【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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32.怒りと再戦

「フィル、ヴィス……?」

 

 

 神ディオニュソスは、目の前の光景が信じられないと言ったら様子で、声を震わせる。自身の眷属であるフィルヴィス・シャリア、そんな彼女が今この瞬間に胸を貫かれた。

 

 主犯は他でもない……レフィーヤ・ウィリディスと、グラナ・アリスフィア。互いに全く同じ短剣を使って、前後から彼女の胸部を貫いた。

 

 そして、何かが割れる音。割れてはいけないものが割れた音。仲間殺し。同胞殺し。そんなあり得てはならないことが、今こうして、目の前で起きてしまった。

 

 

「ま、待て………待て!!何を、何をしているんだ!!お前達は一体何をしているんだ!?」

 

「ええから黙っとけやボケ」

 

「っ、ロキィィィイイ!!!!」

 

 

「悪いが、少し大人しくして貰う」

 

 

「あぐぅっ!?……なっ、タケミカヅチ!?どうしてお前がここに居る!?」

 

 

 神威を放ち、グラナとレフィーヤを引き剥がそうとしたディオニュソスを、突如として物陰から出てきた武神タケミカヅチが捕える。

 Lv.2の冒険者複数と対峙しても容易く処理することが出来るという噂さえある武の神は、少なくとも下界に降りて来た零能の神々の中では屈指の実力を誇る。

 

 ……つまり、爆弾でも持って来ない限り、ディオニュソスではどうしようも出来ない。そして当然そんなものを持ってロキ・ファミリアには入れない。言ってしまえば武神タケミカヅチは、神々に対する最高の切札となる。

 

 

「すまんなタケミカヅチ、待ったやろ」

 

「いや、これほどの大役だ。気にするな」

 

 

「何を、何を言っている!?何のつもりだロキ!!なぜフィルヴィスを殺した!!どうしてこんな真似をする!?ウラノスに騙されたのか!?」

 

 

「……こら重症やな。ソーマ、出番やで」

 

 

「ああ……流石に眠りかけた。だが間違いない、神酒の香りがする」

 

 

「ソ、ソーマだと!?どうしてお前までここに!?」

 

 

 先程までタケミカヅチが隠れていた物陰から、のっそりとした動きで出てきたもう一柱の神。酒の神:ソーマ。彼もまたロキがこの日のために招集した神の1柱であった。

 

 

「んで?覚ます方法はあるんか?」

 

「ああ、作って来た。……"メリーウコンS"、以前に作った"メリーウコン"の改良版だ。"オラリオメリー"だけでなく、"神酒"の酔いさえも醒ますことが出来る」

 

「……まあその辺はどうでもええわ。はよ飲ませ」

 

「ああ。残念だ、ディオニュソス」

 

「なにを……んぐっ!?うぐぅ!?」

 

 

 既に、この周囲の人払いは済ませている。

 他者に見られることもなく、いくらディオニュソスが騒いだところで助けには来ない。そして……そもそも今日この日、ファミリア内には最低限の人間しか残っていない。元より周囲には、遠征という形で話を進めていたが。

 

 

「ぐっ……ぅぅう!!!な、何故だ!!何故だロキ!!何故私の正体が分かった!?それにフィルヴィスまで!!」

 

「お?やっと正気に戻ったな。残念やったなぁディオニュソス、マジで何にも知らんかったやろ」

 

「ふざけるな!お前達は何も知らなかったはずだ!!私のことを疑ってはいても、どうして神酒まで辿り着くことが出来た!?デメテルはどうした!!」

 

「別にお前が真っ黒なんてこと、1ヶ月も前から分かっとったわ」

 

「!?」

 

「全部自分の掌の上やと思っとったんやろ?舐めんなやアホゥ。掌の上で踊っとったのはお前の方や」

 

「馬っ、鹿な……!?」

 

 

