原神 自分を一般人だと思い込んでいる主人公の兄 作:アリエイルでしょ
「うわっ……なんで外? こわ…」
先程まで一心浄土に居て蛍たちと一緒に雷神である影と会話していたはずなんだけど…
視界に映るのは美しい青空だ。もうこの時点で室内じゃないし。耳から聞こえてくるのは波のさざめき。島国とはいえ、ここまで近い距離で聞こえるのはおかしいだろう。とりあえずどう考えてもここが稲妻城の中じゃないのは確かだ。
「目が覚めおったか、童よ」
「え、誰?」
明らかに一心浄土に入る前とは異なる場所に居ることに困惑している最中、唐突に声が掛けられる。
その声に反応して身体を起こすと、鳴神大社の宮司、八重神子の姿があった。
「いきなり誰とは失礼な、妾は八重神子。鳴神大社の宮司兼、八重堂の編集長をしておる」
「あぁ…どうも空です。蛍の兄やってます…じゃなくて」
一応、簡単に自己紹介をしておく。正直そんなことよりも考えることが沢山はある。
なんで八重神子がいる? というよりここはどこなのか。もしかしてまた記憶が変になった? いや、特に変わりはない…はず。少なくとも記憶、身体に違和感はない。…日の高さ的にもそう時間が経過しているようには見えない。…そもそも日付が変わっている可能性も考えられる…? ま、いいや。これ以上は考えていても仕方がないか。
「なんじゃ、ぼーっとしおって… まさかとは思うが妾に見惚れておるのか?」
「…いや違う。どういう状況か判断してただけだよ」
「なんだ、せっかく自己紹介もしてやったというのに…つまらぬ反応をするな。ラブコメの主人公としては0点じゃな」
「誰がラブコメの主人公だよ…全く、蛍もなんか言ってやってくれ」
呆れつつ八重神子の揶揄いを適当にあしらう。
そしてこのよくわからない状況に助けを求め、いつもの様に隣に居る蛍とパイモンに向き直ろうとしたその時、先程から感じていた違和感の正体に気がついた。
「…あれ、左手が自由だ」
いつも隣に居る蛍の姿が見当たらない。ついでにパイモンの姿もない。
どこか近くに俺と同じ様に倒れていたのかと思い、立ち上がり辺りを見渡すが…
「……蛍たちが居ない…?」
どう考えてもおかしい。モンドでの一件以来、蛍はワープを一切使用しなくなった。そして、どんな状況であれ蛍が俺よりも遅く目が覚めるとは考えづらいし、自分から手を離してどこかに行くなんて信じられない。一体なにが…
「あやつらなら居らぬぞ。妾がこうして連れてきたのは汝だけじゃ」
「??????」
悪びれもせずにしれっと連れてきたと言う八重神子。薄く妖艶な笑みを浮かべている彼女は、明らかにこの状況を面白がっているように見える。
「街中で童たちを見かけて少し観察していたのだが… どうやらあやつは、創作でも中々見かけない程のブラコンのようじゃな」
「まあ。そうかも」
「そこでふと思ったのじゃ。離れさせたらどうなるのか、とな」
「は?」
目の前の女狐は一体なにを言っているんだろう。ブラコンを使って遊ぶなんて正気とは思えない。
「どうなるって、そりゃとんでもないことに…! 少し考えればわかるだろ!?」
「ふむ、あやつが荒れそうというのは簡単にわかる。しかし、実際どの様に荒れるのかは見てみぬとわからぬではないか?」
「その興味で俺にダメージが来るんだけど。その後に待っている更なる拘束も面倒なことになるだろ!」
突如として降りかかった、未だかつてない程の理不尽に沸々と怒りが湧いてくるのを感じる。この状況、どう考えても被害者は彼女に誘拐された俺になるが、蛍によって最終的にボコボコにされるのも俺だろう。許せねぇ…許せねぇよ八重神子…!
