【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

5 / 59
05.重ねた数

 さて、ロキ・ファミリアがいよいよ遠征に向かうこととなった。

 

 であればグラナの扱いはどうなるかと言われれば、もちろん遠征になど連れて行けるはずもない。しかし団員の居ない本拠地に残しておくこともまた不可能。ロキを殺されてしまえば実質的にロキ・ファミリアは壊滅することになってしまうのだから、その危険性は排除したい。

 

 そんな理由から、遠征の間、彼女が送られて来たのはガネーシャ・ファミリアである。それもなんと、客人扱いで。なんならロキ・ファミリアに居た頃よりも、よっぽど待遇の良い場所に彼女は居た。

 

 ……騒音以外は。

 

 

「ォォオレがガネーシャだァァァアアア!!!!」

 

 

「ええ、存じております」

 

 

「ガネーシャ、ッだァ!!!」

 

 

「存じておりますから」

 

 

「ガネェーシャァァァアアア!!!」

 

 

「……もしや、こちらの声が聞こえていない?」

 

 

「……すまんな、喧しくて」

 

「それなりにお噂は聞いていましたが、まさかここまで喧しい方だとは思いませんでしたわ。普通、密室空間で全力で叫びます?耳が痛いのですが」

 

「我慢出来ないようなら言ってくれ、叩き出す」

 

「ガネーシャだぞ(小声)」

 

「放り出してくださる?」

 

「承知した」

 

「ガネーシャ超ショック!?……あ、待って!本当に追い出さないで!!」

 

 

 ……などというガネーシャのお茶目もありながら、それでも彼等はようやくこうして対面した。ガネーシャのこういった行為もまた、きっと場の雰囲気を柔らかくするための処置なのだろう。きっとそうだ、そうに違いない、そうであると信じたい。

 

 

 

「ふむ。しかし、俺とて驚いているのは確かだ。まさか"殺帝"に子が居たとは」

 

「そうですか、殺されます?今なら無防備ですわよ」

 

「いや、それはない。我等は常に罪無き子等の味方であり、生まれによってその目が曇ることなどあってはならない。故にたとえ殺帝の子と言えど、罪人でなければ関与はしない。逆に罪人であれば、相手が誰であろうと容赦はせん」

 

「へぇ……それはまた随分と素晴らしいお考えですが、であれば何より先に、大賭博場(カジノ)の方をどうにかするべきでは?相手が誰であっても罪人は許さないのでしょう?」

 

「「うっ」」

 

「実質的な治外法権とは言え、わたくしが軽く調べただけで数件の人身売買の疑惑がありました。聞いた話では大賭博場の守衛はガネーシャ・ファミリアで行っているとか?……まさか都市の守り手たるガネーシャ・ファミリアは、借金返済のためであれば女子供が売られても問題ないとお考えで?それとも金持ちには手を出さない主義?」

 

「そ、そんなことはあり得ない!……だが、容易い話でもないのだ。計画を練るにも時間がかかる、簡単に手を出せる相手でもない」

 

「その間に何人の罪無き子供達がその人生を壊されてしまうのか、見ものですわね。彼等は常に何かを失い続け、助けられた後でさえも、取り返すどころか、何も得られるものなど無いというのに」

 

「ぐっ……」

 

「な、何故そこまで調べが……」

 

 

 ……まあ、なんとなく分かる。

 

 これは喧嘩を売られているのだと。

 

 大賭博場における様々な犯罪、それはガネーシャ・ファミリアとて認知していたものだ。しかし、それを簡単に取り締まることはできなかった。

 なぜなら運営を主導するのは誘致した他国の施設側、ギルドでさえ蔑ろには出来ない場所。事実上の治外法権となってしまっているあの場所に迂闊に手を出せば、国家間の火種になりかねない。確実な証拠を押さえ、言い訳の出来ない状況を作り出さなければならないのだ。それがまた難しい話なのだが……

 

 

「やれやれ、言うことばかりは御立派なのですね。オラリオ内にも嘆いておられる方は多いのでは?あなた方に助けて欲しくとも、報酬に見合う金品を用意出来ず、子や妻を奪われても泣き寝入りをしているような方々がたくさん」

 

「っ」

 

「容易くない、簡単ではない、なんて便利な言葉なのでしょう。それなら仕方ありませんね。辛くとも待って貰うしかありません。だって簡単ではないのですから」

 

