「食人花の、養育場……!?」
「断言はまだ出来ませんが……恐らくそれらしきものを見つけてしまいました」
「?」
「それと残念なお知らせですが、どうやらわたくしが想定していた以上にここはキャンプから距離が離れていたようです。仮にここで大声を出した場合、養育場に居るであろう闇派閥の構成員に位置がバレてしまうでしょう。……まあ、居たらの話ですが」
大樹から戻って来たグラナは、これは状況的に仕方ないとベルとレフィーヤに珍しく嘘も誤魔化しもせずに状況を説明する。大樹から見つけてしまった、食人花を生産しているのか、育成しているのか、どちらにしても大量に眠っているであろう寝床のような場所を。
もしかすれば以前に18階層のリヴィラの街を襲った大量の食人花も、そこで生産されていたのかもしれない。見つけたのは幸運なのか不幸なのか。それはどちらとも言えないが……
「襲撃、するんですか……?」
「……正直あまり気は進まないのですが、状況的にこちらが有利なのは確か。レフィーヤ様の魔法で大々的に吹き飛ばしても、増援が来るのはむしろわたくし達の方ですから。襲撃を行うメリットの方があまりにも大きい」
「えっと、食人花っていうのは……?」
「新種のモンスターですわ。Lv.3相当の力を持っていながら、凄まじい増殖力で最近ダンジョンのあちこちで出現しておりますの。闇派閥というのは、そのモンスターを繁殖させて悪いことをしようとしている人間の集まりです」
「な、なるほど……なんとなく、どうにかしないといけないってことは分かりました」
恐らく、あの場所には親玉のような存在がいる。つまりは精霊となる前の段階の未成熟体が。それを精霊へと昇華させてリヴィラの街を壊滅させる段取りであるのだろうが、正直それは困る。
18階層はダンジョン探索における重要地点だ。特にリヴィラの街は治安は悪くとも、ダンジョン内で唯一物資が豊富にある。今回のように遠征の際の中継地点として、あまりに役割は強い。そうでなくとも……
「……ベル・クラネル様。マナー違反ではあれど、貴方の最大火力がどの程度なのか教えて頂けますか?」
「あ、はい。……えっと、実はその、チャージする?みたいなスキルを持っていまして」
「!」
「それを最大まで溜めて魔法で撃てば、相当な威力になると思います。インファント・ドラゴンも簡単に倒せてしまって」
「…………ベル・クラネル様。もしかしてそれは、こういった形のものですか?」
「「っ!?」」
レフィーヤはそれを、見た事がある。
リヴィラの街が襲撃された時、それこそあの怪人にレフィーヤが襲われた時、グラナはそれを限界まで溜めて怪人に圧力を与えていた。
いっそ怖いほどに殺気を帯びた、紅の光。
「……多分、同じ物だと思います。でも、色が違って」
「っ」
今度はベルの右手に集まり始める、ほんの僅かな"白い"光。彼はまだそこまで自分の力をコントロール出来ないのか、それとも発動させるために何らかの条件が必要なのか。それは分からないけれど。
恐らく、原理自体は同じだ。その結果でさえも。ただ違うのは色だけ。……いや、殺気を帯びていないというところも違うのか。つまりは意味合いが異なっているということ。それが生じる、過程と、根源が。
「となると、火力は十分そうですわね」
「えっと、僕はどうすれば……?」
「レフィーヤ様と共に、最大火力の魔法を養育場にぶっ放していただきたいのです」
「「!!」」
「話は単純、それだけですわ。……悲しいことながら、私は攻撃魔法を持っていませんので。このチャージスキルがあったとしても、直接敵を殴り付けるような形でしか使えません」
「そ、そうなんですね」
「しかし、それも不要でしょう」
チャージというスキルの効力は、他の誰でもなくグラナが一番よく知っている。ベルよりも長くそれに付き合って来たし、それを活用しても来た。ベルとレフィーヤの火力ならば、中規模のファミリア程度なら粉砕出来る。その確信がある。
最早レベルの差などというものを容易く覆せる才能を、この2人は持っていた。先制攻撃という環境であれば、負けることは確実にない。そうでなくともこの2人には、しっかりとした地力もあるのだから。
