【完結】殺帝の子   作:ねをんゆう

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本年もよろしくお願いします。
Twitter(X)の方で今後の投稿予定作品についてアンケートもしていますので、宜しければご協力ください。@suresuredrink

早速ですが、15,000文字を超えてしまいました。
グラナの意思を尊重し過ぎた結果、当初の想定と結末を完全に逸脱し、書き終えた後に思わず私自身が苦笑いをしてしまうような形になりました。それでも『彼女ならこうする』を突き詰めた結果なので、後悔はしていません。
展開の乱高下に酔いながら、グラナらしい幕引きを楽しんで頂けたらと思います。

早々の長文波瀾万丈にはなりますが、よろしくお願いします。


51.転換の一言と逆転"劇"

 

 

「自分の姿が、見えていない……?それって、どういう」

 

 

 フィンとグラナのやり取りに、当然のように広まる困惑。言っている意味は分かる。だが実感が湧かない。しかしその感覚こそが、彼女が常日頃から抱いている感覚でもある。

 それを見抜けたのも、そしてその事実を知ったのも、この世界においてフィン・ディムナがまず間違いなく初めての人間だった。そしてグラナもまた空回り、これを見抜くのであれば彼以外には居ないだろうと。出会ったその時から、そう予感していた。

 

 

「言葉通りです。……ですが先ず前提として、わたくしの目には他者とは全く異なる世界が広がっております。例えば男性。わたくしの目に映る男性の姿は、何故か常に錆びているのです。……まるで使い古した金属のように、所々に赤茶色がこびり付いている」

 

「……」

 

「殺人についても同様。殺人を犯した事のある人間には、その返り血が見えます。それが本当に正確に受けた返り血を表しているかどうかは分かりませんが、殺人経験の有無は確実です。……もう分かるでしょう?レフィーヤ様」

 

「私、に……」

 

「……想像していた以上に、滅茶苦茶な世界で生きていたんだね」

 

「まあ、そういったものが幾つもありまして。未だにわたくし自身も把握しきれていない条件がありますが……フィン様のご推察通り、そのうちの1つとして、わたくしは自分自身の姿を見る事が出来ないというものがあります」

 

「具体的には、どう見えているんだい……?」

 

「真っ黒です。真っ黒な影。鏡を見ても、そこには衣服を着た黒い影が映るだけ。化粧をしても、黒い影に色を塗っているような感覚。自分がどんな顔をしているのか、本当はどんな化粧の出来上がりになっているのか、わたくしには分かりません。ただ上手く出来たと言われたものを、毎回再現するだけ。そもそも自分という存在そのものにも、疑問を持っています。……もしかすれば、鏡越しに見えているその姿こそが、貴方の瞳に反射するこの姿こそが、本来の自分の姿なのではないかと。そう思えてならない」

 

「……自認意識が、出来上がらない」

 

「そうですね。誰かの顔を思い浮かべれば、その人の顔が出て来る。しかし自分の顔を思い浮かべれば、奇妙な黒い人形しか出て来ない。……何故この人はこんな黒い影をここまで称賛しているのだろう?何故この人はこんな黒い影をここまで必要としているのだろう?その理由は理解出来ても、納得する事が出来ませんでした。なにせわたくしは、人間なのかどうかも分からないのに」

 

 

 だから、他者の目を見ない。見ているふりをして、実際に合っていることは殆どない。目の前の人間が何を見ているのか、誰に対して話しかけているのか、考えたくなかったから。その目に映る自分を見てしまえば、湧き上がるあらゆる感情が、掌握せずとも消えてしまうから。

 自分の行動と結果の、何もかもが意味のないものに感じてしまう。自己認識が出来ない、つまりは存在証明がない。この世界そのものが、今見ている何もかもが、現実のものなのか分からなくなる。そしてそれこそが彼女が常に抱えていた、どうしようもない異常と恐怖。

 

 

「……グラナさんは、人間です。私が証明します」

 

「さて、そこも分かりませんわ。まず身体の作りが歪でしょう?一度診察したことのあるアミッド様なら知っている筈です。わたくしの身体の異常性を」

 

「アミッド、さん……?」

 

「……確かに、本来あり得ない構成をしていたことは事実です。肉体のあらゆる場所で性別や形状がまちまちになっていて、にも関わらず奇妙なほどに支障がない。これほど歪み機能が変質しているのであれば、通常身体が成長するにつれて歪みが大きくなっていくものですが……それさえも見当たりませんでした」

 

「ほら、こんなものが人間だと?見ている世界が違うだけでなく、肉体そのものが異物。これならまだ人間に擬態した怪物だと言われた方が納得出来るでしょう。そしてその擬態した後の姿さえも、わたくしは知らない。……他者から好意を持たれたところで、反応に困るのは当然でしょう?」

 

「……」

 

「それでも!あなたは間違いなく人間です!それは医師として私が確実に保証します!!確かに他者とは違いますが、それは決して怪物と呼ばれるほどの異常ではありません!!」

 