 本当に、どれほど。

 一体どれほど、今この瞬間まで、神にさえ気取られないように慎重に準備を進めて来たことか。ロキとフィン、グラナだけでなく、神ヘファイストスも含めて多くの神々の知恵を借りながら、闇派閥を騙すことに全力を尽くして来た。

 

 ギルドまで巻き込んで、偽の遠征まで仕立て上げて、この件を知る人間を最小限に抑えて、各ファミリア毎に理由から動きまで全部仕立て上げて、ここまでかと言うほどに徹底的にやった。根回しを滅茶苦茶にやった。いっそ過剰すぎるほどに。グラナの思考を中心に、それをフィンが更に発展させて、そこに神々の知恵で補強した。

 

 

「ふざけるな!!ふざけるな、ふざけるな!!私がこの計画に何年掛けたと思っている!!それをこんな、仕上げにさえ至れず終わるなどと!!こんな!!」

 

「お前は子供達を舐め過ぎや。フィンがあの子と本気で手を組んだ時点で、お前等はもう終わっとったんや」

 

「あの子、だと……?」

 

「まさか思わんやろうな、そこだけは同情したるわ。まさかフィンと同等の頭を持つような奴が!何の前触れもなく現れるなんてなぁ!」

 

「は……?ば、馬鹿な!?そんなことがあり得るか!!」

 

「残念やったなぁ、それがあり得るのが下界や」

 

 

 

 

 

 

 

「勇者様、こちら予定通り捕縛完了いたしました。……フィルヴィス・シャリアについても、もう問題ないでしょう。わたくしが保証いたします」

 

 

 

 

「……彼女、は」

 

 

 

 

「さて………皆様、聞こえておりますか?漸くです、漸く準備が整いました。神々の説得に少しばかり時間がかかってしまいましたが、これで漸くあなた方を邪神の手から解放することができます」

 

 

 

「まさか……まさか、彼女が……」

 

 

 

「再度申し上げます。闇派閥の信徒の皆様、これよりオラリオの有力ファミリアが我々の願いを受けて、地下迷宮内に突入いたします。……そして、あなた方に求めることはただ1つ。『生きて帰ること』」

 

 

「ほんま、えげつないわ」

 

 

「皆様!ローブを脱ぎ、自爆装置を外し、未だ邪神に囚われし信徒達から逃げ、指示に従い避難所へ!そして必ず!隣人を見てください!彼等に武器も爆弾もないことを必ず確認してください!生きて帰るのです!裏切りの恐ろしさは皆様方一番よく知っているはず!そして神タナトスを見つけたのなら殴っても構いません!ただそれでも!生きては帰って来てください!」

 

 

 

「まさかアイツが、アイツがレヴィスの言っていた……!!」

 

 

 

「愛した人間にもう一度会いたいのなら!今を精一杯に生きて!胸を張って会いに行きなさい!!悪行を善行に変えて!思い出話を持ちきれないほどに作りなさい!……神の力など当てにする必要はありません、神に祈る必要などありません。なぜなら」

 

 

 

「エインを殺したのも……!!私の策を暴いたのも……!!」

 

 

 

「貴方の愛した人達は、神なんかに頼らずとも、ずっと、ずっと空の上で……貴方を待っているのですから!」

 

 

 

「グラナ・アリスフィアァァァアアア!!!!!」

 

 

 

 魔道具による通信を終えたグラナが、自身の名前を叫んだ神ディオニュソスの方へと目を向ける。

 

 ……フィルヴィスはまだ消えてはいない。しかしもう、そちらについてどうこうするつもりはない。彼女はもう大丈夫だから。何より彼女達2人の会話に、割り込むつもりもない。

 

 

「こんにちは、神ディオニュソス様。お初にお目にかかります」

 

「お前か……お前が私の計画を全て……!!」

 

「ええ、面白いほどに踊ってくれましたわね。いっそ滑稽でしたわ、あの酔い方は」

 

「貴ッ様ァァァアアア!!」

 

「グラナ!!神威に気を付け……」

 

