【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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26.地雷のような

「はぁぁぁぁ……処女神さますごい目が焼けかねない」

 

「え、えぇ?そんな大袈裟な……」

 

「そんなアホみたいな台詞を言うお前は初めて見た……」

 

 

 念願の邂逅、ようやく出会えた彼女。

 けれどそんな彼女の前ではしゃぐことは出来ず、どころかその目さえも開けていられない。そんな奇妙な姿を晒す変人の姿が、そこにはあった。

 

 

「ちょっとあの、黒い布か何かありません?このままだとヘスティア様が見れないのですが、存在がえっち過ぎる。こんなの公衆の面前に本当に出して良いんですか。少し半減させてください」

 

「遂に頭がイカれたのか……?」

 

「あ、あの……これとかでいいですか?」

 

「これはどうもご親切に……………おや?もしかしてこちらの方は、ヘスティア様の?」

 

「え?うん、そうだよ。僕の最初の眷属で自慢の子、ベルくんさ!」

 

「これは、またなんと……女性だったら惚れてましたわね……」

 

「え、えぇ!?惚れて!?」

 

「いやいやいやいや!何言ってるんだい!!君にベルくんは渡さな……え?女の子だったら?」

 

「ご安心下さい、処女神ヘスティアさま。わたくしにはもう心に決めた方がいますので」

 

「そ、それならいいんだけどさ……」

 

「ああ、せめてこの情動と興奮をあと少しでも抑える手段があれば、直ぐにでもレフィーヤ様を連れて改宗したというのに……自身の未熟を恥じますわ。未経験の女神ほんと貴重過ぎる」

 

「とんでもないことを突然言い出すのはやめろ」

 

 

 正直、何が何だか本人以外の誰にも分からないのだが、彼女にとって女神ヘスティアはそれほどに素晴らしい存在であることに間違いはないらしい。眩しいというより、それくらい"えっち"に見えるというのか、それが彼女の眼によるものなのか単なる趣味なのかはよく分からない。

 ぶっちゃけシャクティからしてみれば胸のデカい変な格好をした普通の女神なのだが、彼女にとっては本当にファンになるくらいの存在なのだとか。もうこの女のことなので、今更そこまで驚くことでもないのだが、今日はなんだかいつもより若干言動が気持ち悪く感じてしまうのは、気のせいではないのだろう。

 

 

「と、というか、どうしてヘスティア様をそこまで崇めるのですか?リリにはぐうたらな女神様にしか見えないのですが」

 

「サポーターくぅん?君はもう少し僕に敬意を持ってくれてもいいんじゃないかなぁ?」

 

「でも確かに、初対面なんだろ?俺的にはこっちの美人の姉さんの方がヘスティア様よりよっぽど人気出そうに見えるんだが」

 

「ちょ、鍛治師くん!?君までそんなことを言うのかい!?というか僕と君はまだそんなに話してないだろ!?」

 

 

 

「わたくし、処女が好きなのです」

 

 

 

「「「「……は?」」」」

 

 

「ああ、いつもの反応だな」

 

 

 最早シャクティはツッコミさえもしなくなった。

 

 

「それはその……生き血を啜るみたいな話です?」

 

「若しくは浴びるとか……」

 

「前にも同じ反応をいただいたのですが、皆様わたくしのことを吸血鬼か何かだと思っていらっしゃる?」

 

「そろそろ自覚しろ、お前の趣味は悪い」

 

「男性の処女好きは気持ち悪いで済みますが、女性の処女好きは完全にヤバい人ですからね……」

 

「そういうリリルカ様も立派な処女ですね、素敵です」

 

「な、なんで分かるんですか!?」

 

「こいつは相手が処女かどうか分かるらしい」

 

「気持ち悪っ!?それは本当に気持ち悪いです!!寒気がします!!」

 

「まあ酷い」

 

「特技が最低過ぎるだろ……」

 

 

「ですが、皆様の好みの女性の経験の有無だって分かりますわよ?」

 

 

「「………」」

 

 

「お〜い、男の子達〜?」

 

「最っ低です!ほんと最低です!!」

 

「ち、違うんです神様!?僕達は別にそういう……」

 

 

「……あの、それって神様のことも分かったりするんすか?」

 

「ヴェルフ!?」

 

「もちろん、どなたの事が知りたいのでしょう?」

 

「お前も言わなくていい」

 

 