「ふふ……ねえ、教えてくださいな、レフィーヤ様。長々とお話ししましたが、わたくしはこれほど面倒な問題を抱えています。その全てを解決した上で、何もかもを救うことの出来る正しく神の一手があるとでも?貴女の願いを叶えられる、現実的な方法があるとでも?……そんなものがあるのであれば、わたくしの方が教えて頂きたいのです」

 

「っ」

 

「ですが、存在しない。そんな都合の良いものは、何処にもない」

 

 

 多くのものが欠けている。

 歪な形で生きている。

 歪な心に歪められている。

 悪意と役割に雁字搦めにされて。

 あらゆる瑕疵を背負わされて。

 それなのに、まだ他者の負債さえ背負おうとしている。

 

 知らなかった、そんなこと。

 

 何も知らなかった、一つだって。

 

 そしてそれを知ってしまった今、目の前に居る女性はただの不遜な女王ではなくなっていた。余裕のあるその笑みが、全く違うものに見えてしまう。

 

 ツギハギだらけで鎖に縛られ、誰より心を壊しながらも、嘆き崩れる誰かの為に、笑顔で荷物を引き受けようとする……生まれながらの破綻者。致命的なものが欠けているにも関わらず、他者のために人間のふりをしている、哀れな怪物。自身の抱える負債のついでにと、手の届く限りの重責を受け止め、そのまま処理場へと歩いていく。苦しみながらも逃げる選択肢だけは拒絶した、誇り高く、傷だらけの女王。

 

 それがグラナ・グレーデ。

 

 殺帝の子であり、稀代の女王。

 

 神々によって壊された、1人の子。

 

 そんな彼女を救うには、もう……

 

 

「そうだな。もう、見て見ぬふりはやめないとな」

 

「ヘルメス……」

 

「分かるだろう、ロキ。グラニア姫という英雄が生まれたのは、間違いなく俺たち"神"が子供達にとっての脅威になってしまったからだ。……彼女の言う通り、元よりフェアじゃなかった。俺達は子供達と同じ肉体で下界に降りて来たが、本来なら神威なんてものは完全な0にすべきだった。けれどそれを少しでも持って来れるような規則にしたのは、チートを使って、つまり強権を振るって好き勝手をしたかったからでしかない。当時の俺達にとって下界は、玩具でしかなかった」

 

「……」

 

 

 そんな最初の歪こそが、ここまで全てを歪めてしまった。だからこれは正さなければならなくて、それは歪まされた子供達が正すものではなく、本来なら歪ませてしまった神々で正さなければならないことだ。

 そしてもう、その選択の時は来てしまったのだ。既に今日までの見て見ぬ振りのせいで、多くの子供達が犠牲になっている。その罪は重く、神々こそ裁かれなければならない。そしてその対象は、全ての神々に平等にある。何より中立を謳うヘルメスは、それこそ神々の側に立ち続ける訳にはいかない。……改革を齎すのであれば自分が一番な適任だと、分かっていた。

 

 

「悪かった、グラナ。この件については俺に任せてくれ。必ず何とかする」

 

「へえ?それはまた大きく出ましたわね、具体的には?」

 

「天界に戻って、少し暴れて来るさ」

 

「勝算は?」

 

「……確実とは言えない、何せ間違いなく大きな争いになる。だがそれでも、必ず成し遂げる。これは真に下界を思うのであれば避けては通らない道だ」

 

「ふふ、本当に馬鹿なことを仰るのですね。貴方にはまだ下界で成すべきことがあるでしょうに。下界を守るために下界を放り出しては意味がないのでは?」

 

「それは……だが……」

 

「決意を固めるのが10年遅かったですね。……ですが、その決意を聞くことが出来ただけ満足です。あとはわたくしがやりますので、どうかもうお気になさらず。せめてその記憶に刻んでおいて下さいな。先延ばしにしたツケは自身でなく他者に背負わされるものであると。それだけで十分です」

 

「っ」

 

 

 もう、神々さえも説得することは出来ない。

 そんなこの場で思いつく考えなど、既に彼女は思考を終えている。

 

 だからせめて、その誠意を見せられて良かったと。

 そう思い納得するしかない。

 そう思い諦めるしかない。

 

 誰にも止められない。

 誰にも助けられない。

 全ての負債を背負って歩いていく彼女を、見送ることしか出来ない。

 

 動かない足、届かない手。

 引き止める言葉も持っていない。

 蜘蛛の巣に囚われた自分達を置いて、彼女は遠ざかっていく。

 

 もう何も持ってはいなかった。

 隠し球なんて、もう何処にもなかった。

 彼女を驚かせるような、未知なんて、もう何処にも……

 

 

 

 

「ねえ、グラナ。あなたの信用出来る神は誰?」

 

 

 

「っ……イシュタル様?」

 

 

 

それまでずっと口を閉じて、ただ彼女の言葉を聞いていたイシュタルが、突然にそうして声を掛ける。けれど未だに目は閉じたまま。何も見ることなく、彼女さえも見ることなく、しかしそれでも彼女は言葉を続ける。……動揺しているのは、グラナも同じ。

 

 

