「団長、ただいま戻りました」
「お疲れアキ、報告を」
「それが……」
「……そうか」
闇派閥との最終決戦。
オラリオ側は周到な根回しの結果、味方陣営にそれほど大きな被害を出す事もなく勝利を収めることが出来、かつ闇派閥の完全壊滅を成し遂げることに成功した。
それは非常に喜ばしいことであり、人知れず行われたダンジョン内での闇派閥との大激突として、情報はオラリオ外にまで伝播。今やそのニュースはヘラとゼウスに代わり台頭する新たな世代の盤石を物語るために利用されている。
……しかし、何も良い知らせばかりではない。
フィン達は今も相変わらず、眉に皺を寄せている。
闇派閥絡みの話は解決したにも関わらず。
更に増えた懸念に、純粋に喜ぶ事が出来ていなかった。
「グラナ・アリスフィアの足取りが掴めない……」
「……ああ、こちらもだフィン。クノッソスの管理者であるバルカ・ペルディクスに話を聞き出してみたが、やはりヴァレッタ・グレーデを殺害した後から一切の動向が掴めていない」
「クノッソス内を利用した形跡はないのかい?」
「あるにはあるだろうが、流石に広過ぎる上に入口自体も多過ぎる。各入口に人員を配置しているとは言え、アイツの事だ。個人で使える別の入口を持っていてもおかしくない。正直、捜索は困難を極める」
「……クノッソス内にもまだ闇派閥が残していたモンスターが彷徨いている、数人の残党が隠れていたという報告もあった。捜索隊を作るにも、半端な戦力では危険が伴う」
「とは言え、クノッソス内の清掃は必要だ。バルカ・ペルディクスも今のところは協力的。……今後どうするのかは別途相談させて貰うが、あの男も罪人の1人。契約を破棄して捕縛するという方向で動くことにはなるだろう」
「……問題はそれ以外にも山積みだ」
今回の件の最中で、幾つか無視出来ないものも見つかった。
それは例えばガネーシャ・ファミリアが深く関わっていて、これまで一切を秘密にして来たものも含めてである。必要とは言え彼女がそれを動かし、レフィーヤが見てしまった。報告が上がった以上、何も聞かないというままでは居られない。何よりそれを彼女が利用した以上、今も何かしらの関係を持っているのは確かだ。避けて通りたいこの話題を、避けることは絶対に出来ない。
「レフィーヤの言っていた、言語を話すモンスター。君達はそれの正体を知っているね、シャクティ」
「……ああ、知っている。そもそも怪物祭の起源がそれだ」
「彼等の正体は?」
「分からない……だが、ダンジョン内からはどうも定期的にそういった意思疎通の出来るモンスターが生まれるらしい。私達はそれを"
「……ああ、そうせざるを得なかったことも分かる。仮にこのような形で露見していなければ、排除の方向で僕達は動いていただろう」
「だが、一度言葉を交わしてしまえばそれは不可能になる。……なにせ彼等はそれほどまでに私達に対し友好的だ。彼等を排除しようとしたのなら、間違いなくお前達のファミリアは終わっていただろう」
「……正しくダンジョンの地雷。意思を持った友好的な存在、しかしその外見はモンスター。排除してしまったのなら、団員達の心に一生の傷を付けただろうね。厄介なことに、彼等は今後も継続的にダンジョン内で生まれるというのだし」
グラナ・グレーデという女と出会い、その女から少なくない影響を受けたフィンとしては、彼等を排除するという方法は取らない。そのような潜在的なリスクのある行為は、見逃すという表面的なリスクを冒してでも触れないようにするだろう。……もちろん、彼等の存在を団員達に公表するのはまだ難しいが。今後も無視し続けられるのかは、また別の話。
「それで、どうして彼等がグラナと知り合っている?君の仕業かい?」
「いや、アイツは神ウラノスと密かに繋がりを持っていた。そこから彼等とも繋がったと、神ウラノスの使者から聞き出している。……加えて、アイツは彼等とある契約をしていた」
