色褪せた空の下で   作:おいかぜ

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《10》星のかけらと真珠貝

「デビューおめでとう」

 

 朝の挨拶の素っ気なさに少し怯えつつ、もしかしたらあの場に紗夜ちゃんがいたというのは日菜ちゃんの嘘だったんじゃないかと僅かに疑った。

 1限目が始まる前の10分間、ふらりと私の隣の席に腰掛けた紗夜ちゃんは日常会話の体を崩さず、恬淡(てんたん)に私を祝ってくれた。

 

「ありがとう! 紗夜ちゃんも観に来てくれたん……だよね?」

「ええ。とても楽しかったわ。コール? には参加できなかったけれど、関係者席の方はあまりそういう雰囲気でもなかったし、案外、何も知らない私が行っても楽しめるものね」

 

 たぶん、あなたのご両親にも会ったわ、と言うのに頬をかいた。

 お父さんが泣いていたらしい、とお母さんから聞いていたから、かなり恥ずかしい。身内の痴態を、ほんのり憧れている友達に目撃されてしまった。

 

 ……日菜ちゃんについての話題を振ろうかしばらく迷って、結局やめてしまう。

 昨日、いつもよりも日菜ちゃんの本心を覗けた気がした。いつか、答えて貰えなかった問いの答えも、昨日得られた。きっと日菜ちゃんは紗夜ちゃんのことが好きだ。

 

 でなければ、「救えるはずがない」なんて怒りはしない。

 

 お前が他人を救えるのか、という問いには未だ曖昧な答えを返さざるを得ない私が、改めて首を突っ込もうとしているのは些か無謀かもしれない。

 踏み込めば痛い目をみるのは、2週間前よりもほんの少しだけ開いてしまった紗夜ちゃんとの距離に思い知らされている。

 

「未だに、アイドルが他の歌手と何が違うのかとか、そういうことはあまり分からないけれど、丸山さんはアイドルに足る、とは思ったわ。……自信がないなんて言っていたのに、すっかり観客を夢中にさせていたのは流石ね」

「そうかな。音が途切れちゃったとき、私、何もできなくて……」

「得手不得手はあるものでしょう。それに、次は丸山さんももっと上手くやれるはずよ。そうやって経験を積み重ねていけば良いと思うの。……いち同級生の意見だけどね」

 

 観客を夢中にさせられていた、という言葉にあまり実感はない。楽しませられたとは思う。サイリウムも手拍子も、ステージから見える笑顔も、私を励ましてくれた。

 ただ、あの場にいるのは元々ライブを楽しみに来て、アイドルに好意的な感情を抱いている人達だ。広い世界に出てどうかは分からない。

 他人からの承認に思い上がってしまわないように、常に律しておく。

 

 状況だって私たちに味方してくれていたと思う。

 デビューライブでの機材トラブルには同情してくれた人も多いだろうし、その後自分たちで立て直したことを評価してくれた人や、純粋に応援感情を持ってくれた人が多いだろうことも予想できる。この辺りは完全に日菜ちゃんの功績だった。

 デビュー後、即沈没を覚悟するレベルの事件が、あっという間に追い風に変わった。普段の態度に滲み出る通りの有能さと機転に救われた。

 

「……以前は敢えて言わなかったけれど、丸山さんは結構、自分でなんでもこなそうと意気込みがちよね。デビューまでならいざ知らず、グループでやっている以上は互いに補い合うべきよ。昨日、真っ先に白鷺さんが声を上げたように、丸山さんの不得手を補ってくれる人はいるんでしょう? 自分の長所を活かすべきだわ」

「でも、手の届く範囲は広いほどいいよ。……紗夜ちゃんみたいに、なんでもできる人になれたらいいなって思う」

「外面がいいだけよ、私なんて。隣の芝が青いだけ」

 

 紗夜ちゃんに、補い合える相手はいるんだろうか。孤独だから、ひたすらに手を伸ばし続けて紗夜ちゃんは強くなったんじゃないか、なんて邪推してしまう。

 日に焼けていない、透き通るような白い指先が思案げに揺れた。

 

「なんにせよ、素晴らしいライブだったわ。……目が(くら)みそうになった」

「えっと、(まぶ)しかった?」

「…………そういうところは改めた方が良いかもしれないわね」

「えっ」

 

 ため息が教室のぬるい空気に溶ける。一限目の国語の教科書を用意して、机の左端に並べておく。

 顔にかかった髪を後ろに流して、紗夜ちゃんが窓の方を向いた。ちょうどカラスの影がさして、別校舎の屋上へと飛び立っていく。

 