「……さて、また唐突に解答に困る質問をされてしまいましたが。まあ強いて言うのであれば、貴女でしょうね。イシュタル様。これまでの全てがわたくしを騙すための嘘偽りであったのなら、わたくしにこの役割を成す資格はないでしょう」

 

「そう、それは残念ね。貴女の言う通り、私が貴女に隠せているものはもう何もないわ。貴女にはそれを成せるだけの資格がある」

 

「では、これはどういった意図の質問で?」

 

 

 イシュタルは基本的にグラナの味方であると、この場の誰もが確信している。しかしその味方の仕方は、決して彼女を自分の意思で操ろうとするものではない。それもまた分かっている。だからこそ、グラナでさえも分からなかった。どうして彼女が今ここで話しかけて来たのか。その意図を量りかねていた。

 

 

「私はね、きっと貴女の影響を誰よりも受けた神。子であるはずの貴女の生き方に憧れてしまった」

 

「そうですか」

 

「だから、これは提案。貴女から願われた、地上に降りて来た神々を裁く役割を引き継ぐ事は出来なくなってしまうけど……でもきっと、それよりもっと面白くて。もっと効果的な方法になる。多分だけど、そんな素敵な提案」

 

「へえ、そんなものが?であれば期待して聞かせて頂きましょう、それは一体?」

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

「私を利用して、今度は天界を荒らしてみない?」

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 息が止まる。

 

 耳を疑う。

 

 目を見開く。

 

 それは他ならぬ、彼女も同じ。

 

 

 出されたその提案は、正に意識外。

 

 誰の頭にも無かった、想定外。

 

 

 拳が握られ。

 

 動きは止まる。

 

 けれど分かる。

 

 

 イシュタルのその提案を受けて、今彼女の頭は凄まじい速度で動いているのだと。彼女が与えたその新たな知見によって、これまで積み上げて来た何もかもを組み立て直す必要が出て来ると。

 

 グラナ・グレーデは感情に振り回されない。

 

 そこにより良い方法があるのなら、迷いなく飛び付く。

 

 仮にそれがそれまでのやり取りを陳腐なものにしてしまったとしても。

 

 

 ……そして端を発したイシュタルは、そんな彼女を一度だけ目を開けて見ると、そのまま満足そうに静かな笑みを描いたままに俯いた。それこそ、自分のやるべきことは全て終えたと。後は子供達の判断に任せると。そう言うかのように。

 

 

「……確かにこれなら、取り敢えず僕達と縁を切る必要性はなくなる」

 

「っ!!じゃあ……!」

 

「元より、天界の平穏は大神共の共通意識や。そこに仮にも美の神のイシュタルが協力するんなら、これ以上のことはない」

 

「そ、そもそも!天界にも子供達のことを大切に思ってる神はたくさん居るよ!他でもない下界側で取り決めを作ったグラナ君が天界側の規則改革に声を上げてくれるのなら!彼等も賛同してくれるはずだ!」

 

「……少なくとも、エレボス辺りはノリノリで乗っかってくるだろうな。最悪戦争になりかねない話でもあるが……今のイシュタルが居るなら容易く制圧出来るだろう。他の美の神が勝てる要素もないし、決して分の悪い賭けじゃない」

 

 

 

「グラナ、さん……?」

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………やってくれましたわね、イシュタル様。まさか身内から刺されるとは思っていませんでしたわ」

 

 

「ふふ、ごめんなさい。今ふと思い付いたことなの。そんなことが出来たのなら楽しいだろうな、って。……でも、この方が貴女らしいじゃない?だって上位存在だからと言って死後に一方的に八つ当たりをしてくるような輩、貴女は本当に許せる?」

 

 

「実のところ、八つ裂きにしたいです」

 

 

「でしょう?もし貴女が本当に神である私のことを信用してくれるのなら、こういう手段も取れるわ」

 

 

 前提がひっくり返った。

 数百年経てば形骸化する可能性のある今の策より、天界側を変えるというイシュタルの提案の方がより効果的であると分かってしまったから。最もシコリであったその問題に解決法が見つかってしまったから、状況は容易く崩れ去る。

 

 

「グラナ、僕からも一つ提案があるんだ。今も各地で活動している邪神の捜索について、君が闇派閥から救い出した元信徒達に協力を求めるのはどうだろう。耳飾りもまだ役に立つ。君が他者の力を借りることが出来るのなら、より効率的に目的を達成することが出来る筈だ」

 

「……彼等は今はデメテル・ファミリアとニョルズ・ファミリアに居るのでは?」

 

「ああ、彼等は今でもそこで君を待っているよ。君が聖女でないと知ってもなお。なんでも共に行かなければならない場所があるそうだ。最後まで自分達を見捨てなかった君の役に立ちたいと、そう言っている」

 

「……なるほど」

 

「それに、ゴルゼもそうだ。どうやら各地にいるグラニア姫に助けを求める人々からの手紙が、彼の国に集まっていたらしい。直接ゴルゼを訪ねて来たアキが、こうしてそれを持ち帰って来ている」

 

