「さて、中には薄々気付いていた人も居たかもしれないけれど、本人の希望もあって紹介は遠征が終わる今日まで預けていた。新しい団員だ」
「グラナ・アリスフィアと申します。ダンジョンの経験はありませんが、皆様のお役に立てるよう尽力させていただきますわ。どうぞよろしくお願いいたします」
「「「おお……」」」
その日の夕方。
遠征明けの宴会へと繰り出す前に、彼女の紹介は行われた。
フィン達が初めて彼女と出会った時と同じ印象を、きっとここに居る彼等もまた感じているだろう。彼女の存在をそれとなく気付いていた獣人の者達も、それでも少し訝しげにしながらも、納得しているらしい。
……もちろん、彼女のその雰囲気にどことなく眉を顰めている者も居るには居るが、流石にそれを今この場で口にするような者は居なかった。それくらいの常識のある人間しか、ここには居ない。
「彼女はロキの知り合いの女神から借り受けているという形だけど、そこはあまり気にしなくていいかな。ダンジョン未経験のLv.3……とは言え、少しだけ特別扱いをするつもりだ」
「特別扱いっすか……?」
「端的に言えば、僕が彼女に求めているのは『2つ目の司令塔』だ」
「「「!!」」」
「彼女は頭がよく回る、1つの大手ファミリアを率いることも出来る逸材と言ってもいい。それこそ僕達が遠征に向かっている間に、彼女はガネーシャ・ファミリアを使って最大賭博場の治外法権の問題を解決していた。……ほんと、少しは事前に相談して欲しかったけどね」
「ふふ、勇者様を驚かせたかったので」
「ああ、本当に驚かされたよ……脳が一瞬情報の理解を拒んだのは、本当に久々の経験だった」
ざわつく一同。
若干1名、自分の愛しい男がその女とイチャついているように見えて目を血走らせているアマゾネスも居るが、実際は本当に参っているだけなので仕方がない。
例の賭博場の件については既にそれなりに知っている者もここには居たが、まさかそれに自分達のファミリアの人間が関わっていたとは夢にも思わなかったのだろう。そういう意味でも、彼女という人間の衝撃は大きかった。
「彼女はここにファミリアの運営について学びに来ているが、同時に彼女から学べることも多いと思う。それは僕やリヴェリア達でさえもそうだ。……少なくとも、イカサマと話術については明確に僕より上かな?」
「あら、もしかして喧嘩を売られてます?」
「おっと、買ってくれるのかい?」
「ケツ拭く紙より安ければ一考致しますわ」
「へぇ、それは残念だ」
「「「………」」」
「んんっ」
「あ、あ〜……とにかく、そういう事情で彼女には暫く拠点内で勉強に専念して貰うことになる。その間はレフィーヤ、君が彼女を助けてあげてくれ」
「ええ!?わ、私ですか!?」
「何度も言うが、彼女からは学べるものが多い。それは僕達では教えられないもので、僕達からは学べないものでもある。将来の幹部候補として、そうしてロキ・ファミリアの中だけでは得られないものを習得しておくことも、必ず君の価値になる」
「そ、そうでしょうか」
「それにさっきはああ言ったけれど、イカサマや話術なんてものは彼女の武器の1つに過ぎない。勝ち方の幅広さを学ぶと良い」
「勝ち方の、幅広さ……」
何が何でも勝たなければならない相手に対して、勝つための選択肢ではなく、そもそもどんな勝ち方があるのか、それ以前に何をしたら勝ちになるのか。そこから考える事ができるような能力。
どれだけ賢い相手であっても、盤上をひっくり返してしまえば勝ちの芽は残る。ルールを書き換えてしまえば可能性はある。そのイカサマ同然のやり口を覚えるのではなく、そういうやり方もあるということを覚えて欲しい。それこそがフィンが求めた、学んで欲しいこと。
そんなやり方を仕掛けて来る相手が居るということを知るだけでも、きっと取れる選択は変わって来る。
「分かりやすく例を出してみようか。例えばそうだね……グラナ、もし君が僕に勝とうと思ったらどうする?やり方はなんでもいいよ」
「それなら往来で裸になって許しを乞いますわ」
「「「………」」」
「………」
「何をしようが、どう言い繕おうが、その日からフィン・ディムナという勇者は死に、陰で女を弄ぶクソ野郎が生まれます。貴方の栄光ある歴史と共に、その噂は後世まで長く伝わることでしょう。"勇者"は英雄足り得る大事を成したが、女癖だけは最低だったと」
