戦況が崩れ、優位が反転する。
生じていた穴が埋められる。
それはつまり、前提が覆るということ。
【ルナ・アルディス】
【
【ヴェール・ブレス】
「ふふ、回復魔法と防護魔法の同時行使……これをされては、流石に立て直しが早すぎますわね」
「はぁっ!!」
「ふっ!!」
「っ、本当に……」
レフィーヤの連続魔法による、凄まじい速度での戦況変化。そしてシャクティを中心に前衛が整い始め、徐々に優位が傾き始める。日頃から問題児から生真面目過ぎる人間まで、多くの眷属達をまとめ上げている彼女は、流石に全てに即座に対応することまでは出来なくとも、徐々に戦場を掌握しつつあった。
グラナが事前に作っていた前提は、レフィーヤによって粉々に破壊された。
別の手順を踏もうにも、彼女は後衛という視野に優れた立場を生かし、それに対する対抗策を用意する。数多のエルフの魔法を得ているレフィーヤは、今日の為に多くのエルフに頭を下げて魔法を会得したレフィーヤは、本当にあらゆる打開策を持っている。手札がないということは先ず存在しない。
【行進せよ、炎の靴ーー】
(っ、また知らない魔法……)
【ーー来れ、さすらう風、流浪の旅人ーー】
(こちらの知らない魔法の連続連打、ここは地獄か何かです?無理矢理に即席の対応力を求められる立場に追い込まれている。……加えて、そろそろシャクティ様の調整も完了しますわね。ここからが正念場)
【
【
「っ……こちらも流石に対策済みですか」
グラナの拘束魔法は、蜘蛛の巣状の魔力を敵に射出することで拘束するという類のものだ。しかし蜘蛛の巣という形状故なのか、それとも魔法の性質なのか、風魔法に非常に弱いという欠点があった。
これこそがフィンがグラナにアイズを当てた本当の理由だった。グラナが隠していたその性質を、フィンだけは想定していた。そしてアイズもまた、対人経験の少なさを補うために何より拘束魔法を撃ち落とすことを最優先している。こうなると至近距離から当てでもしなければ、拘束魔法は意味をなさないだろう。
(面倒なのはアミッド様ですわね。呪詛を使う度に感じる魔力の高まりからして、彼女は恐らく未だ上階からこちらを見下ろしている。つまりはケイオスマグアでダメージを与えたとしても意味がない。レフィーヤ様が回復魔法を行使したことから考えて、積極的に動かないことに何らかの意味はあるのでしょうが……ああいや、場所を隠していることに意味があるのですね。自分が狙われ易い事は想定の上と)
グラナの持つあらゆる魔法と呪詛に対して、対抗策は用意されている。戦況は逆転し始めている。しかも彼等のピークはこれから。
オッタルの獣化は解除前の最大値を迎えようとしているし、シャクティの指揮も完成が近付いている。アイズも漸く自身の実力を発揮出来るようになって来ているし、レフィーヤもまだ精神力が有り余っている。そしてアミッドが隠れている限り、最低でも1回以上の全回復が担保されている。
このピークだけは、正面から挑まなければならない。その上で打ち破ることが出来れば、オッタルの獣化の解除から崩す事が容易くなる。結局のところ、アミッドの魔法では精神力は癒せない。長期戦で有利になるのはグラナの方。
「二重魔法に、召喚魔法、そして行使する魔法そのものの魔力。さぞかし精神力の消耗は激しいのでしょうね、レフィーヤ様」
「っ、【アルクス・レイ】!【追奏解放】!【アルクス・レイ】!!」
「なるほど、単射魔法の二重軌道操作ですか。確かに厄介ですが、操作しているのは行使者本人。貴女の視界を遮ってしまえばさしたる脅威では……」
「今ですアイズさん!!【
「行くよレフィーヤ!!【リル・ラファーガ】!!」
「なっ!?」
ずっと、考えていたことがある。
本当に全ての準備を整えたグラナ・グレーデは、まったく手が付けられないほどにどうしようもない存在であるのか、ということだ。
彼女とて人間、つまりはミスを起こす。それは彼女に非がなくて、人間でならば誰でも起こしてしまうようなミスも当然にあるはずだ。実際にグラニア姫は決してミスを犯さない完璧人間としては描かれていないのだから。それが証明している。
だからそれは例えば、同じ魔法を何度も使って、その意識を植え付けて。その上で新しい要素を1つ付け加えたとして、まあそれでも彼女は対応して来るだろう。
……ならば、そこにもう1つ付け加えたら?
