。その雰囲気と会話に圧倒され、滅多にないほどの緊張感に飲み込まれていた。頭が混乱し、冷静な判断さえ出来ていなかったろう。口を挟むどころか、声も出なかった。そんなところだ。

 

 けれどそんな彼女にグラナは何事もなく歩きながら近寄り、耳元で小さく呟く。

 

 

「追手は?」

 

「え?あ、えと……き、来てないみたいです」

 

「そうですか。ではこのまま少し森の中を歩き、着替えてから戻りましょう。何処に目があるか分かったものではないので」

 

「あっ、はい……」

 

 

 何事もなく、彼女は平然とそう話す。フードの向こうの彼女の表情は分からない、聞いても良いのかさえだ。

 しかしこうして立ち会ってしまった以上、知らなければならないこともあるだろう。フィン達にも報告するためには、今のことを知らなければならない。空気感に飲み込まれてばかりもいられない。勇気を出して、また深呼吸をして、思い切って言葉を出してみる。

 

 

「あの、グラナさん……」

 

「はい?」

 

「その、さっきの話って……どこまで本当なんですか?」

 

「うん?……ああ、そうですね」

 

 

 

 

 

 

「全部嘘に決まってるじゃないですか、何を馬鹿なことを」

 

 

 

「ぶふっ」

 

 

 

 

 全部嘘だった。

 

 

 

 

「ぜ、全部!?本当に全部!?どこから!?どこまで!?」

 

「わたくしの名前から、聖女様どうこうまで。髪色を変えていたのも安い魔道具の力ですし。なんなら神タナトスなんて聞いたこともありませんわ」

 

「あんなに物知り顔だったのに!?」

 

「あんなに物知り顔だったのに。信憑性あったでしょう?」

 

「作り話だったらスラスラと言えないとか言ってたじゃないですか!?」

 

「作り話だからスラスラ言えたに決まっているでしょう。最初からこういう状況を想定して、大方の設定は作っておきましたので。末端を騙すのは本当に容易いこと」

 

「こ、この詐欺師!!」

 

「人聞きの悪い、邪神に自殺させられるよりマシでしょう。わたくしだって傷付くんですよ?」

 

「洗脳されてる人間を洗脳し返すなんて!そんなこと誰もしませんよ!!」

 

「わたくしはします」

 

「堂々と言うなぁ!」

 

 

 半分取り乱しながらそういうアキに、グラナは困ったように顔を顰める。しかしあれだけの光景を見せられて、自分も彼女に少し心動かされてしまったのだから。その全てが嘘だったなどと言われたら、多少なりともショックは受けるものだろう。

 

 

「ふぅ……まあ、人は都合の良いものを信じたがるものです」

 

「都合って……彼等にとっては、かなり都合の悪い話だったんじゃないんですか?」

 

「いいえ?だって救いはあったでしょう?自分が死なずに済むではありませんか」

 

「っ」

 

「彼等の中には、大切な相手と再び会いたいという気持ちと、大切な相手を裏切りたくないという使命感があります。そして前者は時間と共に薄れゆくもの。けれど長く生きていれば、後者はむしろ大きくなる」

 

「……」

 

「誰だって死ぬことは怖いものです。ですがそれができなければ相手への愛を示せない。この強制力を闇派閥は利用していました。……故に、それをする意味を潰してしまえば、潰れるような建前を用意してすれば、洗脳を上書きすることは簡単です」

 

「……また、上書きされ直したりしないんですか?」

 

「神は人の嘘は分かっても、人は神の嘘は分かりません。仮に神がわたくしの主張を嘘だと主張しても、その主張の正当性を示すには結局言葉を尽くすしかない。……悪い意味で、神は『それが嘘であると』嘘をつくことが出来てしまう。そして我々には神を疑うという自由がある。それを彼等には教えました、そして植え付けた」

 

「つまり、もう信じないと……?」

 

