【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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41.拠点陥落

 暗く、そして静寂を保ちつつも、常にピリピリとした壮大な圧が張り巡らされている厳かな空間。それこそがギルドの地下にある祭壇とも呼ばれる創設神ウラノスの神室である。

 ギルドの職員さえも入室することは基本的に禁じられているだけでなく、他の神々さえも入室の許可は容易く出ない。……けれどそんな空間で、彼が1人で祈祷を続けているのかと言われれば、実のところそうでもない。

 

 

「ウラノス、本当に良かったのか?」

 

 

 暗闇に同化していたような漆黒のローブを着た人物:フェルズが、いつものようにウラノスへと疑問を打つける。その疑問の内容も、特に詳細に語る必要もない。大神ウラノスとフェルズの仲は、実際のところそれほどに近しいものだからだ。

 

 

「構わない。彼女の言う通り、我々"神"は子供達にとって必ずしも救いになるわけではない。真に下界を思うのであれば、排除されるべき神も多く存在する」

 

「排除されるべき神か、そればかりは確かに今回の件で思い知らされた。……闇派閥、それを作り上げた邪神達。彼等の行いによって多くの人命が奪われ、その魂に罪を背負わせられた。私とて憤りを感じている」

 

「特に……この件について、私自身は関与すべきでないどころか、認めるべきだとさえ考えている」

 

「認める?何故だ?」

 

「彼女のそれは下界に住まう者達にとって当然の主張であり、その中でも十分に譲歩された内容であるからだ」

 

「……」

 

 

 実のところ、神ウラノスは彼女とこの場で一度直接顔を合わせたことがある。そして大神である自身の神威でさえも、彼女という人間を完全に従わせることは不可能だと確信していた。

 それは当然ながら異常なことだ、あってはならない。しかしそれは、こんな存在を生み出してしまうほどに下界の子供達にとって神という存在が脅威であったということも示している。神威と神意によって、多くの人々がその人生を狂わされて来た。いずれこの様なことになることも、ウラノスは予想していた。

 

 

「神からの助言でもなく、導きでもない。人の王の素質を持つ彼女が、自らの足で世界を巡り、時に神々さえも裁きながら、その末に導き出した結論だ。訪問者でしかない我々がこれを拒絶することは"侵略"に値する。……正式に賛同者が集えば、少なくとも私はこれを支持するつもりだ。神々は当初の想定より下界に干渉し過ぎている」

 

「……その辺りは下界の存在である我々には分からないのだが、しかしこれほどの規模の行い。そう簡単に成立するとは思えない。いくら女神イシュタルが彼女に着いたとしても、長くは続かないのではないだろうか」

 

「いや、そうでもない。彼女は実際にイシュタルという女神に対しても、一定の成果を出している。現状、これを成すために彼女以上に相応しい人物も居まい。……そして、彼女はその辺りについても既に考えている。組織の維持と構成、規則と連携、監視と変移、後継者育成についてさえも試案を作り上げて来た。彼女の死後も神威に抵抗力のある人間が生まれるまで、仕事をイシュタルを含めた信用の出来る神々に引き継ぐ計画も立てている。非常に周到だ」

 

「……以前に渡された書類の束はそれについてだったのか。末恐ろしいな、"賢者"と呼ばれるべきは彼女だろう」

 

「しかし、憂慮している事もある」

 

「?」

 

 

 ウラノスがこれほどまでに他者を褒めるということも早々ない。それほどに女神イシュタルを改心させたことを驚いているのかもしれないが、それでも何もかも褒められるような存在も居ない。それは神でさえも同じだ。何もかもを成功に導くことはウラノスにも出来ない。

 

 

「今のままでは、彼女は突発的な感情で自死を選ぶ可能性がある」

 

「っ、まさかそんなことは」

 

「人間であろうと神であろうと、苦痛の中で生きていく事は出来ない。必ず光となるものがなければ、歩き続けることは出来ない。……今の彼女には、それがない」

 

「……レフィーヤ・ウィリディスか」

 

「元より負の衝動に悩まされて来た彼女は、世界を巡る最中であっても、常に悪しき神々とそれに苦しむ人々に向き合い続けていた。故郷の国は壊滅寸前、それを立て直すために神との政治という最悪の世界に身を投じた。その結果として光を取り戻した故郷からも、彼女は敢えて離れている。言ってしまえば彼女の人生には、光と呼べる拠り所があまりにも少ない」

 

「その唯一の拠り所になり得るレフィーヤ・ウィリディスからも、光は失われた……」

 

「恐らく役割は果たすだろう。だがその後に彼女がどう生きるのか、どう生きることが出来るのかまでは保証出来ない。……そしてその末に、彼女が天界でどのような目に遭うのかまでも」

 

「……」

 

「イシュタルが彼女の計画を引き継ぐことになれば、天界で待つ多くの神々を敵に回してまで、彼女を救おうとする神は居ないだろう。仮に敵にしたとしても、彼女を守れる神がどれほど居る。何れにせよ救われる可能性は低い」

 

 

 

 

 ーーーーーッッ!!!!!!