「…………」

 

「うふふ」

 

 

 分かっている、そんなこと。

 それが分かっている上で、それでも今のガネーシャ・ファミリアは手が足りていない。それに大きな組織を維持する以上、金はどうしても必要になるものだ。それは人員を増やすほどに加速する。

 そしてそうなると、当然ながら見返りの少ない依頼を受けていられる暇もない。団長のシャクティでさえも常に働き詰めなのだ、自分達の出来ることは既にし尽くしているつもりだ。

 

 

「今、わたくし達がこうしている間にも。罪無き少女達の花弁が、悲鳴と共に1枚、2枚……醜い豚共に食い荒らされている」

 

「………っ」

 

「ああ、一体どうしてこんなことになってしまったのでしょう?助けて欲しい、家に帰して欲しい。しかし泣いても喚いても助けてくれる者など居ない。間違いなく正義を語っている者達は近くに居るのに。……何故?さあ何故でしょう?何故でしょうね、団長様」

 

「それ、は……」

 

「ふふ、言えばいいでしょう。だって人手が足りないから、と。優秀な味方が少ないから、と。言い訳を並び立てれば良いではありませんか。……ああ、なんと悲しいことか。どうしてこれほどになるまで、正義の心を宿していた者達が失われてしまったのか。この街には本来、もっと誠実で優秀な人間が大勢居た筈なのに。いったい何故?どうして?……少々努力が足りていないのではありません?人手不足」

 

「っ!!巫山戯るなっ!!それも全部お前の母親の様な奴等が!!」

 

「シャクティ!!」

 

「っ」

 

 

 ガネーシャに止められる。

 

 頭が冷える。

 

 そして気付く、誘導されたのだと。

 

 この女はその言葉こそを、自分から引き出そうとした。闇派閥に対する未だ消えぬ憎悪の炎を引き出すために、その母親譲りの悍ましい雰囲気を撒き散らした。演技をした。空気を作った。煽り立てた。

 

 

「……ええ、その通り。わたくしの母親がそんな正義の使徒達の命を奪ったからに他ありません。そしてわたくしも無関係では居られない。罪がなくとも殺帝の子。貴女が先程仰ったように、たとえわたくし自身に罪はなくとも、のうのうと生きていくことは許して貰えないのです。どんな大層な言葉を並べ立てようとも、理想と現実は交わらない」

 

「……」

 

「罪人の子は罪人、とまでは言いませんが。事実としてわたくしは闇派閥に居た方がよっぽど生き易いでしょう。実際、かつての闇派閥の中にはそういう人間も居たのではなくて?身に覚えのない他者の罪で、居場所を失ってしまった者達が。そんな方々を追い詰めたのも、また人間。そして未だ貴方達でさえも、こうして同じことを繰り返している」

 

「……」

 

「ふふ。本当に、この街の方は黙りがお好きなこと。虚しいですわね。正義を実行するほど、貴方の心は平穏から掛け離れていくのですから。いっそ哀れにさえ思いますわ」

 

「……」

 

 

 言いたいことは、分かる。

 闇派閥は無くならない、悪は消えない。

 なぜならその闇の一端は、自分達が作っている。

 

 仮に目の前の女が気紛れであっても、闇派閥の残党を纏め上げようとすれば、直ぐにでも脅威になり得るだろう。それほどに第二の闇派閥になり得る火種は何処にでも転がっており、その火種は決して自分達と無関係な訳ではない。彼女が言ったように、どんな理想を語ったところで、そこに現実が追いつかないからだ。

 

 事実として、暗黒期の終わりに『疾風』が皆殺しにした関係者の中には、闇派閥とは無関係の者も居た。当然だ、彼女自身もそれを自覚している。つまり彼女の蛮行で平和は戻ったとは言え、その平和の礎として罪無き者達が理不尽に裁かれていた。そんな彼等の存在もまた火種であり、今日までこの街が見て見ぬふりをし続けて来たことだ。それは確実に今も何処かで燻っている。

 

 ……この街には、そんなものがいくらでもある。それは他ならぬガネーシャ・ファミリアが、一番よく知っている。そして同時に、一番目を逸らしてもいる。

 

 

「……グラナ・グレーデ、ならばお前は何を求める。賭博場を含め、我等が未だ多くの闇を放置していることは認めよう。しかし我等とて立場があり、責務がある。……大のため小を切り捨てる。否定したいその文言は、それでも無視の出来ない事実だ。我等はより大きな悪から民を守るため、小さな悪を見過ごさなければならない」