「あー、はいはい」

 

「「あ……」」

 

 

 バッサリと、神ディオニュソスの毛髪が落ちる。

 美男神たり得る神ディオニュソスの絹のような黄金髪。それがあまりにも無惨な姿で、剃り落とされる。頭皮が剥き出しになるほどに悲しく、流れるような手際で。

 

 

「は…………?神威、は?」

 

「神威への耐性は既に獲得済みです」

 

「た、耐性……?」

 

「神々と政争をするのに、耐性がなければ話にもならないでしょう。ある程度の鍛錬は王族にとっての責務です。それに元より、神威への抵抗力は強い方でしたから。……まあ十中八九、王族の血筋と母親の影響でしょうけれど」

 

「し、信仰心の無さか……?」

 

「そ、そんな……そんなことで……」

 

 

 神威の効果は、単純に言えば子供達に『恐れ多い』という感情を強く抱かせるものであり、それ一つで人々は冒険者であっても神に対して逆らうことが出来なくなる。

 

 ……しかし、神が下界に降りて時は長く、各国の王族達は嫌でも敵国の神々と向き合う必要が出て来た。そんな最中、神威による圧力に対抗する術を持つ必要が出て来たのも当然の話。嘘を見抜く神々に対しての対抗策を中心に、王族達には神に対抗する技術が培われている。それは血に染み込むほどに洗練されて。

 

 そしてそもそも、神に対する信仰そのものがなければ、神威の効果は薄くなる。あのヴァレッタ・グレーデと同じように。いや、実際に政争をしていた分、グラナ・グレーデは根本的に神という存在を毛嫌いしている。

 故に彼女に対する神威の効果は限りなく少ない。それこそヘスティアの神威でもなければ言うことを聞くことはない。男の神の神威など、欠片たりとて効くものか。

 

 

「さて、神ディオニュソス。貴方はそうして喚いてはいるものの、実際のところそれほど焦ってはいないのでしょう?なにせ時間をかけて準備したのですから、こうなる可能性の1つや2つを考えていないはずがない」

 

「っ」

 

「なっ、ほんまかグラナ……!?」

 

「それはそうでしょう。なんなら地下迷宮そのものを破壊するような仕掛けを作っていても驚きませんとも。迷宮はオラリオの地下空間にあるのですから、その方法でオラリオを壊滅させることも出来ますからね」

 

「「「なっ!?」」」

 

「……くくっ、だったらどうする。それを止める手段があるとでも?」

 

「ええ、ありますよ」

 

「……は?」

 

 

 彼女は明らかに作った笑顔を浮かべて、そう言葉を返した。神の目で見ても、明らかに嘘ではないといった様子で。それこそ一切全く余裕を崩すことなく。

 

 

「闇派閥残党の4割は既にこちらで掌握済みです。残り2割は中立、残り4割は未だ邪神タナトスの洗脳下。……とは言え、全体の4割。どうしてその中に敵幹部が含まれていないと?」

 

「ま……さか……」

 

「ええ。人造迷宮クノッソスの作り手、バルカ・ペルディクスとは既に契約済みです」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 今度こそディオニュソスは、悲鳴の如く叫んだ。

 

 

「迷宮そのものを破壊する機構の設置、迷宮内に存在する裏道や隠し部屋、4割も手足がいれば幾らでも噂話程度の情報は入って来ますので。その辺りを餌に仲介し、ギルドと直接契約を結ばせました」

 

「ギ、ギルドが……クノッソスの存在を認めたというのか……!?」

 

「人造迷宮クノッソスの作成について、今後ギルドは可能な限りの協力をする。代わりに、現在ギルドが計画している階層間移動手段の構築について協力を要請する。……まあ現実的に見れば今後幾つかの問題が生じるような契約ではありますが、概ねの利害は一致しています。少なくとも短期間、本襲撃の間については何の問題もない」

 

「ふ、ふざけるな!そんなことが!!ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁぁああ!!!!」

 

