【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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48.天敵

 フィンの指示によって始まった、ガレスによる対人戦闘教習。しかし実のところ、レフィーヤがこれに参加できたのは僅か3回である。それこそ指示を出したフィンによる、方針変更がそこに大きく影響していた。

 

 レフィーヤは今日まで努力を続けて来た。

 

 しかし最終的に行き着いたのは、実力ではなく人格。

 

 つまりは人間性に関する鍛錬。思想とも言える。

 

 レフィーヤは残りの約2週間を、殆どシャクティと共に行動していた。そして時間が空けば、豊穣の女主人に。鍛錬などしている時間もない。戦の前だと言うのに、彼女はずっとその両者の手伝いをしていた。仕事の手伝いを。

 

 

『あいつは他者に従順を求めるが、ただ従順なだけの人間にはそれほど興味はないんだろう。……恐らくだが、そこに込められた意図や理由を読み取ろうとする意思のある人間を好んでいる。何処までも上から目線な感覚だが、それがアイツだ。失望されたくないのなら、まずその癖を付けた方がいいだろう』

 

 

 それは例えばアキが例として分かりやすい。彼女はずっとグラナの仕事の手伝いをしていたが、目が回りそうな業務量の中でも、決して投げやりな処理はしなかった。自分のしている今の仕事が何なのか、それにどういう意味があるのか、監視の役目があったとは言え常に欠かす事はなかった。

 シャクティもそうだ。ただ従順に言うことを聞くことはしない。最終的に彼女の思い通りになってしまったとしても、しっかりと理解はしている。そこが重要だった。

 

 

『時間が無いのなら、実践するしかない。自分の知らない場所で、何の経験もない中で、意識して足掻いてみるといい。そして毎日彼女のことを思い出して、彼女との時間を詳細に書き出してみる。そこで気付くことが大切なんだ。相手を想う時間を増やす。単純だけど、重要なことだよ』

 

 

 思う、想う、おもい、患う。

 

 目を閉じて、思い返す。

 

 どんな風に笑っていただろう。

 

 どんな風に見つめられていただろう。

 

 彼女と交わした交換日記を繰り返し読み返しながら、何度も何度も彼女を思う。

 

 

 (グラナさんって、嬉しそうに笑ってる明るい印象があったけど……それって多分、私だけなんだろうな)

 

 

 どんな時だって、自分の前では明るい笑みを浮かべていた。そうでなくなってしまったのは、自分がフィルヴィスに対して責任を取りたいと言い出した時からだ。

 彼女から笑顔を奪ってしまったのは自分で、奪ってしまったのは笑顔だけじゃない。命を奪った彼女の最後に、正直に言えば後悔はある。最初から最後まで自分は何も知らず、ただ我儘を言っただけ。何にも気付けず、何も考えられず、選択する責務を負うどころか、不要な負担を押し付けただけ。

 結局のところフィルヴィスとの最後の別れが、それでも最善のものにすることが出来たのは、他でもないグラナの下準備があったからでしかない。

 

 

 (ずっと、ああして来たんだろうなぁ……)

 

 

 悪意のある神々、悪意のある人々。そんな彼等を裁くグラニア姫の逸話。悪いことをすると、グラニア姫がやってくる。そんな言葉は子供よりも大人に対して効き目が強いなどと、商人達は言っていた。

 力なき者達を救うのではなく、そんな彼等でさえ出来ることを指し示し、過激な程に悪虐を叩く。それでもグラニア姫が完全な悪人として敵国でさえも描かないのは、彼等もまた人間だからだ。

 敵であろうとも、罪人であろうとも、彼女は自分の判断で慈悲を与える。人の行いではなく悪意に、踊らされた者達ではなく、踊らせた神々に対して憎悪を抱く彼女は。本質的に自分達の敵では無いと、きっと誰もが分かっている。

 

 だから広めるのだ、グラニア姫の話を。

 

 今は自分の敵であっても、未来では彼女に救われる側の人間になることを誓って。誰もが彼女の庇護に入れるような、そんな希望のある未来を願って。汚れた国でも懸命に未来のために死力を尽くしている者達こそが、広めている。

