「本当にこの街には美人な処女が多いのですねぇ、眼福ですわ」
「「「「……は?」」」」
思いも寄らぬそんな言葉が突然出て来たことに驚いたのは、いつものロキ・ファミリア幹部陣と、相談のために呼び出されたガネーシャ・ファミリアの団長:シャクティ・ヴァルマ。
特にそんな言葉をシャクティ目掛けて言われたのだから、彼女は混乱と困惑と羞恥に襲われて、まるで石にでもなったかのようにピシリと固まる。
「な、何を……」
「死と隣り合わせの世界、その場の勢いで縺れ込む様なことも多いと思っていましたが、どうやらそういう訳でもない様子。同性愛者ということでも無さそうですし」
「な、なぜそんなことが分かる!!」
「わたくし処女が好きでして」
「………」
「………」
「………」
「それは……生き血を啜るためか?」
「若しくは浴びるんか……?」
「それとも食人的な……」
「わたくしのことをバケモノか何かだと思っていらっしゃる?」
「いや、そうでなくとも趣味が悪過ぎるだろう……」
ただ見るだけで、相手が処女かどうか分かる。そんな特技はあまりにも表に出しにくく、どころか処女が好きなどと公言する女が居るのなら、吸血鬼か何かだと思われても仕方がない。
特にこの女の容姿と雰囲気からしてみれば、処女の血を浴びているなどと言われても信じてしまうし、趣味が悪いと言われるのも至極当然。
「しかし流石は都市の守り手:ガネーシャ・ファミリアの団長といったところ、正に鉄壁の盾。まさかその年齢まで純潔を貫くとは、わたくし素直に感服致しましたわ」
「馬鹿にしているな!?貴様馬鹿にしているだろう!!そこに直れ!!叩き斬ってやる!!」
「お、落ち着こうシャクティ、君らしくもない」
「せやせや、そないなこと言うたらリヴェリアはどないすんねん。もう1世紀近く護り抜いとるんやぞ。鉄壁の盾どころか不落の要塞や」
「ロキ、不要な方の腕を出せ。この場でへし折る」
「じょ、冗談やん。折るのは流石に勘弁やって」
そんな風に場を掻き回しておきながら、当の本人はのんびりと茶を楽しんでいるのだから怒りも増すというもの。
そもそもシャクティはあのヴァレッタの子というだけで警戒していたのに、その雰囲気も見て更に眉を顰めていた。そんな中にぶっこまれた、先ほどの言葉である。彼女が冷静さを失っても仕方がない。闇派閥というのは彼女にとって、生涯許すことの出来ない存在であるのだから。
「そ、そもそも!お前とてその……しょ、処女では、ないのか!?」
「違いますよ、幼い頃に見ず知らずの男達に犯されましたので。そのまま何日も何日も沢山の男達に輪姦されて、処女などという物はその時に」
「っ……その、すまない」
「まあ嘘ですけど」
「オイ!!!嘘にしてはタチが悪過ぎるだろう!!」
「ロキ……?」
「マジで嘘やで」
「えぇ……」
「そもそも、わたくし盾がありませんので。矛ならありますが」
「「「え……?」」」
またもや、とんでもない話が突然ぶっ込まれる。
「ちょ、ちょい待ち!!ってことは男なんか!?その身なりで!?」
「いえ、区別が出来ないのです。強いて言うのであれば、半分は男性、半分は女性といったところでしょうか」
「……先天性の疾患か」
「両方の性別を持っているということか?」
「若しくは持っていない、とも言えます」
「そんなことが、あるのか……?」
「ですので、襲われたことは事実ですが、犯されることはなく、そのまま見世物小屋に売り飛ばされました。矛があっても構わないという人種でなかったことだけは救いでしたわね」
「「「「…………」」」」
いつものように、話の最後に悪い意味でのどんでん返しを持って来る。これはもう慣れて来た部分もあるものの、やはり味わう度に顔が歪む。しかし当の本人は何食わぬ顔で茶を飲みながら、片目を開けてこちらの様子を楽しそうに伺っているのだから質が悪い。
……こうなると本当に、こうして相手の反応を楽しむことを目的としているのではないかとさえ思えてくる。若しくは逆に何かを隠しているのか。その辺りの思考の深くが読めないからこそ、判断に困る訳だが。
もちろん、それはきっとロキもシャクティも同じ。同情を誘っているのか、それとも弱音なのか。それさえ分からない、悟らせない。厄介の塊の様な人間。
「はぁ……なるほど、これは確かにお前達が手を挙げるのも仕方がない」
「ああ、正直ヴァレッタを相手していた時の方がよっぽどやりやすかったよ。言ってしまえばこの場に、彼女を理解出来る人間が居ない。そして彼女が心を開いてくれる人間も居ない」
「図々しいことを仰りますわねぇ、勇者様。貴方だって容易く他人に心を開くようなお方ではないでしょうに」
「……否定はしないよ。その点において僕と君は似たもの同士だ」
「あの、いきなり誹謗中傷するのはやめていただけます?私だって傷付くんですよ?」
「君の中で僕とヴァレッタは同じ扱いなのかい……?」
「似たようなものでは?知りませんけど」
「適当だなぁ」