「は、はい!オキツヒメ様にも頼まれました!これをグラナさんに渡して欲しいって!ゴルゼの民もいつかもう一度肩を並べて戦える時を待っていると!どんな時でもグラナさんの味方だって!」

 

「……」

 

「それにきっと、そろそろオラリオに来るだろう学区も君の役に立つはずだ。君の存在を知れば、きっと喜ぶ。……彼等ならきっと、君の知らない世界のことについても話してくれるだろう。学区出身のレフィーヤのツテがあれば尚更ね。17歳の少女が何もかもを知れるほど、この世界は狭くないさ」

 

「……おじさんの説教臭くて嫌ですわね、その言い方」

 

「これを嫌だと思えるくらい、まだ君は若いんだ。死後のことを諦めるには、まだ早過ぎるよ」

 

「……」

 

 

 ここぞとばかりに言葉で追い詰めてくるフィンに、小さく溜息を吐く。

 なぜ以前の自分はこんな簡単なことに気付けなかったのかとも思ってしまうが、そもそも当時の自分には信頼の出来る神など居なかった。神を信頼するという前提が、そもそも存在しなかった。人間には何もすることの出来ない天界で、自分はただ悪辣な神々から凌辱されるだけなのだと。諦めていたのは当然の話。

 

 だからこそ、まさか思うまい。

 

 それをひっくり返したのが、あのイシュタルなどと。

 

 想像さえしていなかった。

 

 それはイシュタル自身でさえも同じ。

 

 

「グラナ様……自己認識の改善については、私に力にならせて下さい」

 

「……そんな事が出来るのですか?アミッド様。貴女の魔法で」

 

「いえ、魔法ではありません。単なる精神療法です。確かに自分が見えないという事実は、貴女の人格に大きな影響を与えた事でしょう。ただ、やりようはあります」

 

「具体的には?」

 

「例えば、視覚以外の感覚で他者と自身を比較する療法です。貴女に必要なのは、貴女という存在が確かにこの世界において、他と同じ人間として存在しているという事実を受け入れること。特に貴女は才に溢れるお方ですから、これ以外の多くの方法も採用出来ます。……それこそ、視界を敢えて塞いで生活するという方法も地道であれど有効でしょう。日頃から大量の情報を処理している貴女には、人の最大の情報源たる視覚を塞ぐという選択肢がこれまで存在しなかった。これについて他者に話したこともなかったのでしょう。しかしこれは本来、我々医療者の本分です」

 

「……」

 

「特殊な目を利用さえしていた貴女なら視覚の重要性はより顕著だった筈。それも含めて、とにかく今の貴女には療養が必要です。身体の精密検査も行う必要があります。……言っておきますが、本来頭の使い過ぎで鼻血を出すということはあり得ないのです。それが癖になっていることも心配です」

 

「……そうですか」

 

「長生き、したくないのですか?」

 

「……まだ、死ぬわけにはいきませんわね」

 

 

 アミッドは医師という方向性から、説得を仕掛ける。いくら彼女であっても、医学を細かく学ぶほどの時間はなかった筈だ。そこであれば、最新の医学についても学び続けているアミッドの方に分がある。生死を突き付けられては何も言えない。

 それにアミッドだって、本気で改善の余地はあると思っている。なんなら無理矢理ヘイズを手伝わせたって良い。彼等はもう何も反抗出来ない立場なのだし。

 

 

「そ、そもそも!自分を褒められて困惑するグラナさんの気持ちが分かりませんよ!」

 

「アキさん?何を突然興奮して……」

 

「私たち一回でもグラナさんの容姿を褒めた事がありましたか!?確かにすごい美人ではありますけど、その目に悪い服装は完全にヤバい人ですから!!私たちが褒めてたのはずっと貴女の人間性だけで、正直容姿が真っ黒の人影だったとしても何にも変わりません!!」

 

「……それは流石に酷くないですか?」

 

「事実ですよ!なんで分からないんですか!黒い影を褒めてて何がおかしいんですか!本当に凄ければ羽虫だって褒めますよ!この天才!分からずや!その上で天然なんて、狙い過ぎにも程があります!!」

 

「……よく分かりませんが、取り敢えず羽虫扱いされた事だけは分かりましたわ。非常に腹立たしいです」

 

「なんでそこだけ分かるんですか!?そこ一番必要ないところですから!!本当に分からずやじゃないですか!!」

 

 

 アキとのそのやり取りは、とても馬鹿げたものではあるけれど、今必要な最適なものであったとフィンは素直に称賛する。雰囲気を変えるのは、やはり彼女のような人間だ。それはフィンには出来ないものだ。

 

 フィンに出来るのは精々、自分も声を掛けたいのに入るタイミングを掴めていないレフィーヤの背中を押すことだけ。結局、誰がなんと言おうと、彼女とのやり取りを最後締める事が出来るのは彼女だけだ。それもまた、フィンには出来ないこと。

 

 

 

「グラナさん……」

 

 

「……」

 

 

「……私、グラナさんの側に居たいです」

 

 

「……」

 

 