「……お二人が養育場を破壊している間に、私は付近の闇派閥の動きを見つつ探ります。必要であればそちらにも加勢しますが、恐らく最初の一撃で大凡なんとかなるでしょう。増援も直ぐに来る筈ですので、決して無理することなく。生き延びることだけを考えてくださいな」
「「分かりました!!」」
「ん、いいお返事です」
相手は闇派閥、とは言え今回の件についてはそれほど脅威は感じていない。敵の規模も、それほど大きいものでもないだろう。最初の先制攻撃さえ決めてしまえば、その後もそれほど苦戦することなく終わる筈だ。
(だからこそ、ここで手に入れておきたい……地下通路と18階層を行き来しているのなら、あそこに潜む末端達は必ず1つは持っている筈)
あれさえ手に入れば、地下通路攻略の難易度は格段に下がる。たった1個でさえも、あるのと無いのでは戦況がまるで変わってくる。
……それでも正直、苦悩もある。これはレフィーヤを危険に晒す行為であり、グラナの読みが当たっている確証もない。襲撃自体もこうして急遽企てたものであり、こうした事前準備も情報もない作戦というものはグラナはあまり得意ではない。少なくともフィンとは比較にならないほどにお粗末だ。頼みの綱は異変に気付いたアイズが一瞬でレフィーヤ達の元に駆けつけてくれること。
(やはり闇派閥の巡回を待って、そこから私が1人で尾行した方が安全に済む……いや、わたくしの魔法では口を塞ぐ事が出来ない。食人花の大群を呼ばれてしまった時の対処が出来なくなってしまう。周辺地理の情報は敵の方が多い、事前情報のない未知の地で尾行を完全に出来る保証もない。……キャンプに戻る?それが一番安全な手段ですわね。ただ普通に考えて朝になるまでには闇派閥も地下通路の中に戻る筈。アレを手にいれるためにも、確実に持っているとは限らないものの、今襲撃したいというのは本音……)
「………」
自信がない、訳ではない。
何事も予告がある訳ではない、緊急事態の対応を任されるのは世の常である。そんなことは何度もして来たし、そんな対応は何度も乗り越えて来た。……ただ、もしもの事を考えると、こんな浅い策で大切な人間を送り出したくはない。もう少し偵察なりをして情報を集めるのも筋としてはあるが、下手に勘付かれてしまうと敵は先ず逃げるだろう。せめてもう1人でも戦力になれる人間が居れば別なのだが……
「グラナさん」
「っ、はい?どうなされましたか、レフィーヤさま」
「大丈夫です」
「……!」
「私達に任せてください。私達のことを信じて、任せて欲しいです」
そんな彼女の迷いに、レフィーヤは気付く。そしてそれに悔しくも思った。自分はまだこんなことでさえも任せて貰えていないほど信用されていないことを。……いや、信用されていないのは自分の実力を考えれば当然なのだが。そんな自分を悔しく思った。
……だが、そんな自分は卒業すると決めたのだ。隣で同じように真剣な顔でグラナを見つめる彼と、気に食わない気持ちを封じ込めてでも協力し合うと。そこまでしてでも彼女のことを追いかけると。そう決めた。
「やらせてください。お願いします」
「ぼ、僕からも!お願いします……!!」
「……この件については、わたくしも大した案も計画もありません。養育場の破壊は全面的に任せてしまいますし、加勢に入ることが出来るのも拠点の調査を終えてからになってしまいます。敵に想定外の何者かが居る可能性もあるんです」
「それでも!……必要な、ことなんですよね」
「!」
「普段のグラナさんなら、多分私のことを心配して、こんなことに巻き込んではくれません。でもそんなグラナさんが私達に協力をお願いするくらいに、これは大切なことなんだって。……そう思ったんですけど、違いますか?」
「……いえ、違いません」
レフィーヤのその訴えに、グラナは唇を噛みながら目を閉じて、必死に頭を回す。これまでの状況、周囲を見た際の地形、敵の思惑……果たして先制攻撃で何処まで上手くいくのか。本当にそれだけで処理できるのか。敵の規模、これまでの未成熟体の情報、あらゆる情報を総動員して、考え直す。
「……敵の巣穴は、18階層の地下空間に存在します。恐らく食料となるモンスターや魔石を投げ入れるための穴が空いていますが、その中に魔法を撃ち込むだけでは意味がありません」