 

 

『グラニア姫は、オラリオに居る。……でも、こういう話もあるの。グラニア姫は今は東方の砂漠を歩いている。南方の小村で人助けをしている。北方の小国で人を集めている。今は何処かの国の中枢に入り込んでいる。自分達の国でその時を待っている』

 

 

 世界の何処にでも彼女の作り出したグラニア姫は居る。世界の何処にでも新たなグラニア姫が現れる。そしてグラニア姫が途絶えることはない。

 

 

『グラニア姫は悪神を許さない。グラニア姫は神を殺せる。グラニア姫は少数の戦力で大国を落とせる。……神は子供の嘘は分かるけどな、真偽までは分からん。グラナはもうオラリオに来る前から仕込んどったんや。これから悪神には生き辛い世界になるで。下界に居る限り、常に怯えながら生きていくことになる。たった1人の人間に。屈辱やろうな。せやけどその圧だけで、いくつもの命が救われる。そして隙が生まれる。……反乱のな』

 

 

 凄いなぁ、と思う。

 けど、本質で理解は出来ない。

 言われて『なるほど』と思っても、同じことを考えられる気がしない。

 

 

『正直、嫉妬しているよ。僕は一族の英雄になるためにオラリオに来た。それが一番早いと思ったし、それが一番明確だと思ったからだ。……けれど彼女は僅か17歳で逸話になって、そうして作り上げたグラニア姫という英雄像を簡単に手放した。だから彼女の本当に凄いところは、その能力じゃない。あの年齢で本気で世界の未来を憂いていた事だ。自分が何とかしなければならないと、年齢と力の無さを理由にしなかったことだ。イカれているよ、尋常じゃない』

 

 

 

「……私が、何とかするんだ」

 

 

 

 それは自惚れだ。自分になんとか出来ると思っている人間の発言だ。自意識過剰な人間の発言だ。身の程知らず故に致命的な失敗を齎してしまう、至ってはいけない考え方だ。……基本的には。

 

 

 

「なんとか出来る自分に、なるんだ……!」

 

 

 

 そこまで含めて、その言葉は完結する。

 

 

 

**************************

 

 

 

 ……果たして、なんとか出来る自分になれたのだろうか。

 

 なんとか出来るようになれたのだろうか。

 

 

 正直、あまり自信はない。

 

 

 たった2週間、変われという方が難しい。

 

 その程度の時間で何が変わるというのだろう。

 

 ……けれど、それでも時は進む。

 

 残酷な程に、追い掛けてくる。

 

 立たなければならない場所は、必ずやって来る。

 

 

 

「私が!グラナさんを連れ戻します!!」

 

 

 

「……へぇ、魔法剣士ですか」

 

 

「ぅぐっ!?」

 

 

 フィンとオッタルによる尋常ならざる猛攻。その隙を突いたように攻め込んだアイズはいつの間にか首元を掴まれ、そのまま2人に向けて叩き付けられる。無様に纏めて転ばされてしまう3人。

 しかもそんな行為を、彼女はレフィーヤに目を向けながら行うのだから、アイズは悔しさに歯を噛み締めるしかない。

 

 ……他2人に比べて、圧倒的な対人経験の不足。

 

 完全にそれを利用されていて、自分が酷く足を引っ張ってしまっていることも自覚している。それでも、こんな経験はアイズにとっても初めてだった。

 まるで冒険者になりたての頃、鍛錬に付き合ってくれたフィンに存分に弄ばれた時のように。今更になって当時を思い返すようなそんな形で、遊ばれてしまっている。つまりは今の自分と彼女の間には、それほどの経験の差があるということ。

 

 

「さてさて、レフィーヤ様の努力を馬鹿にするつもりもありませんが……アイズ様でさえこんな状況なのを見て、付け焼き刃の魔法剣士がわたくしに通じるでしょうか?貴女の憧れたフィルヴィス様でさえ、今この場においては足手纏いにしかならなかったでしょう」