「契約?」
「今後彼等の協力を得る代わりに、彼等に小国ゴルゼという地上の居場所を与えるという契約だ」
「は?」
「そしてゴルゼ側もまた、既に公式にそれを承諾する文面をギルド側に送っている。……あとはギルドとゴルゼの調整を終えるのを待つだけ。既に話はそこまで進んでいた」
「……改めて恐ろしいね、彼女は」
それは恐らくゴルゼという国がそれほどにグラニア姫を信用しているという理由以外にも、彼等が何かしらの抑止力を欲しがっているという理由もあるのだろう。
彼等の国にはもうグラニア姫は居ない。公式にはそれを隠しているが、その代わりとなる戦力を欲しがっている。周辺大国に圧を与えられる力を。
故に"異端児"という存在を抱え込むリスクを背負うことを飲み込めた。しかも他でもない救世主たるグラニア姫からの紹介なのだから、彼等は戸惑いなく信用する。
「つまり、その"異端児"達は……」
「ああ、彼女に味方する。少なくとも彼女の目的がオラリオに害をなすことでなければ、ギルドもまた彼女の味方をするだろう」
「……」
「……そして場合によっては、私もアイツの味方をするつもりだ」
「シャクティ……」
「短い付き合いではあるが、私はどうしてもアイツが闇派閥と同じようなことをするとは思えない。何を企んでいるのかは知らないが、もしそれがオラリオを思っての行動であるのなら、それを支援することも頭の中にはある。……仮に私がアイツと敵対するのなら、それはアイツが私の願いと異なる行動を取った時か、アイツが自分を犠牲に何かを成そうとした時だ」
「……つまり、基本的には僕達の味方だと考えて良さそうだね」
「……そうかもしれないな」
あの女は間違いなく生きているし、何かを企んでいる。だがそれは決してオラリオに住まう人々に害を与えるものではない。それもまた分かっている。
……だから問題は、彼女が邪神エレボスと同じことをしないかどうか。それだけだ。特に懸念すべきは、フレイヤ・ファミリアの件について。
「一先ず、シャクティ。君の知っている彼女のこれまでの動向について隠していたものまで含めて全て教えてくれ。……彼女に対して必要なのは、相応な根回しだ。足りない分は僕が補う」
「ああ、分かった……ただ、その」
「分かっている、約束しよう。僕達の目的はあくまでも彼女を取り戻すことだ。だがそのためにも、まず今は情報が必要だ。一体何が理由で彼女の雰囲気が変わり、突然姿を消すような真似をしたのか。そこを知らなければ彼女という人間を説得することは難しい」
「……フィン、1つお前に隠していた事がある」
「ん、今度は何の話だい?」
「アイツが匿っていた女神イシュタルもまた、同時に姿を消した」
「っ!?」
「その辺りについても洗いざらい話そう。……これまではアイツの顔を立てて黙っていたが、こうなっては仕方がない。隠していたことも含めて全て話す」
「……いつの間にか監視をお願いした君も取り込まれていたのか。いやまあ、予想は出来ていたし、ある意味では正攻法なのかもしれないけど、ここまでとは。どんな話が飛び出してくるのか怖くて仕方ないね」
今となってはそれが正しかったのか間違っていたのかは分からない。しかしその行為があったからこそグラナはシャクティを信頼していたし、色々な話を聞き出せた上に、重要な話の場でも隣に居させてくれたのかもしれない。
グラナ・アリスフィアが突如として失踪したという事実は、当然ながらロキ・ファミリア内にも既に広まっていた。なにせファミリア内に負傷者は多くとも死者が出ることはなく、敵の死を目の前で見せつけられるというようなことはあったとしても、間違いなく喜ぶべき勝利だったからだ。
誰一人として欠けることなく帰って来れた、そんな喜ばしい言葉を使うことが出来ない。喜べる状態を、素直に喜ぶことが出来ない。その原因が彼女であるのだから、知らないなどということはあり得ない。
