【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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36.悪巧み

 地下迷宮クノッソスの一画、正式な扉のない隠し部屋。

 ギルドがバルカと契約を結んでから、グラナはヴァレッタを閉じ込める通路と並行してこの場所を用意して貰っていた。もちろん、当初の目的は単なる作業部屋のつもりだった。自分なりの戦力を隠しておくための部屋。ここが本拠地になることはなるべく無いようにしたかったが、なってしまったのなら使うだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「おお、これはなんと……素晴らしい!"男殺し(アンドロクトノス)"に"殺帝(アラクニア)"!まさか本当にLv.5を2人も手元に置いているとは!!」

 

「ふふ、少しくらいはお気に召してもらえたでしょうか。"ヴィトー"様」

 

「それはもう!この光景が無ければ貴女の語る夢物語を信じることなど出来なかったでしょう!……とは言え、それでも些か戦力不足を感じているというのが本音ですが。当然、その辺りについても貴女の頭には解決策があるのでしょう」

 

「ええ、まだ詰めている段階ではありますが……そこは保証させて頂きますわ」

 

「やはりそうですか」

 

 

 彼女にこの部屋に連れて来られた糸目の男は、その口角を大きく持ち上げる。

 今この時点でも、Lv.5が2人とLv.4が2人。まだ計画初期段階で、最低限の戦力は揃っている。そして彼女から感じる、この感覚。ヴィトーはそれをよく知っている。

 

 

「ふふ、それにしてもまさかこれほど容易く誘いを受けて頂けるとは思っていませんでしたわ。それほど貴方の目的とわたくしの目的は重なっていたのでしょうか?」

 

「いえ、正直に言えばそれほどでは。しかしそれ以上に私は貴女という人間に惹かれました」

 

「へぇ、それはまた面白い話が聞けそうで」

 

「それほどでもありません。ただ、貴女の雰囲気と策を巡らせる様子が好みであったということと、貴女が神ではなく人間であること。そして私との共通点もあり、その上で提示された目的にも惹かれた。……そうした小さなものが重なった結果、誘いを断るという選択肢はいつの間にか無くなっていたのです」

 

「……視覚の異常、ですか」

 

「ふふ、流石に気付きますか。視覚だけではなかったりもするのですが……ではやはり貴女も」

 

「ええ。わたくしの場合は、見えるものが人より多く、代わりに本来見える筈のものが見えなくなっている。そういったものです。……いえ、見たくないものを見せられる上に、見たいものが見えない。敢えてそう言い換えましょうか」

 

「ああ、その気持ちはよく分かります。私の異常性もある意味ではそう言い換える事も出来るでしょう。……ただ、その上で貴女は間違った道を選ばなかったようだ」

 

「貴方は選んでしまった。……ですが、わたくしの目的に乗れば、貴方は貴方のままに私と同じ道を歩める」

 

「……甘美な提案です」

 

「貴方とわたくしはよく似ています。……嫌いでしょう?神々が」

 

「ええ、大っ嫌いですとも!その一点だけでも!私は貴女に協力出来る!!」

 

 

 ヴィトーは差し出された彼女の手を取る。

 目と目を合わせた瞬間に互いに確信した。自分はこの人間と手を取る事になるだろうと。似た様な目をしながらも、同じ憎悪を抱いている人間を見て、迷う事なく目を合わせた。

 

 

「フレイヤ・ファミリアに徹底的な敗北を味合わせる……そんな貴女の大それた計画に、私は協力致しましょう」

 

「感謝しますわ」

 

「ふふ、それが最初の一手に過ぎないというのだからまた恐ろしい……」

 

「まあ、当然ながら容易い話ではありません。一先ずはこの1月の間に、ヴィトー様とフリュネ様にはレベルを1つ上げてもらいます。それはわたくしもですが」

 

「宛はあるのですか?」

 

「もちろん」

 

「ああ、本当に素晴らしい」

 

 

 懐かしき7年前。

 あの時もヴィトーはこうして、自分の前で企みを話す男神を見ていた。そんな男神と似通った雰囲気を持った女が、また大層な計画を話している。……しかし、否定したい事であるが、否定出来ない事に。ヴィトーはこの瞬間が決して嫌いではない。恥を忍んで言うのであれば、むしろ好きだった。そしてその計画が上手く運んでいる姿を見るのが、心の底から大好きだった。