咄嗟の対応力であれば、彼女はフィンに劣るというのは聞いていた。それでも、それは決して平凡な訳ではない。少なくとも常人より遥かには優れている。仮にもう1つ付け加えたとしても、大したダメージにはならない。
(けど、隙にはなる……!!)
レフィーヤとアイズが事前に用意していた秘策。
アルクス・レイを二重で放つ事を合図にして、レフィーヤが隙を作り、アイズが最高威力の技で突っ込む。ただそれだけの事ではあるが、レフィーヤは確信していた。
もし彼女が本当に、未だに自分のことを見てくれているのであれば。誰よりも注目してくれているのであれば。確実に……彼女はこの秘策に、引っ掛かってくれると。潜ませ続けていたスペルキーは、彼女の隙を作る鍵にもなると。
「行け!!剣姫!!」
「お願いします!!アイズさん!!」
「ヤァァアッッッ!!!!」
戦力のピークを迎える。
だからそれに備える。
彼女なら間違いなくそうする。
だからそんな当然のことを見越して、それ以前にケリを付ける為に注ぎ込む。レフィーヤの作り上げたこの一瞬の隙に雪崩れ込むように、シャクティ達もまた後に続く。ここで終わらせる、終わらせたい。
そうでなければ、また……
【
彼女を、止められなくなる。
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『このスキルだけは発動させたくない』
グラナのステイタスを確認している最中に、フィンは珍しく強い口調でそう言い切った。
『今のグラナのステイタスは、大凡Lv.8に到達すると見て良い。呪詛やスキルの構成上、全開時のオッタルでさえ打倒するだろう。……ただ、敢えてその上で弱点を示すとすれば、それは発展アビリティが全体的に不足しているということだ』
発展アビリティ。
"狩人"や"対異常"のような、恩恵が昇華される度に身につく特殊なアビリティ。あまり取り待たされることは少ないが、実際のところそれはかなりの重要性を持つ。
例えばアイズが先日発現した"精癒"というアビリティは、魔法で消費する精神力が何もせずとも徐々に回復するというものだ。
これは単純に戦線復帰しやすくなるだけでなく、戦闘中の持続力にも強く関わって来る。縁の下の力持ち、環境適応力にも影響があるため、決して無関心ではいられない。
『その点、このスキルはその欠点さえ補ってしまう。どころか、マイナスをプラスに変えるようなものだ。これが発動されてしまえば、本当に手に負えなくなる』
――――――――――――――――――――――――
【
・任意発動。発展アビリティ『剣士』『魔導』『破砕』『剛身』『魔防』『開華』が発現、自身に複数の『状態異常』を付与、体力及び精神力が自動減少。
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見ての通り。長期戦闘を捨てて、この一時に全てを注ぎ込むような任意発動の強化スキル。ステイタスは変わらないが、あらゆる戦闘用の発展アビリティが発現してしまう。
それは単純にステイタスが伸びるより恐ろしい事だ。彼女が限界を迎えるまで持ち堪えられるのならいいが、それが出来なければ容易く中枢を屠られる。
『それと、誰か『開華』というアビリティについて知っている人は居ないかい?これはロキも知らなかった』
『『『………』』』
『……うん、やっぱりこのスキルを使われると不味そうだ』
『ま、どうせスキルに反応してステイタスでも上がるんやろ。洒落にならんわ』
しかし、それでもきっと。
彼女は使う。
それを阻止することは難しい。
それは似た任意発動の強化魔法を持っているフィンだからこそ分かる。それがスキルともなれば、止めることは絶対に無理だ。だから、その最悪の果ての状況からも、決して目を逸らしてはならない。
『もし、発動されてしまった時は……』
**************************
「……もう、なりふり構っていられない」
【ディア・フラーテル】
【アース・グルヴェイグ】
白銀の光と黄金の光が、レフィーヤ達を包み込む。温かな光、軽くなる身体、疲れが吹き飛んでしまうような高揚感。そしてそれが自身の身体に纏われたという事実から、レフィーヤは強く歯を噛み締める。
「ふふ、これはまた……わたくしは階層主か何かです?」
「……であれば、誇りに思うべきでしょう。貴女を止めるにはどうやら、都市の全勢力を注ぎ込む他ないらしい」