「……私のせいだ」
「レフィーヤ……」
「私が、我儘を言ったから……」
そして、彼女について誰よりも知っている筈の彼女は、今はこの様子。喜ぼうにも喜べない。
あの作戦が終わった夜。それでもレフィーヤは帰って来ない彼女のことを気にしていたし、彼女が帰って来るまでずっと拠点の玄関で待っていた。
それでも深夜になっても帰って来ない彼女に、レフィーヤは心配よりも先に後悔と悲しみが押し寄せて来てしまって、背後の食堂で喜びを露わにする他の団員達を他所に、一人涙を流し続けていたほどだ。
『あんの我儘女ァ、せめて今日くらい帰って来なさいよ』
ティオネはそう言った。
『だ、大丈夫だって!また直ぐ帰ってくるよ!』
ティオナはそう言った。
『私も、探して来るから……元気出して』
アイズはそう言った。
けれど、レフィーヤはもうなんとなく分かっている。何もせずにこうしていても、彼女は絶対に帰って来ないと。探し出して無理矢理に連れ戻しても、それでは何の意味もないと。彼女はそういう人間だ、力付くで言うことを聞かせることの出来る人間ではない。
『……今でも、レフィーヤ様のことは好きですわ』
その言い方はつまり、『以前ほど好きではなくなった』と言われていると同義なのではないだろうか。ロキ・ファミリアに居た理由がレフィーヤであると公言していた彼女からしてみたら、最早ここに戻って来る意味が無くなったも同然。それだけでも帰ってくる筈などない。
『ただそれ以上に、自分という人間に失望しただけです。ですから、どうかお気になさらないで』
そしてその理由がなくとも、彼女はそう言った。そしてそんな彼女の気持ちが、レフィーヤには嫌というほどに分かる。自分という人間に失望する、レフィーヤは何度もそんな気持ちを味わって来た。
……けれど、彼女は強い人間だ。自分に失望して、そのまま絶望なんかする訳がない。必ず納得出来る自分にしてくるだろうし、そうなるまで絶対に帰って来ない。それが出来なくとも、決して逃げるような真似はしない。最後まで責任は持つ人だ。
原因は自分だ。
それだけは言い訳が出来ない。
もしあの時あのまま彼女の言うことを聞いていたのなら、きっとこんなことにはならなかった。あんな風に我儘を言って無理矢理押し通さなければ、彼女が自分に失望するようなことにもならなかった。
今も自分の隣に立って、それほど興味はなさそうであっても、打ち上げに参加してくれていたかもしれない。そんな未来を壊したのは自分自身だ。
「……フィルヴィスさんも、グラナさんも、居なくなっちゃった」
フィルヴィス・シャリアの友人として、それは絶対に自分がやらなければならない事だと思った。何も関係のない友人に押し付ける事ではないと、そう思った。
……けれど、それはグラナ・アリスフィアが自分に一番して欲しくなかった選択だった。彼女の反応からしても、それ以外のことなら受け入れられても、それだけは絶対に受け入れられないという選択を自分は選んでしまった。
もう何が正しかったのか分からない。
ただ自分の失敗が今この状況を作っている。
ティオネの言う通り、それは彼女の我儘だったかもしれない。しかし結局のところ、彼女はむしろ自分の我儘に泣く泣く折れてくれた。絶対に受け入れたくない選択を、自分がどうしても譲れないものだからと言ったからか、酷く動揺した顔で、認めてくれた。代わりにフィルヴィスを殺すのは2人でやる、という妥協案を出して。
そう、我儘がぶつかった。
けれど妥協したのは彼女。
本来レフィーヤには我儘を言う権利もなかった。
グラナに自分の責任を押し付けたくなかったと言えば聞こえは良いが、結局は彼女が何より嫌がったことをしたのだから、もう本当に自分は何がしたかったのだろう。本当に余計なことしかしていない。