 そんな女性の経験の有無を他者に教えるような真似はしなくてもいいと、ヘスティアの眷属と仲間達の雰囲気に妙に馴染みそうになっている女をシャクティは止める。

 ……案外、彼女はこっちのファミリアの方が楽しくやっていけるのではないかとさえ思ってしまう。まあ彼女の目的はレフィーヤなので、そうなることはないのだが。

 

 

「ああ、そうでしたヘスティア様。実は一つだけお伝えしておかなければならない事がありまして」

 

「うん?なんだい?またベルくんのことかい?」

 

 

 

 

「いえ、今直ぐ地上に帰って頂けます?」

 

 

 

 

「「「「………え?」」」」

 

 

「……は?」

 

 

 

 また、空気が凍る。

 

 

 

「……え?ええっと、グラナくん、だったよね?」

 

「ええ、グラナ・アリスフィアと名乗っております」

 

「えっと、その、帰れっていうのは……」

 

「ヘスティア様は現在、神々の中で設定されたルールについて禁を破っている状態。その自覚はありますでしょうか?」

 

「え?えっと、それはまあ流石に……」

 

「ではもう1つ。神々がダンジョンに入ることを禁じられている理由については、ご存知ですか?」

 

「それは……まあ、なんとなくは」

 

 

「なんとなく?」

 

 

「ひっ」

 

「「「っ」」」

 

 

 一瞬漏れ出した殺気、シャクティの身体は咄嗟に彼女の腕を抱えるように動く。そしてそれはベル達も同じだ。それほどに明確に変わった彼女の雰囲気に、彼等もまた咄嗟にヘスティアの前に立ち塞がる。

 

 

「処女神ヘスティア様はわたくしにとって希望の光とも言える存在、その貴重性はあまりにも尊く必ずや永遠に守らなければならない至高の神秘……とは言え、彼女に危険を与える存在になり得るのであれば話は別」

 

「お、落ち着けグラナ!お前の言いたいことは分かるがそう気を荒立てるな!!」

 

 

「……な、なあベル?お前ならこの目の前の姉さんに勝てそうか?」

 

「む、無理だと思う……この人はなんか、アイズさん達とは違う怖さがあるっていうか……」

 

「最初から関わってはいけないタイプの女性だってリリは分かってましたよ!!こういう人が一番怖いってなんで分からないんですかぁ!!」

 

 

 シャクティがなんとか引き留めているとは言え、まあどう考えてもLv.3の眷属が発していい覇気ではない。流石にここで事を成すことはないことは分かってはいるものの、コイツはレフィーヤの安全のためなら何でもする女だと、もう嫌というほどに分かっている。

 結局のところ、彼女の中では何も変わることなく『ヘスティア<レフィーヤ』なのだ。その前提がある以上、ヘスティアの無事は保証出来ない。

 

 

「……わたくしの調べた限り。ここ10年の記録の中でも、2度ほどダンジョン内で神威は放たれております」

 

「そ、そうなのかい……?」

 

「1度目は約8年前。12階層において、とある邪神の手により神威が放たれました。主な被害者は剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

「アイズさんが……」

 

「現れた黒色の竜は、本来中層域に出現するワイヴァーンの強化種。当時まだLv.1であった彼女が相手をするには非常に困難な異常事態が生じたと記録にあります」

 

「……」

 

「そして2度目はかつての大抗争の際、これもまた邪神の手により37階層で神威は発されました。その末に生じたのは……階層を撃ち抜くほどの力を持った、推定Lv.6〜7を超える黒き獣」

 

「っ」

 

「地上に現出すれば容易く都市を壊滅させるほどの力を持ったその獣は、正にこの18階層において、ロキ・ファミリアとアストレア・ファミリアによって討たれたと記録されております」

 

「ロキと、アストレアの眷属に……」

 

 

 代表的なその2例は、しかしどちらも強力なモンスターが出現するという形で終わっている。つまりダンジョン内で神威が放たれれば、ダンジョンは階層に見合わないモンスターを生み出すという、あまりに容易い答え。

 そこまで言われれば、もう馬鹿でも分かるだろう。

 

 

「何故ダンジョンに神が入ってはいけないのか。それは神の存在がダンジョンから強力なモンスターを引き出してしまうからです。神威さえ放たなければ良い。その考えさえも、わたくしは甘いのではないかと見ています。……だってどれほど抑えていても、我々が神々を判別出来る程度には、あなた方からは常に神威が漏れ出ているのですから」

 

