【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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時は戻って。


33.衝動抑制

 前を走る彼女を見る。

 今やヘスティア・ファミリアの拠点となった館へ行くと、強引にベル・クラネルだけを連れて来て。途中でガネーシャ・ファミリアと合流したかと思ったら、Lv.5以上を全員引き連れ。団長のシャクティよりも前を走りながら、初めて来たはずの地下迷宮をまるで知り尽くしているかのように仕掛けを利用して、下へ下へと最短距離で進んでいく。

 

 

 ……彼女は凄い人だ。

 

 そんなことは分かっている。

 

 同じように努力して、同じようにLv.4になって、同じように隣を歩いていける。そんな自分になりたかった。彼女の横に立つに相応しい自分になれるように、この1ヶ月懸命に努力をした。

 

 ベル・クラネルと近接戦闘を鍛錬しながら、リヴェリアに並行詠唱を教わり、少しでも時間を無駄にすることのないように自分なりに最善の努力をした。

 その間の彼女はダンジョンに潜ることも偶にしかなく、常にフィン達と何かを話し合ったり、何処かへ抜け出して数日帰って来なかったり、色々と忙しくしていたから。せめて戦力としては、ステイタスだけなら彼女より優れていようと。そんな打算があったのも事実。

 

 

 ただ、そんな考えは甘過ぎた。

 

 

 自分がそんな甘いことを考えている間にも、彼女は信じられないほど沢山の貢献をファミリアにしていたし、本当ならば自分が抱えなければならない問題をその腕の中に持っていた。

 

 

 

『私は絶対に反対です。というか嫌です。やめてください。……お願いですから、それだけはやめてください。お願いします。それだけは、本当に。他のことならなんでも受け入れますから、お願いですから……』

 

 

 

 ……今はもう、あの選択が本当に正しかったのかも分からない。

 

 フィルヴィス・シャリアと神ディオニュソスこそ闇派閥を率いる者達であり、もしもの事を考えて暗殺すると伝えられた時。多くの悲しみと苦悩に苛まれ、信じられない、信じたくないと荒れ狂った。彼女はそんな自分を宥め、慰めてくれた。寄り添ってくれた。

 

 ……それでも、最終的に自分は。

 

 彼女がそこまで懇願するくらいに嫌がったことを、やると決めた。自分の手でケリをつけたいと言った。もしフィルヴィスという同胞を殺すのであれば、それは自分の手でやりたいと。やらなければならないと。彼女の懇願を跳ね除けて決断した。それが自分の責任だと思ったからだ。

 

 ただ、あれは本当に正しい選択だったのだろうか。

 

 何処か少し小さく見える彼女の背中を追いながら、声の一つさえ掛けることも出来ずに走り続ける。彼女は怒っている。何もかもに。その対象の中にはレフィーヤ自身も入っているのかもしれない。

 

 ……なぜ、彼女はあんなにも嫌がったのだろう。

 

 あれは本当に、レフィーヤのために嫌がったのだろうか。

 

 そう考えると、違うと思ったのだ。

 

 あの懇願は、あの必死さは、他でもない彼女自身にとって、それくらいに嫌なことだったからに決まっている。彼女はレフィーヤにフィルヴィスを殺して欲しくなかったのだ。その理由までは分からないが。それをレフィーヤは跳ね除けた。それもやっぱり自分のために。

 

 

(でも、私は……本当は、グラナさんに寄り添うべきだったんじゃないだろうか)

 

 

 それは彼女がそこまで嫌がっているのに強行しなければならないような事だったのだろうか。何もかもが手遅れで、フィルヴィスを見送り、そんな今になって、今更になって思い始めてしまう。

 だってそれほどに彼女の今の雰囲気はおかしいし、その奇妙さをシャクティも薄々と感じ取っているのが見受けられる。

 

 指示は的確だ、凄まじい速度で目的の19階層へ向けて降りている。時々出てくるモンスターへの対処も的確で、その足が止まることはない。今も常に誰かと魔道具で話しながらこの集団をまとめ上げているし、なんなら他の集団から助言を求められていることだってある。1人で何役もこなしているその姿は、本当にフィンを思い起こさせる。

 

 

 ……それでもやはり、覇気がないのだ。

 

 明らかに、雰囲気が暗い。いや冷たい。

 

 いつも感じていた人間味が薄い。寒いくらいに。

 

 

 地下に入ってから彼女は一度もレフィーヤに話しかけて来ないし、その目に映っているのかどうかも分からない。もちろんレフィーヤが今この場で何の役にも立てないということも理由として大きいのだろう。今のレフィーヤでは彼女の隣になど到底立つことは出来てない。

 

 

 