 

「ガネーシャ……」

 

「……正義の眷属が消えた今、それでも我等は我等の成すべきことを成す以外に他ない。残った者達で、それでも最大限に手を伸ばし、民に寄り添い続ける。この手から零れ落ちた者達を拾い上げる事は出来なくとも、この手を下ろすことだけは許されんのだ」

 

 

 悔しげに、けれど大衆の神としてそう言い切ったガネーシャに、シャクティは久方振りに彼への尊敬を思い出す。

 

 彼の言う通り、結局どれほど努力しても手を伸ばせる範囲には限界がある。どれだけ努力しようとも、今日10人守り、明日自分達が死んでは意味がない。都市の守り手として、自分達は継続を求められている。

 

 必要なのは妥協であり、その妥協を飲み込む苦しさに耐えることだ。誰もを助けることが出来ないという受け入れ難い事実に向き合い、それでもと努力をし続ける。それこそがガネーシャ・ファミリアに求められている役割だ。

 

 

「ふふ、なるほど……であれば、1つあなた方に協力いたしましょう」

 

「協、力……?」

 

「そして、わたくしから望むこともまた1つ。この策に協力して頂きたいのです。それで少なくとも、あなた方が取りこぼしてしまった内の何人かは救えるでしょう」

 

「救、える?……待て、何をするつもりだ?」

 

「……ふふ」

 

 

 

 

 

「最大賭博場、及びその経営陣を破綻させる」

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

「表に見えるものだけを処理しようとするから駄目なのです。……やるのなら徹底的に、その根元まで含めて完膚なきまでに叩き潰さねば」

 

 

 その言葉には、さしものガネーシャでさえも目を見開いた。当然だ、それは決して嘘でも冗談でもなんでも無かったのだから。

 彼女は本気で、心の底から、それを成そうとしていた。

 

 

**************************

 

 

 

『最大賭博場、及びその経営陣を破綻させ、その機に乗じて施設内を徹底的に洗う。その後、施設運営側に管理者責任を追及し、実質的な治外法権化を破棄。……表面だけを浚って簡潔に述べればこんなところでしょうか。そこから他国の闇派閥との繋がりまで洗い出すことが出来れば、まあ十分な出来でしょう。何せ本来の目的は』

 

 

 

 

「闇派閥残党への、資金源の封鎖……?」

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 シャクティとしては、正直この話を彼女に持って行くべきかどうかについて、非常に迷わされた。しかし今回の件について、何よりその前提となる経済攻撃について、ガネーシャ・ファミリアの中には相応しい人物が殆どいないという問題点があったのだ。

 

 故に助けを求めることにした。

 

 他でもない、『疾風』。

 

 つまりはリュー・リオンという、酒場の店員に。

 

 

「しかし……何故、その話を私に?正直意外です。このような話を再び貴女から貰うことになるとは思わなかった」

 

「……お前はライラから賭博について学んでいただろう」

 

「え?ええ、それなりには。他の店員との遊びで、それほど錆び付いてはいないと思いますが」

 

「運営組織を破綻させるために、提案者は先ずイカサマでカジノと経営陣を叩き潰したいらしい」

 

「は……?」

 

「そのイカサマに着いて来られる人間を用意して欲しいと頼まれてな。又は単純に賭博に強い人材を寄越せと言ってきた」

 

 

 仮にここにフィンが居れば、間違いなく彼で良かった。しかしロキ・ファミリアは遠征中。フレイヤ・ファミリアが協力してくれるはずもなく、賭け事で頼れる人間などシャクティには当然居ない。

 シャクティとてこれは苦肉の策であったのだ。良い人材は何人でも連れて来いと言われたものの、そんな人材が1人たりとも見当たらなかったのだから。本当に仕方がなく、彼女はここに来た。

 

 

「ここの店員の中にも、賭博の上手い人間が居れば借り受けたい。勿論、相応の謝礼はする。必要であれば当日、何人かの団員を手伝いにも出そう」

 

「それについては、まあ、ミア母さんに相談する必要はありますが……それにしても最大賭博場を叩き潰すとは、本気ですか?」

 

「これが本気だから困っている……」

 

「というか、そのようなことが可能なのですか?」

 

