【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

27 / 59
27.密かな協力

 団員達の治療はほぼ終わっている。まだ体調の優れない者もいるが、地上に戻るまでなら十分に動く事が出来るような状態。……それなのにまだ地上に戻らない理由としては、それはもう神がダンジョンに来てしまったという理由がある。

 

 他派閥とは言え、神は神。しかも別に敵対している訳でもないので、無下には出来ない。故に彼等の帰る準備が出来るまで待っている……というところでもあるのだが。

 

 

「ひぃぃっ!?」

 

「……神であっても愚かな真似はするのですね、ヘルメス様」

 

 

 夜のテント近くに、顔面をボコボコにされた神ヘルメスが吊るされている。

 こうなった理由は、それこそグラナがベル達と話した後のこと。水浴びをしている女性陣に対して、神ヘルメスがベル・クラネルを強引に誘い、覗きをしてしまったことが発端である。

 

 自分が覗きに加担してしまっているということを知ったベルは、数時間前のグラナとのやり取りを思い出して顔を真っ青にして暴れたそうであるが、その拍子に覗きのために登っていた木から水面に落下。阿鼻叫喚の地獄が完成したのだとか。

 

 しかしその主犯がヘルメスであると自身の眷属のアスフィにもバレてしまい、彼は今このザマである。怖いもの知らずにもほどがあるだろう。

 

 

「良かったですねぇヘルメス様。……もしレフィーヤ様まで衣服を脱いでいたら、今頃あなたの愚息は胃の中にありましたわ」

 

「ひっ」

 

「これに懲りたら、手を出す相手は選ぶべきです。……まあ、でも別に構いませんか。どうせ仮初の肉体。指のような大きさの肉片が一本消えたところで、どうでも」

 

「うぅぅううあぅぅ……!?」

 

「え?なんです?顔が膨れ上がって上手く話せていないですわよ?むしろ切って欲しいと仰っているのです?なるほど?そういう趣味が?」

 

「うぅぅうう!!!」

 

「もう、仕方ありませんわね。直ぐに鋏を持って来ますので、そこで少々お待ちくださいな」

 

「ううううううううううううううううう!!!!!!!」

 

 

「あ、あはは……」

 

 

 まああの後、ベル・クラネルはなんなら見られてもいないレフィーヤのところまで来て土下座をしていた。もうなんか鬼気迫るほどの勢いに若干引きながら注意はしたものの、もしかしたらそれも彼女が原因なのではないかとレフィーヤは思ったりもする。

 

 一時はレフィーヤも去勢した方がいいのではないかと思ったりもしたが、男2人のこの反応を見るに、なんだか同情さえし始めてしまうのが不思議なところだ。なんならベル・クラネルに対する嫉妬だって、少し和らいでしまったような……

 

 

 

「ひぃぃいっ!?!?ヘルメス様ぁ!?」

 

 

 

「んっ?」

 

 

 悲鳴と共に、バサッとした衣擦れの音。

 

 今は夕食の片付けをしている最中。レフィーヤは魔石灯と軽い荷物を持ち、グラナは両手に椅子を2つ持って歩いている最中。

 

 

 ……けれど、今の音はレフィーヤからしたものではない。

 その隣の人物からしたものだ。

 

 そして直前に聞こえた男の悲鳴。

 レフィーヤはそれにも聞き覚えがあって……

 

 

 

「え"っ」

 

 

「あ……」

 

 

「……ふむ」

 

 

 

 まあ、なんというか。

 

 事故なのだろう、きっと。

 

 それは分かる。

 

 

 レフィーヤと同じく、夜の暗闇で見た神ヘルメスのボコボコにされた顔、それに驚き咄嗟に近くにあったものに抱き着いてしまった。それはレフィーヤだって同じだ。レフィーヤも驚いて思わずグラナに引っ付いてしまったし、彼もきっと同じことをしたに過ぎない。

 

 ……けれど違うのは、レフィーヤは荷物を持っていたから身体を引っ付けるだけに過ぎなかったが、彼は何も荷物など持っていなかったことである。故に抱き着けてしまったし、抱き着いてしまった。