『どうして……どうして聞いてくれないのですか。他のことなら何でも聞きます。どんな願いだって叶えます、そうなるように努力もします。だからどうか、どうかこれだけは諦めて下さい。お願いします……お願いしますから』

 

 

 

 意地だった。

 これだけは誰に何を言われても絶対に自分がやらなければならないと思って、そんな願いも話も聞かなかった。……けれどもしかしたら、自分も何かしたいと。彼女のように何か役に立ったと言えることをしたいと。そんな思考があったかもしれないと、今は思う。

 

 本当に大切なのはなんだったのだろう。

 

 大切な友人だったフィルヴィスを自分の手で殺すことは、本当に必要なことだったのだろうか。自分の中で心を決めるためとは言え、その過程は本当に必要なことだったのだろうか。それさえ言い訳だったのではないのか。

 

 

 分からない、何も。

 

 自分のことも、彼女のことも。

 

 間違っていたのか、そうでないのかさえも。

 

 

 

「なんか……今日のグラナさん、ちょっと怖いですね」

 

「っ……貴方も、そう思いますか?ベル・クラネル」

 

「はい……なんていうか、声に感情が入っていないって言うか。凄い勢いで指示を出してるんですけど、ちょっと機械的な感じがします。それくらい大変な状況だから、ですかね?」

 

「……」

 

 

 ベルのその問いに、レフィーヤは答えられない。

 

 だってレフィーヤは未だに彼女のことが分からない。

 

 交換日記は続けているのに。

 

 まだ自分は彼女のことがわからない。

 

 彼女の見ている世界も。

 

 彼女の求めている物も。

 

 彼女が自分に何を思っているのかも。

 

 ……どうしてフィルヴィスを殺すことにあれほど反対したのかも、その本心が分からない。分からないままに選んでしまった。その末にある今の状況を、正しく理解出来ていなかった。

 

 

 

「全員、これより指示を出します」

 

 

「っ」

 

「は、はい!」

 

 

 15階層を降りた辺りで、魔道具をしまったグラナが隊の全員に声を掛ける。びくりと反応したレフィーヤの身体。けれど彼女は振り返ることもなく、淡々と話を進めていく。

 

 

「先ず18階層で"異端児(ゼノス)"と呼ばれる、言語の通じるモンスターの一団と合流します」

 

「えっ……?」

 

「言語の通じる、モンスター……?」

 

「疑問もあるでしょうし、信じられもしないでしょう。シャクティ様、彼等についてガネーシャ・ファミリアは何処まで?」

 

「……一応、この場に居る者全員には事前に伝えてある。我々の役割を考えるに、この様な場合に備えてな」

 

「流石ですわね、頼りになります」

 

「っ……」

 

「ベル・クラネル様、レフィーヤ様。驚くのも無理はありませんが、今は一先ずその辺りの事情は飲み込んで貰えると助かります。彼等はモンスターの見た目はしているものの、内面は善人です。……というか、言ってしまえば彼等と協力出来なければ全滅します。オラリオごと」

 

「「「!?」」」

 

「皆さん、これを頭に叩き込んで下さいませ。モンスターと手を組むか、オラリオが壊滅するか。どちらの方がマシなのか考えて、余計なことは何も考えず自分の仕事を淡々とこなしなさい。この期に及んでそれさえ出来ない様な方は不要です、このまま18階層から地上に向けて帰って下さいな。足手纏いです」

 

「……」

 

 

 冷たい声色で発せられた彼女のその言葉が、深く心に突き刺さる。こんなにも冷たい言葉をぶつけられたのは、レフィーヤにとっては初めての事だったから。

 

 

「ベル・クラネル様、出来ますか?貴方とわたくしが今回の件で一番重要な役割を果たします。ここで出来ないと言われてしまうと困るのですが」

 

「………やります。いきなり受け入れる事は難しいかもしれないですけど、今日のところは何も考えず、モンスターの被り物をした人達って考えます」

 

「ふふ、それは結構。貴方には期待しています。他の皆様にもこれくらいの柔軟性を期待しますわ」

 

「っ」

 

 

 ベル・クラネルのそんな言葉に一瞬だけ温度を取り戻した彼女。それを見て嫉妬する。けれど嫉妬していい立場でないことも自覚している。

 

 ……自分は期待されていない?

