【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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40-1.勇者の執着

「恐らくだが……彼女の目には、僕達が見えているものとは全くの別世界が広がっているんだろう」

 

「別世界、ですか……?」

 

 

 見ているだけで気が狂ってしまうほどに大量の文字が書き込まれたボロボロの大紙を前にして、少し眠そうな様子のフィンの対面にレフィーヤは座る。

 彼がここ最近ずっとこの紙と睨めっこをしているのをレフィーヤは知っている。端から端までグラナ・グレーデという1人の女のことしか書かれていないこの紙に、まだ何か書き込めることがあるのではないかと頭を捻っているのを知っている。

 

 

「彼女は恐らく、他者から受ける自分への好意を、本質的な意味で理解することが出来ない」

 

「……えっと、本質的というのは。私にはその、そういう風には見えなかったんですけど」

 

「だからこそ"本質的"という言葉を使った。彼女は他者から受ける自分への好意を理解出来ない。だが、そういうものがあるということは知っている」

 

「!」

 

「自分に理解出来ないから、無いのと同義……とは考えない。自分に理解出来なくとも、自分には見えなくとも、自分以外の誰にとってもそれはある。ならば有ると同義だ」

 

「……理解出来なくても、そこに有るという前提で振る舞っていたってことですか?」

 

「それが出来る程度には、彼女は器用だろう」

 

 

 既にレフィーヤよりもフィンの方がよっぽど彼女のことを理解している立場になってしまった。それについて悔しいとは思う。しかし同時に、フィンでなければ彼女のことを理解することなど出来ないのではないかと思ってしまう。それほどに視点が違うのだ。きっとフィンとグラナの立場が逆だったとしても、レフィーヤの立場は変わらなかった。レフィーヤには分からないことが多すぎる。

 

 

「彼女は自身への賞賛に興味がない、どころか困惑さえする。他者に慕われることは常だろうに、その慕うという好意を恐らくそこまで信用していない。これは単に自分に対して嫌悪感を抱いている人間の傾向には当て嵌まらない。むしろ彼女は自分とその判断を信用しているタイプだ」

 

「……でも、私がお友達になりたいと言った時は、すごく喜んでくれました」

 

「その喜びの本質を考えるべきだ。つまり、それは単にレフィーヤから好意を受けたことが嬉しかったのか。それとも、レフィーヤとの距離が縮まったことが嬉しかったのか」

 

「……?」

 

 

「極端に言えば、彼女は別に君からの好意を喜んでいた訳ではない可能性があるということさ」

 

 

「っ」

 

「……まあ、流石にそれは言い過ぎだとしても。彼女からしてみれば、最も美しい君を、最も近くで見られるのならそれで良かった。好意を受けたことは嬉しくても、それはより君と親密になって、君という存在を知ることが出来ることに対する嬉しさだ。彼女からしてみれば、見惚れた劇場の舞台裏に案内されたようなものだったのかもしれない」

 

「……舞台裏に案内されたのも、抽選で偶然当たったから。みたいな理由で捉えられていたということでしょうか」

 

「それに近いだろうね。彼女が本当に他者からの好意を理解出来ないのなら、どうしてレフィーヤが自分に好意を向けてくれたのか、理屈では分かっても本質では分からない。理由を無理矢理組み立てることは出来ても、それに確信を持てず飲み込めない状況だ。……そして、そうなる理由が何処かにある」

 

「!!」

 

 

 無理矢理組み立てた理由の中に、恐らくは彼女がどうしても飲み込むことのできなくなるような、致命的な理由が含まれているのだろう。

 そしてそれは間違いなく、あまりに根深いものだ。彼女という人間の根幹にあるような、彼女の人生そのものとさえ言ってもいいような、元凶。そしてその正体についても、レフィーヤとフィンは既に手を掛けている。

 

 

「……見えている世界」

 

「そこだろうね」

 

 

 そこから先について、フィンは悩んでいた。彼女の見えている世界について、現状あまりにも情報が少な過ぎる。なにせ彼女が今日まで言及したのは、レフィーヤとベル、そしてヘスティアだけだ。しかもそれについては、全て美しいというプラスの方向性の言葉である。

 となると彼女には人の美しさが見えていると考えるのが妥当だが、確実に言える。そんな優しいものではないと。

 

 ならば逆に、彼女の目には世界があまりにも薄汚れて見えていて、ベルやレフィーヤ達だけは美しく見えていたと考えるべきか。

 

 

「……正直に言うと、彼女の見ている世界について確定させることは難しいと僕は考えている」

 

「どういうことですか?」

 