 

 そして何より不味いのは、彼の右手の行方である。なんなら左手の行方でさえも、一般的には普通に不味い。

 

 

「なるほど……レフィーヤ様に触れられないのであれば、わたくしに触れてしまえば良いと。これは考えましたわね、ベル・クラネル様。一本取られてしまいました。腰と胸に同時に手を這わせるその手際も、見事という他ありませんわ」

 

 

「ひっ………ひぃっ……ち、違うんです。こ、これは……」

 

 

「いえいえ、別に責めるつもりはありませんとも。むしろ感想さえ頂きたいくらい。……それなりに形と大きさには自信があるのですが、殿方からしてみたら如何なものなのか。是非あなた様の忌憚なきご意見をお聞かせ願えられたらと思うのですが」

 

 

「い、い、い、意見なんてそんな……!」

 

 

 

 

 

「……貴方って人は……貴方って人は……!!」

 

 

「あ、ひぃっ!?」

 

 

「アイズさんだけでなく……グラナさんにまでぇぇぇぇぇえええええ!!!!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ご、ごご、ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさぁぁああああああああい!!!!!!!!!!!!」

 

 

「絶っっ対に許しません!!!!!絶対に許しません!!私だって!私だってそんなことしたことないのに!!!私だって触るなんてことしたことないのにぃいいいい!!!!!」

 

 

「あ、え、レフィーヤさま!?」

 

 

「こんのエロウサギぃぃいいい!!待ちなさぁぁああい!!!」

 

 

「ひぃぃいいん!!!なんでこんなことばっかりぃぃいいい!?!?!?」

 

 

「レフィーヤさま!お待ち下さいな!!ど、どうしてこんなことに……!」

 

 

 レフィーヤに触れられていたら確殺していたこと間違いなしであろうが、自分の身体が触られる分には別にそれほど気にしない女:グラナ・グレーデ。なんなら男から自分の身体はどう見られているのかに関する興味の方が優ってしまう、残念な女。

 

 そして何故こんな状況になってしまったのかも分からず遠ざかっていく2人を追い、彼女は珍しく困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

「「迷った……!!」」

 

 

「だから言ったでしょうに……」

 

 

 そうして逃げるベルを追うレフィーヤと、更にそれを追うグラナ。

 気付けば3人は18階層の森の奥深く深くへと走ってしまっており、ベルが漸く諦めた頃には、取り敢えず自分たちが何処に居るのかも分からない程度の場所まで迷い込んでしまっていた。

 

 

「まあ比較的広さのある18階層と言えど、構造は単純ですので。別に帰れないという訳でもありませんが……周囲も暗く、魔石灯さえもない。19階層から入り込んだモンスターが活動し始めることを考えると、今夜はキャンプに帰れない可能性もありますわね」

 

「「すみませんでした」」

 

 

 魔石灯はない、レフィーヤがキャンプに置いて来てしまった。食料もない、水もだ。これでは暗くて迂闊に進めないし、何より危険である。

 

 

「……あの、本当にごめんなさい。私、我を失ってて、グラナさんまで巻き込んでしまって、魔石灯まで置いて来てしまって」

 

「ぼ、僕も……すみません……」

 

「ふう、まあ別に構いませんよ。むしろわたくしが居て良かったと思っています。お二人だけで迷っていたかと思うと、わたくしこそ冷静さを失っていたでしょうし」

 

「「え?」」

 

「……それに、別に魔石灯も必要ありません。明日の朝までに帰れるかは分かりませんが、眼は良いので。モンスターの位置くらいなら分かりますわ」

 

「こ、こんなに暗い場所なのにですか?」

 

「指揮をする人間には眼が求められるものです。勇者様に小人族特有の優秀な眼があるように、わたくしも眼には恵まれました。……お二人も、今後冒険者として生きていくのなら、眼は大事にしてくださいな」

 

「「は、はい」」

 