止められない、戦力が足りない。
それはもう認めるしかない。
だからもう、なりふり構わず、血の滲む拳を握り締めてでも、こうするしかない。それ以上の我儘を言っていられるほど自分達は強くはなかったということなのだから。
……そして、このためにアミッドは走り回っていた。最悪の状況に間に合うように。必死になって、自分の姿を隠しながら欺いていた。グラナが呪詛を放つ度に偽装の為に上階に隠れさせたアリシアに魔力を高めさせるなんて、そんな真似をしてでも。
「それで?契約は破棄されたということでよろしいでしょうか、フレイヤ様」
「破棄?馬鹿を言わないで。私はむしろ忠実に従ったわ。……ガネーシャ・ファミリアの治安維持に、私達は全面的に協力する。ただそれだけの話」
「なるほど」
「それに、貴女はこれを邪魔だなんて思っていないでしょう?この行動があってもなくても、貴女は動揺さえしていない。何の条項にも抵触していないわ」
「……やれやれ。ヴィトー様の仰った通り、少し優しくし過ぎましたか」
一度敗北したものが、もう一度盤上に上がってくる。それは予想出来たことだ。彼女でなくとも。
優しくし過ぎだと、彼女でなくとも思っていた。より厳しく縛らなければ、必ず牙を向けられると。ヴィトーも事前に忠告していたが、彼女はそれを強行した。
こうして、アミッドの回復を受けたフレイヤ・ファミリアが再び刃を向けて来ることなど。そんなの当然の話なのだ。それも今度は呪詛が効かない。そんな絶望的な状況になることは、誰にでも。
「奇襲を受け、敗北した。これについては、ただ我々の愚かさが招いた結果。今更どうこう言うつもりもありません。……しかし気になるのは、どうしてこうなる余地を貴女が残していたのか。フレイヤ様の交わした契約書にも目を通しましたが、あの内容は敗者に対してあまりにも優し過ぎる」
「……想定していたよりも随分と畏まった話し方をなされるのですね、ヘディン様」
「責務に苦しまぬ者に王を名乗る資格なし。……話は全て聞かせて頂きました。貴女が人類の未来を見据え、神々さえも打倒しようとしているという事を。グラニア姫の逸話は、私もヘグニも知っている。貴女ほど女王を名乗るに相応しい人間はそう居ない」
「そうですか、その賞賛は素直に受け取っておきますわ」
「だからこそ、不思議でならないのです。貴女であれば、あの瞬間に我々を縛らなければ、今でなくとも将来的に必ずこうなることは想定出来ていた筈。フレイヤ様を迂闊に縛る危険性より、この状況を選んだ理由とは果たして何なのか」
「ふふ、それはまた面白いことを仰るのですね」
Lv.6が3人、Lv.5が4人、回復役が1人。
この場に新たに加わったその戦力は、実際のところあまりに大き過ぎる。それこそレフィーヤ達が普通に申し訳なくなってしまうくらいに。今でさえ劣勢に追い込まれていたというのに、そこにこれほどの戦力が加わって。彼女を取り囲んで、孤独にしてしまっているようで。
……それなのに、彼女は変わらず余裕を崩さない。
動揺さえしていない。
ヘディンはそれが気になって仕方がなかった。
もしかすれば、戦闘以外で何かを動かしているのか。
こうなるように自分達は誘導さえされていたのか。
そもそも、この状況が目的だったのか。
最悪の想像が尽きることはない。
ヘディンも既に理解しているのだ。目の前の人間を失うことは、人類にとってあまりに大きな損失になると。オラリオと世界の将来を見据えるに、彼女が居るだけでより多くの命が救われることになると。
かつて偽りの王として多くの同胞の命を費やしたヘディンだからこそ分かるのだ。彼女であればきっと、必ず……
「まあ単純な話、この程度の状況は別に"脅威"と言うほどではありませんので」
「……は?」
「『シャルトー』」
「「「っ!?」」」
懐から取り出された、黒い塊。
歪な形をしたそれの正体を、レフィーヤ達は知っている。
そして彼女はそれを握り潰すと、直後、そんな彼女を中心に足元から巨大な蜘蛛の巣状の魔法陣が発生した。
ヘディン達はそれをよく知っている。悍ましいまでのその正体を。苦しめられたその効果を。その身を持って、嫌と言うほどに知っている。
「アミッドさん!!」
「っ、これは呪詛ではありません!!」
「なっ!?」
