【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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47.神々への憎悪

「あぐっ!?……な、なんか強くないっ!?ウルガごと吹き飛ばされたんだけど!?」

 

「こ、こいつ本当に【男殺し】!?こんなの殆どガレスじゃない!!」

 

「馬鹿を言うな!こやつ儂より速いわ!!」

 

「っ!?魔法が殆ど効いていない!?あの鎧のせいか!!」

 

 

 "もう一本の黒剣"。

 グラナ・グレーデに手渡された物と、似たような大剣が彼女の手の内にはある。そしてその身体に合うように改造を施された白銀の鎧が、彼女の身を確かに守る。

 

 

「……平伏せ」

 

 

「喋った!?」

 

「アンタ話せたの!?」

 

 

「これより先は女王の御前。何人たりとも一切の踏入は許されない」

 

 

「……完全に人格が変わっておるな」

 

「書き換えられたのか、消されたのか。恐らくはその上でアイツ好みの人格にされているんだろう。……厄介なのは、そのせいで妙に風格があることか。人格は風格を表すとは言うが、こうなるとまるでオッタルを前にしているようだ」

 

 

 前衛が3人、後衛が1人。割と理想的な配置であるにも関わらず、都市でも屈指の実力者4人に対して一切の物怖じをすることなく立ち塞がるアンドロクトノス。

 向けられた黒の大剣に、そしてその圧力に、ヒリュテ姉妹だけでなく、ガレスもまた思わず口元が弧を描く。正直に言ってしまえば、楽しくなってしまったから。同じLv.6の筈が、これほどの強者にまで上り詰めた。恐らくはあのグラナ・グレーデの最高傑作。こんなものと戦える機会は、なかなかない。

 

 

「どう見る?リヴェリア」

 

「……恐らく、あの凄まじい剛力と防御力は付与魔法のようなものだろう」

 

「は?魔法?」

 

「つまりは、単純に自身の肉体を強化するだけの魔法だ。特異な変化が無いにも関わらず魔力を感じるのは、そのせいだろう」

 

「なるほどのぅ。単純、だからこそ異様な効果量を持っておるということか。あれではまるで階層主じゃ」

 

「じゃ、じゃあ回復力は?ウルガで付けた傷がもう塞がっちゃってるんだけど!」

 

「……さて、単純に『治力』のアビリティが高いだけなのか。一先ずあの銀色の鎧は、魔法に対して異様に強い対抗力を持っている。恐らくは精霊関連の素材が使われているんだろう。クノッソスの壁面にも使用されていたオブシディアン・ソルジャーの体石に、アダマンタイト。材料には困らない」

 

「完全無欠の要塞ということか、これは骨が折れそうじゃのぅ」

 

「だが恐らく、遠距離攻撃の手段はない。……とは言えアイツのことだ、別に切札の1つや2つはありそうだがな」

 

 

 すっかりと変わってしまったフリュネ・ジャミール。何度も何度もアイズを付け狙い、下品な言葉を発していた妙に自信家だった彼女はもう居ない。

 徹底的な人格破壊と再教育の末、あとそこにヴィトーが個人的に教え込んだ思想によって、彼女は女王に忠実に付き従う兵士のような存在になってしまった。別にグラナはそんな人格など求めていなかったというのに。

 

 

「それで?どうやって倒す?」

 

「殴って殴って殴り倒せ、こういう輩にはそれ以外にない。変に小細工を弄そうとすれば、逆に飲み込まれる」

 

「へえ、リヴェリアにしては単純でいいじゃない。そういうのは好きよ」

 

「よ〜し!ガレスにもティオネにも負けないもんね〜!さっさと倒してレフィーヤとアイズの応援に行かないと!」

 

 

 リヴェリアからのそんな指示を受けて、肩を回しながら3人は構える。そんな彼等に対し、フリュネもまた大剣を軽々と持ち上げ、目を細める。

 

 なんとなくは分かっている。これは言葉で言うほど簡単な戦いにはならないと。なんだったら決着が着くのはここが最後なのではないかと、そんな予感がリヴェリアとガレスの頭の中にはある。

 

 

 (治力だけなものか。息切れ一つしていない時点で、体力も無尽蔵だろう。ティオネとティオナのスキルが最大まで発揮されるほど消耗して、ようやく勝機が見えてくる相手だ。……それまでは私も、なるべく温存しておかなければ)

 

 

 新生フリュネ・ジャミール。

 

 アイズがあれほど苦戦したウダイオスと単独で戦い、怪我を残すことなく勝利を掴んだだけでなく。

 その直後にイシュタルの神威によって強引に呼び出された強化ウダイオスとの戦闘でさえ、グラナと共に最後まで立ち並んでいた稀代の化物。決して敗北を認めることのない、永久に命を燃やし続ける、不死身の化身。