 

 

 

 

「な、なんだ今のは?」

 

 

「……始まったか」

 

 

 ウラノスがそう言い切った直後に、巨大な爆発音と共にこの祭壇までもが大きく揺れる。それは開戦の合図だ。彼女が自身の計画を果たすための、最初の一歩。

 

 

「フェルズ、"戦いの野"へ向かえ。恐らくフレイヤは負ける。その後の処理にギルドとして対応しろ。ロイマンも後ほど送る」

 

「……分かった。それにしても、フレイヤ・ファミリアを打倒するなどと。よくもまあそんなことをやろうとする」

 

 

 狼煙は上がった。

 それはつまり、算段がついたということ。

 

 そしてそれは決して、フレイヤ・ファミリアを踏台に仕立て上げるということだけではない。その先にある計画の段取りまで含めて、全ての根回しと仕込みが終わったということ。僅か1月でそこまでを終えた彼女を止めることは、最早簡単なことではない。

 

 

「これもまた、人の可能性か」

 

 

 恐らく分かれ目は、フレイヤを下した後のこと。

 そこで誰がどのような行動を起こすのか。

 そこにウラノスが関与することはない。

 

 ただ、好奇心はあった。

 

 彼女とその行末がどのようなものになるのか。人と神の関係を左右する彼女の選択を、人々がどう受け止めるのか。それを知りたいと思うのは、ウラノスでさえも未知を好む神の1柱であることを象徴していた。

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 その日は、女神フレイヤがバベルではなく拠点である"戦いの野"に帰って来る日でもあった。

 その日ばかりは眷属達はダンジョンに潜る事もせず、街に出ることもせず、いつも以上に気合を入れて鍛錬に励む。それは一心に、女神に自身の努力を見て貰うために。そして何より、自分達の瞳に彼女の姿を焼き付けるために。その心の有様を、彼女に見せ付けるためにも。

 

 

 

『静河、大葬、神事の理。氷煉一体、聖暗六精隔絶の終焉』

 

 

 

 ……ああ、なんと分かりやすい事か。

 

 これほどまでに分かりやすく動いてくれるのは、単なる余裕であるのか、それとも愛故の盲目であるのか。否、恐らくはそのようなことを考える者が他に居ないからであろう。神々でさえも、彼等に手を出そうなどとは考えない。そんなことは他ならぬ彼等自身が一番良く知っているし、そもそもそれを警戒するような振る舞いさえも、彼等は嫌う。

 

 

 

『氾濫せよ、叛逆せよ、反転せよ。星喰いの熊、空染めの烏、海呑みの蠍。我、天地開闢より続く全ての天下を患う者。これより降墜つ星光帯の大天惨虐を断つ』

 

 

 

 

「……オッタル、備えなさい」

 

「は……?」

 

「いいから備えなさい。……何か嫌な予感がするわ」

 

「!……はっ」

 

 

 

 

『女王の名において命じる。刻む我が名は紅薔薇(ローザリア)。荒人の化身、血濡れの王、冷徹の魔女、希う門番』

 

 

 

 

 

「それでは参りましょう、女王!貴女の作る世界へ!」

 

「……グラナ・アリスフィア。契約を果たせ。このクノッソスを、貴様が完成させろ。そうでなけ、れ、ば……づぐぁっ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 男は心酔し、男は憎悪する。

 

 女に意思はなく、女に自己はない。

 

 そして獣は、ただ時を待つ。

 

 ただ、皮肉にもここには、母娘による初めての共同作業がある。母は地にひれ伏すように両手を突き、娘は天を仰ぐように脈動を鳴らす片手を上げる。どのような姿になろうとも、決して目線の合うことのない彼等2人は、それでも同じ名を持つ魔法を所持していた。

 

 宿る想いは違えども。

 

 生まれた意味も違えども。

 

 共に異なる詠唱文を読み上げ、一切の交わりが生じることはなくとも。重ねるようにして描いたその真っ赤な魔法陣には……言葉に出来ない、衝動がある。

 