あれだけ自分のことを想って尊重してくれた相手に、逆に自分は何も出来ていない。返せていない。足を引っ張ってばかりで、守られてばかりで、今回の作戦でも、正直そこに居る必要性など無かった。
自分がその決断を伝えたあの日から、自分が実際にフィルヴィスを突き刺したあの時から、彼女の様子がおかしくなっていたのは分かっていた筈なのに。自分はそれに対しても目を逸らすばかりで、結局は何もしなかった。声さえ掛けることが出来なかった。
「私……何も変わってない……」
怪人との戦いを通して自分を見据えたアイズのように。カーリー・ファミリアとの戦いを通して自分達を見つめられたヒリュテ姉妹のように。他だってそうだ。ロキ・ファミリアの団員達が団長のフィンでさえも、この戦いを通して変わっていたのに、自分は何も変われていない。
いつもの様に1人で歩くことが出来ず、誰の力になることも出来ず、誰かに助けて貰ってばかりで、自己満足の努力でやった気になっている。
ここ1ヶ月も懸命にやっていたつもりではあったが、別に何かを身に付けられた訳ではなかった。レベルが上がっても新しいスキルも魔法も身に付かなかったし、誰かの後ろで、誰かに守られながらでなければ何も出来ない。
『レフィーヤ……アイツは、私とは違う。きっと、何があっても、お前のことを……』
フィルヴィスの言葉を思い出す。
……そうだ、彼女はきっと今も自分のために何かをしようとしている。そんなことはもういい加減に分かる。けれど、どうして彼女がそんなことをしなければならないのかと言えば、そんなものは自分が守られなければならないほどに弱いからだ。
「私は……弱い……」
それではダメだ。
そのせいで彼女に負担を掛けてはダメだ。
守られてばかりでは、本当の意味で隣になど立てない。
強くならなければならない。
本気で強くならなければ、また失ってしまう。
フィルヴィスのように、今度はグラナを失ってしまう。取り返しのつかないことになってしまう。そしてまた、今と同じ様な後悔を繰り返すのだ。愚かしくも、学ばない。そうして最後には、自分の弱さが原因に何もかもを失ってしまう。……そんなことは絶対に嫌だ。
「強くならないと……強くならないと、グラナさんが死んじゃう……」
そんな飛躍した考えを、わざと加速させる。そうして焦らせなければ、それくらい過激な思考にしなければ、自分という人間は本気になれないと知っているから。
「弱いままじゃ……駄目なんだ……!!」
自分の弱さが、誰かを殺す。
そんなことはもう27階層で思い知らされた筈なのに、それでも今日まで本気にならなかったのは自分だ。彼女のように未来を見据えて動くことが出来なかった。だから何もかもを失った。
「まだ………まだ、間に合う……!」
強くならなければならない。
笑っている暇などない。
楽しんでいる暇などない。
違う、そんなことをしてはいけない。
弱い自分は、その弱さ故に友人達を失った自分が、一体どの顔をして笑うつもりだ。自覚しなければならない。自分はもう笑っていて良い状況には居ないのだと。彼女を取り戻すことが出来なかったのなら、自分は本当に生きている価値などないのだと。そう思わなければならない。
「行かないと……ダンジョンに……」
自分自身の頬を殴り付ける。
この癖を付けなければならない。
甘ったれた自分を許すな。
強くなるために、何もかもを捨てる。
「フィルヴィスさん……力を貸して下さい」
目指す人は、もう決まっていた。
その人から託された短剣を仕舞い込む。
レフィーヤ・ウィリディスは変わらなければならない。これ以上なにかを失わないためにも。いつまでも他者に甘えている自分から抜け出さなければならない。今度こそ、本気で。
「行こう……とにかく動いて、経験するんだ」
それが彼女から教わった、大切なことなのだから。