しかし、この態度を見るにシャクティに相談をしても進展は無さそうである。ガネーシャ・ファミリアに連れて行ったところでどうにかなるとも思えないし、他に適任な人間も今のところは思い付かない。
こうなると他の神々と合わせてみるという手段も思い浮かぶが、果たして何処まで彼女の存在を広めるべきか。その辺りの匙加減もイマイチよく分からない。
「……しゃあないな。よしグラナ、会いたい人間とか居らんのか?会わせたるわ」
「なに?本気かロキ」
「他に手も無いからなぁ」
「へぇ……それはどんな人間でもいいんですの?どのような人間とでも会わせてくれると誓います?」
「相変わらず嫌な言い方をするなぁ……」
「必要なら口以外の全てを縛った状態でも構いませんわよ?言葉さえ禁じると言うのであれば、流石にやめておきますが。そうなると、また暫く部屋の中で監禁でしょうか」
「……どうする、フィン」
「……彼女の条件を飲めば、少なくとも今の状況が少しは改善するだろうね。その代わりに1人が確実に彼女の犠牲になる」
「ふふ、残念ですがその犠牲とやらになるお方の名前を事前に教えるつもりはありませんわよ。そこまで含めての条件です。もしかしたらそれは皆様にとって大切な人かもしれません」
「……アイズ、か?」
「誰ですかそれ、知らない名前ですね」
「……この言葉が本当かどうかも分からんのだが」
「ロキ、どうだい?」
「ん〜、微妙なところやなぁ。嘘でもあり、本当でもありって感じか」
「くっ、本当に厄介な奴だな……」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
何が酷いかと言えば、この女を無視して放り出すことが出来ないというところだ。そんなことをするのなら、それこそ完全に監禁するか殺した方が良い。しかしシャクティも巻き込んだ以上は、それも出来なくなった。
つまり今目の前にある選択肢は、誰かを犠牲にして彼女を知るか、問題を先送りにして情報を手放すかの2択。そしてフィンは悟っている。こういう場合は大抵、時間をかけるべきではないと。直感している。この条件を避けてしまえば、より状況は悪くなることを。
「まあ仕方ないか、その条件を飲もう」
「っ、フィン!!」
「安心すると良いよリヴェリア、恐らく彼女の目的はアイズじゃない」
「……何故、そう言い切れる」
「"貴方にとって大切な人かもしれません"という言葉は、その人間を僕達にアイズだと思わせるブラフ……いや、それをブラフだと僕に気付かせるための餌。彼女の目的は"アイズ"かどうかはさておき、世間に名を轟かす"剣姫"ではない」
「っ」
「……ふふ、まあ過程は自由に想像していただいて構いません。論じても意味がありませんから。それで、どうされます?わたくしに供物を捧げるのですか?ちなみに後から条件を付け加えるのは無しですよ」
「逆に聞きたいのだけど、僕達が素直に君の条件を飲むと本気で思っているのかい?」
「別に守らなくとも構いませんとも、その場合はわたくしも同じように条件を破るだけです。人と人とは鏡合わせ。不義理を働けば不義理を返される。そんな当然の摂理を見ることになるだけですもの」
「……やれやれ、腹を括るしかないか」
フィンがしたこの遣り取りは、決して彼女との腹の探り合いではない。むしろ彼女と共に、この条件を飲むための前提条件を周りの者達に共有した。そのためのものだ。
「それにしても感服するよ、自分という人間性を取引の材料に仕立て上げたその手腕には」
「むしろ勝手に材料にして貰えたので、それに乗っかっているだけですわ。……それで、他に条件は?あと1つくらいなら受け入れてさしあげましょう」
「それなら、引き合わせた人物との会話には必ず僕達も参加させて貰おうか。一瞬でも2人きりにはさせない。必要に応じて口を出させて貰うし、止めることもあるだろう。その代わり拘束はしないと誓う。このあたりでどうかな」
「おや、それは条件に含むほどのことではないという認識でしたが。まあそれで良いのなら構いませんとも。……ああ、撤回いたします?」
「いや、撤回の必要はないよ。確実を取りたい」
「それは喜ばしい」
「……儂には此奴等が何を言っとるのか分からんわい」
「めちゃくちゃ話省くやん」
「はぁ、まあアイズに影響がないのならお前に任せる。好きにしてくれ、フィン」
そこはもう投げやりというか、フィンへの信頼というか。突然目の前で盤上遊戯をし始めたように見えてしまう2人のやり取りに、呆れというか面倒臭く感じてしまったというか。
それにそもそも、そうして彼女が会いたいという人間が自分達の知り合いという可能性も微妙なところだ。相手によってはここまで線を引いておく必要もないのかもしれない。
「それで、君は誰に会いたいんだい?」
「……実は名前は分からないのです。ふと外を見た時に目に映った少女でした」
「おい、やはりアイズではないだろうな……」