「わたくしが先頭を歩きますので、ついて来てください。一応こうして走って来ている間に方角だけは頭に入れてありましたので、高台を探して拠点までの距離を測ります。他に何か質問はあります?」

 

「「あ、ありません!」」

 

「では参りましょう」

 

 

 レフィーヤとベルが同じような雰囲気で同じように反応を返すので、グラナはなんとなくそれが面白く感じて少し笑う。

 

 ……彼等2人は、グラナの眼にはとても美しく見えている。そんな2人がこうして揃って自分の目の前に居るというのは、実はあまりにも眼福であったりもするのだが。だからこそ無事に帰さなければならないとも思っている。

 

 別にベルのことを嫌っている訳ではないし、むしろ男性の中では非常に好ましいと思っている。ただレフィーヤに手を出したら殺すというだけだ。それさえしなければ、贔屓さえするだろう。

 

 

「少し雑談でもしましょうか。……ベル・クラネル様は、何故冒険者に?」

 

「へ?ぼ、冒険者になった理由ですか……?」

 

「ええ。それとなく聞きましたわ。まだ駆け出しの冒険者である筈の貴方様が、ミノタウロスを倒してLv.2になったのだと。どころか18階層に辿り着くという偉業まで成している、将来有望な冒険者。そんな貴方の人間性を知りたいというのは、当然の欲求でしょう?」

 

「っ……」

 

「い、いえ、そんなの大したことは……う、運が良かっただけですよ」

 

「ふむ……ベル・クラネル様?運というのは冒険者だけでなく、人が生きていく中で非常に重要な要素になります。運が良いことは決して謙遜にはなりません、むしろ自慢ですわ。謙遜するのなら、もっと別の理由を用意することですね」

 

「う……す、すみません……」

 

「それで?何故冒険者に?」

 

 

 木を登り高台の位置を確認したグラナは、そんな雑談をしながら特に迷うこともなく進んでいく。

 時々何故か最短進路を少し遠回りするように歩いていくが、その歩みにやはり迷いはない。どころかこうして雑談をする余裕まであるのだから、彼女にとってはこの程度の迷子は大したことはないのだろう。……そうでなくとも、階層の概ねの地図は頭に入っているのだし。

 

 

「……実は僕、一緒に暮らしていたお爺ちゃんが死んでしまって。何をすればいいのか分からなくて、ずっと悩んでいたんです」

 

「……」

 

「でも、お爺ちゃんはよく英雄譚を聞かせてくれて、その時に言われた色々なことを思い出しました。……オラリオで冒険者になって、英雄譚の中のような冒険がしたい。そんな風に憧れていたことを、思い出したんです」

 

「……」

 

「ふふ。それは例えば、『美しい女性と運命的な出会いがしたい』なんてことも含めていたり?」

 

「なぁっ!?」

 

「えぇっ!?い、いや!そんなことは!!」

 

「男性ですもの、当然の欲求でしょう。……美しい女性と運命的な出会いをして、互いに困難を乗り越えながら絆を深めていく。それこそ英雄譚にはよくある話」

 

「そ、それは……」

 

「……若しくは、鈍感な少年が沢山の女性に好意を抱かれながら、カッコよく世界を救う物語の方がお好きでしょうか?所謂ハーレムを築きたいだとか、そんな欲が?」

 

「そ、そんなことを考えていたんですか!?このエロウサギ!!」

 

「か、考えてないです!全然考えてないです!!ハーレムなんてそんな!!作るつもりないですから!!」

 

「ふふ、ここに神が居ないことが残念で仕方ありませんわね。あなた様がわたくしの胸を揉んだ事も、故意なのか、はたまた偶然なのか。是非知っておきたかったのですが」

 

「ぐぐぐぐぐぐ偶然ですから!!偶然!ほんと!本当に!!偶然です!!ですからレフィーヤさんも杖を構えないで下さい!!」

 

 

 そんな風にベルを弄っていれば、高台となり得る大樹へと辿り着く。予想が正しければこの大樹から拠点が見える筈であるが、もし外れていれば一度助けを求め、それでも駄目なら今日はここで一晩を明かすことになるだろう。