「ええ、その通り。これはお母様の方の『シャルトー』。つまりは呪詛ではなく、魔法によるものですわ。解除出来るのはベート様だけ。……そのベート様も、どうやらまだ苦戦されているようですわね。果てさて、彼がここに来るまでに状況は変わるでしょうか」
「っ!!」
蜘蛛の巣の上を自由に歩けるのは、他ならぬ蜘蛛本人だけ。軽やかに歩き始める彼女に対して、周囲の者達はただその身を硬直させる。
咄嗟にであるが、オッタルとフィンも獣化と魔法を解いていた。そうしなければならなかったから。勝ちの目を完全に失うよりは、リスクの方を取るしかない。しかしそれでも、迂闊に動けば絡め取られてしまうことは変わらない。
「別に、その気になればわたくし1人でフレイヤ・ファミリアは落とせたのです。ただ、そんな脅威的な強者を敬うことは難しい。……奇襲という手段を取ったのは、あくまでこの話を聞いた民達に安心感を与えるためですわ」
「そ、こまで……」
「だってそうでしょう?……結局、それが味方であったとしても、強過ぎる者に対して真の信頼はおけない。『強くはあっても、奇襲しなければフレイヤ・ファミリアには勝てない程度の実力』。その認識の方が都合が良かったのです。なにせ民達が真に求めているのは、自分達の理解の及ぶ範疇のバケモノなのですから。そう振る舞うこともまた、力のある我々の役割です」
「……くっ」
「これが、王……」
ヘグニの言う通り、どこまでも女王。彼女はヴィトー達にさえ、こうしなければフレイヤ・ファミリアには勝てないと言っていた。故にその為に、彼等の力を借りる必要があると。自分を助けて欲しいと、そう言っていた。
……それさえも、彼等を信用させるための嘘だった。今後のことを考え、組織作りを考え、勝った後のことを考えて、その過程の何もかもを利用している。嘘も本当も使い分ける。これにはさしものヘディンでさえも、それ以上を語る言葉は持っていなかった。見ている視点が違い過ぎる。自分が作り上げた予想も想像も、本物を前にすればお飯事にしか思えない。
「殺生石をここで切って来るか……」
「おや、よくご存知で。まあ魔改造し過ぎて原型など殆ど残っていませんでしたが。材料もお母様の指まで使っていますからね。しかも一度きりの使い切り」
「他にもまだ、手札はあるんだろう?」
「ええ、もちろん」
破壊された殺生石に、こんな力はない。ルナールでない人間の魔法を再現する能力など、当然ながらある筈もない。
ただ、殺生石自体が強力な魔道具だ。それを元に全くの別物に作り変えていたとしても、彼女がバルカ・ペルディクスという人材を抱えていた以上おかしくはない。それはフィンもそれとなく想像だけはしていたものだ。想像はしていたが、あまりに予想出来ない事柄であるため、頭から外さざるを得なかった。
「そしてこの剣も、実は単なるウダイオスから手に入れたものではありませんわ。イシュタル様の神威を引鉄に無理矢理呼び出した、通常より遥かに強化されたウダイオスを討伐した際に手に入れたもの」
「……まさか」
「では一先ず、この中で一番厄介な貴方から処理しましょうか」
「……ねえ?アレン様」
「っ!?しまっ!?」
……その斬撃を、アイズは見たことがある。
ヴァレッタの使用する魔法のシャルトーは、平面的な動きにしか作用しない。ならば垂直方向の三次元的な動きであれば、その効果を受けることはない。故に上空から超高速で襲い掛かったアレン・フローメルの判断は、決して間違ったものではなかった。
しかしそんな彼の姿を、次の瞬間、逃げ場など一片たりとも存在しない程の濃密な衝撃波の嵐が飲み込んで行く。
直撃しなくとも、致命的。
骸の王ウダイオスが振り下ろす、一撃必殺の一振り。都市最強"猛者"オッタルの全力の魔法で、漸く打ち破ることが出来るとされる破壊力。それほどの尋常ならざる威力の伴った破壊を、超広範囲にまで伝播させる。極大の斬撃。それが今正に目の前でこうして、再現されてしまった。当時のアイズが掠めただけで甚大なダメージを負ってしまった、あの一撃が。
「実のところ、これもまた
「っ!?」
「……そんなものを、今の今まで隠して」
「はてさて、この辺りでわたくしが用意していた主要な手札は打ち切りですが……どうします?まだ続けます?細かな手札なら少しは残していますので、まあ飽きさせはしないと思いますが」
「っ……」
漸く見えた彼女の底は、けれど手を伸ばすにはあまりにも遠い。変わらず微笑む彼女は、ただ独り巣の上で佇んでいた。……レフィーヤの手はそこに、届かない。