「アイドルなのだから、輝きに関する言葉は褒め言葉として受け取って欲しいわ。少なくとも今の流れで照明の話はしないでしょう」

「うん、ごめん……」

「将来お付き合いする人に、遠回しにロマンティックな言葉でプロポーズでもされたらどうするのよ」

 

 アイドルに恋愛はご法度だったかしら、と付け加える紗夜ちゃんも大概だと思うけど、どう考えたって私が悪いから黙っておく。会話の温度が生ぬるくなったのは、私のせいだ。

 

「話は少し変わるのだけど」

「はい」

「丸山さんをライブに誘うとして、いつ頃なら都合が良いのかしら」

「呼んでくれるの!?」

「元々そういう約束だったでしょう。スケジュール的には週末が楽なのだけど」

「ん〜、今週の夕方なら金土日とも大丈夫かな。今からドキドキしてきちゃった」

 

 瞬時にテンションが上がった。紗夜ちゃんのライブ! 

 約束が反故にされたとは思っていなかったけど、やっぱり少しだけ気まずさも残っていたから、喜びと安堵の感情が綯い交ぜになる。

 

「じゃあ、金曜日の分のチケットを持ってくるから、また明日渡すわね。場所とライブハウスの簡単なルールはその時に説明するわ。と言っても、特に難しいことはないのだけど」

「ありがとう。……ねぇ、紗夜ちゃんがバンドを組んでるのって、どんな人たちなの?」

「どんな人……難しいわね」

 

 バンドと言うからには、例えば大学生とか、フリーター混じりの男女混合グループに混ざっていたりするんだろうか。あくまで偏見に過ぎないと分かってはいるものの、ロックバンドには少し、治安が悪そうなイメージがついてまわる。

 紗夜ちゃんはどうなんだろう。人間関係に潔癖そうなイメージもあるし、逆にそういうことには無頓着そうなイメージもある。

 

「全員女性よ。楽器編成も、Pastel*Palettesと同じね。……あと、キーボードは隣のクラスの白金燐子さんだから、内部生の丸山さんなら分かるんじゃないかしら」

「燐子ちゃん? ……なんか、紗夜ちゃん並に意外かも」

「そう言えば、初めて話した時もそんな反応だったわね。言っておくけれど、丸山さんも一応はバンドを組んでいる人間なのよ? そんなに怖い世界でもないし、ハードルが高くもないわ」

「そう言われると、そうだけど……」

 

 隣のクラスの白金燐子ちゃん。確かピアノをやっていた子だ。あとは、図書委員をやっていることが多いイメージがある。同じクラスになったことがないから、物静かで大人しそうな子だなという印象くらいしかないけれど、紗夜ちゃんと下校路で並んで歩いていても意外だとは思わないだろう。静謐な雰囲気が、結構似ている。

 

「ボーカル──バンドリーダーは、少し怖いかもしれないわね」

「怖いって、タトゥーとか?」

「タトゥーなら私にも入っているわよ。……見る?」

「え!? ……えッ!? ────ホントに?」

「冗談よ」

 

 おもむろに右腕の袖を捲り始めたので慌てた。冗談、という言葉に息を吐く。ファッションは自己責任、個人の自由だし、それをとやかく言うつもりはなかったけれど、それにしたって焦る。

 

 ……本当は彫られてたりしたらどうしよう。修学旅行が恐ろしい。

 

「さ、紗夜ちゃんも、そういう冗談言うんだね」

「……いえ、滅多にしないわ。調子に乗りすぎたかしら」

「私は気安い感じがして嬉しい、よ……?」

「そう? 柄じゃない気もするけれど」

 

 ちょっと日菜ちゃんとの繋がりを感じるかも、と思った。言葉にはしないけど、やっぱり接しているうちに姉妹だなぁと感じることは多々ある。

 表情だったり、言葉の使い方だったり、あとは手慰みの癖だったり。

 

「誤解のないようにバンドメンバーの話もしておくけれど、怖いというのは見た目の話ではないのよ。ただ、ストイックで妥協を許さないタイプだから、厳しいというだけで。観客側からは特に気負いもなく観られるとは思うのだけど……」

「紗夜ちゃんから見ても厳しいって、そんなに?」

「……私は甘い方でしょう」

「他の人にはそうだけど、紗夜ちゃん自身は真面目だと思うよ」

「真面目ではあるかもね。ストイックだとは思わないけれども」

 