 

 だから着いて行きたくなっている。

 他の色々な理由を抜きにしても、それだけで。

 

 

「……ところで、どうしてイシュタル様がここにいるのです?わたくしは貴女をお呼びした覚えはないのですが」

 

「おや、そうだったのですか?」

 

「ふん。何を言……い、言うのかしら。フレイヤを倒すのでしょう?むしろ何故私を外そうとしたのか不思議なくらいだ……よ」

 

「口調がまだ少し不自然ですね……ですが、本当に良いのですか?わたくしの側に着くということは、もう2度と、貴女の元眷属達が帰ってくることはありませんよ?」

 

「構わない、わ。それくらいは承知の上よ。……それを承知の上で、お前に着いていくと決めた。これは間違いなく私の意思だから。魅了も自由に使えば良い、私はおま……貴女に従うと決めたの」

 

「はぁ、そこまで言われてしまえば仕方ありませんね。……ですが、感謝はいたします。心より」

 

「ふふん、遠慮なく受け取ろう」

 

「まったく……今くらい口調を戻して構いませんわ。これからしっかり直していきましょうね」

 

「う……た、頼む……」

 

 

 イシュタルがヘルメス・ファミリアを抜け出し、魅了を使ってバルカの所まで接触を取りに来た時は、流石のグラナも驚いた。元よりグラナはこの件にイシュタルを巻き込むつもりは無くなっていたし、それはイシュタルだって察していた。

 ……しかしそれでも、イシュタルは彼女に協力すると決めていた。自分の眷属達がもう戻って来なくとも、グラナの味方をすると。恩とか礼とか関係なく、自分の意思で。

 

 

「……正直に言えば、イシュタル様が手を貸してくださること自体は非常に助かるのです」

 

「ん?そうだったのか」

 

「ええ、なにせ今のままでは各々の恩恵を更新することも出来ませんから。適当に神タナトス辺りを攫って来て契約させようとも思っていたのです。廃神にするのも覚悟の上で」

 

「またとんでもないことを考える……」

 

「その上、ロキ様に素直に更新を願いに行く訳にもいきませんので。その際にはどうしても貴女の力を借りる予定でした」

 

「……なるほど、私の魅了で無理矢理に改宗させるつもりか」

 

「その準備手続きも必要ですが、1年は改宗出来ませんので。恩恵の更新だけは確実に成さなければなりません」

 

「分かった、任せておけ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 今から1月、時間としてはかなり短い。しかしそこを制限にしたのは、時間をかけるほどに準備をし辛い環境に追い込まれてしまうからだ。そしてグラナの想定であれば、1月もあればそれは成せる。

 

 ……フレイヤ・ファミリアを打倒するのに、1月もあれば十分だと。そう言い切る彼女に、イシュタルもヴィトーも笑みを浮かべながらも背筋を凍らせた。

 

 どのような神であっても、どのような人間であっても、女神フレイヤとその眷属にだけは手を出さないようにと振る舞っているというのに。それを容易いと。

 

 

「ちなみに最終的なこちらの戦力想定は、Lv.7級を2人、Lv.6級を1人、Lv.5級を2人です。後はわたくしがその何処に食い込めるかと言ったところ」

 

「「……は?」」

 

「その他の少数戦力はありませんが、まあやりようはいくらでもあります。特にお母様が意外にも役立ちそうでして、想定していたより難易度はかなり下がりました。……わたくしも今回の更新でスキルを全解放させる予定ですし、それ次第で手段はいくらでも増えるでしょう」

 

「スキルを……解放させる……?」

 

「感情と記憶の衝動をこれまでスキルで強引に抑え込んでいたのですが、少し前にそれを解放させてしまいましたので。溜め込んでいたものが恩恵にも反映される事でしょう。ただの副産物ですわね。ですが次の昇格で手札が増えることは間違いありません」

 

「……」

 

「……」

 

「ね、少しは期待出来る話になりましたでしょう?」

 

「……まさか、神の恩恵を意図的に抑え込んでいたとは。やはり貴女は凄まじいお方だ」

 