「まあ彼は信徒達が言っていた通り、クノッソスが完成できればそれでいいという人種でしたので。今回の件で浮き彫りになったクノッソスの問題についても、わたくしの方から解決策を提示してみれば、直ぐに目の色を変えてくれましたわよ」

 

 

 勝負は始まる前に終わっている。

 敵の勢力の約半数が既にこちら側、なんなら敵拠点の主までもが寝返っている。この1ヶ月の間、こちらは着々と準備を進めていたが、幸いにも敵側からの動きは殆ど無かった。これほど動き易い環境も無かったと言えるだろう。

 

 

「……そ、そうだ!まだ精霊が!精霊がいる!!クノッソスごと緑肉に包んでしまえば!!」

 

「……だそうです、勇者様。想定通りですわね。恐らくは地下付近に居ると思いますので、18階層から侵攻しているフレイヤ・ファミリアに徹底的に探させて下さいな。敵の概ねの位置については……あら、流石ですわね。もう目星を付けていましたの。では後はそちらにお任せいたしますわ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「ディオニュソス、お前アホやろ」

 

「貴っ様ァァァアアア!!!!なんだその魔道具は!!そんな便利な代物があってたまるものかぁああ!!!」

 

「いえ、それは本当にその通りです」

 

「便利やなぁ、マジで」

 

 

 これが最後なのか、それともこれ以上の情報を吐かないためなのか、それ以降むっつりと黙ってしまった神ディオニュソスを他所に、グラナは立ち上がる。

 こうなったのなら、彼のことはもうどうでもいい。どうせもう自分には何も話すつもりはないのだろうから。後の処分はロキ達に任せておけばいい。ここから先の戦についても、フィンが上手くやってくれるだろう。

 

 

「さて……レフィーヤさま」

 

 

「グラナ、さん……」

 

 

「お話は出来ましたか?」

 

 

「……はい」

 

 

「……」

 

 

 涙で顔をグズグズにしてしまっているレフィーヤの頭を優しく撫でながら、既に崩れかけているもう1人のエルフの少女の顔を見る。

 悲しくも、けれど何処か満足したような顔。しかし後悔もあるのだろう。決して晴々としたものではない。

 

 

「……エインを、私の片割れを殺したのも、お前だったのか」

 

「ええ、その通りです」

 

「……何処までが、本当だったんだ?」

 

「……わたくしの死が近いということ以外は、全て」

 

「そう、か……」

 

「これについて、貴女に嘘を吐くつもりはありませんでしたので」

 

「ああ、分かっている……選択を間違えたのは、私だ。貴女は最後まで、私に機会を、くれようとしていた」

 

「……」

 

「……馬鹿だな、私は」

 

 

 彼女の核たり得る魔石は砕けた。

 それでも意志の力で形を保っていた肉体が、少しずつ崩れ始める。そんな彼女の視界の端に映る神ディオニュソス、けれど彼はフィルヴィスの方を見てはいなかった。

 それを見て悲しげに目を細める彼女、彼女が選んだ選択の結末がこれだ。神ディオニュソスは未だに、ロキへ睨みを利かせることに熱心している。フィルヴィスのことなど見てもいない。……少なくとも、今は。

 

 

「……愛していたんだ、あのお方を」

 

「……」

 

「友愛より、恋愛を取った……これはただ、それだけの話だ」

 

「……酷いですよ、フィルヴィスさん」

 

「そう、だな……」

 

「ですが、よくある話ですわね。結果として手酷い目に遭い、それを捨てたはずの友人に慰められる。……そこまで含めて、よくある話」

 

「ああ……まさに今の、私だな。……すまなかった、レフィーヤ」

 

「……嫌です。絶対、許してあげません」

 

「お前に、そんな顔……させるつもりは」

 

「選んで、欲しかったです」

 

「……」

 

「私のこと、選んで、欲しかったです……どんな形でもいいから、側にいて欲しかったです」

 

「……」

 