 

 グラナ曰く、『不沈の要塞』

 

 彼女を突破するのは、決して容易いことではない。

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 ……であるなら。

 

 そんな彼等でさえ明確に自分よりも上に位置付けているようなその女王は、一体どれほどの力を身に付けてしまったのか。その辺りについてフィンは事前にロキと共に大凡の目星くらいはつけていた。

 

 推定Lv.8、オッタルの全力時と同程度。

 

 つまりは都市最強の"猛者"オッタルに対して、グラナ・グレーデという才女の頭脳をぶち込み、その上で事前準備の時間を与えてしまった。そうなるとフィン1人では当然太刀打ち出来ないし、せめて手傷を負っていてもオッタルは必要だろう。そこにアイズが居て、漸くなんとかなるのではないか。それくらいに考えていた。

 

 自分でも甘いと思える様な想定の範囲内では。

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 

「猛者……!」

 

 

「っ、駄目だ。想像以上にオッタルが使い物にならない」

 

 

 

 壁に叩きつけられた都市最強を横目に、フィンは険しい顔を隠せない。

 

 "使い物にならない"という言葉は、決して彼の動きが鈍くなっていることを指している訳ではない。確かに彼は一度の敗北があって手傷を負ってしまっているが、それでも既に獣化をしている。Lv.7としては十分なステイタスを持って今ここに立っている。

 

 ……問題なのは、そんな彼の動きが彼女に完全に把握されてしまっていることだ。これについてはフィンも事前にレフィーヤから知らされていた。グラナ・グレーデが怪物祭の日の戦闘で行っていたという、彼女特有の戦闘技術。

 

 

「オッタル!君は補助に回ってくれ!動きや癖が完全に把握されている!!今ここで君を失う訳にはいかない!!」

 

 

「ぐっ、ぅぅう!!」

 

 

 恐らくは、異端児のミノタウロスであるアステリオスとの戦いの際。彼女は事前に準備していたやり取りを女神フレイヤと交わしながら、実のところずっと背後で行われていた彼等の戦闘を分析していたのだろう。事前の情報収集もあったのかもしれないが、致命的なのはそれだ。

 単なるステイタスだけであっても同等かそれ以上なのに、こうなってしまったら今のオッタルが彼女に正面から勝つのは不可能に近い。

 

 

「ふふ、さっさと魔法を使ってしまったら如何ですか?勇者様。今この場でメインを張れるのは貴方くらいでしょう。……剣姫はやはり対人戦闘はあまり得意ではない様子ですし、シャクティ様とアキ様も何処まで着いて来れるやら」

 

「「「っ」」」

 

 

 未だ無傷。

 尋常ならざるステイタス、それだけが原因ではない。圧倒的な対人戦闘の経験、しかも多対一の。その上で凄まじい分析力。恐らくは事前の戦力調査も済まされてしまっている。というよりは、見られてしまっている。27階層の時や、精霊との戦闘、闇派閥との決戦の時などに。既にこの場にいる大半の人間が、彼女に分析されてしまっている。

 

 

「アルクス・レイ!!」「ケイオスマグア」

 

 

「なっ!?」

 

 

「……そこに加えての無詠唱呪詛、か」

 

 

 いくらレベルの差があるとは言え、レフィーヤの一撃と相殺する威力を持つ無詠唱呪詛。黒炎を雷のように放つそれはフィンも知っている"彼"のことを思い起こさせるが、しかしそれにしても厄介極まりない。

 

 

「仕方ない。……シャクティ、指揮を君に任せる」

 

「なっ!?本気で言っているのかフィン!?」

 

「どうも彼女は知略の仕掛け合いをするつもりはないみたいだしね。というより、さっきから露骨に『邪魔だ』と言われてしまっている」

 

「そ、そうは言うがな……」

 

「少なくとも、彼女の余裕を奪うには僕とオッタルとアイズで全力で襲い掛かるくらいは必要だ。彼女との会話は、君達3人に任せることにするよ」

 

「「「!!!」」」

 

 

「これでいいかい?グラナ」

 

「ええ、構いませんとも。最初から何度も言ったでしょう?わたくしと貴方の会話に意味など無いと。さっさと理性を飛ばして消えて下さいな」

 

「……君は酷いな、本当に」

 

 

 本当はアイズにも会話に参加して欲しかったが、どうやらその余裕も無いらしい。流石に"復讐姫"のスキルは発動しないし、"エアリアル"を使って彼女の無詠唱呪詛を可能な限り軽減して貰う必要もある。

