【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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38.進むべき道

「こんにちは、ロキ様。アイズ様」

 

 

「「っ」」

 

 

 騒がしい街の喧騒の中。

 人探しの最中に立ち寄ったジャガ丸くんの屋台の前で、1人と1柱は息を止める。背後から掛けられた声に身体を跳ねさせ、咄嗟に声の方向へと振り向いた。けれど2人のそんな反応には関係なく、人の波は流れていく。立ち止まる4者を取り残して。

 

 

「お久しぶりですわね、元気そうですなによりですわ」

 

 

「……グラナさん」

 

「それとそっちは……イシュタル、か」

 

 

「ええ、久しぶりね。ロキ」

 

 

「…………ん?ほんまにイシュタルか?」

 

 

「そう、前と少し変わってしまったから分からなかったかしら。イシュタルよ」

 

 

「……いや、こんなん絶対嘘やん」

 

 

 グラナの一歩後ろで、片手を胸に置きながら、優しげな笑みを浮かべて静謐に立つ彼女の姿に。以前のような品の無さは何処にもない。まるで今はここに居ない正義の女神を思わせるような真っ白なドレスに身を包み、派手な化粧も見当たらず、他者を見下すような気質も完全に消えている。

 

 ……完全な別神。

 

 

「イシュタルに操られるような奴やないって思っとったけど、なんで逆にイシュタルの方が染められとんねん。全部グラナの掌の上かいな」

 

「ふふ、そうね。……正直、私も未だに今の自分に自信が持てていないの。フレイヤの言う"品"についても、まだよく分からない。けどね、後悔はしていないわ」

 

「……」

 

「何もかもを失った……過去を捨てて、自分を捨てて、グラナを信じてみた。そしたら、見える世界が広がった。柄じゃない自分にはなったけど、この自分を柄にしていきたいって、今ならそう思える」

 

「……"変わった"んか、イシュタル」

 

「ロキ、私達は"不変"よ。変えられないものは変えられない。……だからこそ、それでも変えられる部分こそ、私達は知らないといけないと思うの」

 

「……イシュタルに口で負けたんやけど、なんやこの悔しさ」

 

 

 徹底的なグラナによる教育。

 そしてそれを積極的に学び始めたイシュタル。

 

 その結果として、これが生まれた。

 

 こんなんなっちゃった。

 

 貞淑で余裕のある。

 

 全く別の美の女神に。

 

 

 

「グラナ、何処にいたの?レフィーヤが心配してた」

 

「……」

 

「帰って来て欲しい。……レフィーヤも、無茶してるから。止めて欲しい」

 

「……」

 

「グラナ……」

 

「……」

 

「……戻ってくるつもりはない、ってことか」

 

「ふふ、わたくしの性格は分かっているでしょう?ロキ様、アイズ様」

 

「レフィーヤのことをほんまに考えるんなら、レフィーヤの側に居るのが一番やないんか」

 

「さあ、それはどうでしょう。わたくしのような破綻者が隣に居て、普通の幸福が掴めると?」

 

「……自分で言うか」

 

「恐らく皆様が思っている以上に、わたくしは破綻者です。……破綻者である母と叔母の両方の性質を、あまりに色濃く受け継いでしまいましたから。それこそ、一周回ってまともに見えてしまうくらいに」

 

「一回でもまともな事なんかなかったやろ」

 

「あら酷い」

 

 

 何の躊躇もなく、グラナはロキに近付いてくる。

 その様子に警戒し、ロキの前に立ち塞がるアイズ。

 

 ……アイズ以外の護衛は居ない、というか彼女が居れば大抵問題ないから。それにこんな街中で何かを仕掛けて来るとは思えない。だが、だとすれば何が目的なのか。

 

 

「なんや?改宗の手続きでもして欲しいんか?」

 

「神々の規則で、改宗は1年間は出来ないでしょう?」

 

「……更新か」

 

「ええ、その通りです」

 

「この状況で、うちが『はい分かりました』ってやってくれると思っとるようなら、素直が過ぎるなぁ」

 

 

「……ロキ様」

 

 

「……?」

 

 

 

 