「……頼むからやらないでくれよ?」
「やりませんわ、何の得もありませんもの。……得があるのなら少しは考えてもいいですが」
「……」
何が酷いかと言えば、この女の場合はそれ以前にあらゆる根回しを済ませているだろうということ。徹底的に逃げ場を塞ぎ、罠を仕掛けた上でやってくる。
何となくそのやり口が闇派閥っぽいなと思ってしまったのは、フィンの中だけの内緒である。そういう意味ではやっぱりヴァレッタが仲間に居なくて良かったと、フィンは心の底からそう思った。
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「「「「乾杯〜!!!」」」」
グラナの紹介が終わった後、遠征に参加していた者達はそのまま"豊穣の女主人"にて打ち上げを行っていた。
今回の遠征、色々あったもののかなり疲弊したものであったことに間違いはなく、しかしその分だけ開放感も大きい。その上で直前の新人団員の紹介。会話の種になるものなどいくらでもあった。
大量の酒を飲みながらも、勢い止まる事なく回る彼等の口は、当然ながら突然現れたあの何処ぞの貴族のような格好をした女について憶測を語り始める。
「だァから!!団長!!なんなんですかあの女!!団長とは一体どんな関係なんですかぁ!!」
「落ち着いてくれティオネ、別に僕と彼女にやましい関係はないよ」
「大体生意気なんですよぉ!団長に向かってあんな口の聞き方……許せないぃぃぃ!!」
「頼むから喧嘩だけは売らないでくれよ……」
「でもさ、あたしフィンとあんな風に話す人は初めて見た。ベートはどう思う?」
「……あの女はやべぇだろ」
「やばい?何が?」
「なんつーか……そもそも他人を見下してやがる、ってのも違ぇな。言葉に出来ねぇ」
「んー?よく分かんない」
「私も、なんとなくだけどベートの言いたいこと分かるわ」
「アキも?」
「……そもそも、臭いがよく分からないのよね。物凄く濃いお茶の臭いで、全部掻き消されてる。それでも妙に嫌な雰囲気があるっていうか」
「じゃあ悪い人なのかな?」
「それならフィンとかリヴェリアが受け入れなさそう。ロキも分かるだろうし」
「う〜ん?」
意見としては、概ね懐疑的。
幹部陣が承認しているから特に否定はしないものの、どういう人間かも分からず、そもそも初対面の印象はあまり良いものでもない。特に一部の者は嫌な雰囲気を感じ取っているらしく、既に受け入れ難い感覚があるらしい。
「レフィーヤはどう思う?なんか手伝うことになっちゃったじゃん?」
「え?あ……私はその、別に悪い人ではないのかなぁって」
「あん?どうしてそう思う?」
「実は私、遠征の前にグラナさんと会っていて……」
「え?そうなの?」
「はい……如何にも秘密主義で、団長達も手を焼いてるって感じだったんですけど。なんだか妙に私のことを、その、好いてくれていて」
「好く……?」
「じ、自分で言うのも恥ずかしいんですけど、その……ひ、一目惚れした、って……言われ、ました」
「「「「一目惚れ!?!?」」」」
それはもう、なんなら今日一番のビッグニュース。
あの口元をフェイスベールで隠していた如何にも怪しい女が、なんとレフィーヤに対して一目惚れをしていたという、とんでもない話。その場にいる者達は慌ててフィンやリヴェリア達の方を見るが、彼等もまた困った顔をしながら頷くだけ。
「なんというか、レフィーヤは彼女の好みど真ん中だったらしいよ。その好みっていうのもイマイチよくわからないんだけど」
「ま、まあ確かにレフィーヤは可愛いけど……」
「可愛いというか、美しいと言っていたな。この世界で一番」
「やめときなさいレフィーヤ!!絶対ヤバい奴よアイツ!!」
「いきなりなんですか!?」
「世界一美しいとか言って口説いて来るような奴、絶対碌な男じゃないわ!!いいからやめときなさい!!」
「グラナさんは女性ですよ!?」
「関係ないわよそんなこと!そんな地雷を選ばなくても世界にはもっとマシな男は居るはずよ!!考え直しなさい!!」
「そ、そもそも私は何も考えていないですよぉ……!」
ティオネのその強い主張に、『それはそう』と事情を知っているリヴェリア達は心の中で強く頷く。