「なんで……なんで、選んでくれなかったんですかぁ」

 

 

 涙が止まることはない。非難する資格も彼女にはある。そしてその非難はある意味では救いでもあるだろう。自分は愚かなことをしたのだと、責めてくれなければむしろ苦しいくらい。

 

 

「レフィー、ヤ……」

 

「……もし、また会えたなら……もしまた、次に出会えることが出来たなら、その時は……」

 

「……ああ、約束する」

 

「絶対、ですからね」

 

「……ああ、絶対だ」

 

「もう次は、許してあげませんからね……!」

 

「ああ……許さないでくれ、こんな酷い私を……」

 

 

 納得のできる死を。

 受け入れられる死を。

 

 そんなものは存在しないと、しかしグラナは言い切らなかった。フィルヴィス・シャリアが無限に分裂、もしくは存在するような可能性を考えた時、必要なのはそれだったから。彼女が受け入れられる死の形を作る必要があった。だから作った。

 

 突きつけた2択は、彼女に死か裏切りを突きつける2択。彼女はその末に死を選んだ。何も知らなくとも、彼を選んだのなら自分の最後も碌なものにならないと分かっていた筈なのに。それでも選んだ。ならばこうなることもまた、納得が出来る。

 

 

「グラナ……アリスフィア……」

 

「なんでしょう」

 

「……レフィーヤを、頼む」

 

「そんなことは、言われずとも。……ですが、であれば、神ディオニュソスが隠している切札についても教えていただきたいものですね」

 

「……!」

 

「どうせ何かあるのでしょう?あの様子ではもう何も喋りそうにありませんが。……それとも、やはり最後まで彼に尽くします?若しくは、最後くらい貴女を想い続けた親友のために、恋愛を捨てられますか?……貴女の言葉は、何処まで本当なんです?」

 

「……本当に、酷い奴だな。お前は」

 

「よく言われますわ」

 

 

 フィルヴィスの横に座り込み、神ディオニュソスの顔を見れなくする。……強引なやり方だろう、酷いと言われても仕方がない。レフィーヤへの気持ちと、レフィーヤからの気持ち、どちらも利用している形になる。

 

 ……だが、フィルヴィスは知っている。彼女がレフィーヤのことを守ろうとしているのは本当であるということを。そして結果的にレフィーヤを取れなかった自分が最後に出来ることなど、そのたった一つしかないということを。本当にレフィーヤに謝罪したいのであれば、本当にレフィーヤの想いに報いたいのであれば、最後の言葉まで嘘にしたくないのであれば……自分は……

 

 

「……『精霊の六円環』、精霊6体を使った大秘術。それによって、オラリオを吹き飛ばす」

 

「その先の話です」

 

「……そこまで、辿り着いていたのか」

 

「秘術の特定までは出来ませんでしたが」

 

「『精霊の六円環』は……かつて、邪龍ニーズホッグを滅ぼした一撃」

 

「?」

 

「だがディオニュソス様は……精霊の地上召喚だけでは、満足、出来なかったんだ。英雄達を確実に滅ぼすため、更に1つ切札を仕込んだ。主役を、つまりは龍を」

 

「っ、神は劇的を望む」

 

「え……?」

 

「場所は?場所は何処です?クノッソス内ではないでしょう」

 

「ああ……エインが死に、急遽場所を移し替えた。更にその、地下だ」

 

「チッ」

 

 

「グラナさん……!?」

 

 

 最後の別れは、グラナには必要ない。

 彼女との別れはレフィーヤに押し付けて、自分は必死に頭を回す。掻き集められるだけの戦力、全てをひっくり返されることを防ぐために、必要なもの。今この瞬間に必要なのは……本当に必要なものは……。

 

 

「フェルズ様、"異端児(ゼノス)"を掻き集められるだけ集めて18階層へ」

 

『な、なに?だが……』

 

「このやり取りも無駄な時間です。察して下さいな」

 