「……可能、なのだろうな。あの女がそう言っているのだから、やれるのだろう」

 

 

 シャクティには忘れられないことがある。

 それはあの日の最後に、グラナ・グレーデが真剣な顔で、本当の本気の本音を語った際の言葉だ。あの言葉を聞いてしまえば、誰であろうと彼女がこの作戦に全力で挑もうとしていることが確信出来ただろう。少なくともシャクティはそれを聞いて、もうこれは協力するしかないと思ったのだ。

 

 

「……分かりました。そういう話であれば、協力しましょう。闇派閥の資金源となれば無視は出来ない」

 

「すまない。本来このようなことを頼める立場ではないのだが、助かる」

 

「それと、イカサマであればクロエが役に立つ筈です。彼女はそういう手が非常に巧みだ。……あとは」

 

 

 

 

「当然、私も連れて行ってくれるよね?リュー♪」

 

 

 

「っ!」

 

「シ、シル!?いつから聞いて……!?」

 

 リューの後ろからサラッと現れたその少女に、2人は驚く。しかし彼女は思った以上に今の話に目を輝かせており、リューに後ろから抱き付くようにして密着すると、頬を着けるほどに顔を近付け、強請るように彼女に迫った。

 

 

「賭け事しに行くのに私を連れていかないなんて、そんなことしないよね?私がこのお店で一番強いこと忘れちゃった?」

 

「う……」

 

「そう、なのか……?」

 

「ま、まあ、それは事実ですが……」

 

「それに、賭け事しに行くだけなんだし。ガネーシャ・ファミリアも居るんだから大丈夫だよ。危ないことがあってもリューが守ってくれるでしょ?」

 

「そ、れは……」

 

「リュー、お願い♪」

 

「……」

 

「お願い♡」

 

「……………………」

 

「ね?」

 

「……………はぁ、仕方ありませんね」

 

「やった♪リュー大好き♪」

 

「と、取り敢えず少し離れて下さい。顔が近過ぎます」

 

「……お前も苦労しているのだな、リオン」

 

「いえ、まあ、それほどでは……」

 

 

 まあ今回の件、あのグラナ・グレーデという人物を完全に信用した前提での行動。元の管理者であるフィン達でさえ未だに信用していないというのに、と考えると心配な部分は確かにある。

 

 その点、その辺りの嗅覚の鋭い人間を取り得れておきたいというシャクティの保険は、リューの存在である程度は役になるだろう。それに当日は通常通りの警備もあり、賭博場に闇派閥が攻め入ってくることも難しい。条件としてはこちらが有利。

 

 

「この一件が試金石となる、か」

 

 

 それとなく相談したロキからも、そんな話をされた。彼女を信用しても良いのか、はたまた疑いを続けるべきなのか。この一件はそれを判断するに丁度いいと。

 ……やろうとしている話の規模からすると、丁度いいとかそういうレベルではないのだが。

 

 

「ところで、その提案者というのは誰なのですか?」

 

「ああ……グラナ・アリスフィア。ロキ・ファミリアに最近入ったLv.3の眷属だ」

 

「……聞いたことがありませんね」

 

「悪巧みに関してはフィンも認めている」

 

「勇者がですか……それは頼もしい」

 

「本当に、味方になってくれるのなら頼もしい限りなのだがな」

 

 

 頼むから味方であって欲しいと、シャクティは願うしかない。簡単に大賭博場を破綻させに行くなどという人間が敵になった時のことなど、考えたくもないのだから。

 

 

「というかこれ、外交問題になるの前提ですよね?……そうでなくとも、あの娯楽都市サントリオ・ベガが自分たちの非を認めるとは思えないのですが」

 

「……普通ならな」

 

「……?」

 

「他の賭博場の調査についても問題ない、既に動いている。……というか、動かされている」

 

「シャクティ?」

 

「悪いな、少し自信をなくしているだけだ。……フィンのような頭の働く人間が1人は欲しいとは常々思っていたが、どうやらその重要性を私は見誤っていたらしい」

 

 

 10人に1の働きをさせられるか、1.1の働きをさせられるか。この程度の差であっても、10年という長いスケールで見れば違いはより大きく明白になる。

 シャクティが今目の前で見せられているのは、正にそういった類のもの。後悔ばかりしていても意味がないとは理解しつつも、取りこぼした者の数を思い返すほどに、そのショックは大きかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。