 

 

「あの……グラナさんって、どういう人なんですか?」

 

「え……?」

 

 

 そうしてグラナが大樹を登りに行っている間に、そんな彼女を見上げながらもベルはポツリと疑問を溢す。彼女はLv.3というステイタスだけでは考えられない、明らかに慣れている様子で大樹を登って行ったが、それは山育ちのベルからしても不思議な光景だった。

 ……だってあんな、見た目も雰囲気も何処かの貴族のような人なのに、何故こうも森の歩き方や木の登り方に熟達しているのだろうと。そんな疑問を抱いてしまうのも仕方がない。

 

 

「……私にも、分からないんです」

 

「え?」

 

「私も……まだ、よく分からないんです。グラナさんは自分のことをあまり話してくれないし、きっと団長達もグラナさんの全部は知らない」

 

「同じファミリアの団員なのにですか……?」

 

「……グラナさんがロキ・ファミリアに入ってから、まだ2ヶ月くらいしか経ってません。その間に遠征は2回あって、グラナさんはどちらにも参加していませんでした」

 

「あまり話せていない、ってことですね……」

 

「そうです……だから、どうしてあんなに私に良くしてくれるのかも正直分かりません。いえ、分かってはいるんですけど……多分、本当の意味では分かっていない」

 

「……」

 

 

 レフィーヤのその反応と表情で、何も分からないほどベルも鈍感ではない。それにベルだってなんとなく分かる。あのグラナという女性が、とりあえず普通の人ではないということくらい。

 目の前にすると思わず顔が熱くなってしまうほどに美人な人ではあるけれど、何を考えているのか分からないというのは、ベルも思ったところなのだから。

 

 

「でもグラナさん、レフィーヤさんのことを大切に思っているのは本当だと思います」

 

「え……?」

 

「だって、神様……ヘスティア様のことを敬っているのは本当なのに、それよりレフィーヤさんの心配してましたから」

 

「!!」

 

「神様が言っていました。『僕のことを本当にすごく尊敬してくれているのに、それよりもそのレフィーヤって子の方がずっと大事なんだろうね』って」

 

「グラナさん……」

 

「人を好きになるのに理由は要らないって、お爺ちゃんは言ってました。一目惚れでもなんでも、好きになったのならそれが全てだって。……僕も、それは分かります。理由なんて後からいくらでも付いてくるんだって」

 

「……」

 

 

 きっと彼もまた、一目惚れをしたのだろう。そしてその対象が一体誰なのかなんて、流石にもうレフィーヤにだって分かる。けれどそれを咎める気にもなれない。……一目惚れしてしまったものを、止めることなんて出来ない。止める資格など誰にもない。

 

 

「……すごい人なんです。周りに味方なんて1人も居なかったのに、無視出来ない結果を出し続けて。たった2ヶ月でもう団長達も頼らざるを得ない存在になって」

 

「フィンさん達が……」

 

「私と同じLv.3なのに、力とか強さだけが全部じゃないって教えてくれる。私が3年掛けても追い付けない人達の隣に、たった2ヶ月で立って、でもそこには納得出来るだけの努力と経験もあって……知ってますか?グラナさん、アイズさんと同い年なんです。月日の差でグラナさんの方が1つ上みたいですけど」

 

「…………え、本当なんですか?正直、今それに一番驚いてます」

 

「本当です……グラナさんにとって、きっと強さなんて手段の1つに過ぎない。強さなんて無くても手段は色々あって、あったら便利くらいにしか考えていない。強くなるだけで全部上手くいくなんて都合の良い考えは持っていないし、そんな私の甘い考えを粉々に壊してくれたのもグラナさんです」

 

「……」

 

「何もかもできるようになっても、アイズさん達にはまだ追い付けない……そんな考えさえも、きっと間違ってる」

 

「間違って、いるんですか……?」

 

「……本当に何もかもが出来る人は、やろうとする人は、どんなに前を走っている人にでも追い付ける」

 

「……!!」

 