「恩恵を手札として使うのはお前くらいだろうよ……」

 

 

 きっとロキ・ファミリアにとっても、フレイヤ・ファミリアにとっても、これから先のことは想像すら出来ないだろう。改めて思うのは、この女の味方側で居られたことが幸福であるということ。こんなとんでもない爆弾を容易く用意するような女と敵対するなどと、哀れにも程がある。

 そして正に闇派閥として敵に回していたヴィトーは、再度納得した。どれほどの策を巡らせていたとしても、負けたことは当然であると。

 

 

「さあヴィトー様、協力なさって下さいな。……世界の瑕疵など正す必要はありません。本当に正すべきは、そのような瑕疵を作り出した愚か者達の方なのですから。彼等に直接相応の罰を与えてこそ、真の救済に繋がるでしょう?」

 

「……ええ、貴女に着いて行きましょう。地獄の果てまでも。貴女ならきっと、私に最高の世界を見せてくださる!」

 

 

 いつも敵対するばかりであった勇者の様な人間が、もし味方に居てくれたのなら。そう願ったことはヴィトーにだって何度もある。だが実際にそうなってみると、こうまで素直に笑えないものかと驚いてしまう。

 

 ……見えているものが違い過ぎる。見えている世界さえも。手を伸ばせる範囲もまた。伸ばそうとする意思と覚悟でさえ。自分が酷く矮小な人間であったのだと、嫌でも思い知らされてしまう。

 

 

 

 

**************************

 

 

 ただモンスターを狩る。

 

 ただ闇雲にそれを成す。

 

 それだけでは意味が無いと、他ならぬ自分自身が一番よく知っている。それだけでは決して今の自分を抜け出せないと、嫌というほどに知っている。

 

 

(目に焼き付いている……フィルヴィスさんの動きが。それを徹底的に模倣する。それを自分の身にも焼き付ける。何度でも何度でも繰り返して、それが自分にとって自然なものになるまで。何十回でも、何百回でも……!!)

 

 

 まだ浅い階層、Lv.4になったレフィーヤにとっては容易い相手しか出て来ない。けれど魔法使いとしての自分はともかく、剣士としての自分はまだまだあまりにも未熟だ。

 憧れた彼女と同じ動きをしようとしても、身体はうまく動いてくれない。並行詠唱をしようとしても、巨大な魔力を操るには自分はまだまだ未熟だ。

 魔法使いとしても剣士としても、何もかもが足りていない。足りないだらけの自分は、だからこそその一振り一振りを、より集中して行わなければならない。

 

 

 (激しい動きの中で出来るほど、私の並行詠唱は熟練していない……でも、だからって諦める選択肢はない。未熟なら繰り返す、慣れるまで何度でも。並行詠唱が未熟なことを、2度と言い訳になんかしたりしない!)

 

 

 魔力暴発を起こすのなら、起こせばいい。自分の膨大な魔力でそんなものを引き起こしてしまえば、大怪我を負ってしまうことは避けられない。……だからどうした。

 魔力量を抑えれば死にはしない。大怪我を負ったとしても、この程度の階層ならば殺されることはない。経験しなければ始まらない。怖がってばかりでは辿り着けない。

 

 

「アルクス・レイ!!」

 

 

 自分がどう探したところで、きっと彼女は見つからない。自分の足りない頭でどれほど考えたとしても、彼女の考えの1/100にも満たない。だからそれは団長たるフィンに任せるしかない。

 けれど今度こそ、今回だって、友人である彼女を止めるのは自分でありたい。そして今度こそ自分は彼女を止めるのだ。……たとえそれが力付くであったとしても、引き止めるのは自分でありたい。

 

 

「フィルヴィスさんの馬鹿………グラナさんの馬鹿ぁ!!」

 

 

 みんなみんな好き勝手に、自分を守ると言ったのに。どうして隣には居てくれないのか。どうして離れていってしまうのか。自分はそんなこと求めていない。ただ隣に居てくれるだけで良かった。それ以外には求めない。それなのに……

 

 

「私の馬鹿ぁ!!」

 

 

 いつもいつも考え足らずで、後悔ばかりしている自分。そんな自分はきっと何度殴られても治らない。だったら何度でも殴られるべきだ。

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ……!!」

 