 

 そんな心配も頭を過ぎる。

 

 

「19階層への突入は破砕機を使って壁面を破壊することで行います。最悪の場合、わたくしのスキルを使って強引に入り込みます。……そして19階層に入ってからのことですが、基本的に"異端児"とガネーシャ・ファミリアの方で露払いをお願いいたします。メインはわたくしとベル・クラネル様。互いの最大火力で一気に消し飛ばしますわ」

 

「ぁ……」

 

「……おい、レフィーヤ・ウィリディスはどうする?」

 

「特に明確な役割というものはありません。レフィーヤ様には今回、火力ではなく手数の多さを利用した支援を願いいたします」

 

「わ、分かりました……」

 

「ベル・クラネル様……いえ、もう呼び難いのでベル様とお呼びします」

 

「あ、あはは、普通にベルで良いですよ。なんだかリリみたいで……」

 

「この大剣をお使い下さいな」

 

「っ、これって……」

 

「チャージ系スキルは武器の品質も重要、それはわたくしが個人的に集めていた一振りです。互いに込めて、最大威力で解き放つ。後は分かりますね?」

 

「は、はい!頑張ります!!」

 

 

「……」

 

 

 一振りの大剣を手渡され、強く頷く彼。

 

 一方で、後ろを走るだけの自分。

 

 期待していると言われた彼。

 

 簡単な指示しか貰えなかった自分。

 

 少しの笑みをもらえた彼。

 

 振り向いてさえ貰えない自分。

 

 

 

 

 ……本当に、見捨てられてしまったのかもしれない。

 

 

 

 言うことを、聞かなかったから。

 

 

 願いを無視したから。

 

 

 あれだけ懇願されたのに、拒絶したから。

 

 

 だとしたら……当然だと、そう思う。

 

 

 だって信用出来る筈がない。

 

 

 感情に振り回されて、どれだけ説得されても大きな理由なく意地を優先した。それで自分だけで解決出来たのならまだしも、自分は最終的に立ち上がれなくなってしまって、彼女に叱られてしまった。

 

 

 そんな人間を何故信用出来るというのか。

 

 

 信頼を失うのは当然だ。

 それだけの失敗をしでかした。

 

 

 思い返してみれば、あれは……彼女からの、初めてのお願いだったかもしれないのに。

 

 

 

「グラナ……どうした、今日のお前は何処か弛んでいないか?」

 

「……いえ、むしろこれ以上にないほどに絶好調ですわ」

 

「なに?」

 

 

「なにせ……すべきことが定まったのですから」

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 大鐘楼の快音。

 

 臓の脈打つ濁音。

 

 白と黒。

 

 正と邪。

 

 

 決して交わることのない筈の"白き光"と"黒き光"が、いっそ砕け散らんほどの衝撃と明光と共に、凄まじい轟音を撒き散らして振り下ろされる。

 

 

 薙ぎ払い、焼き払い、一切を無へと帰す。

 

 

 ただの一振りで、滅びを退ける。

 

 

 ……しかしそんな光景を前にしてなお、拍子抜けするほどに殆ど苦戦することもなく滅びの根源を消し去った後。それでもその場に居た彼等は、誰1人として笑みを浮かべる事は出来なかった。

 

 ただ固まり、戸惑い、唾を飲む。

 

 それは彼女の隣で共に一本の大剣を振り下ろした少年であってもそうだ。いや、むしろ彼が最もこの場でその異常の意味を理解していた。同じスキルを使う彼だからこそ、目を見開いた。

 

 

 

 ドクンッ……ドクンッ……

 

 

 

 標的を消し去ったにも関わらず、未だ脈動を続ける黒光。全てを使い果たし完全に姿を消した少年の白光とは対照的に、彼女の手からは未だに夥しい程の黒い光が溢れ出ている。

 

 ……そして、それはこの場に居た全員が察していた。

 

 それを目で見た瞬間から、それはなんとなく分かっていた。過去に見たものと色が異なっている、そんな一目で分かる程度のことではない。

 

 

「グラナ……お前……」

 

 

 その光は決して、喜ばしいものではない。

 その光は決して、他者を救うものではない。

 その光は決して、彼女を白光へ導かない。

 

 奇跡の象徴ではなく、絶望の象徴。

 吉報を呼び込むものでなく、悪報を呼び込むもの。

 

 

「……」

 

 

 そんな黒光を、彼女は握る様に収めていく。

 拒絶するでもなく、破棄するでもなく、否定するでもなく。自分の身に同化させるようにして、その内に飲み込んでいく。その変化に驚くこともなく、思うこともなく、淡々と、何事もなかったかのように……

 

 

「グラナ、さん……?」

 

 

 取り返しのつかない間違いはある。

 やってはいけない行い。

 踏んではならない地雷。

 

 たった1つのボタンの掛け間違いが、その後の全てを違わせるように。触れる様な気まぐれな一押しが、玩具の城を崩す様に。何の気なしに蹴った小石が、獰猛な獣を起こしてしまう様に。

 