 確かに、ストイックかどうかは私からも分からないか、と納得した。紗夜ちゃんが一途になにかにのめり込んでいるところを知らないから、些か軽い言葉だったかもしれない。

 真面目なのはわかっているから、そういう場合にもきっとひたむきなんだろうと容易く予想することはできるけれど。

 

「そんな人に、紗夜ちゃんがスカウトを受けたの?」

「ライブハウスの知り合いに、誰でもよいからと紹介してくれるように頼んでいたら、紹介されたのがその人だったのよ。実力を見出されたわけでも、ドラマティックな出会いがあったわけでもないわ」

「でも、そんな厳しい人が紗夜ちゃんにはOKを出したんだね」

「……そうね。案外、実力は気にしていないのかも。態度の問題だったりしてね」

 

 案外どうでも良さそう。自分の能力の話になると、途端に紗夜ちゃんは関心を薄れさせる。

 ううん、どうしてもバイアスをかけて見てしまうのが良くない。褒められてこなかったから無頓着なんじゃないか、なんて──

 首を振って妄想を振り払う。

 

「なんて名前なの? その人」

「ユキナという名前で活動しているそうよ。私は寡聞にして知らなかったけど、インディーズの界隈ではかなり評価されているみたいね」

 

 予鈴がなって、紗夜ちゃんが「ここまでね」と言った。日直が消し忘れている黒板のSHRの名残りを消しに立った紗夜ちゃんに、教室の後ろから「ごめーん!」と声が掛けられる。手伝おうと思ったけど、必要なさそう。

 

 こうして紗夜ちゃんと話していると、私が間違っているんじゃないかと強く思えてくる。

 紗夜ちゃんは、今が1番幸せなのかもしれない。日菜ちゃんとも離れて、知り合いのいない学校に通って、バンドに参加して。そんな生活を、私の我儘で踏み荒らしていいものか。

 

 日菜ちゃんに何度も言われた通り、私に紗夜ちゃんが救えるとは思えない。私から見た紗夜ちゃんは日菜ちゃんが言うほど底にいるような感じもしないし、スーパーヒーローみたいに上から目線で救ってあげようと思っているわけでもない。

 ただもし紗夜ちゃんが苦しんでいるのなら、支えになってあげたいと思ってしまっただけだ。

 

 紗夜ちゃんは苦しんでいると思った。

 だけど、今はあまり、そう見えない。

 

 もしも、紗夜ちゃんにとって学校が安寧の場なのだとすれば、そこに私が日菜ちゃんの話題を持ち込むのは裏切りのようなものだ。

 

 知ってしまった私は、どうするべきなんだろう。

 

 

 

 ♦

 

 

「で、抱え込んでいると」

「はい……」

「面倒くさいわね」

「ひどい」

 

 今日はみんなオフだから、放課後に千聖ちゃんを誘ってみた。最近オープンしたカフェのことを話題にしていたのを思い出したのもある。ショッピングモールの近くの通りにできたお店は、平日のこの時間帯だからか、ほんの数分待つだけで入れた。

 

「踏み込む必要はないと言ったわよね。2週間前だったかしら」

「うん」

「そのうえで日菜ちゃんにアタックして、出てきたのが──その、『家庭の事情』だったわけでしょう。一介のクラスメイトが首を突っ込んでいい範疇を超えているわ。拗れた姉妹喧嘩ならまだしも、とは思ったけれど」

 

 パンケーキにナイフを差し込んで切り分ける。ふわふわ食感を売りにした生地から、バターの香りが立ちのぼる。

 

「本人が助けて欲しいと言ったのなら、たとえただの友人に過ぎなかったとしてもやれるだけのことはやるべきよ。けれど、頼まれてもいないのにそう望むのは、傲慢が過ぎるのではないかしら」

 

 千聖ちゃんはにべなく言った。ド正論なだけに、何も言い返せない。

 

「日菜ちゃんと紗夜ちゃんに仲直りしてもらう、とか……」

「……詳しくは知らないけれど、日菜ちゃんは少なからず加害者の側に立っているのよ。例えばいじめの加害者と被害者を引き合わせて、『はい仲直り』と握手でもさせるような、筋違いのことを言っていると気が付いている?」

「でもそれは、家庭が悪いんだよ。日菜ちゃんは紗夜ちゃんのこと好きみたいだし、望んでこんな状況になったわけじゃないと思う。……それって、すごく寂しいことじゃない?」

 