「それならば蛍と合流しなければよいであろう、簡単なことではないか」
「え」
「妾はそなたらが城下に入ってからと、一心浄土での話を盗み聞きして状況は何となく把握しておるが…そもそも汝はなぜ蛍からの拘束を受け入れておるのじゃ?」
なんてことないように盗み聞きしていたことを告白する八重神子。いや、宮司ともあろう者がどういう所業だよ。
…しかし、彼女の言っていることも一理ある。 元々モンドで西風騎士団に捕まった時も、駄々をこねて何とか蛍に会わないようにしようと思っていたはずだ。
それなのに蛍と再会してからは逃げたいと思うこと自体がなくなっていた。
まあ、常時手を繋いでいるのは動きにくいし、世間体的に普通に嫌だし、手を握り潰されそうになるのは勘弁だけど…それでも手繋ぎ自体は嫌だと思ったことはなかったし、逃げたいとも思ってなかった。
何故? 楽しかったから? それもあるだろうが、おそらくそれだけではないだろう。何だろう、どう例えればいいのか答えが見つからない。
「なぜって…うーん、蛍に対しては抵抗が意味を為さないから?」
「………。こほん、なんにせよ。少しくらいは距離を置いた方が良いだろうな。まともな関係でありたいならだが。蛍の方はどういう考えかは知らぬが、汝は一度くらい落ち着いて考える時間も欲しいのではないか?」
確かに。…なんだろう、急にいいやつに見えてきたな。ついでに美人だし。
「なにより汝たちの距離感は近過ぎる。今時仲睦まじい恋人同士でもあの様な振る舞いはせぬと思うが」
「うぐっ…」
そして第3者からの冷静な客観的意見にグサリとダメージを受ける。確かに、モンドや璃月で距離感の近いバカップルみたいな奴らは見かけた覚えがない。
「あれほどの好意、しかも親愛ではなく性愛に近いのではないか? この分だと近親相かーー」
「ストップ、それ以上はやめよう。そんな事実もないしね。…………多分」
澄ました顔でとんでもないことを言おうとしていた彼女を遮り強く否定する。
流石にそれはあり得ない、蛍の感情は親愛だと思う。…思いたい、切実に。でも向かい合って話しているときの蛍の目線が目じゃなくてもう少し下の口元あたりを見てるって感じるときもあったな。いや、これも気のせいだと思う。流石に。
「しかし向こうがどう思っているかはわからぬぞ? 好意など一口に言っても様々な種類があるものではないか」
「その辺はあまり考えたくないことだから…とりあえず話すならなんか別の話にしてくれない…?」
妹から向けられる好意の種類とか考えたくない! 親愛以外であった場合はどうすればいいんだよ。
「であれば、汝のこれからについて話すとしよう。端的に言うが、妾に着いてきてくれぬか?」
「え、なんで?」
「妹から解放してやった礼じゃな。少しくらい付き合ってくれても良いとは思わぬか?」
割と無茶苦茶なこと言ってんなこいつ。自分で誘拐しておいて恩着せがましいにも程がある。
…まあ落ち着く時間も欲しいっちゃ欲しい。どうせすぐに蛍に捕まろうが、時間が経ってから捕まろうが結局は怒られてボコられるのは確定している。それなら少しくらい問題を先送りにしたくなるのが人間というものではないか?
「うーん。まあせっかくだしいいか…内容次第だけど」
「フッ、そうこなくては」
渋々ながらも同行する意思を見せると八重神子は喜び、今後の予定について語ってくれた。
「妾は常に宮司に編集長にと、何かと忙しくてな。それはもう激動の日々を送っていてな」
「はあ…」
「そこで暇を取り、身を休め気分をリフレッシュしようというわけじゃ」
「そうなんですね」
「つまり汝は、妾の休暇中の暇つぶし…もとい付き添いをしてくれればよい」
色々と前置きを話してくれたが、多分ブラコン(蛍)の反応を含め、休暇中の遊び相手に選ばれたような感じだろう。
「よくわからないけど、どっか行く付き添いみたいな感じ?」
「うむ、その認識でよい」
「それくらいなら…ま、いっか。期間は?」
「ふむ…誤差もあるだろうが、概ね十日前後といったところか」
いや長えな。てっきり今日中程度だと思ってたのに。そこまで行くと後が怖すぎる気もするが…
「長くない? そんなに日数使ってなにするの?」
「色々じゃ、汝は気にしなくていい。それに蛍の反応など一日でも十日でもそう変わらぬだろう」
「まあ…はい」
「理解したのなら早速移動しようではないか。天領奉行もバカではない、時間は有限じゃ」
こうして、彼女の気まぐれと俺の軽率な考えで蛍からの脱却生活がスタートした。その選択がどういう結果をもたらすかも考慮せずに。
ここまでは2年前の自分が考えてた…ここまではね…