 言葉はない。

 ただ視線を交わし合う。

 それは見定める様に、見抜くように。自分を貫く彼女の視線に、脚がすくみそうになる。返って来ない彼女の言葉が、今はどうしても怖い。

 

 

「私、きっと役に立てます。確かにまだ知識も足りないし、経験もないし、頭も全然回りませんけど……グラナさんの手札になることは、出来ます」

 

 

「……」

 

 

「わ、わたし!これからもっと努力します!本気で、本気でグラナさんの役に立てるように!もっともっと頑張って!い、色んなことを出来るようになります!!もうグラナさんを失望させたりしないように、これからもっと……!!」

 

 

「……」

 

 

「だか、ら……」

 

 

「……」

 

 

「……なんで………何も言って、くれないんですか……?」

 

 

「……」

 

 

 

 捲し立てるように言葉を紡ぐレフィーヤに対して、視線の先の彼女はただ一言さえも発することのないままに、遂には目を閉じてしまう。

 それは明確な拒絶。失望させないと言いながら、彼女を失望させてしまった。痛々しいほどに、レフィーヤでなくとも誰もが察する。しかしここで言葉を発する事は、他でもないグラナが軽く圧を強めて許さない。そもそも、そんな野暮なこともしない。……結局は、今この瞬間のためのこれまでだったのだから。

 

 

「……レフィーヤ様は、何故それほどわたくしを?」

 

「え……?」

 

「わたくしは確かに、レフィーヤ様に好意を伝えて来ました。しかし当初、貴女は羞恥と喜び、そして強い困惑を抱えていた。そんな貴女がどうして、今それほどまでわたくしを必要としているのです?」

 

「……貴女の、優しさを知ったからです」

 

「それは優しいでしょう、好意を持った相手なのですから」

 

「……優しくされたら好きになっちゃうのは、当然です」

 

「つまりレフィーヤ様は、優しい相手なら誰でも好きになるということですか」

 

「違います!!」

 

「では何故?」

 

「……」

 

「それがどうしても理解出来ませんでした。一体わたくしのどの行動が貴女にそれほどの激情を抱かせることになったのか。どうしていつの間に、そこまでの執着を与える事になってしまったのか。……フィルヴィス様の死ですか?もう2度と友人を失いたくないと、その一心で?それともわたくしを絶望させてしまったことへの罪悪感ですか?若しくは、この人生を知った事から来る同情?」

 

「……」

 

 

 それは別に、責めている訳ではない。

 けれどレフィーヤの内心をズバズバと言い当てるその様子は、当人からすれば責められているのと変わらないだろう。

 

 彼女の言う通りだ。

 自分が彼女にこれほど執着した要因には確かに、フィルヴィスの死がある。そして彼女の願いを聞き入れず、結果的に彼女さえも絶望させてしまった罪悪感。その2つがレフィーヤをここまで掻き立てたと言っても過言ではない。起爆剤は間違いなくそれだった。

 

 

「……ずっと、思い返していました。グラナさんのことを」

 

「?」

 

「戦いに行くのではなく、説得に行くのだと。だから私に本当に必要だったのは、戦闘の鍛錬ではなく、グラナさんのことを知って考える事だって。フィン団長に言われました」

 

「そうですか」

 

「……考えているうちに思ったんです。結局わたしは最初からずっと、グラナさんに向き合っていなかったんだって」

 

「はあ。向き合う、とは?」

 

「グラナさんから受けた好意に対して、どうしたらいいか分からず目を背けました。グラナさんの世話役に選ばれた時も、何をしたらいいか分からなくて、そんな私を助けるみたいに話題を出してくれた貴女に甘えていました」

 

「……」

 

「私の行動はいつだって、自分から始めたものではありませんでした。交換日記だって、団長からグラナさんを繋ぎ止めて欲しいと頼まれて考えたものです。怪物祭の誘いも、今思えばグラナさんに誘導されたものでした。……私が自分からグラナさんのために何かをした事なんて、一度もない。私はずっと、向き合っていなかった」

 

 

 逃げていた。

 

 そしてそんな自分が気付くような程度の事を、彼女が気付いていない筈もないということにも気付いた。彼女はずっと知っていたのだ。知っていたのに、知らないふりをしてくれていたのだ。交換日記をお願いした時も、本当はそれがレフィーヤから出た提案ではないと知っていた。それでも彼女は本気で取り組んでくれた。

 彼女はずっと自分に対して誠実で居てくれたのに、自分の方は全く誠実では居られなかった。それに気付いた。

 

 

「ずっと、ずっと考えてました……私は結局、どうしたいのか。私は結局、グラナさんの好意にどう答えるつもりなのか。私はグラナさんとどうなりたいのか。ここ数日、ずっとずっと……」

 

 

「……」

 

 

「……何も、分かりませんでした」

 

 

「そうですか、ならどうでもいいです」

 

 

「……でも、何処にも行ってほしくない」

 

 

「……」

 

 

「何も分からないし、何も決められない。何の答えも出せないし、何の成長も出来なかった。……それでも、グラナさんが何処かに行ってしまうって。もう2度と会えなくなるって。そう考えたら、それだけは絶対に嫌だって。そう思う理由さえ説明出来ないのに、強くそう思いました」