『わ、分かった。今直ぐ彼等に呼び掛ける、少し待ってくれ』

 

 

「シャクティ様聞こえます?ガネーシャ・ファミリアのLv.5全員を今すぐダンジョン18階層に集めて下さいな」

 

『っ、緊急事態か!!』

 

「ええ、このままでは全滅します。地上の守りは不要です、早急に」

 

『分かった!!』

 

 

『……グラナ、こっちからの支援は必要かい?』

 

「余裕があるのならいただきたいですが、別に無いでしょう。さっさと終わらせろと猪のケツでも蹴り上げておいて下さいな。本当に全滅しますわよ」

 

『分かった、そちらは任せる』

 

 

 今ここから走っても、果たして間に合うかどうかは微妙なところ。地上から18階層まで、容易い距離ではないだろう。まともな手段で行っては、確実に間に合わない。

 

 

「バルカ様、力を貸して下さいな。このままではクノッソスごとオラリオが吹き飛びます」

 

『……何が必要だ』

 

「1階層から18階層までの最短距離を。恐らく貴方の作ろうとしていた19階層の大空間が利用されています。今からそれを直接処理に向かいます」

 

『……指定する入口から入れ、案内する』

 

「感謝いたします、この礼は何れ必ず」

 

 

 これで移動手段は確保できた、これで間に合わなかったのならもうどうしようもない。

 それにまだ問題は山積みだ。いくら戦力を届けたところで、そもそも勝てなければ意味がないのだ。敵の精霊の戦力を考えれば、それ以上の存在であると考えるのが普通のところ。しかしロキ・ファミリアもフレイヤ・ファミリアも既にもう手一杯だ。今から動いたところで間に合う可能性は低い。

 

 

「さて、最後に……神ヘルメス。ベル・クラネル様は今何処に?」

 

『なっ!?まさか彼を使う気か!?駄目だ!!彼にはまだ早過ぎる!!』

 

「このままでは彼を含めて全滅しますが、時間がないので早めに決断を願います。決定打に欠けるのです」

 

『くっ……今は拠点に居る筈だ!!ギルドからの強制任務が出たという話は聞いたが、まだギリギリ出発はしていない筈だ!!』

 

「承知しましたわ」

 

 

 今用意出来る準備と戦力はこんなところだろう。

 

 待機戦力も全て注ぎ込み、敵の狙いを粉砕する。

 

 すべきことはそんな簡単な話。

 

 まあそれが容易く出来たら苦しくないのだが。

 

 

「さてレフィーヤ様、参りましょう」

 

「グラナさん……私……」

 

「……立ちなさい、レフィーヤ・ウィリディス。貴女の友の思いを無駄にしないためにも」

 

「っ」

 

「心が沈み、足が動かなくとも……命を奪った以上、立ち上がらないことは許されない」

 

「……はい」

 

「貴女が決めたことです。……わたくしが何度も何度も何度も何度も反対したにも関わらず、貴女がその全てを押し切って決めたことです。ならば責務を果たしなさい。幾ら汚れようとも、せめてその心の火だけは絶やしてはなりません」

 

「は、い……」

 

 

「………………………………立ちなさい!」

 

 

「はいっ……!!」

 

 

 強く叱り付けられたレフィーヤが、立ち上がる。

 未だ彼女を見上げ、けれどもう言葉さえ発すことのできない、自らの手で命を奪った友を見下ろしながら。他の誰にも見せられないような顔を隠すこともできず、涙を溢す。

 

 

「……フィルヴィス・シャリア。わたくしは貴女を憎悪いたします。彼女にこのような決断をさせたことを」

 

 

 それだけを言い残すと、最後に彼女はフィルヴィスを突き刺した短剣を構え、今もまだ憎々しげにロキを睨み付けているディオニュソスへと近寄っていく。

 それに気付いたディオニュソスは、けれど決して反省の意思など見せることはない。それは見せないだろう、彼はまだニーズホッグのことなど知られていないと思い込んでいるのだから。まだ逆転出来る余地があるのだから。まだ自分には勝てる可能性があると、そう考えているのだから。