「自分の見えている物を相手に説明する、これは実はとても難しいものなんだよ。レフィーヤ。例えば"赤色"を説明する時、君は相手にこれをどう伝える?」

 

「それは……トマトの色とか」

 

「そうだね、じゃあ相手に色覚障害がある場合を想像してみてくれ」

 

「!」

 

「熱い色?暖かい色?……それで伝わるのは情報の中のほんの一部だけだ。その本質を伝えることは出来ない。要はそれと同じなのさ。自分の見ている物を相手に確実に伝える方法は現時点では存在しない」

 

「……グラナさんの見ている景色を探すことに、意味はない?」

 

「一部の色が見えないとか、そういう明確な違いがあるのなら意味はあるだろう。だが彼女の目は恐らく、様々な異常が複合的に混ざっている。アキの経験からして、特に人間に対して特化しているんだろうが、それがどのようなものか説明するのは彼女自身でさえ難しい筈だ」

 

 

 例えば過去にあった事例として、音を見ることの出来る人間というのがいた事がある。臭いを見ることの出来る人間、魔力を見ることの出来る人間、人の魂を見ることの出来る人間。それは様々だ。

 そしてフィンは恐らく、そういった様々なものが彼女の目には複合的に宿ってしまっているのではないかと想像している。例えばそこには、処女を見抜くような性質もあるのではないかと。

 

 

「……私が、フィルヴィスさんを殺したから」

 

「君から美しさが失われてしまった。つまりそこに、殺人を行った者を見分ける力があると考えても良い。であれば、君やベル・クラネルを美しいと思う理由にはなる。……基本的に僕達は、それこそリヴェリアも含めて、闇派閥との戦いで他者の命を奪っているからね」

 

「そういう、色々な要素が集まって。その結果、私は奇跡的に全ての条件に当てはまらなかった……?」

 

「僕はそう予想している」

 

 

 言ってしまえば、それは奇跡だ。

 運命だと言っても良い。

 グラナがあれほど執着したのは当然だ。

 

 数多の異物が折り重なって常に視界の中にある彼女の世界で、レフィーヤ・ウィリディスだけが唯一何にも汚されることなく彼女のままに映り込んだのだから。その感動を理解出来るのは、同じ境遇に居た者だけだ。

 彼女は本当に手放したくなかったのだ。自分の生きる世界で唯一見つけることが出来た奇跡を。グラナ・グレーデの生きる世界で最も美しい存在を。彼女にとっての最後の希望を。

 

 

「それなら、どうして……どうしてグラナさんは、私の我儘を聞いてくれたんでしょうか……グラナさんなら私を騙して、フィルヴィスさんを闇討ちする事だって」

 

「……もしかしたら、彼女も信じたかったのかもしれない」

 

「え……?」

 

「君を想う衝動が、決して"美しい"という理由だけではないと。本当に君を愛しているから自分は執着しているんだと、そう信じたかったんじゃないかな」

 

「……」

 

「……その結果こうなってしまったということは、つまりはそういう事だったんだろうけれど」

 

 

 それは彼女にしては珍しくロマンチックな想いだった。自分にとっての最も美しい人物は、本当に運命の人で。今日まで感じた事のない恋愛感情というものが正しく今抱いているもので。ならばきっと、少しくらい汚れてしまってもこの想いが途絶えることは無いだろうと。そう思いたかった。……否、思い込むことにした。

 

 レフィーヤに対して常に誠実であろうとしたが故に、フィルヴィスの処遇について頑固になってしまった彼女を前に、グラナはつまり追い詰められていたのだ。信じるしかなくなってしまった。色々な理由をつけて衝動を制御して、運命を信じた。

 

 ……そして、裏切られた。

 

 グラナはレフィーヤに対して恋愛感情など抱いていなかったし、何より汚れてしまった彼女を見て、それまで胸を燃やしていた衝動が消えてしまった。そんな自分にも、世界にも、彼女は絶望したのだ。後悔したのだ。

 彼女は何もかもを失った。少なくとも彼女の目の中から、彼女の生きる世界から、希望は消え失せた。それが事実で、変えることのできない現実になってしまった。

 

 

「……もう、どうしようもなくなってしまった。私に出来る事なんて何もない。そういうことですか……?」

 

 

 

 

「いや、そういう訳でもない」

 

 

 

「!?」

 

 

 そこでフィンは、大量の文字が書き込まれたその上に、一枚の付箋を貼り付ける。書き込める空間はもう無いが、無ければ作り出せば良い。未だ行き詰まっている訳ではない。

 

 