 

 

「……そう」

 

 

「多分、私は何も言葉に出来ない。それを言葉に出来るだけの経験も知識もない。……だから、縋り付く事しか出来ない。何処にも行かないで欲しいって。何でもするから側に置いて欲しいって。私はそれしか、グラナさんに伝えられない……!」

 

 

 

 馬鹿な事を言っている自覚はあった。失望させてしまう言い回しをしてしまっていたことも。情けのない事を言っている自覚も。

 

 ……けど、今のレフィーヤにはそうとしか表現出来ない。他に上手な言い回しが出来ない。嘘を吐くことどころか、本当の事さえも伝えられない。そんな自分が、本当に嫌になった。その程度のものしか持っていない自分が、本当に情けなかった。

 こんなにも離れたくないと思っているのに。相手を説得することも、駆け引きをすることも出来ないだなんて。それが心の底から、悔しかった。

 

 

「どうしたらグラナさんを説得出来るのか……分からなかった。私の持ってるものなんか、グラナさんの役に立てるものなんか、殆どなかった。私も好きだから、愛しているからって、そんな事さえも言えない……一度も向き合った事のなかった私には、そんな事を言う権利も無かった」

 

 

「だから、あんなくだらない事を言ったのですか?」

 

 

「……グラナさんは、頑張る人が好きだって聞いたから。汚れてしまった私がもう一度グラナさんに好きになって貰うには、そう言うしかないって、その」

 

 

「なんというか……生き辛そうですわね、レフィーヤさま」

 

 

「……グラナさんに言われたくないです。それ、私が一番最初にグラナさんに思った感想なんですから」

 

 

「そうですか」

 

 

 

 はぁ、と。

 

 一際大きな溜息が彼女の口から溢れる。

 

 それに対して小さく身体を跳ねさせてしまうほど、今レフィーヤは恐怖している。それほど怖く感じている。彼女に失望されることを、彼女が離れていくことを、それほど恐ろしく感じている。

 

 彼女のように、事前にこんなことを話したいという内容を纏めてきた筈なのに。いざその時になれば全部頭の中から飛んでいってしまって、こんなふざけた事を口走ってしまった。そんな自分が悔しくて悔しくて仕方がない。

 

 彼女を失わないためなら、なんだってするのに。どんな努力だってするのに。彼女の側に居られるなら、また前の様に話す事が出来るのなら、それこそなんだって……

 

 

 

「……わたくしも、強い恐怖を感じていました」

 

 

「え……?」

 

 

「アミッド様に精神療法の話を聞いた時に、ふと思ったのです。もしかすれば、わたくしの人生はこの『目』に支配されていたのではないかと。……この目を閉じて向き合った時、わたくしはレフィーヤ様のことを好きになるどころか、心の底から軽蔑までするのではないかと。そう思ってしまった」

 

 

「っ……」

 

 

「そして正直に言えば……ええ、やはり想像通りに」

 

『強く失望しましたわ』

 

 

「っ」

 

 

 突き刺さる。

 

 

「貴女は本当に、何も分かっていない。わたくしのことも、自分自身のことさえも。貴女はあまりに無知が過ぎる」

 

 

「……はい」

 

 

「役に立ちたい、役に立てる、失望させない。そんな言葉ばかりを捲し立てて、ただ縋り付くだけ。そこまで言う理由を尋ねてみても、大した言葉は返って来ない。結局ここまで来ても、わたくしは何一つとして理解も納得も出来なかった。……この目に映らない貴女の姿は、本当に幼く、愚かで、未熟で、世間知らずの子供でしかなかった。そしてそれこそが、貴女の実態なのでしょうね。見事にわたくしはこの『目』に操られていたということです。この目さえ無ければ、わたくしが貴女に興味を持つことなど絶対に無かったでしょう」

 

 

「…………っ、はい」

 

 

 そんなこと、分かっていた。

 これほどまでに理知的で、神々とさえ口論で勝ちをもぎ取りに行くような彼女が、本来なら自分の様な女を好きになんてなる筈がないと。

 

 こうなることが分かっていたからこそ、怖かったというのもある。それを誰より自分が知っていたからこそ、捨てられる事を恐れていた。けれど何も変わらなかったのだから、変われなかったのだから、こうなるのも当然。

 

 そうだ。結局レフィーヤ・ウィリディスが彼女の好意を受けられたのは、その目の錯覚が理由に過ぎない。もし彼女の目が正常であれば、自分など視界の端にも映らなかっただろう。本来それが正常なのだ。……そんな正常な状態に、ようやく戻る。本来そうであったはずの関係に戻る。これはただそれだけの話。

 

 

 

「……まあ、それでも、強いて言えば一点だけ。貴女に共感した事くらいはありました。本当にそれだけしかありませんでしたが」

 

 

「共感、ですか……?」

 

 

「ええ、ほんの些細な一点だけ」

 

 

 

 

 

「わたくしも、大した理由を説明する事など出来ないのに、ただ漠然と……『レフィーヤ様を手放したくない』と、未だにそう思っている」

 