 

 

「な、なんだぁ?こんなことをしていられる余裕がお前達にあるのか?ああ?」

 

「………調子に乗るのもいい加減にしておけよ、この糞野郎」

 

「は……?」

 

「ニタニタ笑ってんじゃねぇ!!」

 

「ガッ!?あ、ぐぁぁああああああああああ!!!?!?!?」

 

「なっ!?なにしとんねんグラナ!!」

 

「グラナさん!?」

 

 

 フィルヴィスを突き刺した短剣で、今度は神であるディオニュソスの右手を突き刺す。そんな突拍子もない行動、そんなあまりにも感情的な行動。普段の彼女からは信じられないような、剥き出しの憎悪。

 

 

「き、貴様ぁ!!貴様ぁぁあ!!!お、俺にこんなことをして、どうなると思ってぇえ!!」

 

「るっせぇんだよゴミ野郎がァ!!テメェみたいな糞野郎共を"アタシ"が今日まで何柱ぶん殴って来たと思ってやがる!!今更魂を呪うだのどうだの!!怖がると思ってんのかボケがァア!!!」

 

「ぁぁああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 

「人間舐めるのも大概にしやがれクソ神共!!テメェ等の身勝手な趣味のせいでクソみたいな死に方した奴等が何人居ると思ってやがる!!毎度毎度身勝手な理由で他人の命を弄びやがって……まさかこのまま簡単に天界に帰れると思ってんじゃねぇだろうなァ?ンなことさせる訳がねぇだろうボケがァ!!地獄を見せてやる!!死を懇願するまで徹底的に痛み付けてやる!!テメェの頭が粉々になるまで薬漬けにして解体してやる!!手も足も切り落として、数百年家畜の便器として糞溜めの中にブチ込んでやる!!」

 

「く………く、くひっ、くひひひっ!そ、そんなことを言っていられるのも今のうちだ。そんな未来はあり得ない!!死ぬのはお前達だ!!何故ならまだ!!」

 

「安心しろよ、ニーズホッグはこれから叩き潰してやるからなァ?」

 

「…………!?なっ、なぁっ!?何故それを知っている!?」

 

「全部分かってるって言ったろうが。精々アタシがまたここに帰って来ないことを祈れや。……もうテメェを守ってくれる奴は何処にも居ねぇからなァ、何の躊躇もなく凌辱してやれる」

 

「……フィ、フィルヴィスは?フィルヴィスは何処に行った!?わ、私を助けろ!?こ、こいつをどうにかしろ!!フィルヴィス!!フィルヴィス!!!あぐぅっ!?」

 

「2度とその名前を呼ぶな、このクズが」

 

 

 ……神をも恐れぬ大罪人。

 抱えきれなくなった衝動を散らし、口調にも母親の面影を宿した彼女は、このオラリオに来るまでに既に数え切れないほどの罪を重ねている。それは決して他者の命を奪うということだけではなく、神々に対して危害を与えたという点でも。

 

 

「グラナ……」

 

「……さて。なんでしょう、ロキ様」

 

「……気を付けてな」

 

「ええ、どうも」

 

 

 多くの神々から恨みを抱かれている彼女はきっと、死後その魂を凌辱されることになる。そんな彼女のことを助けてくれる神が居るのかどうか、それさえも分からない。

 しかし彼女はそんな将来のことについて、きっと恐れてはいない。諦めてはいるのかもしれない。ただそれでも、彼女のその発言は、その本音は、その思いは……

 

 

「善神と出会うことの出来んかった世界中の子供達の……代弁なのかもしれんな」

 

 

 まるで人が変わったかのように怒り狂ったかと思えば、すぐ様に平静を取り戻し、何事もなかったかのようにダンジョンへ向けて歩いて行く。

 

 未だ彼女のことは分からない。

 

 まだ、何も。

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