「出来ない、無理だ、難しい。そんなことを考えても手は動いているし、出来ないのなら出来る方法を探すことに切り替えられる。それでもどうしても無理なことがあったなら、普通の人なら絶対にやらないような、根本からひっくり返すような滅茶苦茶をやって、色々な人を巻き込みながらでも、無理を通す。……それが出来る人なんです、あの人は」

 

 

 出来ないなら出来る方法を探せ、なんて言葉はあるけれど。きっとそんな言葉を言う人間こそ彼女は嘲笑う。

 例外はあれど、少しでも頭のある人間なら、そんなことは言われる前にやっている。その上で出来ないと言っているに決まっている。ならば、それ以上のことを考えられないのならば、お前も同類だと。

 

 目の前に出来ない事が現れたのなら、別の道を模索するか、盤面ごとひっくり返すしかない。それは確かに労力を使い、心を削るようなこと。なるべくならしたくないし、それを決断するのにも疲労するだろう。

 だがそこで1秒足りとも躊躇せずに引き返したり破壊したり出来てしまうのが彼女であり、そういう人間だからこそ人は付いてくる。……だって、誰よりも前に立って壁を破壊してくれる彼女の後ろを着いていくのは、きっと楽しく、爽快だからだ。そして自分もまた確かに先に進む事が出来るからだ。

 

 

「困難を前にしても決して足を止めない。そんなグラナさんに、私は憧れます。……だから、そう。困難を前に足を止めてばかりの情けない私に、どうしてグラナさんがあんなに良くしてくれるのか」

 

「……」

 

「……ああ、そっか」

 

「レフィーヤさん?」

 

「きっと私は……納得出来なかったんだ……」

 

「……」

 

 

 それは多分、ベルにも少しだけ想像が出来た。

 

 "豊穣の女主人"でベートに馬鹿にされたあの日、ベル・クラネルは自分の考えの甘さを認識して、自分には何もかもが足りていないことを思い知らされた。自分の努力は足りていないし、資格はないし、無償で何かを期待する無力な自分に価値はない。何もかもしなければ彼女の前に立つことさえ出来ないと。そう考えた。

 

 ……だが、もし。

 

 もしそれでも、そんな自分でも、アイズが好意を向けてくれていたら。最初は喜ぶかもしれないけれど、きっと直ぐに疑問に思って、不安に思う筈だ。

 

 どうしてこんな自分なんかを?と。

 

 レフィーヤはきっと、まさに今その状態なのだ。自分は足りていないし、十分な努力も出来ていない。少なくとも彼女に見合うだけの何かを持っていないし、見合うだけの何かをしている訳でもない。隣に立つ資格などない、好かれる理由などない。

 

 ……それなのに、好かれている。

 

 だから分からない、困っている。

 

 嬉しいけど、納得出来ない。

 

 

 

「……頑張りましょう、レフィーヤさん」

 

「!」

 

「……多分、それしかないと思うんです。僕も、貴女も、それ以外にできる事なんてない」

 

「ベル・クラネル……」

 

「アイズさんも、グラナさんも、きっと僕達のずっとずっと先を、ものすごい速さで走っています」

 

「そう、ですね……」

 

「……でも、立ち止まっていたくない」

 

「っ」

 

「追い付けない、追い付かない、差は縮まらない。むしろ広がっているかもしれない。そんなことは分かっています。……それでも、諦めてしまったら、本当に終わりだから」

 

「……」

 

「無駄かもしれないけど、無茶かもしれないけど、僕は絶対に追い付きたい。……いつか、相応しい自分になれるように。自分でも相応しいって思える自分になれるように。そのための努力を、惜しみたくない」

 

 

 そう言い切った彼の目は、きっともう自分より先に走り始めた者の目だった。たとえそれが限りなく可能性の低いものであったとしても、その覚悟を決めた者の目だった。

 

 ……ようやく分かる。

 

 どうして彼が、ベル・クラネルが、フィンやアイズ達が認めるほどに成長し、どころか当のアイズからあれだけ目を掛けられているのかを。自分との違いは何なのか。自分には何が足りないのか。むしろ彼には一体何があるというのか。……その違いを。