 

「っ……分かっています。私なんかの剣技じゃ、グラナさんには逆立ちしたって敵いません」

 

「いつもの大杖も無いようですし、本当に一体なにをしに来たのだか。その短杖でどうにかなると?貴女の長所は魔法でしょう」

 

 

「いいえ、私の長所は手札の数です!」

 

 

「……!」

 

 

「私がグラナさんに勝てることはないか、探しました。何か一つだけでもグラナさんより優れていることはないか、ずっと考えてました。……そして、あったんです。自分でも驚きましたけど。これだけは私もグラナさんには負けないって言える、唯一のものが」

 

 

「……」

 

 

「私は手札の数だけなら、誰にも負けない!!」

 

 

「っ」

 

 

 手に持った短杖(ワンド)、腰に付けていた長杖(ロッド)。それぞれはフィルヴィスの持っていた杖と、レフィーヤが持っていた杖を元に作り直したものだ。

 

 そしてそれは同時に、オラリオ初の連結と可変機構を兼ね備えた魔杖でもある。二つの杖の性能を持ち、レフィーヤの魔力だけを極限まで高めるという奇妙な性能を持ってしまった、完全なる専用特殊武装。

 

 レフィーヤが魔法剣士と魔導士の両方を熟すために作られた、フィルヴィスとの絆の産物である。曰く『双杖のフェアリーダスト』。そしてそれは決意の表れでもある。あるもの全てを使うという、レフィーヤ自身の。

 

 

 

「私はなんでもやる、なんでも使う、なんでも出来るようになる!!私はグラナさんの無限の手札になる!!……貴女にきっと、もう一度だけでも!絶対に『欲しい』って言わせてみせるんだ!!」

 

 

 

「………………ふふ。本当に、貴女という人は」

 

 

 

 レフィーヤの決意を前に、グラナの目の色が変わる。

 

 それに気付いたアイズが、自らの身体を強引に風で跳ね起こして、正面から斬り込む。

 

 ここまでの戦闘で分かったことは、如何に彼女と言えど最高位の前衛3人で斬り込めば対処することが出来ないということだ。それでもこうして捌かれているのは、単純にフィンとオッタルには殆ど思考が存在しないから。

 オッタルは『獣化』によって、フィンは『魔法』によって、どちらも理性を犠牲に強力なステイタスを得ている。それが無ければ勝てないとは言え、それを利用して立ち回られている。

 

 故にアイズは判断した。

 

 この場を優勢に変えるには、自分が他の2人をコントロールしながら戦わなければならないと。

 

 今までのように好き勝手に戦えないどころか、理性の欠けた2人を利用して、自分の頭で戦闘を組み立てなければならない。それはとても難しい事だ。だが先ほどの流れで確信もした。2人を好きに暴れさせて、自分はその隙を狙うような方法では絶対に勝てない。何故なら彼女は自分で隙を作るなどの方法で、容易くアイズの思考を操って来るから。待ちの姿勢では勝てないのだ。

 

 

「……将来的に必要になる技術なのは分かっているでしょう?アイズ様」

 

「うっ!?」

 

「戦況を俯瞰し、それをコントロールする。難しいでしょう?特に言葉が通じないとなれば。……しかし対人戦闘において、言葉で指示を出すのは愚策。自らの動きで戦況を操作する必要があるのです。例えばこうして」

 

「っ、猛者!駄目!!」

 

「ぅっ!?」

 

 

 視界の全てを奪うほどに急接近したグラナに対し、オッタルは反射的に拳を振るった。普段の彼ならばしないであろう、そんな単純な行動も、間違いなく獣化による弊害。

 しかしそれは彼女が軽く身を捩ると、彼女を背後から仕留めようとしていたフィンに直撃してしまい、一瞬の戸惑いを見せた当人もまたその隙を突かれて後頭部を蹴り飛ばされてしまう。

 

 呆然と固まるアイズ。

 

 そんな彼女の目の前で未だ余裕の表情を崩す事なく笑みを向けるグラナ。

 