「レフィーヤ。それでも未だに、君は彼女の世界の中で一番美しいことに変わりはないんだ」

 

「え……?」

 

「シャクティと君から聞いたグラナの言動からしても、恐らくそれは間違いない。端的に言えば、君はグラナの世界の基準の1つに引っ掛かってしまったが、他の人間はより多くの基準に引っ掛かっている。君は1種類の汚れで済んでいる。……要は、君はそれでも一番マシなんだ」

 

「!」

 

 

 それはかなり酷い言い方ではあるが、それが一番分かりやすい。至高ではなくなったが、未だに美しいことに変わりはない。それこそが重要なのだ。彼女にとって貴重な存在であることに変わりはなく、未だ価値はある。決して彼女にとって無意味な存在になってしまった訳ではない。

 

 

「プラスに考えることは出来る。つまり過剰な美しさを失った君は今ようやく、劇場や庭園のような、ただ美しいだけのものではなくなったと」

 

「それって……」

 

「自分にとって崇拝するほど高貴な相手に邪な感情を抱けないように、君は立場が変わって、彼女から向けられる目も変わるだろう。そして重要なのは、彼女には目から得られる情報以外にも、明らかな好みがあるということだ」

 

 

 それについてもまた、分かり易かった。少なくとも彼女の女の趣味は、単に処女という訳ではない。そして女神イシュタルの調教も踏まえて、より分かりやすくもなった。

 

 

 

「彼女はシャクティやアキのような女性を好んでいる。これは明らかな好意だ。彼女が君に対して向けていたものとは違う。……彼女は自分への好意を理解できなくとも、他者に対して好意を向けることは出来る」

 

「……じゃあ、私は」

 

「欠けたものを埋め合わせる。どころか塗り潰すくらいに、彼女の好む人間になれば良い。分かりやすいだろう?」

 

 

 むしろその方が、よっぽど正攻法だろう。

 自分を魅力的に仕上げて、相手の気を惹く。話は単純、それだけだ。彼女が衝動を失って絶望してしまったのなら、もう一度その衝動を呼び覚ましてやればいい。これは単にそれだけの話なのだ。それの出来る余地はある。

 

 

「だ、団長!教えてください!グラナさんの好みの女性って、どんな人なんですか!?」

 

「うん、これについては僕もまだ完全には詰めれてはいないんだけど……まずシャクティからの情報として、彼女は髪の長い女性が好きらしい」

 

「ぐはっ」

 

 

 そんなことを知らずに、バッサリと切ってしまった女が居るらしい。

 

 今のレフィーヤを見たら、きっと彼女は悲しむだろう。レフィーヤも自分の髪を大切に手入れしていたし、相応の美しさを持っていたのだから。そう簡単に伸びるものでもない 。

 

 

「ほ、他に!他に何かありませんか!」

 

「彼女は懸命に努力のできる人間を好む傾向にあるかな。それこそ振り回されていたアキや、女神イシュタルなんかがそれに当たる。シャクティも色々と忙しい中でも必死に仕事を片付けて手伝ってくれていたからね。勤勉なほどいいだろう」

 

「き、勤勉……」

 

「あとは、清楚な雰囲気を好むかもしれない。これは変装した際のシャクティと、女神イシュタルの教育の中で話があったらしい。白く露出の少ない衣服が良いんじゃないかな」

 

「……あの、もしかしてグラナさん。意外とフィルヴィスさんのこと好みだったんじゃ」

 

「あ〜……は、はは……」

 

 

 そんな事実に今更ながらに気付きながらも、はてさてどうしたものか。どうにも彼女の理想になるためには、今のままでは駄目らしい。

 確かにフィルヴィスへの憧れはあるが、だからと言ってフィルヴィスになろうとするのは間違っているとレフィーヤだって分かる。そんなものをグラナは決して求めてはいない。彼女がもし自分に求めるとすれば、それは……

 

 

「……あの、髪だけでもどうにか伸ばせないですかね。そういう魔道具とか」

 

「グラナは髪の色を変える魔道具を持っていたけど、伸ばすとなると……アミッドに相談してみようか?それとも付毛とか」

 

「そこまですると、いっそこのままの方が印象が良い気がして……え、これ難しくないですか?」

 

「恋愛は得てして難しいもの、だそうだよ」

 

「れれ、恋愛!?え、いや、でも……あ、これ恋愛だ……」

 

「……そこからかぁ」

 

 

 ベル・クラネルへの反応からしても、彼女は男性に興味がないか、若しくは男性が普通には見えていない可能性がある。であれば、どうやっても話はそちら側に持って行かざるを得ない。