「っ」

 

「ヘスティアさま。わたくしがこれほど言葉を尽くした理由、お分かりですか?」

 

「……僕のせいで、君達ロキ・ファミリアが危険な目に遭う可能性がある」

 

「ええ、その通りです。現在ロキ・ファミリアは遠征帰りの最中、更に道中で猛毒を喰らい未だ万全でない方も多い。……それでも、もしこの階層で異常事態が生じた時、対処することになるのは誰でしょう?」

 

「……君達だ」

 

「加えてここは18階層。……ベル・クラネル様。確か貴方はここに来る道中にゴライアスに襲われたのだとか。実際に見て如何でしたか?」

 

「え?あ、えっと……すごく、怖いなって思いました。なんて言うか、他のモンスターとは雰囲気が違うっていうか。そもそも凄く大きかったし」

 

「では話は変わりますが。もしここで神威が放たれたら、一体どのようなモンスターの強化種が生まれ出ると思われます?ダンジョンの悪意を含めて考えてみて下さい」

 

「「「「っ」」」」

 

「まあ、結局は可能性の話でしかありませんが……階層主の強化種。仮にそんなものが生まれてしまえば、ロキ・ファミリアでさえも大きな被害は免れないでしょう。死人が出る可能性も、現実的に考えなければならなくなる」

 

「………」

 

「あなた方が勝手に巻き込まれる分ならまだしも、こちらを巻き込まないで頂きたいというのが本音です。心の底からの」

 

 

 きっと、こんな風に丁寧に説明をしてくれるのは優しさなのだろうとシャクティは思う。他の神々はここまでしっかりとは教えてはくれないだろう。

 

 神がダンジョンに入ることを禁じられているのには、禁じられているだけの理由がある。元より異常事態の多いダンジョンという世界で、更なる異常事態を引き起こすというのは、多くの冒険者を死に導く行為である。

 

 ヘスティアは軽い気持ちでダンジョンに来たのかもしれないが、それはむしろ大切な眷属達を死に追いやる可能性の高い行為だ。今後もオラリオで神を続けていきたいのであれば、このルールだけは絶対に守らなければならない。

 

 

「さて、ヘスティア様。再度申し上げます。今直ぐ地上に帰って頂けます?」

 

「あ、いや……それは……」

 

「それが無理なのであれば、帰る準備の出来るその時まで、テントの中から一歩も外へ出ないで下さいませ。これは神ヘルメスも同様です。そして何があっても神威を使わないと誓って下さいませ。……たとえ貴女の大切な眷属達が今ここで死ぬことになったとしても、絶対に」

 

「っ……」

 

「先に規則を破ったのは貴女です。その程度の覚悟をするのは筋かと思いますが、どうでしょう?」

 

「……もし僕が頷かなかったら、君はどうするんだい?」

 

「別に何もするつもりはございません。……しかし仮にそれが原因でわたくしの宝を傷付けるような事があれば」

 

「あ、あれば……?」

 

「主神眷属纏めて、蛆虫の巣穴にしますわ」

 

「「「ひぃっ!?」」」

 

 

 ……妙に具体的なのが、また怖い。

 

 

「これに懲りたら、もう決して規則は破らないように。あなた方の間違い1つで、多くの人間の命を危険に晒すことになる。……ご自身が仮にも神という異端の存在であるということを、どうか忘れないでくださいな」

 

「す、すみませんでしたぁっ!!」

 

 

 ヘスティアへの忠告は、どうやらこれくらいにするらしい。それだけ言って気が済んだのか、彼女はそれまで発し続けた圧を引っ込め、シャクティの手を腕から離すと、そのまま『それでは』と言って離れていく。

 

 ……あからさまにホッとしている彼等。まあこれを機に考え直して貰えるなら、それでいいだろう。彼等の身を守るためにも、グラナの忠告は必要なものだったと言える。正直シャクティだって立場上、今回の神々のダンジョンへの侵入に何も思わないでも無かったのだし。むしろ代わりに言葉を尽くしてくれたことに感謝さえしているとも。

 

 

「……ああ、そうでしたベル・クラネルさま」

 

「はひっ!?な、なんでしょうか!?」

 

「少し小耳に挟んだ程度ですが、どうやら貴方様はレフィーヤ様と交流があるのだとか。何でも昨日もお2人でお話しをされていたそうですわね」

 

「え?あ、えっと……まあ、話していたというか何というか……」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………へぇ」