「ええと、それなら……」
「目標は天板、つまりは地下空間そのものを魔法で破壊し生き埋めにする。お二人にお願いしたいのは、これだけです」
「倒さなくてもいいんですか……?」
「養育場を破壊して、それでも生きていたとしても、それほどの規模の破壊行動に勇者様達が気付かない筈がない。そこから先、まともに戦う必要はありません。戦線を離脱して逃げてくださいな」
「……グラナさんは、どうするんですか?」
「ひと足先に敵拠点に忍び込みますわ」
「そ、そんなの危険です!!」
「いえ、一応勝算はあるのです。……お二人が騒ぎを起こしてくれる。ただそれだけで、わたくしは何倍も動き易くなるでしょう」
「……でも」
「勘違いなさらないで下さい、危険なのはお二人も同じ。どちらも敵側に例の怪人と呼ばれる存在が潜んでいる可能性がある。しかしそれを無い前提で動かなければ、今回の目的は果たせません」
「「………」」
「とにかく、生き残ることを考えてくださいな。お二人の魔法が放たれれば、確実に勇者様達が駆け付けます。敵を倒すのはその後、それを忘れないように」
「「……はい」」
そこが妥協点だった。
敵側に怪人が居る可能性は、実際のところそれほど高くはない。しかし、そもそもの怪人自体がどれほど居るのか分からない。アイズとレフィーヤとベートが27階層で出会ったオリヴァスは怪人は自分と赤髪の女の2人だけと言ったが、少なくとも遠征中に深層でフィン達は仮面の何者かと出会っている。
「では、巣穴の位置を教えます。襲撃までは身を潜め、撃ち込むのはこれより半刻後。……お願いいたします」
「「はい……!!」」
想定外の作戦は始まった。
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潜入調査というものは、実際のところ非常に難しい。
しかし特殊な眼を持つグラナにとってそれは普通の人間よりも有利に立ち回れるものであり、決して苦手なものではない。何より暗闇というのは有利な地理であり、本当に敵が末端だけであれば大した危険もないだろう。
(……本当に、末端だけなら)
大樹の上から見つけたのは闇派閥の足跡を辿りながら、周囲の気配にも気を配る。獣人でもないグラナにはアキのように詳細な探査までは出来なくとも、眼に見える範囲であれば区別が出来る。
(それにしても、どうもこれは建物らしき拠点を構えている訳ではなさそうですね……養育場の管理とは言え、基本的には地下通路から出て魔石を与える程度のもの。であれば確かに、ここには精々が休憩用の空間があるくらいで十分ですか)
18階層の東の端、ここには天井を埋め尽くしている巨大な水晶群と森林が入り混ざったような複雑な地形が存在している。確かにここならば何かを隠すにはうってつけであり、自分達が隠れるのにも苦労はしない。
(……見つけました)
白の装束に身を包んだ、2人の構成員。
こうして見るだけだと、それほど戦闘に精通している訳でもなさそうである。しかし問題は、そこから少し離れた場所に一瞬だけ見えた、食人花の緑の身体。
(これだけ近いと、下手に襲えば確実に呼ばれてしまう……)
数も1体や2体程度ならばどうとでもなるが、ここは養育場であるとグラナは睨んでいる。そんな少ない数で済むということもないだろう。
……何より、今のグラナにはナイフのような小さな武器さえもない。一瞬で片を付けるというのもなかなかに難しい。しかしもしもの事を考えれば、絶対に自爆などさせられない。
(………………………仕方ありません、腹を括りますか)
ベル達が動き始めるまで、あと数分。
時計もないので多少のバラツキはあるだろうが、その瞬間を待つ。けれどただ待つだけではない。顔を隠すフードを深く被り直し、取れることのないようにピンで止め、再度ブーツを履き直しながら息を吐く。
(溜め(チャージ)……)
溜めるのは右足。
けれど音は鳴らさない程度に、殺気が伝わってしまうギリギリで、制御し、待つ。その一瞬、僅かな一瞬が欲しい。タイミングを合わせなければならない。
信徒達から見た、ベル達の位置と、自分の位置。そのズレを利用し、掻っ攫う。必要なのは……
(魔力の高まり………!今っ!!)
ーーーーーッッ!!!!!!!!