「何も言わず、更新してください」

 

 

「っ」

 

 

「それだけで終わります。それだけで貴女は、わたくしの何もかもを知ることが出来ます」

 

 

「……なんでそんな正攻法を取るんや。そないな面倒な事せんでも、イシュタルに魅了を使わせればええだけの話やろ」

 

 

「したくないからです」

 

 

「!」

 

 

「努力したイシュタル様に品のない方法で魅了を使わせたくありませんし、お世話になったロキ様にそのようなことをしたくもない。それがわたくしの本心なのです」

 

 

「……ほんまに厄介な奴やな」

 

 

 正直に言ってしまえば、この展開はロキにとってあまりにも想定外なものだった。グラナならば別に魅了以外の方法でもロキに無理矢理言うことを聞かせることは可能だったろうし、だからこそ少し敵対しているような気持ちで向き合っていたというのに。

 

 肝心の彼女は敵対するどころか、自分への感謝の気持ちさえ向けている。以前までと違い、それこそ本当に人並みの感情を持ったように。何の企みもなく、そんな真っ直ぐな願いを打つけられる。……これなら、無理矢理言うことを聞かせられた方が幾分かマシだったろう。そうであれば少なくとも、こんな気持ちにならずに済んだ。

 

 

「……何をする気なんや、グラナ」

 

「それは言えません」

 

「理由によっては、手伝うことも出来る」

 

「不要です」

 

「……それなのに、更新しろ言うんか」

 

「同時に改宗の手続きもしていただけると。一年が経った頃に、また別の神と契約をいたしますので」

 

「イシュタルやないんか?」

 

「さあ、それは分かりませんわ。一年も先のことなど、自分が何をしているのかさえ想像も付きませんもの」

 

「……せやな」

 

 

 そんなグラナとロキのやり取りに、イシュタルは一言も口を挟む事はない。彼女はただ目を閉じて2人の話を聞いているだけだ。

 この展開にはアイズもどうしたらいいか分からず、ロキとグラナに挟まれながらもオロオロとしている。

 

 ……決めるのはロキだ。だがどうやったとしても、結果は変わらない。変わるのは過程だけ。それが誰にも得にならない無理矢理なものになるのか、納得は出来なくとも、互いに理解が深まるようなものになるのか。ただそれだけの違いでしかない。

 

 

「はぁ……正直、別にグラナがうちらに危害を加えるとは思っとらん」

 

「そうでしたか」

 

「うちらが一番怖い思っとるんは、グラナが自分を犠牲にしてでも問題を抱え込もうとしとらんのか、ってとこや」

 

「……それなら心配いりません。わたくしはあくまで自分のしたいことをするだけですから」

 

「したいこと、なぁ……つまりはレフィーヤを守りたいんやろ?」

 

「……」

 

「せやけど多分、それはもっと根本的な方法や。側で守るみたいな場当たり的な対処やない。……それこそオラリオの体制を変えるとか、世界の方向性を変えるとか。そういうデカいことをやろうとしとる」

 

「……ふふ」

 

「それでほんまにレフィーヤのことを守れると思っとるんなら大間違いや」

 

 

 それをロキはハッキリと伝えた。

 他者を守るという言葉、それは言葉にするほど簡単なものではない。守るとは言っても、何を守るというのか。身体なのか、心なのか、その全てなのか。本当に守りたいのなら、どうすればいいのか。それを深くまで理解し、考えなければならない。

 

 

「レフィーヤがどんだけ無茶しとるか、知らんやろ。守られるのは弱いからやって、滅茶苦茶やっとる。リヴェリアがつきっきりで見とっても、今にも壊れそうなくらいや」

 

「……」

 

「それがほんまに守っとることになるんか?このままグラナが自分のために犠牲になったら、次こそレフィーヤは壊れるで。守りたいのは身体だけで、心はどうでもええんか?ほんまはカッコつけとるだけやないんか!」

 

「……」

 

 

 今帰って来てくれるのなら、まだ色々と間に合う。彼女の見つけた世界の問題点も、一緒になって解決していけばいい。別に彼女が犠牲にならなくとも、フィンやロキも一緒ならきっと上手く解決出来るだろう。