 

 

 

 

「いってらっしゃい、グラナ。早く帰って来なさいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『シャルトー』』

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?!?!?」」」」」

 

 

 

 直後、己が拠点に立っていた筈の彼等を襲ったのは、強烈な爆振と、奇妙な浮遊感。遥か下方、建物そのものと共に落ちていく感覚。そして何処か縛り付けられるような、肺を握られたような息苦しさ。

 オッタルは咄嗟に側にいたフレイヤを抱え、建物ごと落下するという異常事態の中で、それでも彼女に傷1つ付けることのないように脱出を試みた。他の幹部達も同様に各々で身を守りつつも、自らの女神の無事を願って壁を突き破る。

 

 クノッソス、その3階層分。

 

 落下と爆風、瓦礫の生埋め。

 

 拠点そのものを陥落させる、オラリオ全土に広がるほどの広大さを持つクノッソスであるからこそ可能となった、普通では考えられない最悪の奇襲。

 

 

「クッソ野郎がァ!!ンなふざけたことしやがったのは何処の何奴だ!!」

 

「待て!!アレン!!」

 

「アァ!?止めんじゃねェ!!」

 

「気付け愚猫!!この赤光、呪詛だ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

「流石ヘディン様。……まあ、既に手遅れですが」

 

 

 

 落下の最中、建造物さえも貫く赤い光に晒されながらも、彼等は必死になって押し潰されないよう安全地帯を模索する。しかしその光が呪詛によるものであると気付けた者は極僅か。それに気がつく事の出来たヘディンは付近に居たアレンに大声でそれを伝え、直ぐにでも光から逃れようと動き始めたが……

 

 その一手は遅かった。

 

 

 

 

『クノッソスに光をォォォオオオオ!!!!!!!!!』

 

 

 

「なっ……にィ……!!?」

 

 

 

 ヘディンはその男を知っている。

 クノッソス1階層から飛び降りた男、バルカ・ペルディクス。この人造迷宮クノッソスの現管理者であり、少し前から行方が分からなくなっていた人物。しかしその男がこうして現れた事自体は大して不思議なことではない。

 

 ヘディンが驚愕したのは、その男が自身の身体に無数の剣を突き刺しており、かつその手には情報に聞いていた『精霊の宝玉』が握られていたことだ。

 

 27階層でヘルメス・ファミリアが見たという宝玉だけが、前回の戦いで見当たらなかった。それは最下層付近でオッタルがフィンからの命令で処分した隠し手の精霊に使われたものだとばかり思っていたが、何のことはない。それを持っていたのはこの男だったのだ。

 

 

『ぐっ……ゲッ……ガァァアアッッ!?!?ぉおごぁああぁあぁあぁあぁあぁああああぁあ!?!?!?!?!?!』

 

 

「っ、なんと醜悪な……!!」

 

 

 それは異形。

 数多のモンスターと対峙して来たフレイヤ・ファミリアでさえ嫌悪感を隠す事の出来ない、本物の怪物。自身の作った呪具によって身を貫き、その上で精霊の宝玉という異物をその身に取り込んだ男の、最悪の末路。

 最早"人間"という殻さえ残らず、生まれ出たのは醜悪な獣。それを前にして放心する団員達を他所に、しかしヘディンとアレンは直ぐに意識を取り戻した。

 

 

 

「永争せよ、不滅の雷兵ーーカウルス・ヒルド!!」

 

 

 

 人間を一撃で黒焦げにしてしまうほど凶悪な威力を持った白雷の弾幕、有効射程はオラリオでも随一を誇る彼の魔法。距離が離れ、かつ身体を肥大させた怪物に対してそれは非常に有効的であり、放った弾幕の大半がその肉体に叩き込まれる。

 通常であれば、これで大抵のモンスターや階層主は致命的なダメージを受ける。冒険者でさえも耐えられる者は数少ないだろう。万の敵兵でさえも一掃出来る。

 

 ……が、今回ばかりはそれは致命的な間違いとなった。

 

 

 

『グォオォォォォォオォォォォォオォアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

「なっ!?効いてねぇ!?」

 

「いや、効いてはいる!それよりもこの黒い雨は……!!」

 

 

「ギャァァアアァァァア!!!?!?!?!?」

 

 

「「っ!?」」

 

 

 咄嗟に近くの瓦礫の陰に隠れたヘディンとアレンであったが、その判断が出来なかった、若しくは間に合わなかった団員達はそうはいかない。ヘディンの魔法に反応して怪物が突如として全身から撒き散らし始めた黒雨は、容赦なく彼等の身体を濡らしてしまう。