集中していた方角から伝わって来た魔力の高まりを察し、爆音のタイミングと共にチャージした右足を背後の大木に打ち付け、全力で前方に向けて跳躍する。
瞬間、切り替えるは集中。右の拳と自身の軌道、そして敵の位置と行動。レフィーヤ達の引き起こした爆発に反応して立ち上がった彼等の元に、超高速で接近する。
武器は己の拳だけ。
けれど敵は2人。
助けを求める隙さえも与えてはならない。
……ならばどうする?
(殺すしかない)
「ごかっ……!?」
跳躍のまま、自身の拳が1人の男の喉を撃ち抜く。
首の半分が吹き飛び、1人が即死する。
「なっ!?がっ、ぁがっ……!?」
「っ」
「ァぎっ……」
勢いそのままに、今度はもう1人の男の首を両手で締め上げ、へし折る。脳からの伝達さえも遮るように、首の内部を滅茶苦茶にでもするように、握り潰し、捻り曲げ、粉砕する。
……そうして、2人の人間の命が僅か2秒のうちに潰えた。悲鳴さえも碌に上げることのないまま。きっと敵が何者なのか、考えることさえも出来ないうちのことだったろう。
(っ、自爆装置……)
本当に標準装備のように身に付けているそれ等を引き千切り、遠くへと投げる。どうやら食人花達に気付かれている様子はなく、遠くから聞こえる崩落音から判断するに、ベル達の方も上手くやったらしい。
そしてこれだけの破壊音、想定通りフィン達も直ぐに駆けつけることだろう。なんなら向こうにはアイズも居る。高速で移動することが出来る彼女なら、本当に1分も掛かることなく彼等の元に来てくれる筈だ。
「………これで」
『何ヲシテイル』
「っ!!!!?」
奇跡的な反射。
自分以外の発した音を耳にした時点で、まるで猫のようにその場から飛び跳ねた。そして一見すれば過剰すぎるその反応こそが、今正に自分の命を救った。
「ぅぐっ……」
爆風に吹き飛ばされ、地面を転がる。
敵から外し、もしもの為にと遠くへと投げ捨てた自爆装置。しかしそれを投げ返されるというところまでは、想定していなかった。それも魔剣による火炎弾と共に。いくらLv.3と言えど、元々冒険者と相打ちになるための自爆装置。モロに当たっていたら死んでいた。
『凄マジイ反射行動……Lv.4カ?』
(っ、仮面の……)
その真っ黒な仮面を被った人物を、グラナは知っている。深層で大量のモンスターを引き連れてフィン達を襲った、恐らくは怪人の1人と思われる存在。
リヴェリアの魔法を前に、まるで瞬間移動でもしたかのように消失し、何かしらの特殊能力を持ってはいるのだろうが、実力自体はLv.3程度だとフェルズと共に判断した相手。
『
(本当にLv.4だったら良かったのですが……)
敵はその咄嗟の回避行動を見てグラナをLv.4と判断したのかもしれないが、実際にはまだLv.3である。実力的には同等程度に過ぎないと言うのに、その警戒からか付近に潜んでいた合計5体の食人花を集め、睨まれる。
こちらの正体をバラす訳にはいかないので声は出さないしフードも外しはしないが、それ以前に状況が悪いというのは明らかだ。なんなら加勢に来る筈のアイズ達も先ずレフィーヤ達の方へ向かうだろうし、こちらに来るまでにはもう少し時間がかかる。それまでに自分が生きているのかどうかについては……
『行ケッ!!』
(そもそも仮面の怪人にもわたくしは勝てるか怪しいのですが……!!)