 

 

「……!!」

 

 

 

 彼女は目を開かない。

 けれどそれが拒絶を意味している訳ではないということを、レフィーヤはもう知っている。むしろそれこそが彼女にとって、本当の意味で相手を受け入れようとしている行為なのだと、知っている。

 

 

「これはなんなのでしょうね、理解が出来ません。……正直に言えばレフィーヤ様は、わたくしの好みではありません。貴女の努力はいつも半端。指示の意味を考えようともせず、ただ勝手に背負って混乱しながら、息も絶え絶えに目の前のものをこなすだけ。頑固を超えて盲進する。それが正しいと思い込む。直情的で、感情の揺れ幅も激しい。貴女は自分が賢く利口な方だと内心では慢心している癖に、その本質はあまりにも幼稚です」

 

 

「あ、う……」

 

 

「部下にするには不安定、側近にするには力量不足、駒にするにしても扱い辛い。確かに能力は優れていますが、ケアの手間を考えれば正直手元に置くのに躊躇します。強くなるために相当な努力をしていたとは聞きましたが、どうせ単にダンジョンに潜っていただけでしょう?頭も使わず、感情に任せて。わたくしからしてみれば、それは怠けと変わりません。友人として接しようにも、貴女とわたくしでは価値観が違い過ぎます」

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 

「細かく分析すればするほどに、むしろこうして失望する要素ばかりを掘り当ててしまう。溜息が出るような貴女の姿しか浮かんで来ない。……それなのに、本当になんなのでしょうね。そんな理屈と自分の感情が噛み合わない。衝動を抑えても、それでも抑えきれず頭を出してくるのです。こんな事は今までありませんでした。……貴女の泣き顔が脳裏にチラつく度に、途端に衝動を掌握出来なくなる」

 

 

 

「っ」

 

 

 ぎゅっと、身体を抱き寄せられる。

 

 思いも寄らないそんな行動に、ただされるがまま。

 

 けれどそれは拒絶とは真逆の行動で、反射的に胸が跳ね、顔が熱くなり、喉が締め付けられる。

 

 

「わたくしにもよくは分からないのですが……もしかしたらこれが、『恋』というものなのでしょうか。それとも『愛』?どちらなのか、とても気になりますわね」

 

 

「ぁ……」

 

 

「不思議な話です。もう何も感じてはいないと思いつつも……今日までずっと、何故か貴女の顔が頭から離れなかった。これほどまで貴女に強く失望したのに、それでも今は抱き締めたくてたまらない。……正直、少し舞い上がってしまっているところもあるのかもしれません。主にイシュタル様のせいで」

 

 

「………わ、わたし……結局、何も……」

 

 

「ええ、結局何も出来ませんでしたわね。せいぜい少し戦闘で活躍したくらいでしょうか。この1ヶ月、本当に何をしていたんです?」

 

 

「……ひ、ひどい、です」

 

 

「まあ、ですがもしかすれば、レフィーヤ様のそういうところを好ましく思っているのかもしれません。能がないのにやろうとして、結局出来ずに本気で落ち込んで、馬鹿みたいにそれを繰り返して」

 

 

「……流石に、ひど過ぎませんか?」

 

 

「それでも、それを繰り返しながら、貴女は確かに前へと進んでいる。……恥という後悔に塗れながらも。汗と涙で顔を汚してでも」

 

 

「!」

 

 

「そう思うと、もうなんだか失望したはずの先程の発言もとても可愛らしく思えてしまって……ふふ、仕方ないですよねぇ?頭真っ白になっちゃったんですもんねぇ?自分でも、何が言いたいか分からなくなっちゃったんですよねぇ?本当に可愛いですねぇ、愚かですねぇ?でもそんなところも愛おしく感じていますよ」

 

 

「あ、うぅぅ……」

 

 

 まるで子猫にでもする様に、頭をわしゃわしゃと撫で回されながら可愛がられる。

 散々に罵倒されて、滅茶苦茶心を突き刺してくるし、本当に酷いことを散々に言われた。普通に泣きそうになるし、心が折れそうにもなった。

 

 それなのにこんな風に優しく抱き締めて来て、以前と同じ笑顔で語りかけて来て、これまでに無かったくらい触れてくれて。情緒が滅茶苦茶になる。

 

 神々からすればDV男の常套手段のようなことをされているのだが、だからこそ、その効果は絶大だった。突き放されて、抱き寄せられて、自分の方から抱き付きたくなる。元よりそういう手法はレフィーヤに対しては、特攻的に強く働くものだった。

 

 

「ね、仲直りしましょう?レフィーヤさま。わたくしはどうやらまだ、あなたのことが忘れられないようなのです」

 

 

「っ、はい……はい!仲直り、したいです!!」

 

 

「ふふ、本当に可愛らしい。じゃあこれからも私のこと、ちゃんと魅了し続けて下さいね?」

 

 

「が、頑張ります……!!もう、もう絶対に!グラナさんを失望させたりなんかしません!!」

 

 