 

 沸々と沸き上がる怒りの感情。抱え切れないこの感情に、しかし支配される訳にもいかない。

 

 

「レフィーヤ・ウィリディスは……変わるんだ!!」

 

 

 他の何を捨てたっていい。けれど捨てられないものがある。捨てられないそれを守るためなら、他の何でも捨てられる覚悟を持たなければならない。

 

 ……だから、捨てる。

 

 エルフとしての自分も、自分の大切にしていた誇りも、それを捨てて彼女を取り戻せるのなら。こんな風に長いだけで邪魔にしかならない髪など不要だ。

 

 

「っ!!」

 

 

 エルフにとって自分の髪というものは、他の何にも代え難い。レフィーヤとて今日までずっと丁寧に手入れをして来たし、長く長く伸ばして来た。毎日の様に綺麗に保つための努力をしたし、自分でも執着していた自覚はある。

 ……ただ、今こうして近接戦闘をしていて分かった。今の自分にとってこれは酷く邪魔なものだ。フィルヴィスやグラナの様に長い髪を華麗に振りながら近接戦闘を行うことが、如何に難しい事だったのか思い知らされる。

 

 

 (未熟な自分には、髪を伸ばす資格もない……!!)

 

 

 大事に大事に育てて来た山吹色の髪を、未練を捨てるようにダンジョンの床へと投げ捨てる。……けれど、もう振り向かない。あんな髪なんて必要ない。自分にとって本当に大切なものは、本当に守りたいものは、あんなものなんかじゃないんだから。

 

 

**************************

 

 

 命を奪う快楽。

 血飛沫を浴びる快楽。

 

 その快楽を利用して、無茶を通す。

 

 

「ふっ、ふふっ……ふふふっ……今頃皆様、どのようなことをしているのでしょうねぇ」

 

 

 深く、深く、ダンジョンを潜る。

 最高速で、敵を屠る。

 敵の魔石を、これ以上ないほどに的確に穿つ。

 

 武器に不自由はない。

 

 使おうとすれば何でも使えるようにする。

 

 ただ一本の短剣で、血飛沫の道を作り出す。

 

 モンスターの集団を切り開く。

 

 誰よりも速く駆け、誰よりも命を屠りながら。

 

 数多の命を、喰らい尽くす。

 

 

「ああ……才とはこれほどまでに残酷か……」

 

 

 背後を走るヴィトーとフリュネは、ただ振り落とされることのないように走り続けるだけ。命を最高効率で奪い続ける彼女は、単純な移動速度でさえもただ走る自分達と変わらない。

 Lv.4となるまでに殺しを続けて来たヴィトーだからこそ分かる、あれは紛れもなく殺戮の才に愛された者であると。間違いなく"殺帝"の娘に相応しい存在であると。……いや、それどころか。

 

 

「貴女の作る道は……これほどまでに美しいのか……!」

 

 

 人が苦痛の末に流した血の色しか見えない筈の自分が、彼女の作る道の色だけはよく見える。自分を導く紅の道が、その道を歩むことを間違っていないと肯定してくれる。自分よりも先に先にと進む彼女が残す道は、生まれて初めて自分に齎された"道"だ。誰かが自分のために用意してくれた、自分1人で歩むものではない……"道"。

 

 

「あぁ……あぁ……!!このような外道の身に落ちた私でさえも!!貴女は導いてくれるというのですか!!」

 

 

 魔石1つさえ残らないその道は、きっと自分達を地獄の底へと導いている。けれど知っている。所詮そこは通過点に過ぎない。更にその先にあるのは、自分の様な破綻者であったとしても、価値を持つことの出来る世界。

 

 

 ……人を動かすのは衝動。

 

 その衝動を掌握している人間は、自身を掌握しているも同然。沸る衝動をすべき方向へと向けるだけで、その先がどれほどの地獄であったとしても身体は衝動のままに突き進む。そしてこの衝動は決して絶えることはない。この歪な身体から湧き上がる様々な負の衝動は、常に身体を突き破るような勢いで溢れ出ている。

 

 

 だから、気力が途絶える事はない。

 睡眠に対するスキルがなくとも、限界を超えて活動する事くらい出来る。

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