襲い掛かって来た5体の食人花に対し、とにかく回避を試みる。敵の情報は粗方頭の中に入っているとは言え、それが5体も同時に迫って来れば話は別だ。
こちらに武器はない、道具もない、殆ど丸腰と言ってもいい。アイズのように空中を飛ぶ手段もなく、回避出来る空間さえ限られる。それだけならまだしも。
「ぃっ………ぐっ……」
仮面の怪人が魔剣から放つ火炎弾。食人花からの攻撃を最低限のダメージを覚悟しつつ避けはするものの、そうして回避を終えて無防備になったグラナに、火炎弾が的確に打ち込まれる。
こちらの正体が分からないからなのか、徹底的に自分は近付いては来ず、前衛を食人花に任せているそれは、まあ正しい。もし近付いて来ていたなら、グラナは腕の一本くらいは承知の上でその首を撃ち抜いていただろう。
(食人花に対する有効な攻撃手段が無さすぎる……!鞄さえあればいくらでも焼き払ってやりましたのに)
火炎弾に転がされながらも、食人花の体を盾にして、投げ捨ててあったもう一つの自爆装置の元に辿り着く。その勢いのままに草藪に飛び込んでみれば、一切の躊躇なくその自爆装置を自分の腰に巻く。そうして着ていたスカートを破り脱ぎ、自爆装置を隠すようにその上から更に腰に巻いた。
「ぅぐっ……!」
横方向から、食人花に殴り飛ばされる。
ミシッと嫌な音を立てた左腕、だがもうこうなれば利用出来るものはダメージでさえ利用するしかない。自身を殴り付けた敵の頭部を引っ掴み、危険を承知で花弁にしがみつく。強烈な痛みを訴える左腕、しかし今はそれを奥歯を噛んで封じ込める。……今必要なのは。
『漸ク出テ来タナ』
花弁を掴んでいた手が離れ、そのまま空中に放り出される。再び木々の中から広場に向けて投げ出された自分を見て、仮面の怪人が魔剣を構える。
無防備、ダメージも大きい。空中に投げ出され、回避行動も取れない。既に全身がズタボロ、痛くない場所がないというくらい。……それでも。
(ああ、この方……勇者様と比べられるほどの頭は持っていなさそうですわね)
『ッ』
魔法を使うための魔力を、極限まで高める。それはまるで『攻撃魔法をこれから行使するぞ』と、そう言わんばかりの雰囲気を出して、右手を構える。構える対象は当然に仮面の怪人。すると、それを見て即座に放たれた火炎弾。
……まあそうするだろう。誰だってそうする。魔法を放たれる前に、魔剣で攻撃する。それは当然の反応だ。決して間違ってはいない。
だから誘い出した。
『……?ナニヲ』
「……」
『……ッ!?シマッタ!!待テ!!食人花!!』
構えていた右手を下ろし、自分の身体を回転させながら腰に巻き付けていた自爆装置を取り外す。
食人花の習性、それ即ち魔力に反応して襲い掛かかるというもの。あれほどの魔力を発揮させてしまえば、一斉に襲い掛かってくるのは当然。
……けれど、それこそが罠である。
空中に投げ出された人間1人、それに向けて一斉に襲い掛かる5体の食人花。しかしそれは逆に言えば、それまで縦横無尽に暴れていた5体の食人花が、たった一点に一斉に頭を集中させるということ。
(ぶっ飛べ……!!)
隠していた自爆装置を、自分に向けて放たれた火炎弾に向けて投げ付ける。直後に衝撃に備えて身体を丸め、なるべくダメージを抑えるために背を向けた。
ーーーーーッッ!!!!!
「ぐっ………ぁっ………!!」
至近距離で生じた、複数の爆弾による強烈な爆発。その衝撃は尋常ならざるものであり、グラナの身体は容易く吹き飛ばされ、付近の巨大水晶に叩き付けられる。
バキバキッと、身体の何処かの骨が折れる音がする。けれどそれ以上に、意識と思考が吹き飛ばされる。真っ赤に染まる視界、朦朧とする意識。外傷だけでなく、恐らく内臓もいくつかイッたのだろう。
……なんなら、耳の調子がおかしいことから、鼓膜もやられたのかもしれない。こうなってくるとむしろ、正常な場所が何処にあるのか数えた方が早いか。
「がっ……カハッ……」
『ッ、食人花ガ全滅シタカ……ダガ、捨テ身ノ一撃ダッタヨウダナ』
霞む視界の中で、仮面の怪人が近寄って来る。
何を言っているのかは分からない。
(目を覚ませ、叩き起こせ、寝ている暇はない……息を吐け、息を吸え、苦痛を飲み込め……)
フードに空いた穴から、敵の姿を自分の眼に焼き付ける。朦朧とする意識の中、だが既にやるべきことは単純だ。複雑な思考などもう何も要らない。今この瞬間こそが、最も敵が自分から警戒を解いている瞬間なのだから………