 

 

 

「……遂にあなた、アイズさんを狙ってること隠さなくなりましたね」

 

「え?……あ、いや!!これは違うんです!!」

 

「何が"違う"ですか、あなた今日全部違うって言ってるじゃないですか。水浴びを覗いた時も、グラナさんの胸を触った時も」

 

「そ、それはその……」

 

 

 

 

 

「……私だって、諦めたくない」

 

 

 

「!」

 

 

 

「私だって、なりたいです。アイズさんの、グラナさんの隣に立つに相応しい人間に。……納得の出来る自分になりたいって、ずっとそう思ってます」

 

 

「レフィーヤさん……」

 

 

 27階層で全滅しかけた。

 

 59階層でも全滅しかけた。

 

 死と隣り合わせのダンジョンの中で、自分の出来ることはあまりにも少ない。けれど、もし自分がもっと色々な事が出来たのなら。もっと色々なことを考えられたら。そんなことは何度も何度も考えた。何度も何度も後悔した。

 

 ……もし次またそんな時が訪れた時、次も生き残れるとは限らない。自分の一歩の不足が、仲間を殺してしまうかもしれない。それどころか、その不足のせいで……彼女はもっと酷い無茶をしてしまうかもしれない。

 

 追い付きたい、自分を変えたい。その気持ちだけで駄目なら、そんな未来図への恐怖心で自分を押し上げるしかない。レフィーヤ・ウィリディスのために自分を犠牲にするグラナ・アリスフィアという未来図を現実のものにしないために、むしろ自分が彼女を助けられるように……

 

 

「……ベル・クラネル、私はまだ貴方のことを認めていません」

 

「え」

 

「他派閥のアイズさんに厚かましくも稽古を付けて貰って、それなのに裸まで覗いて、それだけでは飽き足らずグラナさんの胸まで揉んで……ほんと、最低最悪のヒューマンだって、今でもそう思ってます」

 

「ひ、ひぃん……」

 

 

「……でも、一時休戦です」

 

 

「……え?」

 

 

 そう、腹を括らなければならない。

 自分も彼女のように。本当にその目的を叶えようとするのならば、自分の感情に行き詰まり、無駄な時間を浪費することなどしていられない。嫌でも、認めたくなくても、そんな感情を楽にするために拒絶して、目的から遠ざかるような真似をしていられる余裕などない。

 

 

「貴方はアイズさんに追い付きたい。私はグラナさんに追い付きたい。……きっと、協力出来ると思うんです」

 

「……!」

 

「貴方のこと、利用させてください。その代わり貴方は私のことを利用すればいい」

 

「……それなら僕も、お願いしたいです。魔法のこととか、魔力の使い方とか、教えて欲しいことが沢山あるので」

 

「いいですよ。その代わり、貴方も私に教えてください。……私、実は"魔法剣士"に憧れてるんです。最近フィルヴィスさんっていう手本みたいな"魔法剣士"と出会って。やっぱり私もあんな風に戦えるようになりたいって、そう思ったので」

 

「……僕なんかでも教えられる事があるなら、いくらでも」

 

 

 足りない、足りない、足りない尽くしの未熟者。

 けれど似た者同士、そして自身の不足を相手は持っている。ならば手を取らない理由など、感情だけ。そしてその感情は不要なものだ。認めたくない、羨ましい、嫉妬する。そんな不要なものに振り回されて、本当の目的を見失うような愚かな真似だけはしたくない。

 

 レフィーヤは決意した。

 嫉妬の対象であるベル・クラネルを利用してでも、自分を納得出来る自分に変えることを。

 

 

 

 

 

 

「………やれやれ、どうしてこういう時に限って見つけてしまうんでしょうかねぇ。食人花の溜まり場なんてものを」

 

 

 なお、レフィーヤとベルがそんな風に固く決意を誓い合っている間に、当の本人はこうして別のことに頭を悩ましているのだから。まあ本当に色々とすれ違っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。