彼女の能力は認めているが、それとこれとは話が別である。人間性がヤバいのはどうしようもない事実だ。是非とも自分達とは別の場所で恋人を作って幸せになってもらいたい。是非とも美味しい部分だけ啜らせてもらい、面倒事は他所に願いたいと。申し訳ないがそう思ってしまう。
「ですが団長。拠点での話を聞くに、彼女は副司令……つまり幹部扱いになるということですよね?正直それはどうかと思うのですが」
「ああいや、別に幹部扱いするつもりはないよ。強いて言うのであれば、助言役と言ったところかな。彼女の助言をどうするのかは、君達が各々で判断すれば良い」
「それはつまり……悪巧み担当、ということですか?」
「それと僕の予備って感じかな」
「「「!!」」」
「もし何らかの不足が生じて僕が指揮を出せないような状態になっても、彼女なら立て直せる。というか、全く別の方向性で展開する事が出来るだろう。……そう言う意味では予備どころか、むしろ2発目の弾丸って事になるのかな」
「……そこまでの人なんですか?」
「彼女の働きを見て、シャクティが引き取りを申し出るくらいにはね。レフィーヤを見ていたいからと彼女は断っていたけれど」
「「「………」」」
ロキ・ファミリアのフィンのように、フレイヤ・ファミリアのヘディンのように、参謀としての役割を持てる人間というのは非常に希少だ。引くて数多、その価値はシャクティもまた先日強く自覚したところである。
そしてその人間が、既に居る参謀役とは全く別方向の思考を持っているとなれば、それだけ集団の選択の幅は広がるというもの。彼女という人間の価値は、他の誰よりもフィンが理解している。そしてその能力を見せつけられてしまった以上、もう他に渡す訳にはいかない。他ならぬ闇派閥などには、絶対に渡す訳にはいかなくなった。
「ラウル、アキ、君達も吸収出来ることはしておくべきだよ」
「「え?」」
「彼女は確かに……その、人として問題はあるかもしれないが、その能力だけは確かだ。彼女が次の団長になるということは万が一にも絶対にあり得ないけれど、彼女と対等に話せるような人間は可能な限り多く欲しい。今のままだと良いように口車に乗せられて、ファミリアそのものが駒扱いされてしまいかねないからね」
「うっ……」
「それは……」
「僕に何かあった時、彼女に頼りきりになるというのも違う。彼女と対等に話し、利用されるのではなく、利用するくらいの気持ちで望んで欲しい。……彼女は決して、ロキを崇めている訳でも、僕を尊敬している訳でも、君達を大切に思っている訳でもないということを。どうか心に留めておいて欲しい」
「「………」」
「その辺りの線引きをしっかりとしているからこそ、彼女は信用出来ないし、信用出来るんだ」
必要であれば利用して捨てるということも、きっと彼女は出来る。唯一の宝であるレフィーヤだけを攫って姿を消すということだって、選択肢としてはある。
彼女は敵でも味方でもなく、彼女という個人なのだから。いくら恩恵で縛っても、人の心までは縛れない。頭の回る人間に対しては、その心を得られるか、融和点を見つけるまでは、こちらも頭を使って必死に食らいつくしかない。彼女のような人間に暴力で迫るのは、最も愚かしい選択だ。
「……とか言ってるけど、姫様はどう思ってるニャ?」
「実に的を射た意見では?」
「クールだなぁ、うちの姫様は」
なお、そこからは見え難い反対側の席に、その信用出来ない女は居た。何とも言い難い顔をしたシャクティと、運んで来た料理を摘み食いしている2人の店員と共に。
「お前、知っていてこの店を選んだだろう……」
「そもそも今回の件の打ち上げなのですから。仮に知っていたとしても、彼女達の店でお金を使うのが筋でしょう?」
「いや、それはそうだが……」
「クロエさま達も、食べたいものがあれば好きに注文していただいて構いませんよ。……とは言え、そんな暇もないほどに忙しそうですが」
「支払いだけしといてくれれば、後でリュー達と一緒に食べるニャ」
「まあこうして駄弁ってるくらいなら問題ないし。気にしない、気にしない」
「そうですか……シャクティさま、どうぞ」
「ん?あ、ああ、すまない」
シャクティに酒を注ぎながら、自分はこんなところに来ても茶を飲む。とは言えそれは彼女がいつも飲んでいるものではなく、この店が出しているもの。