「アイズという方は恐らく剣姫で、剣姫は恐らく金髪の少女でしょう?わたくしが興味を持ったのは、彼女の隣に居た別の少女のことです」
「……特徴は?」
「山吹色の髪を纏めたエルフの少女」
「「「っ」」」
「…………レフィーヤか」
「ふふ、やはりこのファミリアの方でしたか」
フィンの顔が引き攣る。
それはロキもリヴェリアもそうだ。ここに来て今までの遠回しな言動の意味が分かったのだから。
「……アイズを隠れ蓑に使ったな」
「さあ?そちらが勝手に誤解しただけでは?わたくしとしては彼女と接触出来るならと、目の前の手札を使っただけですし」
「何故、レフィーヤを……?」
「それを話す義理はありませんわね。わたくしがどのような意図を持っていたとしても、引き合わせる条件なのですから関係はないでしょう?……もちろん、今更になって全部破棄するというのなら諦めますが。それでも彼女と接触することを諦めるつもりはありませんので、そこだけはご理解いただけると」
「……」
まあ、仕方がない。
フィン達として今なにより欲しいのは、この女に対する信頼、または敵対する理由である。正直まだまだ未熟なレフィーヤをこの女と引き合わせることは、あまりにも悪影響が出そうで恐ろしく思うのだが、約束してしまった以上はやるしかない。むしろ変な形で接触を図られるより、目の前で引き合わせる方がよっぽどマシである。
……そもそもレフィーヤが彼女に魅入られてしまった時点で、この話はどうしようもないのだから。多少の悪影響は諦めて、ここからはその中で如何に最善を取るかに舵を切り換えるしかない。
「約束は約束だ、君と彼女を引き合わせよう」
「ふふ、それはよかった」
「ただ、流石に今日は無理だ。明日まで待って欲しい」
「それは構いませんとも。彼女にも事情はあるでしょうし、何より遠征も近いのでしょう?」
「っ、遠征を知っていたのか」
「新聞なり雑誌なり読んでいますもの。おかげさまで少しずつ冒険者という職業についても情報が得られていますわ。遠征というものがあることを知った時点で、妙に物資の運びが多い理由も分かります」
「……本当に、可能なら君を味方に引き込みたいね」
「そこは貴方次第でしょう?勇者様」
「「「………」」」
変わらず特段表情を変えることもなくそう言うグラナと、何処か面白そうに目の前の彼女を睨むフィン。この2人が話していると会話の過程の大半が省略されてしまうので、ロキでさえ微妙な顔をするというのに、それ以外の者達からしてみれば訳が分からないにもほどがあって……
「私がここに来た意味はあったのか……?」
思わずシャクティはそう漏らした。
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彼等に部屋に帰された後、グラナは1人部屋の中央に佇んでいた。
「ふ、ふふ…………ふふふふふふふ………」
聞く人が聞けば眉を顰めるような笑い声。如何にも怪しいそんな笑いを溢しながら、彼女はいつもの窓際の椅子に腰掛ける。
外はそろそろ夕日が入って来る頃だろうか。チラと見た大通りには、ダンジョン帰りの冒険者達が見える。その中に彼女は居ないものかと目を走らせてみるが、残念ながら見当たらない。しかしそれでも、笑いは治まらない。
「はぁ……割と分の悪い賭けでしたが、上手くいくものですねぇ。これで漸く彼女と接触出来る。1日時間を貰えたのも幸いでした、おかげで準備が間に合いそうですわ」
彼女を見つけたあの日から、色々と策を巡らせていた。それと同時に諸々の準備も進めていた。仮にフィンが今日いきなり会わせるという話をしていたら、少々困ったことになっていただろう。それくらいにぶっつけ本番な勢いで挑んだ今日である。
「それにしても、やはりまともな思考戦では勇者様には敵いませんか。事前に十分な策を立てた上で、そこに2つ以上の想定出来ない要素を混えて漸くといったところ……そもそも策を仕掛ける側に居ることは前提条件」
まあつまり。
「ああ、面倒臭い……」
リヴェリア達にはフィンとのやり取りを楽しんでいるのではないかとさえ思われているが、実のところ本人にとってはそうでもない。もう本当に面倒臭い、絡んで来るなとさえ思い始めたくらいには割かなければならない労力と思考と時間が多過ぎる。
ただ、そうはいかない上に、流れとしてはグラナの望んだ通りに進んでいる。ならばもう少しの我慢だ。幸いにも時間はある、じっくりと思考を深める余裕はある。
「レフィーヤさま……ふふ、名前まで聞けてしまいました。ああ、本当に楽しみ。ここに来た理由の何もかもがどうでも良くなってしまったくらいに、わたくしの目を奪っていった綺麗な少女」
口は弧を描いたまま、両眼を閉じる。
眠るのはまだ先、耳に栓を入れて外部からの情報を完全に遮断する。動かすのは頭、ただ明日のために思考を巡らせる。母親などどうでも良い。自分さえもどうでもいい。
今はそれより……
「さぁ……どう"おとし"ましょうか」