 

 

 

 

 

「「「「「ひぅっ!?!?」」」」

 

 

 

 

 ここに来て1番の殺気が、ベル・クラネルに向けて放たれる。

 

 それはもうシャクティでさえ身震いするほどの濃厚で、恐らく彼女が持つであろう本気の殺意。ヘスティアに向けて放たれていたものが、まだただの可愛らしい脅しであったものだったと思い直させるほどに重く、突き刺さるような。

 

 もうなんなら周りで作業に勤しんでいた団員達でさえも冷汗を流して彼女を見ているし、当のベルは金縛りにあったように身体を震わせて立ち尽くしている。流石のリリルカもヴェルフも、ヘスティアの時のように前に出ることは出来ないらしい。

 ……というか、ベルは幻視さえしていた。自身の首筋に大鎌を当てられたような幻想を。目の前に居たはずの美しい女が、突如としてゴライアスが可愛く思えるような鬼神に姿を変えた、そんなイメージを。そしてその女はベル達が身体を動かせなくなったことを良いことに、吐息が感じられるほど近くまで忍び寄り、その首筋に長く冷たい指を這わせてくる。命を握って来る。その長く鋭い爪を突き立てるだけで、お前の明日を奪えるのだぞと。まるでそう擦り込んで来るかのように。

 

 

「ねぇ……もしレフィーヤ様に手を出すようなことがあれば、貴方を確実に殺します」

 

「し、しません!絶対にしません!!」

 

「貴方の男性器を切り刻み自食させた後、手足の末端から時間を掛けてこの辺りの関節付近まで摺り下ろし、あらゆる冤罪をなすり付けた上でオラリオの中央広場に吊し上げ、家畜以下の汚物として肉体と魂を徹底的に凌辱した後、ダルマの男娼として汚らしい男達の性処理道具に仕立て上げ、最後は大量の蟲を敷き詰めた穴の中に埋めて1週間掛けて塵も残さぬ形で殺します」

 

 

「「「ひぃぃぃぃっ……!!」」」

 

 

「や、やりませぇぇん!!絶対にやりませぇん!!喋りません!!2度と近付きません!!だからごめんなさい!!許してください!!殺さないでください!!」

 

「べ、ベル様はリリ達でちゃんと見張りますので!!どうか見逃してください!!もうその方には近寄らせませんので!!どうか殺さないでください!!」

 

「お、俺も約束する!金輪際その女にベルは近寄らせない!!」

 

「ぼ、僕もだよぅ!!だから今回だけは見逃してくれぇ!」

 

 

「……命を賭けて誓いますか?あなた方、全員の」

 

 

「「「誓います!!!!」」」

 

 

 

 

「……では構いません。これからも1人の冒険者として頑張ってくださいな、ベル・クラネルさま」

 

 

「「「っ」」」

 

 

 鎌が首から離れる。

 

 鬼の影が消える。

 

 ……触れてはならない、人間がいる。

 

 触れたら棘に刺さるどころか、刃物が突き刺さるような、そんな危険な存在がこの世にはいる。指で優しく触れただけで、まるでその部分を腐食させたのかと思うほどの恐怖を与えてくる異常者が。間違いなく、この世界には居る。

 

 

 ベルはこの後、リリから延々とこのことについて教えられた。色々な女に手を出して、声を掛けたり、仲良くしたりしていると、いつそんな危険な存在の地雷を踏んでしまうのか分からないのだと。懇切丁寧に忠告された。

 

 でも、ベルだって思わなかったのだ。

 

 まさかあの少し過激で、けれど真面目で、優しいところも確かにある可愛らしいエルフの少女に。こんなにも恐ろしい地雷が埋まっていただなんて。

 

 

 

「き、綺麗な花には棘があるとは言うけれど、彼女はちょっと怖過ぎるかな……」

 

「……なあベル、あんまりホイホイ美人に話しかけんなよ。美人にこそああいうヤバい奴がいるんだ」

 

「本当ですよ!ヘスティア様も!絶っっっっ対にあの人を敵に回さないで下さいね!!ベル様はともかく、ヘスティア様が言われてたことは全部正論なんですからね!!」

 

「うう、分かってるよぅ……」

 

「お、女の人って怖い……」

 

 

 なお、この後、アイズ達と共にリヴィラの街へ行くというイベントを経て、いつものように優しく接してくれたアイズに対してベルの懸想がより一層深まったことは言うまでもない。

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