 

 

「まあ確かに、君にとっては突拍子もない話……でもないのかな。とは言え、今後の人生を左右するような話に違いない。ここが彼女と縁を切る唯一の機会と言ってもいいだろう」

 

「……」

 

「それでも、この期に及んで『友人に戻りたい』なんて選択肢はないと思って欲しい。彼女を繋ぎ止めるには、その程度の想いでは不可能だ。……そうでなくともこの"我儘"は、君の彼女への想いが計画の核だ。もし僕が辿り着いたこの結論と、彼女の結論が同じであるのなら。僕達は今後2度と彼女と争うことさえ出来なくなる」

 

「……争うことさえ出来なくなるって、不思議な言い方ですよね」

 

「本当は争いなんてしない方がいい。だが、彼女は争いの価値を知っている。故に敢えて避ける方向に動くだろう。そうなると僕達は争いを避けるのではなく、争いを仕掛けなければならない。……これが僕がここまで思考を費やして行き着いた結論だ。そしてその争いの結果を左右するのは、他ならない君自身だ」

 

 

 フィンはずっと争いを避け、彼女と融和を図ることを考えていた。誰だってそうだ。彼女と争いたくなどない。

 だがいつかの彼女のように改めて情報を並べて、深く広く、極限まで思考を積み重ねていった結果。むしろここで争うことこそが必要な事であるという結論に至った。これが今の彼女と、自分達と時間を共にした彼女と、想いも願いも全てを打つけ合える最後の機会であると、そう気付いたから。どのような結論に至るにせよ、これを避ければ本当に全てが手遅れになる。

 

 

「僕と彼女との思考戦に意味はない。既に彼女と僕の間にあった差は情報量で埋められているし、千日手にしかならないだろう。……なんてことも言っていたくない。正直、僕も相当に彼女に対して執着しているのを自覚している。彼女を諦めるつもりはない」

 

「……!」

 

「君はどうだい?レフィーヤ。恐らくこのまま何も手出ししなければ、彼女は僕達に対する全ての感情を切り捨てるだろう。その後は何の興味も示すことなく、淡々と事務的なやり取りしかしてくれなくなる。まるでこれまでの積み重ねが無かったように。……ちなみに、そこが現時点での最良の着地点だ。僕なら顔も見せなくなるだろうね。完全に関わりを断つのが一番容易い。どうせ半年もすればみんな慣れる」

 

「っ……」

 

「彼女ならそう考えるし、僕もそう思う。だからこそ、義務的な感情は不要だ。本気の執着が無ければ彼女には響かない。それが持てないのなら、別の着地点を僕が用意するよ。けどもし君にその意思があるのなら、そちらを優先したい。……さて、君の意思はどっちだい?」

 

 

 妥協点はある。

 フィンやシャクティのような、主神の逆鱗になり得る人間だけ、つまりは彼女を天界で待つ神々でさえ容易く手出し出来ない人間とだけ、今後も関わりを持ち続ける。恐らくそこが唯一彼女に認めさせる事の出来る妥協点だ。それでも彼女と関わりを持つ以上は、今度はフィンの周囲の人間が魔の手にかかる可能性はあるが、そこまで可能性を考え始めると、最早どうしようもない。そんな例外さえ認めてくれないかもしれない。

 

 これは世界を守る戦いではない。

 彼女を繋ぎ止める戦いだ。

 

 大義もなく正義もないが、足掻きたい。

 その価値を認めた人間だけで、この戦いには望む。

 

 

「私は……」

 

 

 フィンは思う。

 彼女という人間の価値は、神々の玩具にするにしてはあまりにも高過ぎると。自業自得の罪を裁かれて、それに逆恨みをして。そんな神々に容易く渡せるほど、安い女ではない。

 

 

『正直に言えば……お前達が向き合って延々と意見を交わしとった時、儂等は呆れながらも頼もしさをも感じておった。フィンが2人居ればと考えたことはあるが、それ以上の状況だ。お前達が揃って背後に立っているのなら、死地に飛び込む事も怖くないわい。神々さえ恐れる必要もない。儂はそう確信しとる』

 

 

 ガレスのそんな言葉に、誰もが同意した。

 この先のあらゆる困難も、彼女が居ればどうにでもなる。彼女とフィンが別々の場所で指を振るうのではなく、共に同じ場所に立って指揮を取ることこそが、この世界において何より有益を齎すのだと。

 

 これは神々との前哨戦。

 

 ここで勝利を掴めないようなら、きっといつまでも、人は神という上位存在にされるがままだ。

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