 だから帰って来て欲しい、今より向こう側へ行ってほしくない。本気でそう思っている。今からでも引き返して欲しいと、本気でそう思っている。

 

 

 

 

「……別に、わたくしの事など直ぐに忘れるのでは?」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 生じたのは、奇妙な感触。

 

 神だからこそ分かる。

 

 今の言葉が冗談なのか、本気なのか。

 

 暖簾に腕押ししたような、この感覚。

 

 

 

 

「いえ、まあ、理屈としては理解出来るのですが……5年10年もすればそれほど影響も残らないでしょう。確かに辛い思いをさせてしまうかもしれませんが、それも一時的な事です。寿命の長いエルフの彼女からしてみれば、短い傷で済みます」

 

 

「……何を、言っとるんや」

 

 

「それに、本当にレフィーヤ様のことだけを考えて下した結論ではありません。これはゴルゼやオラリオを含めた、多くの人々を救うための一手。……高揚感で動いているのも事実です。勇気を出すまでもなく吹っ切れなければ、これほど衝動が人間性に影響するとは分からなかった筈ですから」

 

 

「そこはどうでもええ!自分のこと忘れられるなんて簡単に言うなや!相手のこと考えれば分かるやろ!!」

 

 

「ん?……いえ、ですからまあ、理屈としては分かるのですが。そもそもレフィーヤ様が努力されている理由も本当に私由来なのか。どちらかと言えばフィルヴィス様を失ったことに起因しているのではないでしょうか」

 

 

「っ……!」

 

 

「レフィーヤ様のわたくしに対する接し方は友人というのも違いましたし、彼女にとってはよっぽどフィルヴィス様の方が近しい人間だったでしょう。それはまあ少しくらいは心配していただけるとは思っていましたが、少し失踪した程度で人生を変えるほどの影響があるとは思えません。彼女の今の衝動は私ではなくフィルヴィス様由来のものです」

 

 

「……ほんまに、分からんのか」

 

 

「考えていますとも。長期的にわたくしがオラリオで活動する利益と、天秤にも掛けました。ロキ様やフィン様は前者の方を好ましく思うかもしれませんが、わたくしは後者を選んだのです。相応の働きはすると約束致します」

 

 

「……ここまで分かり合えとらんかったとは思わんかったわ」

 

 

「分かり合おうとしていませんでしたからね、わたくしが」

 

 

 何かが欠けている。

 ただそれを気付かれぬほどに、綺麗に自分で埋めていた。自分の知識と他者の反応、そこから"こういう反応や考え方が正しい"と理解はしていた。本心では分からなくとも、それはそういうものなのだと。

 

 その結果、ロキでさえも今の今まで彼女の欠落に気付けなかったということ。違和感は感じていても、元より彼女は普通ではないし、自分のことを話さないから。実際にはここまで破綻していたのだとは、欠けていたとは、想像していなかった。

 

 

「……分かった、更新したる」

 

「っ……ロキ、いいの?」

 

「ええんや、アイズ。相手のこと何も知らんのに、何を言ったところで意味がない。説得力がない。……何をしようとしとるのかは分からんけど、何をするにせよ、うち等はまず知らんとあかん。グラナ・グレーデって人間を」

 

「ふふ、退屈はさせませんわ」

 

「アホ言え、そろそろ一息吐かせて欲しいわ。どんだけハラハラさせんねん。はよ帰って来んかい」

 

 

 一体、どこまでが彼女の想定通りなのか。

 結局のところイシュタルの魅了を使うまでもなく恩恵の更新に漕ぎつけた彼女に、ロキは悔しささえ感じる。下準備の足りなさに、手札の少なさに、過去の自分に呆れさえする。

 

 けれどこうなればもう仕方がないだろう、他に手はないのだから。近くの店を借りて、恩恵を更新する。その上で目を合わせなければならない。理解しなければならない。

 

 漸く対面することになるのだ。

 グラナ・グレーデと。

 

 

 

 

 

 

 ……そしてその日、怪物は生まれた。

 

 

 ロキは自らの手で怪物を生み出してしまった。

 