 ライブのとき、私は日菜ちゃんから感じたのは諦念だった。

 日菜ちゃんは、既に足掻いたんじゃないだろうか。あの手この手を尽くして、それでもなお何も変わらないことに絶望したんじゃ、なんて。……ただの想像だけど、結構真実に迫っているんじゃないかと思っている。

 

「言い繕っても、私の答えは変わらないわよ。……ひとつ忠告するなら、今度は紗夜ちゃん側にアプローチすることね。二人の仲を取り持とうと思うのなら、被害者の側に寄り添うべきよ」

 

 もちろん、日菜ちゃんの意思も確認しておくべきだけれど、と千聖ちゃんは言った。

 突き放すようなことを言いながらも話は聞いてくれるし、アドバイスもしてくれる。大概良い人だ。

 

「……もし日菜ちゃんが望むのであれば、紗夜ちゃんとの和解及び歩み寄りには協力したいとは思うのだけどね」

「日菜ちゃんに助けられたから?」

「ええ。……でも、今はあまり余裕がないわね。曲のレコーディングも私たちの演奏を使うことになったし、私とイヴちゃんは特に楽器の練習を増やさなきゃいけないもの」

 

 昨日は日菜ちゃんに救われた。終わったあとにも散々感謝したし、それを嫌そうな顔で一応受け取ってもらったのは良いけれど、楽器初心者2人は大変だ。千聖ちゃんが交渉してはいるけれど、各楽器に講師をつけてもらうのは難しいらしい。かと言って講師を外部で探すのも難しいしリスクがあるから、あまり取りたくない手段だ。

 

「いっそ、紗夜ちゃんに講師役を頼んでみようかしら。ベースも弾けると言っていたのよね?」

「ベースの方でバンド組んでたこともあるって言ってたよ。ギターよりは下手だけど、って」

「候補のひとつくらいにはなるかしらね。日菜ちゃんへの刺激にもなりそうだし」

「日菜ちゃんは嫌がりそうだなぁ」

「でしょうね」

 

 昨日の雰囲気を鑑みるに、日菜ちゃんにアタックしてもいろいろ教えてくれるような気はする。もし爆散しても日菜ちゃんはいまさら引き摺ったりしないだろうし、心理的ハードルが低いのは日菜ちゃんだ。怖いけど。

 

 紗夜ちゃんと話すのは、やっぱり躊躇う。

 日菜ちゃんは、1度知られてしまえばある程度話してくれるんじゃないかと言っていたけど、それで紗夜ちゃんの私に対しての感情がどう変わるかは分からない。

 

 嫌われたくない。

 結局は、それに尽きる。

 

「混んでいるし、長居はよしておきましょう」

「うん。モールの方に行ってみる?」

「そうね。楽器店も覗いてみたいわ。まだ行ったことがないから」

「私も興味ある!」

 

 お会計を済ませて、店の外に出る。5月になってからの陽気に歩様は弾んで、足取りが軽くなる。

 ショッピングモールに乗り込んで、アパレルのセレクトショップや本屋なんかを順々に見て回る。この時間帯に混んでいるのはシュークリームのお店とか、スイーツの方だった。

 

「……タイムリーね」

 

 楽器店の方へ足を向ける道中、ふと立ち止まった千聖ちゃんが呟いた。視線の先には、月ノ森の制服を着た複数人の集団と、その中心で談笑する日菜ちゃんの姿が。

 

「日菜ちゃーん!」

 

 軽く声を掛けてみる。友達といるならどうかなと思ったけど、別に声を掛けるくらいはいいかとお気楽思考に流される。

 日菜ちゃんはこちらを見て、少し悩む素振りをみせた。周りに声をかけてから、私たちの方へと歩み寄ってくる。

 

「えっと、彩ちゃんと……千聖ちゃん、だよね」

「ええ。そんなに分かりにくい格好をしているかしら」

「いや……ああ、千聖ちゃんには言ってないか。あたし人の顔覚えるの苦手なんだよね。いつもは事務所でしか合わないし、声とかで誰かわかるんだけど」

「……つまり、出会って2週間経った今でも、例えば集合写真に写った私たちを見分けることができないということ?」

「写真はわかんないね。……あ、気を悪くしないでね。あたし、母親の顔も覚えてないからさ。好き嫌いとかそんなのも関係ないし」

 

 さらりととんでもないことを言った日菜ちゃんに、少し思考が遅れた。顔を覚えるのが苦手って……苦手ってレベルじゃないと思う。

 