こんな絶好の機会を寝ていられる筈などあるものか。
『終ワリダ』
「おまe………」「ああ、君の終わりだ」
「『っ!?』」
仮面の怪人の左胸から、槍の切先が現れる。
……否、貫かれる。
それをしたのは、最早言うまでもない。それを成した男の顔を見た瞬間に、グラナの顔は反射的に引き攣ったからだ。……そして同時に、狡いことをするようになったとも呆れた。その少し得意げな顔が、なんだか腹立たしくもある。
「っ……!」
そしてこちらも最後の力を振り絞って身体を跳ね起こし、全力を持って敵の身体目掛けて右手を突き込む。
仮面の怪人の意識は完全に背後に現れた"勇者"の方に向いていて、まさか目の前のズタボロの女が立ち上がるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。それはフィンもまた同じだった。立ち上がれないと思ったから加勢したというのに。
……それ故に、反応が遅れてしまった。
『ゴッ………アガッ………』
胸の中央、若しくはその内部。
怪人達はその部分に核となる魔石を持っており、それを破壊しなければ無限に回復し続ける。事実27階層でオリヴァスは赤髪の怪人に胸の魔石を奪われるまではどのような傷でさえ自動で治癒されていたし、赤髪の女もアイズに胸元を斬られた際に『ギリギリ魔石は免れたか』と発言していた。
……だからこそ、フィンの槍がいくら心臓のある位置を貫いていても意味がない。本当に貫かなければならない場所は、左ではなく中央にあるのだから。
最初からそこしか狙ってなどいない。
『ァッ………アァァ!?ァァアアッ!?!?!?バ、カナ……コンナ、コンナトコロ、デ………!?』
「!!」
『ァッ、ァァアァァアッッッッッ!!?!?!?!?!?ディ、ディオ、ディオディオ………ニッ……さ………………』
「……」
「……」
死んだふりをしていたつもりはない。
ただ死にかけたけれど、無理矢理立ち上がった。
それだけだ。
一度も諦めてなどいない。爆発の後、あらゆる思考を捨てて背中側に隠した右手にチャージをし直した。最後に放った火炎弾で魔剣が壊れていたことを確認していたからだ。トドメを刺すには近付くしかない。
知っている。
戦闘中、最も隙が生じるのは勝ちを確信した瞬間だ。そしてだからこそ、その瞬間であれば確実に不意をつける。……どうやらそう思っていたのはフィンも同じだったらしく、奇しくも仕掛ける瞬間が被ってしまったけれど。それもあって、より深い隙を突けた。
そもそも仮面の怪人と出会した時点で。いや、出会すという可能性を思い描いていた時から、こいつはここで確実に殺すと決めていたのだ。消失なのか瞬間移動なのか、どちらにせよ面倒な能力を持っているこの怪人は早めに殺さなければならないと、最初からずっと警戒していた。
……そして、その正体も明かしてくれた。
手の内に握った魔石を握り潰し、粉々に破壊した。崩れるように、溶けるように姿を崩していったその人物は、黒色の髪を振り乱しながら、泣いていた。
何を言っているのかは聞き取れなかったけれど、そこもフィンが聞いていた。これでもう言い逃れは出来ない。……もう、容赦をする必要もない。
「……聞こえるかい?エリクサーが無くてね、普通の回復薬で我慢して欲しい。直ぐにリヴェリアもここに来る」
「……死ぬ直前まで見ているだなんて、趣味の悪い。それと、もう少し耳元で話して下さいな。右耳なら生きてます」
「分かった。というか、まさかあの状況で反撃の準備をしているとは思わなかった。よく立ち上がれたね」
「……」
「とにかく、今は休んでくれて構わない。後のことは僕達に任せてくれ。……怪人を1体倒したんだ、君の働きは大きい」
「……レフィーヤさま、は」
「問題ない。アイズが行く前に別の"風"が吹いていたみたいでね、2人とも無事さ」
「………そう」
一番大切なことを聞くことが出来たからか、安心して意識が落ちる。回復薬を使ったとは言え、実際怪我は殆ど治っていない。立ち上がるどころか意識を保つことさえも限界だった筈。
……それでも核を見誤ったフィンに代わり、敵の魔石を貫いた。頭脳の力ではなく、意志の力で。その尋常ならざる精神力は、なんなら恐ろしく思ってしまうほど。
「君が敵でなくて良かったと……僕は何度思えばいいんだろうね」
寝息を立て始めた彼女を抱き上げながら、フィンはポツリと呟く。レフィーヤがまた取り乱すのだろうなと、そう思いながら。