「相当な間抜けと、他者を信じ込む馬鹿以外は。まあその馬鹿な集まりなので何とも言えませんが。それでも一筋の疑惑でも植え付けられたら、こちらの勝ちです。今後は盲信ではなく、選ぶという行動が必要になるので。もちろん神威を使って無理矢理に信じ込ませることも出来ますが、胸に生じた疑念が完全に消える訳ではありません。……そして、そういった火種は少しずつ、見えないところで静かに、けれど確かに広がっていく。完全に消すことなど絶対に出来ない」

 

「……反乱の火種」

 

「ええ、重要なのは一人の燃焼ではなく火種を広げること。今の彼等の中にも、わたくしの話を完全には信用していない者が1人か2人は居ました。しかしそういう者達こそ、より火種を広げてくれる。中途半端に賢い者こそ、こういう時には働いてくれます。……これから彼等の中に、死への恐怖は確実に伝播していくでしょう。疑いの火種と共に」

 

「……なんか、ちょっと怖いです」

 

「ふふ、集団の潰し方には2つあります。頭を潰すか、末端から焼くか。……だから、よく覚えておいてくださいな、アキさま」

 

「?」

 

「別に暴力を振るわなくとも、集団は潰せるのです」

 

「っ……」

 

 

 確定はしていなかったけれど、今この瞬間にアキの中でそれは確定した。だってそれは、商人から聞いた逸話とそっくりだったから。彼女が周辺国の政治を引っ掻き回して、無理矢理に停戦協定を結ばせたあのお話。触れる者全てを赤く染め上げた、恐怖の逸話。

 

 

「……グラニア、姫」

 

 

「!なるほど、シャクティさまから聞きましたか」

 

「あの、私がその、ゴルゼの話を知っていて……」

 

「いえ、別に隠していた訳でもありませんし。むしろ漸くそこに辿り着いたのかと、些か失望しているくらいです」

 

「あ、あはは……」

 

「ふふ、一国の姫の手伝いをした感想は如何です?」

 

「……その。正直、フィン団長とは違う意味で勉強にならないです」

 

「それは残念。……ただまあ、貴方も経験さえ積めば出来るようになりますわ」

 

「そ、そうですかね」

 

「ええ、だってアキ様は怖がりでしょう?」

 

「っ」

 

「怖がりで、臆病で、それでも虚勢を張って前に立てる貴女はきっと、わたくしのやり方の方が楽しく生きて行けますわ」

 

 

 瞬間、胸が跳ねる。

 

 …‥だってその笑みは、今日までレフィーヤ以外に向けられたことはなかったもの。彼女にそんな優しい笑みなど向けられたことがなかったし、なんならそれに少し涙が出そうになっている自分もいる。

 

 

「あの、本当に年下なんですよね……?」

 

「ふふ、21歳と言えば納得していただけます?」

 

「もう、またそうやって……」

 

 

 いつかしたやり取りと、全く同じもの。

 けれど以前とは違って、なんとなく彼女が近くに居る気がする。彼女が一国の姫だと分かって、最初はあれほど緊張してしまっていたのに。どうしてか、たった一度の笑みで、これほどまでに惹かれてしまう。

 

 

 (ああ、これがレフィーヤの言ってた"付いて行きたくなる背中"なんだ……)

 

 

 ……自分は、いつか彼女やフィンのような立派なリーダーになれるのだろうか。心配になるし、不安にもなる。絶対に無理だと言っている自分もいる。少なくとも自分にはそんな才能がないと自覚しているのも確かだ。

 

 

 (でも、頑張りたい……)

 

 

 そう思わせてくれるのもまた、彼等なのだ。

 学んで、挑戦して、いつかもっと近い目線で話をしてみたい。年下の彼女にこんなことを思うのはおかしいと感じつつも、アキは心に決めた。

 

 

 

 

 

 

「ところで、『背負いきれない罪は親族や親しい者が負う』って話も嘘なんですよね?」

 

「ええ、もちろん。それがなにか?」

 

「いえ、あの……なんかその辺りだけ、妙に真に迫るものがあったので気になって」

 

「ふふ、そんな話はありませんとも。心配ご無用です」

 

 

 

「……自分で考えた話とは言え、そんなふざけた話があってたまるものですか」

 

「……?」

 

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