 

 そして理解もしてしまった。

 

 

 

 彼女という人間が一体どれほどに……

 

 

 

 神という存在に憎悪を抱いて来たのかを。

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

「本音を言えば、口調も振る舞いもアストレアを参考にしろと言われた時には驚いたけれど……案外、私は彼女に嫉妬を……つまりは、羨ましく思っていたのかもしれないわね」

 

「へぇ、と言いますと?」

 

「少し品のない話にはなってしまうけど、今の私を見るロキや子供達の目はとても楽しかったわ。それと嬉しかった」

 

「わたくしは正義の女神のことは知りませんが、その評判については聞き及んでいましたので。どうやら方針は間違っていなかったようです」

 

「……でも、やっぱり私に白は似合わないんじゃないかしら」

 

「そこはわたくしの趣味ですから」

 

「自分は白は着ないのに?」

 

「自分の飾り付けには打算しかありません。どうせ趣味にもなりませんので」

 

「……そう」

 

 

 フェルズから借りた魔道具で、追手は振り払った。

 更新の後、何かを言いたげな表情で言葉に出来ない様子のロキを後にして、帰路に就いている。随分と身体は軽くなった。想像以上の成果。"衝動掌握"というスキルの使い道に、これほど有益なものがあるとは自分のことながらに感心している。

 

 概ね見終わったステイタスの書かれた紙を、イシュタルにも手渡す。彼女もまたそれを見て一瞬顔を曇らせつつも、呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「まるで別人ね、ロキがあんな反応をしたのも頷けるわ。何処まで分かっていたの?」

 

「実のところ、自分の成長方針などは特にありませんでした。別に最初から恩恵を封じ込めていた訳でもなく、スキルが増えない理由に後から気付いたという順番ですから。もしここで最悪なスキルを引き当てていたら、計画を延長せざるを得ませんでしたわ」

 

「手札にしてはリスクが高かったんじゃない?」

 

「とは言え、手札に変わりはありません。……まあロキ様に知られてしまいましたし、記憶も消しませんでしたから。手札の意味さえ無くなってしまいましたが」

 

「生き辛そうね」

 

「自分で決めたことですから、後悔はありません」

 

「そう……結果的に最悪のスキルを最高のタイミングで引けたのだし、賭けには勝ったものね」

 

「魔法も含めて、欲しいものは全て手に入りました。最善の結果です。まあこれでグラナ・グレーデは完成したということですし、相応のものになったということでしょう」

 

「もう貴女1人でもいいんじゃない?」

 

「所謂ラスボスとしては相応しい性能でしょう?」

 

「ええ、本当に」

 

「グラニア姫も、聖女マリスフィアも、グラナ・アリスフィアもお役御免。……さて、次は何を名乗りましょうか?"新生闇派閥"の頭領として」

 

「貴女の本名ほど、それに相応しいものもないんじゃない?」

 

「……ふふ、それもそうでしたわね」

 

 

 手に入れた力。

 湧き上がる万能感。

 

 それをまとめて握り潰す。

 

 万能などない。

 完全などない。

 確実な勝利など何処にもない。

 

 『勝負は始まる前に既に終わっている』などという言葉を、グラナ・グレーデは否定する。想定外は起こりうる。ならば過剰なほどに仕込めばいい。手札は余らせるくらいが丁度良い。使わずに済んだ手札があればあるほどに、それは好ましい。

 

 

「……本当に、後悔はしない?」

 

「ええ、もちろん」

 

「"千の妖精"も含めて、貴女に帰って来て欲しいと言っているわ」

 

「他者に意思を委ねるつもりもありません。……誰の指図でもなく、進むべき道はわたくしが決めますわ」

 

「……そう。もう誰の言葉を受けても、引き返すことはないのね」

 

「着いて来たい者だけが、勝手に後ろを着いて来ればいいのです。邪魔をしたいのなら、どうぞご勝手に。ただし邪魔をするのなら、レフィーヤ様であっても押し除けるでしょう。わたくしの居ない道に向けて」

 

「……」

 

 

 

 

「これはわたくしの物語(みち)なのですから」

 

 

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