「それって、病院で診てもらうべきなんじゃないかしら」

「別に困ってないしな〜。昔調べたけど、治るものでもないっぽいし」

「診断のあるなしではいろいろと変わってくると思うのだけど」

「診断が下りちゃう方が困ることもあるんだよ。それに、困ってないのも本当だよ? 顔が分かんなくても、足音とか体幹とか姿勢とか声とか髪とかで見分けられるもん」

「……そういう問題じゃないでしょう」

 

 顔が分からない、と検索すると、相貌失認、失顔症なんかのワードが出てくる。自覚している以上は日菜ちゃんもネットに書いてあるレベルの知識は持っているんだろう。そう珍しいものでもないとは書いてあるけれど、話を聞く限り日菜ちゃんの場合はかなり重症なケースに思える。

 

「まあそれは置いといて、二人は何してたの?」

「お茶をして、楽器店を見に行ってみようかという話をしていたところよ」

「ああ、いいかもね。千聖ちゃんは教本とかベースの雑誌買ってみたら?」

「そうするわ。知識も大事だもの」

「日菜ちゃんは? 友達と来てたみたいだけど」

「オフだから暇つぶし。あと、友達じゃなくて先輩だよ、あの人達。生徒会に入らないかっていろいろ連れ回されてんの」

 

 日菜ちゃんは本当にどうでも良さそうにケタケタ笑った。私達からすれば重大告白だけど、日菜ちゃんからすれば十数年付き合ってきた自分の特性でしかないんだろうから、言い分は分かる。

 

「日菜ちゃんが生徒会? 少し意外ね」

「そう? 中学は生徒会長もやってたよ」

「私、日菜ちゃんの学校での様子が想像つかないわ」

「2人に見せてるのと変わんないと思うけど……ああでも、もうちょっと()()()()()かもね」

 

 ごきげんよー、といつものやる気なさそうなセリフを吐いて、日菜ちゃんがくるりとターン。スクールバッグに結ばれた三日月のストラップが揺れた。

 

「その、言い方が馬鹿っぽいのは何とかならないの?」

「うわっ、ひどい! 間が抜けて可愛いじゃん。彩ちゃんもそう思うよね?」

「えっ……う、うん」

「賛成2票! これからも続行ってことで」

 

 それじゃああたしは戻るから、とエレベーターの方へ去っていく背中に「また明日」と声をかけて手を振った。

 ひらりと振り返された後ろ手は、たぶんお淑やかさとはかけ離れた仕草だったけれど、月ノ森の制服を身にまとっているとなんだかさまになる。

 

「今日はなんだか雰囲気が柔らかかったわね。……何かあったのかしら」

「うーん……ライブくらいしか思いつかない」

「有り得なくはないけれど、終始日菜ちゃんの手のひらの上という感じだったから、確信は持てないわね」

「紗夜ちゃんが絡まなかったらあんな感じだった気もする……」

「なんにせよ、良い兆候だとは思いたいわね。……楽器店までついてきてもらえばよかったわ」

 

 歯車が上手く回りだしているように見える。

 紗夜ちゃんのことも、Pastel*Palettesのことも、全部。

 

 じゃあ平和でいいんじゃないかと思うけど、これが嵐の前の静けさに思えてならないのは、私が臆病だからだろうか。

 

「今度誘ってみようかな」

「日菜ちゃんを?」

「うん」

「いいんじゃないかしら。結局、日菜ちゃんのことはあまり知らないから」

 

 結局、私は何も知らないのだ。

 知った気になっている日菜ちゃんの感情も、紗夜ちゃんの境遇も。

 千聖ちゃんや麻弥ちゃん、イヴちゃんがパスパレにかける思いのひとかけらさえ。

 

「ねぇ、ちょっと嫌な話をしてもいい?」

「……そう言われると身構えるのだけど」

「2週間前、初めての練習の前にね、千聖ちゃんがマネージャーさんと話してたこと、聞いちゃったんだ」

「気付いていたわよ。それに、日菜ちゃんにも悟られていたしね。……やっぱり、気になる?」

「ううん。ちょっと寂しいけど、私は女優の千聖ちゃんも大好きだから、複雑」

「私も、少なからず後ろめたいのよ。だからせめて、いい結果を残したい。最近は結構、アイドルも楽しいと思うようになってきたし」

 

 隣を歩く千聖ちゃんの表情は見えなかった。

 

「……どうして女優になりたかったのか、忘れてしまいそうにもなる」

 

 

 

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