 

 ……生じたのは悲鳴。

 

 苦痛に喘ぐ強声。

 

 目を見開き、頭を掻き上げ、叩きつける。

 

 そんな異様な混乱と狂乱。

 

 

「毒の雨?いやまさか……!!」

 

「これも呪詛だ!!容易く触れるな!!我々とて無事では居られんぞ!!」

 

「巫山戯やがって!!上からも下からも呪詛だと!?」

 

「チィッ!!」

 

 

 ヘディンは気付いている。

 既に第二級冒険者以下のステイタスしか持っていない眷属達は、この場では何の役にも立たなくなっていると。

 

 落下や瓦礫程度で死ぬことはない、普段それよりもっと酷い目に遭っている者達なのだから。両腕が折れたところで涼しい顔をしてフレイヤのために這い上がって来るだろう。意識を失おうが、この程度で死ぬような眷属は、そもそもここには居られない。

 

 ……だが、この呪詛は無理だ。

 

 魔防のアビリティでも防ぐことが出来ず、黒雨にあたれば自分達でさえ凄まじい勢いで体力を削られることになる。そしてそれよりもヘディンが警戒しているのは……未だに自分達を貫き続ける、この赤光。そして少しずつ感じている、この違和感。

 

 

 

 

 

 

「ああ、ああ!素晴らしい!まさかこの私があの【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】と互角に斬り結べる日が来るとは!!感激です!!」

 

「……呪剣(カース・ウェポン)、闇派閥。どうして今になって」

 

 

 夥しい程に流れる血液を、右腕の傷口から止めることは出来ない。回復阻害の呪道具、それは元より闇派閥達が使っていたもの。しかし今それを解呪出来る手段があるのかと言われれば、当然そんなものがある筈もない。何せこれは奇襲なのだから。

 本当になぜ今になって襲撃を仕掛けて来たのか分からないのが、彼等にとっての本音。

 

 

「闇派閥?それは違いますねぇ。我々はそんなチンケな組織ではありません」

 

「なに……?」

 

「新生"闇派閥"……そう呼ぶことさえも間違っている。世界を破壊するなどという選択をしたところで、確かに瑕疵が修正される保証など何処にもない。それは所詮、神々に縋っている事と変わらない」

 

「……?」

 

「であれば、その解決を原因たる天上の者達に訴え、時に迫る事こそ正道。……そう、彼女は言ったのです!私には未だ正道を歩くという選択肢があるのだと!それまでの罪を償う事は出来なくとも、太々しく歩けばいいと!私のこの神々に対する憎悪は!怒りは!決して他者に八つ当たりするものではなく!神々そのものに打つけるべきものなのだと!そう言ってくださった!!その機会を下さった!!」

 

「意味が分からない……」

 

「今は分からなくとも結構。ただ必要なのは……」

 

 

「っ、ぐっ……!」

 

 

「貴方を下すこと、それが此度与えられた私の役割」

 

 

 狂人、狂っている。けれどそんな闇に染まった目に宿る希望の光、そして喜び。それがあまりにも歪んでいて、矛盾している。

 

 いくら片腕を不意打ちで潰されたからと言って、本来ならばLv.6のヘグニがこのような男に負ける事はない。しかし何故か男の速度は尋常ではなく、先程から防戦一方に追い込まれている。

 

 

「っ、もういい。……『抜き放て、魔剣の王輝。代償の理性、供物の鮮血、宴終わるその時まで、殺戮せよ』」

 

「『灰色の王城、鮮血の美酒。全てを染める宴はこれより女王の名の元に聖魔を連ねる。紅き衣を被れ』」

 

 

「『ダインスレイヴ』」

 

「『グレアローズ』」

 

 

 塗り潰す戦王の人格。

 塗り潰す鮮血の世界。

 

 無慈悲、冷酷。

 殺戮、蹂躙。

 

 これより先に慈悲はなく、

 これより先に色彩はない。

 

 

「平伏せ、悪賊。女神に刃を向けた愚者共に、明日を生きる価値など無い」

 

「平伏しなさい、愚物。慈悲深き女王は貴方のような凡夫さえ救おうと仰っている。五体投地を当然と思い知れ」

 

 

 色の無い世界。

 色しか無い世界。

 見える鮮血。

 見えない鮮血。

 

 紅に染まったその場で、臣下と臣下は刃を抜いた。

 

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