「ええ、あまり期待せずに見ていることにしましょう。また空回りしてしまいそうですから」

 

 

 ……本当に、最低だ。

 わざと酷い言葉を言っている。

 

 けれどそれまでの状況のせいで、レフィーヤの依存は増すばかり。

 周囲の者達からすれば、悪魔のようにしか思えない。

 

 全部本当の言葉だとは思うが、彼女の事だからここまで含めて全部レフィーヤを自分のものにするための計画だったと言われても、全く不思議ではないのが恐ろしい。流石にないとは思うが、流石にないとは思うが。感動しているヘスティアなんかを除いて、その明らかにヤバい手法でレフィーヤを自分の腕の中に仕舞い込んだ彼女を見て、少なくともフレイヤでさえドン引きしていたのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そしてそこで、フィン・ディムナは気付いた。

 

 というよりは、ピースが嵌ってしまった。

 

 密かに頭の中で組み立てていた、仮の盤面の1つに。

 

 

 (……フィルヴィス・シャリアを殺害した時の凶器は、グラナが自分で用意したと聞いた。全く同じナイフが2本、突き刺したのはほぼ同時。『罪を分かち合いたい』なんて似合わない理由で、グラナは自分の手でも彼女を突き刺した。確かに怪人に対する殺害の確実性を取るのならそうすべきだが、より確実を取る方法なら他にいくらでもある。いくらレフィーヤに誠実でありたいと言っても、彼女なら他に取れる手段はどれだけでも思い付けた筈だ。……本当にそれほどに彼女がレフィーヤを汚したくないと思っていたのなら、絶対にこんな方法を取ったりしない。彼女は徹底的なリアリストだ。自分の気持ちを試すためにレフィーヤに殺人を犯させるような手段を選ぶのは、僕の持つ彼女のイメージとは元よりかけ離れていた)

 

 

 チラと、彼女の顔を見る。

 

 

 (そもそも、フィルヴィスの魔石を砕いたのは。つまりは本当に彼女の命を奪ったのは、レフィーヤだったのだろうか?怪人達の魔石は共通して胸の中央にある、けれどレフィーヤは彼女の胸を貫いたとしか言っていない。魔石についての言及は殆ど無かったし、十中八九貫く場所についての指示も事前に受けていただろう。……そうでなくともグラナがレフィーヤに手渡した凶器に、本当に殺傷性はあったのか?わざわざ同じナイフを用意する理由はなんだ?本当にレフィーヤは、殺人を犯した判定になっていたのか?)

 

 

 そもそもレフィーヤがフィルヴィスの死を乗り越えようと努力出来ているのは、一体誰の、どんな行動のおかげだろう。

 

 そもそもこの一件がなければ、レフィーヤは失ったフィルヴィスにばかり気を取られ、これほどまでにグラナを思うこともなかったのではないだろうか。

 

 そうでなくとも、今回の一件。完璧に見えて穴だらけ、そして不自然な言動がところどころではあるが目立っていた。

 

 効率を考えれば必要のない行動。周到な割に単純な部分との層厚の違い。ロキに対して直接的に自分のステイタスを見せに来たところから始まって、奇妙な綱渡りも多かったように思える。確かに彼女ならそれでも何とか出来るだろうし、実際になんとかしたけれど……もっと詰めることの出来る要素はいくらでもあった筈だ。

 

 

 そして嘘を偽造出来るどころか、自分という人間の思想や感情さえも掌握出来てしまうという彼女のスキル。

 

 ……神々さえも反応しなかったのは、自分をそう思い込ませていたから?

 

 その手法は正しく、神ディオニュソスについて共に思考していた際にフィンが彼女と共に話したもの。神を欺くのなら、まず自分を騙した方が早い。自分であればそうすると、フィン自身も確かに口にした。同意した。

 そして本来色々な準備が必要なそれも、彼女のスキルがあれば手軽に出来る。誰もがそれを彼女の本音だと思い込まされる。彼女自身もそう思い込んでいるのだから。正しく嘘を本当に出来るスキルと言い換えることも出来るだろう。使い方にもよるが。

 

 

(いったい何処までが彼女の計画で、何処までが彼女の本音だったんだ……?)

 

 

 流石に全てが計画の内ではないだろうとは信じたい。

 

 しかしその過程の中で、ここに至るまでの道筋を作っていてもおかしくない。

 

 だって結局のところ、問題の核となる部分について解決策を出したのは……

 

 

 そうして、そんなことを考えてしまったフィンは一瞬背筋が凍るような感覚を覚えた後、そのまま彼女達の微笑ましい姿から自然と目を逸らした。

 

 何故かこの状況でこちらを見ていた女神イシュタルからも目を逸らした。

 

 この話はもう良い、忘れてしまえ。そんなことを考えても、その真実がわかっても、きっと誰も得をしない。この話はこれで終わりでいいのだ。

 

 

 レフィーヤ・ウィリディスは悪女に捕まった。

 

 この話は、それでいい。

 

 それでいい。

 

 

 何処から何処までが彼女の計画だったかなんて、そんな不毛なことを考えていても、何も得られるものなどないのだから。

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