 そうでなくとも、彼女はそれほどアイズに対しては興味が無いようだった。絡みも少なかった。今出来る最善は、恐らくこれだ。

 

 

「……ただ、最後に一つだけいいかい?グラナ」

 

 

「はあ、なんでしょう?」

 

 

 

「正直、小人族でないことを加味しても。本気で求婚を考えたことがあるくらいには、僕だって君のことを考えていた。それくらいは覚えておいて欲しいかな」

 

 

 

「……冗談扱いだけは、まあしないでおいてさしあげましょう。ただ、男性に興味はありませんし、わたくしの性機能は女性でない上に死んでいます。どう足掻いても貴方の望む未来にならなかった事だけは、今ここで断りの言葉と共にお返し致しますわ」

 

 

 

「……やっぱり優しいね、君は」

 

 

 

 心を開く。言葉を尽くす。

 秘密を話す。想いを伝える。

 

 打ち明けた、誰にも言うつもりのなかった言葉を。

 

 必要だった。知る必要がある。

 彼女は知らなくてはならない。

 それを教えたかった。

 

 

 

【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】

 

 

 

 

【ヘル・フィネガス】

 

 

 

「っ!!」

 

 

 それは正しく奥の手。指揮官であるフィンが自身の理性と引き換えに、戦闘意欲と全能力の向上を引き出す強化魔法。一時的に1つ上のレベルにまで手を届かせる、彼個人が持つ最後の切札。

 

 

「オオオァォオオ!!!!!」

 

「はぁっ!!」

 

 

「なるほど、これは確かに……なかなかっ!!」

 

 

 頬を掠める、一瞬の斬撃。

 分かっていても集中していなければ反応が間に合わないほどのその速度は、そこにアイズとオッタルの追撃が加われば明確な脅威へと変わる。紅の瞳、交わっても今は何も語らない。しかしだからこそ、恐ろしい。

 

 

「チャージ5秒」

 

「っ、目覚めよ(テンペスト)!!」

 

「残念、左手ですわ」

 

「なっ!?」

 

「ッぐぉ!?」

 

「猛者……っ!」

 

 

「ーーッ!!」

 

「っ、どうも勇者様の槍撃だけ反応が一歩遅れますわね。もしかして59階層で使っていた槍とは別物です?いやらしいお方」

 

 

「アルクス・レイ!」「ケイオスマグア」

 

「め、目配せも無しに……!」

 

「それはもう飽きましたわ、レフィーヤ様」

 

 

 ……確かに、フィンの想定は当たっていた。

 

 ここまでやっても互角、漸く彼女にも傷を付けられるようになって来た。

 それはあまりにも大きな変化だ。

 しかし根本的な問題の解決にはなっていない。

 

 戦闘中の駆け引きにおいて、やはりアイズでは敵わない。チャージの宣言を聞いて咄嗟に呪詛を警戒して風を展開させたものの、実際には溜めていたのは逆側の手で、斬りかかろうとしていたオッタルの脇腹に拳として突き刺さってしまう。

 

 それでもフィンだって仕込みは入れていた。それこそ彼女が59階層での精霊との戦闘を見ていたのなら、彼女が見ていたのは不壊武器『スピア・ローラン』を使っていた自分の戦闘である。しかしフィンが普段使用しているのは、頑丈でよくしなる『フォルテイア・スピア』。その僅かなズレが、今こうして彼女の前提を狂わせている。

 

 ……そんな中でも、レフィーヤの魔法は当然のように相殺される。見ることもせず、気配だけで察知されて。彼女の目にさえ映してはもらえない。

 

 

「っ、グラナ!どうしてお前は1人でなんでもやろうとする!何故私を頼ってくれなかった!」

 

「いえ、割とわたくしは人に頼っている方では?そもそもガネーシャ・ファミリアとして十分に役割を果たしているシャクティ様を別の役割にまで巻き込む訳にはいかないでしょう」

 

「だったら、これから先もこれまでと同じように接してくれるんだな?」

 

「それは…………あの、何故そこまでわたくしに拘るのです?そこまで仕事を手伝って欲しかったのですか?」

 

「違う!私はお前と居る時間が楽しかった、理由はそれだけで十分だろう!」

 

「……顔面や尻を叩かれて楽しかったと?とんだ変態も居たものですわね」

 

「〜〜!ああもうそれで構わん!なんなら処女だろうとくれてやる!だから戻って来い!!」

 

「いえ、処女は守るものなので……まあ確かにシャクティ様はそろそろ処分の仕方を考えなければならない年齢かもしれませんが」

 

「ぶっ飛ばす!!」

 

「えぇ……」

 