相変わらず丁寧な所作で食事をしているその様子は、冒険者だらけのこの店にはそぐわない物かもしれないが、まあいっそ惚れ惚れするほど美しい。シャクティ的にも正直少しだけ憧れてしまう程に彼女の所作は洗練されている。
「今回は特にシャクティさまとクロエさまに働いていただきましたし、ルノアさまには最後の最後で大爆発を見せていただきましたから。本当に心から感謝しております。リュー様とシル様にもお礼を言いたいところですが、今は忙しそうですね」
「いや、ほんともう2度とあんなのゴメンだから……人生で1、2を争う大勝負だった……」
「ミャーもだいぶこき使われたニャー」
「……とは言え、やはり1番の功労者はお前だ。ここの支払いくらいは私が持つ。お前のおかげで多くの者達を救い出す事が出来ただけでなく、これから生じる筈だった犠牲を事前に阻止することが出来た。……私達だけでは出来なかった、お前のおかげだ」
「実際、わたくしは部屋の中から指示を出していただけなのですが。そこまで言ってもらえるのであれば、素直にお言葉に甘えましょうか」
「マジでやってること姫様ニャ」
「前から気になってたんだけど、元お貴族様だったりする?」
「元奴隷ですので、正反対の立場の人間では?」
「「はえ〜」」
不思議な話もあるもんだなぁ、と。その程度の認識で終わらせてしまう軽いノリの女達。しかしまあこの店の人間は大抵何かしらの事情を持っているので、今更そんなことで驚いたりなどはしない。
「まあミャーは次も手伝ってやってもいいニャ。姫様は報酬も気前がいいからニャー。ミャー達の偽物もついでにボコボコに出来たし」
「それはまあ、確かに……」
「次、か……本当にお前がうちに来てくれると良いのだがな」
「一度お話ししましたが、やはりレフィーヤさまのお側に居たいので。評価していただけるのは嬉しいですが、一先ずお断りさせていただきます」
「まあ、そうだろうな……」
「実際、ガネーシャ・ファミリアに入るという選択肢はアリと言えばアリなのですけどね。正義のファミリアとやらはもう無くなってしまったそうですし」
「……?姫様はアストレア・ファミリアに入りたかったのニャ?」
「入りたかった……まあ、そういうことになるのかもしれません」
「へぇ、なんか意外」
「正義のためではなく、あくまで自分のためですが……まあ、こういうところですわね」
「「「?」」」
「ちゃんとしてみたい、というだけです。これ以上は今は秘密で」
「……ちゃんとしたい、か」
なんとなく、シャクティの頭の中にその言葉が強く残った。ただその思考を乱すように、彼女は杯を掲げて来る。相変わらず底の知れない笑みを浮かべて。シャクティには未だに目の前の女の真意が見えない。
「まあ私としては、闇派閥にさえ加担しないのであれば、お前が何をしようとも大して咎めることはない」
「い、闇派閥って……」
「姫様、闇派閥だけはやめといた方がいいニャ。アイツらは関わるだけでも頭がおかしくなるような奴等ニャ」
「ふふ、どうでしょう。わたくしが拒んでも、相手方がどう思うのかは別問題でしょうし。……ただ、今の闇派閥に加担するつもりはありませんわ。彼等の行動方針が丸々変わっていたのであれば、その限りではありませんが」
「ん?どういうこと?」
「別にやり方はいくらでもあるということです。……それこそ、闇派閥を乗っ取るという手法も」
「「!」」
「……どうしたらそんな発想が出て来るんだ」
「悪というものも完全に根絶出来るものでもありませんし、適度な大きさの分かりやすい悪というものは、むしろあった方が民の心持ちは楽というもの。……その悪さえも手中に収めているのであれば、それは最早"完全な支配"と言えるでしょう?」
「か、考え方が国家運営のそれなのニャ」
「お前は一体何になるつもりだ……」
「個人的には国家運営より、その下組織の頭くらいの位置が望みですわ」
「これ謙虚なのかな……」
そんな話をしつつも、4人はロキ・ファミリアの宴会とは別の場所で駄弁っていた。この後も色々と酔った狼人が暴れたり、1人の少年が食い逃げをしたりと諸々あったものの、彼女はその少年をチラと見た程度で、特に反応を示す事はなかった。