 きっとレフィーヤのたった一度の選択が、彼女に決断をさせてしまったのだ。彼女がその内に溜め込み続けた衝動を、向ける先を見つけてしまった。その衝動を押さえつける理由を奪ってしまった。

 

 

 きっかけの大きさなど関係はない。

 

 重要なのは、きっかけの有無。

 

 与えてはならない。

 

 渡してはならない。

 

 そうでなければ……

 

 

 

 

『……ふふっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いことは言わない、アレの言うことは全て聞いておけ」

 

「それは……どういう意図での発言でしょう。女神イシュタル」

 

「流石の私もアレの言うことが全て正しいとは言わない。だが奴の提案は全て、グラナ・アリスフィアという女をお前達側に引き留めておくために必要なことだ」

 

「引き、留める……?」

 

「分かるだろう、"万能者"。アレは本来"闇派閥"のように世界を乱す側だ」

 

「……!」

 

「それでもお前達の味方をしているのは……いや、違うな。過激な方法を取ることなくお前達に同調しているのは、奴なりの譲歩に過ぎない。つまりアレがお前達に求めているのは、その譲歩を成り立たせるために必要なものだ」

 

「……もし、こちらがその譲歩を飲めなければ。どうなりますか?」

 

「お前達に同調出来なくなる」

 

「私達の敵になると……?」

 

「誰の敵になるのかは知らん。だが闇派閥の幹部共と同じ様に、自分の目的のために過激な手段を取る様になると考えればいいのだろうな」

 

「過激な手段……」

 

「遠慮をしないとも言っていい。……そして最悪なことに、アレには"勇者"に匹敵する頭がある」

 

「……!」

 

「これは愚かしくも闇派閥などに身を置いていた私を匿ってくれている、お前達へのせめてもの忠告だ。奴の言うことにはなるべく黙って従っておけ。本当に無理な注文はして来ない筈だ。……そうしている限りは、お前達に有益な存在であり続けてくれるだろう」

 

「ご忠告、感謝します。……あと、口調気を付けないとまた怒られますよ」

 

「むぅっ……」

 

 

 

 

 

 

 

「グラナのステイタスには、なんや違和感がある」

 

「違和感?なんじゃ、それは」

 

「例えばやけど、スキルの話や。基本的にスキルっちゅうのは個人の人間性や人生経験が反映される。フィンなんか5つも持っとるし、逆にアイズは1つ。リヴェリアとガレスは2つや。ティオナとティオネも2つ」

 

「……何が言いたいんじゃ?」

 

「スキルには2種類ある。さっき言ったみたいな、人間性から出てくるものと、人生経験が反映されたもの。……そういう意味やとアイズには経験が足りとらんし、フィンは自分の経験で3つも持っとる」

 

「……グラナは1つじゃったか」

 

「せや、"衝動掌握(メア・グラニア)"1つだけ」

 

「……少な過ぎる、ということか」

 

「グラニア姫としての戦歴、フィンとタメ張れるくらいの頭と経験。……にしては、どう考えても少な過ぎる。せやけど更新しても今発現させられる内容は確実に無い」

 

「恩恵に関しては儂等には分からんぞ、お前はどう思っとるんじゃロキ」

 

「それが分からんから困ってんねん……」

 

「頼りにならんのぅ……」

 

「……そもそも、この"衝動掌握(メア・グラニア)"ってスキルもよく分からん。効果は『能動的行動に対するチャージ実行権』、つまり溜め攻撃が出来るって話なんやけど」

 

「衝動を溜める、ということか?」

 

「衝動……グラナの衝動って言うと……」

 

「……殺人衝動か?じゃが、そんな姿は殆ど見とらんぞ」

 

「いや、グラナがここに来た時に『生物の殺害に対しての快楽がある』って言うとったやろ。あれは嘘やなかった」

 

「嘘ではないが、それを掌握出来ておるということか。そしてその衝動を攻撃に転換出来ると……なんじゃ妙に噛み合わんな」

 

「せやねん、そこがイマイチ繋がらん……せやけど、1つ間違いないのは、グラナのステイタスにはまだなんかある。あんだけ個性の強い人間にしては、ステイタスが簡素過ぎるわ」

 

 

―――――――――――――――――――――

グラナ・グレーデ (ロキ・ファミリア入団時点)

 Lv.3

 力 :E412

 耐久:G223

 器用:E489

 敏捷:F301

 魔力:G204

所属:ロキ・ファミリア

武器:なし

発展アビリティ : 拳打、耐異常、治力

 《魔法》

【ゴルドラ】

超短文詠唱。拘束魔法。

詠唱式「平伏せ(アラクネア)

 《スキル》

衝動掌握(メア・グラニア)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

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