「真面目にやって下さいシャクティさん!!」

 

 

 2人のやり取りを見て、ああこれは駄目だと感じたアキが今度は前に出る。アキはそれこそこの中でも一二を争うくらいに彼女と長く時間を共にした。なんなら多くの教えを受けた身だ。自分にしか話せないこともある。

 

 

「グラナさん!私はグラナさんのやり方は凄く効率的で良いと思います!やろうとしていることも理解出来ます!」

 

「そうでしょう?」

 

「だから別に縁を切ったり他人行儀になる必要はないです!これから先も仲良くやりましょう!」

 

「それは駄目です」

 

「どうしてですか!」

 

 

「神を敵に回すのは最低限の人間だけで良いのです」

 

 

「っ」

 

「わたくしは既に死後、この魂を凌辱されることが定まっています。その過程で、わたくしと関わりの深かった方々の魂まで巻き込みたくはないのです。……悪辣な神々からの憎悪を一手に引き受ける、そこに意味があります」

 

「……それじゃあ、ただの犠牲じゃないですか!!」

 

「いいえ、ついでに引き受けるだけですとも。どうせこれをしなくとも、わたくしの神殺しの罪は消えないのですから。ちょっとした善意に過ぎません」

 

「でも、そんなの……!そうだ、ロキやウラノス様に頼めば!!」

 

「大神であるウラノス様の怒りを恐れない神々もいる。それについてはアキさんもよく知っているでしょう?」

 

「っ、神ディオニュソス……」

 

「仮にわたくしだけが助かっても、神々の怒りは強まるだけ。別に八つ当たりを受けてしまう方が出て来てしまうのです。であれば、原因たるわたくしが背負うのが順当でしょう。勿論それだけで彼等の怒りが完全に治るとも限りませんが、わたくしが助かる場合よりはマシな筈です」

 

「……!」

 

 

 だから、関係は切らなければならない。

 

 自分と関係の深い者は最低限にする。

 

 彼等の死後の安寧のためにも。

 

 ……少なくとも、そう思っているくらいには、自分達はグラナにとって大切に思われているということ。そしてそんな思いさえ、ここで止めなければ彼女は消してしまうだろう。それが取引の材料にはならないということを示すために。不必要な感情を全て捨ててしまう。

 

 

 (けど、それを解決する材料が見つからない!ううん、それを解決する方法が見つからなかったから、グラナさんはこんな手段を取っていた?でもこんなの、説得する方法なんてある訳ない……!)

 

 

 同じ立場であったのなら、きっと自分だって彼女と同じ手段を取る。

 どうせ地獄を見ることになるのなら、同じ地獄を見るのなら、なりふり構わずやれるだけやる。その過程で拾えるものがあるのなら、可能な限り手を伸ばすに決まっている。そんな軽い気持ちで、彼女は下界を救おうとしている。悪辣な神々から、人類の未来を。

 

 

 (ロキや団長はこのことに気付いていたの?でも気付いていたなら、何も考えてなかったなんてこと絶対にあり得ない。ならどうすればいい?団長は私たちに何かを期待している?こんなの私達だけで解決出来る訳が……)

 

 

「……ふふ。本当に聡い方」

 

 

 別にグラナだけを助けるのなら、イシュタルが天界で待っていれば良いだけのこと。しかしそれでは神々の怒りは収まらない。その矛先はグラナに近しい人物か、全くの無関係な者達に振り下ろされることになる。

 しかしそれを解決する手段などある筈もなく、そんな神々を押さえる術もまた何処にもない。そんなものがあるのなら、神々同士の争いなど起きる筈もない。だからもう、彼女はそこについては諦めている。そして開き直っているのだ。今更自分だけが助かるようなことなど、恐らくは考えてさえいない。

 

 

「……レフィーヤ、ここをお願い」

 

「え?」

 

「今更だけど、もう一回だけロキ達と話させて!情けないけど、この問題だけは解決しないと!そもそも前提に立てない!」

 

「っ、分かりました!」

 

「大丈夫よ。今の貴女なら、きっとあの人の気を惹ける。……そのために努力したんでしょ!自信持ちなさい!」

 

「はい!」

 

 

 思考をしている時間はない。

 ただ只管に情報を集め、知恵を借りる。本来ならばこの場に来る以前からしておかなければならなかったのにと、後悔する時間さえも勿体ない。失敗に気付いたのなら、ミスに気付いたのなら、悩むより先に立て直しを図る。それこそが彼女が大切にしていたことであり、同時にアキが教えられたことの一つだ。

 

 ……そしてそんな風に戦線を離れて行ったアキの後姿を、グラナはただ面白そうに見つめていた。

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