 間違いなく、今この場において戦場を見ることが出来ているのは彼女だ。アイズには対人戦闘の経験だけでなく、他者を率いる経験さえも足りていない。せめてガレスかリヴェリアがここに居れば話は別だったが、しかし……

 

 

 

 

「本当に教育者だな、お前は」

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

「私の存在を忘れてくれるな、寂しいだろう。……というか、直上からの奇襲に当然のように反応するな。それは明らかにおかしい」

 

「いえいえ。間一髪でしたわ、シャクティ様」

 

 

 いつの間にか1つ上の階層へと登り、機会を見計らっていたシャクティが奇襲を仕掛ける。完全に気配を消していたそれは、彼女の普段の仕事の賜物だろう。

 

 ……そう、ここにはシャクティも居る。彼女は集団戦闘のスペシャリストであり、戦況を見る目はフィンに継ぐほどに優れている。そんな彼女はずっと見ていたのだ。これまでのやり取りを。最も見やすい直上から。グラナの動きも。

 

 

「剣姫、私をグラナの攻撃から守ってくれ。後は好きにやっていい。私の方で勝手に調整する」

 

「!!……はい!」

 

 

「ふふ、頼もしいこと。もう観察はいいのです?」

 

「ああ、少なくとも今までのように、お前に好き勝手動かされることはない。ここから詰める」

 

「そろそろオッタル様の獣化にも限界が見えて来ましたが……さてさて、間に合いますでしょうか」

 

「間に合う。なにせこちらには……お前の天敵が居る」

 

「?」

 

 

 

【アルクス・レイ】!!

 

 

 

 その言葉と共に、シャクティの背後から隠れるように放たれた光の魔砲が軌道を変えながらグラナに向けて襲い掛かる。

 

 ……しかしそれはもう何度も見た魔法だ。グラナの無詠唱呪詛1つで容易く消失する程度のもの。今更脅威でもなんでもなく。

 

 

「本当に芸がありませんわね、レフィーヤ様。あれほど語った手札とやらは何処に行ったのだか……【ケイオスマグア】」

 

 

 光の砲撃に、黒雷の一撃が衝突する。

 彼女の言う通り、これはもうこの戦闘が始まってから何度も何度も見た光景だ。なんなら手元を見ずとも相殺出来る程度の代物。

 軌道変化も大したものではなく、速度も今のグラナには容易く見切れる。最早その魔法には何も思うことはない。それこそ軽く失望さえ感じてきたくらいで……

 

 

 

 

 

追奏解放(カノン)

 

 

【ウィン・フィンブルヴェトル】

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 シャクティが跳ね飛ぶ。

 

 直後、彼女の背後から迫り来たのは"極寒の吹雪"。

 

 驚愕、困惑、未知、想定外。

 

 彼女の知らない、新たな手札。

 

 

「うっ、ぐっ……!?【ケイオスマグア】!!」

 

 

 初めて、直撃した。

 

 明確に生じたダメージ、ようやく崩した余裕の表情、戦況を動かした未知による打開。全てを氷結させるリヴェリア・リヨス・アールヴの第一階位魔法。軽減のために黒雷魔法を放ちはしたものの、それは軽減にしかならない。不意打ちで放たれるには、あまりに威力の強い魔法だ。

 

 

 ……そして、それを成したのは。

 

 

 

 

 

「ああ……ふふ、なるほど……」

 

 

 

「っ」

 

 

 

「これはどうやら、確かに……貴女はわたくしの天敵のようですわね、レフィーヤ様」

 

 

 

 

 レフィーヤ・ウィリディスは手に入れていた。

 

 本当の意味での、無限の手札を。

 

 自分自身でさえ扱うのが困難なほどに持て余してしまっている、無限の選択肢を。

 

 何より手札を増やし、準備し、徹底的な下準備の末に物事を推し進めるグラナ・グレーデにとって。ただそこに存在するだけで千を超える対処法を持つレフィーヤ・ウィリディスの存在は、正しく天敵であった。

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